遥か彼方を杳々と、   作:にいるあらと

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あ、書きたい。

そう思って始めました。
展望なんかぜんぜん考えてませんが、のらりくらりのんべんだらりとやっていきます。
いつまで続くか、他にも書いているものがあるので更新のスピードとかもわかりませんが、一生懸命やっていきますのでよろしければお付き合いください。


Prologue

 気まぐれ、指運、思いついて気の向くままにふらりと、浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)レプリカを持って来て人間が住む世界を覗いてみた。

 

 仕事に疲れて息抜き程度に、忙しなく動く人間を観察でもしようと考えたのだ。

 

 だが、人間は途轍もなく数が多い、適当に見るのもいいがそれでは盛り上がりに欠ける、面白みがないなぁと思い検索をかけた。

 

その内容は『もうすぐ天命を全うする人間』……いやはや、我ながら性格が悪いものだ。

 

 浄玻璃鏡レプリカは、検索でヒットした人間にフォーカスが合わされ、その人間を追尾して映像をこちらへ届けてくれるというもの。

 

この浄玻璃鏡――これはレプリカであるが――もともとは閻魔殿が持っていたもので、それをどこかの暇を持て余した同僚が複製し、仲の良い同業者に配布した。

 

その複製を施した同僚は、閻魔殿にしこたま叱られた上に百年を費やして全地獄を巡るというツアーがセッティングされたので少し同情の念を抱くが、しかしこの浄玻璃鏡レプリカ、暇つぶしには打ってつけの優れものである。

 

 地球のあらゆる地域に分布し、あらゆる地域に蔓延(はびこ)る人間を検索し、その検索結果を浄玻璃鏡が年齢順に表示する。

 

「おぉ……この子ずいぶんと若いのに……」

 

 検索をかけてもなお数が多いので、名前と年齢だけが羅列出力された検索結果をスクロールしながら誰にしようかなぁ、と探していると一人、目に留まった人間がいた。

 

仁科(にしな) (とおる) 十七

 

 なぜか無性に気になった、これが天のお告げかもしれない。

 

私自身が神ではあるけれど……下っ端でもあるけれど。

 

 表示されている名前を押し、詳細な情報をアウトプットする。

 

性別は女、年齢は十七、職業は学生、家族構成は母と妹二人、父親はすでに他界されているようだ。

 

 閻魔殿に訊いたら憶えているかもしれない……いや、憶えている道理がないか、あの方は赴任当初こそ熱心に仕事をしていたらしいが、最近は結構流れ作業でやっているふしがある。 

 

 詳しいデータを閲覧してスクロール、顔写真が出てきた。

 

その画像データを視界に入れた瞬間、電流が走ったかと思うような衝撃を脳に受けた。 

 

「やっばい、めっちゃかわいい……」

 

 全体的に薄幸そうな雰囲気、烏羽色のしとやかで艶のある黒髪、儚げな黒く大きい瞳、鎖骨の少し下の辺りまでの画像なのでスタイルは分からないが、なにもかもがドストライクの少女。

 

こういう雑念が多いせいでいつまでも下っ端扱いなのだ、ということを理解はしているが直せない。

 

 いいなぁ、こういう子を隣に侍らせたいなぁ、などと神に似つかわしくない思考をしていたが、しかし即座に思い出した。

 

私は(ふる)いをかけて、その結果この少女が表示されたのだ。

 

篩いの内容は『もうすぐ天命を全うする人間』、つまり、私の目の前にある浄玻璃鏡に映る少女は、そう時を待たず死ぬことになる。

 

 気になった、とても気になった。

 

この職に就いて以来、ここまでの気持ちを抱くのは初めてで少しばかり戸惑いも覚えるけれど、私は決めた。

 

この子の死を見届けようと。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 さて、この浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)レプリカなのだが、いい加減な同僚が作ったせいで細部が作成者に似て割といい加減に作られている。

 

今も地獄を巡っているだろう同僚にこんな文句は言いたくないけれど、作るのならもう少し良心的な設計にしてほしかった。

 

 例えば今回の事例では『もうすぐ天命を全うする人間』と検索したわけだが、いつ天命を全うするかはわからないのだ。

 

