橘遥は、歩き始める。
朝六時過ぎ、携帯のけたたましいアラームで目が覚める。
温かな布団の中で猫のように伸びをして、一つ溜息を吐いて、勢いよく布団をはがし四月上旬の肌寒さが残る空気を肺の中に入れた。
「むぅ、さむい……」
たしか今日は、母様は父様についていってるからいないんだったっけ……朝ごはん作らないと。
パジャマ代わりにしている浴衣を脱ぎながら高校の制服を取り出す。
父様が和服を好んで着ているので、そういう服がいっぱいあるのだ。
ただ父様と私では背丈に差がありすぎるので、父様が子どもの時のものを着るか、私用に仕立て直したものしか着られないけれど。
姿見に反射する自分の身体を見ながら制服を着る。
「本当に……やってくれたよ……。閻魔殿」
肩まで伸びた黒い髪、薄い胸板、華奢な身体、細い手足、白い肌……そして下腹部のさらに下。
股には男の象徴である『ソレ』があった。
*******
「君の罰は――――クビだ」
「……はい?」
手に持つ笏の先端を私に向けて、言い放った言葉は『クビ』。
ま、まさか……職を失うほどだったのですか……。
頭の中が真っ白になっている私に、閻魔殿が付け加える。
「だが一発でクビというのも可哀想だし、急にクビにすると他の神たちも訝しむだろう。事情を知らない他の神々に今回の件を知られると儂の立場も危うい。よって救済処置を設けることにした」
「……は、はぁ」
あまりのショックに頭がまだぽわぽわとしていて、閻魔殿が何を言わんとしているのかよくわからない。
結局のところ、どういうことなのだ。
「人間の世界で、人間の営みを間近で見て、人間がどういう気持ちで感情で生きているのか再確認してこい。そうだな、人生一回分くらい使ってじっくり見て回って勉強すればいいだろう。その行いで罪を
「え、えっと……それは……つまり」
「
「え……閻魔、殿……」
「まあ、あれだ……後悔はせんようにな」
『つい最近使った世界』というのは、彼女を送った世界のことだ。
要するに……彼女が行った世界へ私も送ってくれるということなのか、また彼女に出逢えるように。
無理を言ってばかりで返せるものなんて何もない私に、まだ手を貸してくれるんですね……。
視界がぼやけてくる。
近くにいるはずの閻魔殿の姿でさえ、輪郭しかわからない。
熱を持った涙が目から絶えず溢れて、頬を伝い零れていく。
のっそのっそと閻魔殿が近づいて、その大きな手からは想像できないくらいに優しく、私の目元の涙をぬぐった
「そう泣くな。儂のできることはこのくらいだ。あとは君次第……がんばれよ」
「閻魔殿……ありがとうございますっ……。あともう少しっ、閻魔殿の顔が良ければ惚れてしまうところでした……」
「感動が引っ込むわ!」
閻魔殿が差し出してくれたタオルを使い、顔を押さえる。
横隔膜が痙攣して呼吸しづらいし、嗚咽が混じるせいで言葉も裏返るし、いまだに涙も止まらない。
へたり込んで泣く私が落ち着くまで、閻魔殿は隣にいてくれた。
*******
これで済んだら部下思いの尊敬できる上司で終わったのに。
閻魔殿が仕組んだのか、それともそこまで手が回らなかったのかどうかはわからないけれど、人間の世界で生きることになったこの身体の性別は男だった。
だが、どうもこの身体はちぐはぐだ。
まだ齢十六というのに背は、百五十センチを少し超えたあたりで成長を止めてしまった。
背だけじゃない……顔も中性的というには女の側に寄りすぎている。
悔しい限りだが、神様やってる時の……女性の身体をしていた時の私よりも整っていて可愛らしいお顔をしているし、瞳もパッチリ大きく、それを縁取るまつ毛も長い。
どこからどう見ても女の子にしか見えない。
ま、だからどうって話なんだが。
男だろうが女だろうがあまり気にするところではない。
身長が低いのは不便な部分もあるし、女の子みたいな容姿は他人に勘違いされやすいが、生きていく上で致命的に困るものではない。
生理がない分、かえって男のほうが楽なくらいだ。
姉や妹、母様にいじられるのは面倒だけど。
制服に着替え終わり、私一人が寝起きするには広すぎる立派な部屋を出る。
姉さんと妹の部屋をノックして起こしてまわると階段を降りて三階から二階へ、キッチンに立って制服の上からエプロンを着て朝ごはんの用意をする。
この世界に生まれ変わって、あれは……小学生の頃だっただろうか。
彼女が料理をしていたのを
やってみると意外と楽しく、母様に教わりながら、暇があれば本も見たりして勉強してるうちにそれなりに一人でできるくらいの腕がつき、家を空けがちな母様に台所を頼まれるほどになった。
姉と妹と私、三人分の朝ごはんと並行してお昼のお弁当を作る。
こうして実際にやってみて、前の世界にいた彼女がどれだけ大変なことをしていたかが身に沁みてよくわかる。
毎日毎日朝早くから朝ご飯と昼ご飯を作り、洗濯や掃除などの家事をして、床に臥す母親の世話もし、学業をこなしてバイトも掛け持ち、家に帰れば晩ご飯を作って夜遅くまで勉強する。
彼女が担っていた役目は、一人の女子高生に背負わせていいものでは決してなかった。
「今は……幸せに生きてんのかなぁ……。また、逢い……たいな」
閻魔殿が仕組んでくれたおかげで彼女と同じ世界へは来れたけれど、彼女に会う手段がない。
この世界での彼女の名前を私は当然知らないし、姿格好もわからない。
でも、それでも……私は絶対に彼女に会わないといけない。
……約束、したのだから。
『また会おう』と、そう約束したのだから。
これまでにも幾度となく巡らせた考えを今日も脳みそでぐるぐると回しながら、弁当箱を和柄の大きい布で弁当を包んでいると、頭と腰のあたりにずしっとした重みを感じた。
「どうしたのハルちゃ~ん。恋煩い?」
「ハル姉、恋愛のお悩み? よーこが聞いてあげよっか?」
我が姉、
『ハル』というのは私の名前、
彼方姉さんには『ちゃん』を、杳子には『姉』を付けるなと何度も何度も言い聞かせたが一向に改めようとしないので諦めてしまった。
「ハルちゃん好きな子いるの? どっち?」
私の頭の上に自分の頭を置いて、首に腕を回す彼方姉さん。
イギリス生まれの母様の遺伝を色濃く受け継いだ彼方姉さんは、髪は金色、瞳はブルーという、日本では浮くこと間違いない容姿をしているが、長身でなおかつスタイルも良く、顔だちまで優れているので周囲の人にとても愛されている。
ただ外見は非の打ち所がない完璧超人だけれど、残念ながら他人に対して、というか自分が好まない人間に対して毒舌で辛辣な態度を取るという難がある。
それさえなければ尊敬できる姉さん。
姉さんの金髪が私の視界にちらちらと入ってとても作業の邪魔だ。
きんいろのもざいくみたくなっている、イギリスだけに……なんら上手くないな。
「どっちってなんだ、俺が男なんだから相手は女になるに決まってるだろ。それに恋煩いでもない。ていうか重い、どいて」
「でもハルちゃんモテるでしょっ? ……男に」
ひっつき虫に憧れでも持っているのか、腰のあたりに抱きついてひしっとくっついている妹、杳子。
彼方姉さん同様、母様の血が強く金髪碧眼でちょうど彼方姉さんを小さくしたような見た目。
なのに、姉さんほど害はないのでとても愛くるしい。
唯一姉さんと違うのは身長と性格と、あとは髪の長さくらいだ。
姉さんは肩甲骨のあたりまでくらいだが、杳子は腰まで届くほどに長い。
……あ、あと髪質も違うか、彼方姉さんは真っ直ぐのストレートだけど、杳子は少しクセのあるふわふわした髪。
天真爛漫で純真無垢といった性格でとても可愛らしい妹なのだけれど……そのピュアさと天真爛漫さ故か、思ったことがすぐに口から出てしまい、時折人の心を抉り取るような言葉を吐く。
やはりこの子にもどこかしか難がある。