それに浄玻璃鏡のモニター部分、その背部についているメインスイッチを落とすと追跡能力を失い、検索し直して探さなければならなかったりと問題は多い。

 

本物と同様に水晶を利用する点は褒めてもいいが、ディティールにこだわるばかりではなく、使う時のことも気にしてほしいものである。

 

 画面へと目を向ける。

 

どうやら彼女の家の中のようだ、ちらりと見えた時計によると時刻は五時。

 

窓の外がほのかに明るいので午前五時だろう、彼女はすでに起床していて台所に立っている。

 

「寝ているところも見たかったなぁ」

 

 そこから彼女は三つの弁当箱を取り出し、調理された食材を詰めていく。

 

 そういえば学生であった、そして妹が二人いるとも。

 

三つということは妹たちの分と自分の分か、なぜ母親が作らずこの少女が作っているのだろうか。

 

「料理もできるなんて完璧だな、嫁に欲しい」

 

 少女の後ろからの映像なので、イメージ的には私の為に作っているかのように錯覚する……まぁ本当に錯覚だけれど、気のせいだけれど。

 

 三つの弁当箱、同じように料理を詰めてはいるが、詰められている内容には差異がある。

 

妹たちのものと推測される淡いピンクの弁当箱と水色の弁当箱は全く同じだが、クリーム色の弁当箱は品目が少し違う。

 

何が違うのだろうと間違い探しの様な気分で注視して、やっと気付いた。

 

「あぁ、肉が入っていないんだ。妹に食べさせるためか? 健気だな……」

 

 肉以外にも数品、この子の弁当の方が少ない。

 

 思えばこの家もだいぶ古そうだし、なにより狭い……金銭的に余裕がないのか。

 

 彼女は弁当を作り終わると家事をこなし、家族が起き始めると朝食を作り始めた。

 

弁当の余りに加えいくつかの料理を妹たちの前に並べる。

 

妹たちが食事をしている間にまた台所に立ち、小さめの鍋でまた料理をし始めた。

 

「ん? なんだろう、お粥?」

 

 送られてくる映像の角度的に鍋の中まで見えないが、ご飯の他には何も材料を入れてる様子はなかったのでお粥かそれに類するものと推定。

 

 出来上がったそれを寝室に運ぶ、そこには痩せてはいるものの美人の風格漂う女性が眠っていた、きっとこの女性が少女の母親なのだろう。

 

頬はすこしこけていて目元には隈も見られる、病弱なのか。

 

 少女は母親に近付き、お粥が入っているだろう鍋を置いて、枕元で一言二言耳元で呟きすこし笑みを見せ、部屋を後にした。

 

「あぁっ、笑うと一層可愛い。それに比べてこの浄玻璃鏡は……音声も取れないとは、このへっぽこめ」

 

 彼女は使った調理道具と食器を洗い、それらを終えると台所を出てリビングの端っこで、鞄に入っていた本を出し、近くに積み重ねられていた違う本を鞄の中へと丁寧に入れ始めた。

 

「ちょ、朝ごはんは? 忘れているのか?」

 

 私の心配をよそに着々と支度を進めていく。

 

学生だからな、学校へ行く準備をしているのだろう…………! 閃いた! このまま見ていれば、お、お着替えシーンが……見られるのではっ!

 

 手に汗を握り、目を見開き、今か今かとわくわくしながら手ぐすねを引いて待つ。

 

(はた)から見れば変質者のそれである。

 

 しかし私の期待は裏切られた、彼女が服に手をかけてまさに脱ごうとした時、水晶が曇ってまるでモザイクのように彼女の姿を隠したのだ。

 

「っ! あんのくそ野郎っ! こんなもん作ったくせにいっちょまえの倫理観は持っていたのかっ!」

 

 あの同僚には失望した、あいつならきっとやってくれると思ったのにっ。

 

あまりの憤りに涙まで出てきた、情けない限りだ。

 

 いや……いけないな、私は下っ端ではあるが一応神様だ、見れなくてよかったんだ、見てはいけないものなのだ。

 

必死に自分に言い聞かせることでやっと落ち着いてきた。

 