「別にモテないぞ。男友達とは仲良くやってると思うし」
「ハルちゃん気をつけてね? 襲われないように」
「なんなら女子からも襲われないようにしなきゃいけないね!」
「どういう意味だっ。……もう本当に重たいから二人ともどいてくれ。お前らでかいんだよ」
私の背が特別低いというのはあるが、この家の人間は基本大きい。
彼方姉さんはちょっと前に『また一センチ伸びた~』などとわけのわからない世迷言をのたまっていたので、これで百七十の大台まであと目盛りは一つ分だ……また離された。
杳子は二つ歳が離れていて、まだ絶賛成長期というのにすでに目線が同じ高さにある……妹に身長を抜かれるのはさすがにいやだ……。
父様は日本人の平均身長をゆうに超え、百九十センチを誇る偉丈夫だ……顔はともかく、日本人らしい黒髪や瞳の色は父様に似たのになぜ身長も似なかったのかと抗議したい。
母様も百七十四センチという、モデルでもやるのですかという身長……目立ちたくないので外見は似なくて助かったけど、身長だけはちょっとでもいいので遺伝してほしかった。
別に背が高くても低くても文句なんてないが、そのうち家族で私だけちんまりとして逆に浮くかもしれないと考えると……なんかやだな。
「女の子にでかいっていうのは失礼だよ、ハルちゃん」
「ていうかハル姉がちっちゃいんだよっ! いいじゃんっ、めちゃ可愛いしっ!」
「でかいのは事実だろう。でかいやつらに見下ろされてたら自分が哀れに思えてくるんだ。もういいから早く飯食え。今日姉さんは授業一時限目からあるんだろ? 杳子だって日直とか言ってなかったか?」
二人そろって『忘れてたっ!』と叫んで今さらぱたぱたと慌てて準備しだした。
距離のある大学まで通わなければいけない彼方姉さんはともかく、中学生である杳子はそこまで急ぐ必要はないと思うけど。
家から近い高校に通う私もさして急ぐ必要はないけれど、だからといってゆっくりするほど余裕はない。
電車で一駅分なので歩いて登校しているため、そこそこ時間がかかるのだ。
通い始めた頃は電車通学だったけど、なぜか痴漢されることが――男女問わず――多かったので徒歩通学にした。
お弁当を二人に渡し、朝ごはんをリビングのテーブルに置き、全員席に着いて手を合わせて頂きます。
別に親からの教育が厳しいからやっているわけではない。
食事の前の挨拶は自然と、三人そろってするようになったのだ。
ちなみに朝食はホットケーキにしておいた。
考えるのがめんどうだったし、リクエストを訊いたところで二人ともどうせ『ハル(ちゃん・姉)がつくるならなんでもいいよ!』などと言うに決まっているのだ。
とっとと食事を済ませ、手を合わせてごちそうさま。
使った皿を流し台に持って行き、皿洗いをするのは杳子の仕事。
洗濯物を干すのは彼方姉さんの仕事。
母様と父様がいなくとも、それぞれ仕事を分担して三人で協力しながら家を回している。
だれかに負担がかかりすぎないよう……特に私に負担が集中しないよう姉さんも、杳子も気を使ってくれているみたいだ。
「ハル姉ハル姉っ! 高校の部活は決めたの? なんにするか迷ってるって言ってたよねっ」
袖をめくって、わしゃわしゃとスポンジで泡を作っている杳子からの質問。
一応名目上とはいえ、人間の世界を見て回るという使命も仰せつかっている以上、しっかりリサーチするのも私の仕事の内だ。
以前、神としての仕事を引き継いだ時、先輩から『いいか? 人間たちの高校生活は薔薇色だ! とくに部活動は薔薇色だ! わたし、気になります!』とわけのわからないことをまくしたてられ……もとい説明されていたので、今回、じっくりと人間の部活動について情報収集するいい機会に恵まれた。
そう思っていくつか部活動とやらを見学していたのだが未だにこう……ピンとくるというか、ティンとくるものに巡り合えていない。
「今日は合唱部を見学しようと思ってる。趣味にも合うし」