 モザイクが晴れた画面を見る、制服に着替えて学校へ向かうようだ。

 

「制服可愛いなぁ、膝下まであるスカートが上品だなぁ」

 

 ずっと見ていたいが如何せん、私にも仕事があり、時間は限られている。

 

じっくりと舐めまわすように見ていたいという気持ちは溢れんばかりにあるけれど、渋々ながら画面の下についている、右を向いた二つの三角形を押す。

 

「憎たらしいが、この早送りの機能だけは褒めてやらんでもないな」

 

 ここからはざっくりと流して彼女を見ていく。

 

学校で優等生として振る舞う少女、教師からも気に入られ、同級生からも慕われている様子を。

 

学校を終え、急ぎ足でとある飲食店向かい、フリルの着いた純白のエプロンを身に着けて笑顔で給仕する艶姿を。

 

夜遅くに家路について家族に晩御飯を作り、妹たちの相手や母親の看病をしながら家事をして、家事が終われば妹たちに気を使って部屋の電気を消し、スタンドライトの明かりで勉強をするその背中を。

 

「滅茶苦茶頑張ってんじゃん……何このいい子、めっちゃ健気……」

 

 腕を伸ばして背伸びする彼女、時計を一瞥すると教科書とノートを閉じて、リビングの隅に片付ける。

 

 彼女が一瞥した時に映像も時計を向いたのでわかったのだが……時刻は午前二時を少し回ったところだった。

 

こんな生活を、恐らくは毎日続けているのだろう。

 

あんな華奢な身体で、細い手足で……家族を支えてきたんだろう。

 

「お風呂のシーンにモザイクがかかって怒ったり、今の仕事で文句ばっかり言ってる自分が恥ずかしくなってくるよ、まったく……」

 

 いろいろ済ませて床に就いたのが午前二時半。

 

こんな時間に寝て朝早くに起きる、睡眠時間は大体三時間か? 弱い人間の身だ、それっぽっちの睡眠時間で疲れが取れるとは到底思えない。

 

 そろそろ仕事をしないといけないが、ここまで見てきて決定的な場面を逃してしまうという間抜けだけは晒したくはない。

 

なにせ、早送りの機能はあっても巻き戻しはないのだ、見逃してしまえばもう一度見ることは叶わない。

 

 今だけは仕事のことは横に置いといて、彼女の最後の姿を見るとしよう。

 

 窓の外が白み始めてしばらくしたころ、彼女はむくりと起き上がった。

 

枕元に目覚まし時計などは見えない、寝覚めはいいのか、それとも隣で眠る妹たちを起こさないようにと配慮しているのか。

 

 時計が視界に入る、昨日よりはゆっくりな様子。

 

とはいえ、それでも六時前なのだから十分に眠れたとは言い難い。

 

「むっ、今日は弁当を作らないのか。あぁ、休日なのか」

 

 先に家事を行い、家族が起きてきたら朝食を作る……幸い、今日は彼女も朝食を摂るようだ。

 

母親にも朝食を届け、片付け始めるのかと思いきやまた調理にもどる。

 

昼食の用意みたいだ。

 

 妹たちと談笑したり勉強を見てあげたり家事の続きをしたりと休みなく動き、十一時を過ぎたころ服を着替え、妹たちに人差し指を立てながら玄関を見て、何かを注意するような素振りをする。

 

出かけるから用心するように、とでも言っているのだろう。

 

「心配性なんだなぁ、お姉ちゃんだなぁ、可愛いなぁ。私もあんな姉が欲しかったなぁ、妹でもいいけれど。しっかり者の妹……うむ、それもいい……」

 

 扉を開け家を出て――もう一度妹たちに注意し――扉を閉めて鍵をかけて歩き出す。

 

公園の脇の道を通り歩みを進める、どこへ向かっているのだろう。

 

 彼女の服装はどことなくボーイッシュだ、デニムにチェックのシャツ、肩にはダークブラウンのバッグ……言っちゃ悪いが女子高生感はあまりない。

 

 季節は春を過ぎた後なのか、桜の木には花弁はもう残っていない。

 

暖かくなってきた風が彼女の黒髪をなぶる、画像で見た時は分からなかったがずいぶんと長い黒髪で腰のあたりまであるのに毛先までつややかだ……髪の手入れをしていたような記憶はないけれど……。

 

 目を瞑り風が吹き終わるのを待ち、手櫛で前髪を整える。

 

公園ではしゃぐ子供たちを見て微笑み、また歩き出す。

 

「警戒心なさすぎだっ、周りの男が君に目を奪われているぞっ!」

 

 周囲の男の目など意にも介さず、速度も変わらず歩き続ける。

 

 彼女はてとてとと数十分歩き、銀行に入った。

 

「あれ? たしか日本は休日には開いていなかったはずだが……先輩に訊くか」

 

 私がこの仕事に就くとき前任者から担当区域について説明を受けたのだが、説明されることは多岐にわたるため、しっかりと把握していないことも多い。

 

……把握していないことの方が多い、とも言える。

 

 頭の中で先輩をコール。

 

先輩と会話して休日営業なるものが存在することを初めて知った。

 

常に勉強を欠かすな、とお叱りのお言葉もいただいた。

 

 さすが先輩、勉学意欲旺盛なお方だ。

 

なにせ先輩は、流行りの女性用下着からアニメの声優さんまで完全に網羅しているほどである。

 

あまり見習いたくはないな。

 

「えっ、なんだこれ……どういう状況だっ!」

 

 少し目を離したすきに画面の中は大変なことになっていた。

 

彼女は銀行の端っこに座らされている、店内にいた他の客も同様だ。

 

銀行のカウンターに男が一人、手には鈍い輝きを放つ拳銃が握られている、銀行強盗か。

 

「今が天命を全うする時……なのか? だが、しかし……」

 

 たしかに命を失うかもしれないシチュエーションではある。

 

だが、彼女の他にも客は大勢いるし、銀行員の数だって少なくはない、その上犯人は男一人だ。

 

危険はあるが抑え込めなくはないだろう、客の中にも銀行員にも男性はいるんだ、ここで彼女が命を落とすという場面に繋がるのは無理がある。

 

「……って、なにしてんだこの子っ!」

 

 少し安心していた時、画面の中の少女は動いた、犯人に何がしか言っているようだ。

 

不安の色を出す表情や心配そうに周囲を見るような動作を見るに、挑発するようなセリフを口走っているわけではなさそうだが……いったいなにを……。

 

 しばらくの間、整ったお顔を真剣そのものといった表情に変えて喋り続け、ようやく少女が口を閉じると、脂汗をたらたらと流す犯人はかすかに頷き、周囲の銀行員や客たちに叫んだ。

 

「くっそ、音が聞こえないのがもどかしいっ!」

 

 犯人の男が並びの悪い歯を見せるように口大きく開いて叫んでから、なにがどうしたのか、銀行にいた人間たちは緩慢な動きでおそるおそる出口へ向かう。

 

……もしかして説得したのか? 拳銃を持つ犯人に、こんなことしても無駄だと諭して解放させたのか? なんて胆力だ、信じられない。

 

「よかった、これで……ん? なにしてるんだ? 君も逃げなきゃだめだろう……」

 

 やがて銀行には誰もいなくなった、犯人と少女を残して。

 

なんで……なんでさっきのタイミングで逃げなかったんだ、逃げることは可能だったのに。

 

「もしかして……そういう、取引だったのか……? 自分が残るから周りの人たちを逃がしてくれ、という……」

 

 思わず拳を握り込む、完成してしまった……彼女が死ぬ、その構図が……。

 

 過ぎた善性は、人を殺す。

 

 この世界……少なくともこの地球という星ではそうだ。

 

無償の善意、慈悲の極致、それらを抱いた人間は必ず自らの寿命を削るのだ。

 

人を傷つけ、騙し、搾取しようとする悪人がのさばり、生きながらえる。

 

この世の中は、彼女のような心優しい人に対して、あまりにも……辛辣だ。

 

「……まだ、なにか言っている……?」

 

 彼女はまた犯人の男に語り掛けている。

 

彼女が優しい笑みを浮かべながら話しかけ、犯人は見るのも悲惨な顔で返し、それを幾度か繰り返す。

 

最後に彼女は首を微かに傾け問いかけるように笑みをこぼし見つめる。

 

男はどこか憑き物が落ちたような、柔らかい表情になっていた。

 

そして犯人はとうとう拳銃を下ろす。

 

「ま、マジか……本当に説得したのか、本当に諭したのか……。これ以上罪を犯させるのを、やめさせたのか……」

 

 握り込んでいた拳をゆるやかに解いていく。

 

彼女は助かった、これで死ぬようなことにはならない。

 

 いやまて、と思い返す。

 

私は『もうすぐ天命を全うする人間』と検索して彼女が表示された、それなのに彼女は死なずに済む……のか? あのいい加減な同僚が作ったんだ、間違って表示されることもあるのかもしれない。

 

いい加減な同僚であることに関しては些かの疑いを挟む余地もない……だが、ヤツは仕事は完璧にこなすのだ。

 

一旦は安心感が私の心を満たしたが、突如その安心感が裏返る……不安感へと。

 

 画面を見つめる。

 

彼女と犯人の声は聞こえないが、かすかながら両者とも笑っているように見える、穏やかな空気が流れているように思える。

 

 やはり私の勘違いではないか、と楽天的な思考が脳内に流れたが……唐突に、そして立て続けに状況が動いた。

 

 まず犯人が照れ臭そうに笑いながら、座り込んだままの少女へ手を差し伸べた。

 

犯人の動作と同時に銀行の入り口と、カウンターの陰から――恐らくは裏口から入ったと思われる――厳重な装備をし、大きく透明な盾を持った警官隊が突入。

 

 ここで誤解が発生した、そしてその誤解さえなければ……悲しい結末にはならなかっただろう。

 

犯人は目の前の少女が『自分を捕まえるために時間稼ぎをしたんだ』と考えを誤り。

 

警官隊は少女に手を伸ばす犯人を見て『危害を加える気だ』という間違った答えを導き出した。

 

犯人は『裏切られた』と思い違いをして、パニックでぐちゃぐちゃになった思考のまま拳銃を少女へ向けトリガーを絞る。

 

警官隊は『やはり危害を加える、いや、殺害に及ぶ気だ』と誤答を深め、携行している銃を犯人に向けトリガーを絞る。

 

「ぁ……っ。なんでだよ、なんで……」

 

 犯人は少女を信用していたのだろう、自分より確実に一回りは違う初対面の女の子を。

 

言葉を交わして、心を開いて、腹を割って話して信頼に足る人間だと思った。

 

だからこそ穏やかに笑い、だからこそ裏切られたと勘違いした時、あれほど悲哀に満ちた表情をした。

 

 警官隊は少女が心配だったのだろう、まだ若く、そして見目麗しい少女が犯人と二人きりで残っているのだから。

 

きっと逃げた客や銀行員から少女の話を聞いたのだ、自分を残してあとの人たちは逃がしてあげてくれと言ってのけた、優しく賢い少女の話を。

 

だから現場を見て、上の指示も仰がず咄嗟の判断で犯人を射殺しようとした、少女を守りたいという一心から。

 

 それらの心中を把握していたのかはわからない、もしかしたら咄嗟に身体が動いただけなのかもしれない、でも確実に言えることが一つある。

 

 

 

 少女は誰にも、傷ついてほしくなかった。

 

 

 

 警官隊と犯人、その二つを結ぶ線の上に少女は身を投じた。

 

 両者ともに引き金を引く指を止めることはできず、撃鉄が雷管を叩き、火薬が燃焼され、亜音速で銃弾が発射される。

 

警官隊の一人が放ったものと犯人が放ったもの、計二発が少女の細い身体を食い破り、血管を傷つけ、臓器に致命的な損傷を負わせた。

 

 犯人は動かず、警官隊全員も微動だにできない、まるでこの世の全てが停止したかのように。

 

 心優しい少女は……命の灯火が消える、その瞬間まで……穏やかな微笑みを崩さなかった。




ほのぼのとした話にしたい、そう言った舌の根の乾かぬ内にどシリアスな話。
プロローグだけですのでご容赦ください。
あともう一話だけプロローグが続きます。
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