「それいいかもね! ハル姉すっごい声綺麗だしぴったりだよ! また今度よーこに歌聞かせてね!」
「あまり自分の声に自信ないんだけど。まぁ、また今度ヒマな時にな」
身長が低いと高い声が出やすいというのを聞いたことがあったが、それは本当だったようだ。
神様であった時よりも声のキーが高いくらい、ほんと性別が男とは思えないな。
わーい、とぴょんこぴょんこ飛び跳ねながら感情を身体で表現する杳子を見て、喜んでくれる人がいるならこんな声でも別にいいかなと、そう思えた。
「行ってきまーすっ!」
家の玄関を出た杳子の、底抜けに明るい声が近所に響いた。
ご近所さんに申し訳ないくらいの声量だったので苦情でも来るんじゃないかと思ったが、杳子の愛されキャラのお陰で苦情が来ないどころかご近所さん、ゴミを出すために出てきた主婦や朝の散歩中のご老人にも『行ってらっしゃい』と微笑まれながら送り出されていた。
杳子が走るたびに金色の髪がぽんぽんと跳ねて、それが角に差し掛かって見えなくなるまで見送る。
元気よく走って学校に行くのはいいけど、ちゃんと車が来ていないか確認してるかわからないので心配になる。
「ハルちゃん。はい、ヘルメット。お姉ちゃんが学校まで送ってくよ」
「いいの? ありがと」
渡されたシステムタイプのヘルメットをかぶりながら既にフルフェイスのヘルメットを装着済みの姉さんの後ろに乗る。
彼方姉さんの愛車、SUZUKIの隼。
両親から反対されながらも無理矢理大型二輪の免許まで取り、大学入学祝いなどと称して子煩悩な父様に甘えてせがんで買ってもらい、家をめちゃくちゃにするほど母様と大喧嘩するに至ったといういわくつきの品。
詳しいことは訊いていないが――ていうか訊けないが――とても高価だったらしい。
納車された時にテンションのメーターが振り切れるほどにハイになった姉さんにいろいろと説明を受けた。
てんか? 方式がふるふぁんたじすた式どうたら、ブレーキがブルーレイディスクこうたらと、よくわからない上に興味もなかったので話を半分以上聞き流してしまったけれど。
でもぱっと見でとても格好いいのはよくわかった。
漆黒の車体にメタリックな輝きが痺れる、男心をくすぐられる。
「いくよ、しっかり……しっかりとっ! 掴まっててね?」
「うむ、よろしく」
姉さんの細い腰に腕を回して身体をぎゅぅっと押しつけて、注意を受けたのでしっかりとしがみつく。
姉さんは大学の授業がないときもよくこうして高校まで送ってくれる。
自慢のバイクの後ろに人を乗せるのが好きみたいだ。
ぐへへ、と笑い声が聞こえたような気がしたが……どこかに変態さんがいるのか、それとも気のせいか?
姉さんがエンジンをかけ、アクセルグリップをまわす。
学校までの数分間、スリル満点の荒めのドライブを味わう。
そういえば杳子は一度だけ、姉さんの後ろに乗ったことがあったが『もう絶対乗らないっ!』と半泣きで宣言していた。
このスリルが杳子には合わなかったのだろう、勿体ないなぁ、楽しいのに。
全身に叩きつけられる春の風は、まだすこし冷たかった。
*******
時間はとんで放課後。
私は合唱部を見学するため、部室となっている音楽室へ向かう。
道すがら、通りすがる生徒が男女問わず、二度見するように目を見開いて私を見てくる。
なんだ……そんなに
初めて自分の部屋で制服を着た時、姿見に映った自分の姿を見て『うわ、似合わねぇ……』と口から思わず零れたくらいだ。
彼方姉さんには『なにそれハルちゃん、コスプレ?』と言葉のナイフで切りつけられ、杳子からは『間違って男子用の制服買っちゃったの?』とほじくりかえすように傷口を抉られた。
しょぼんとした私に二人は『だ、大丈夫っ! 可愛いよ! オーバーサイズをあえて選んだよね、センスあるよ!』やら『学ランの萌え袖を狙ったんだよねっ! よーこ的にポイント高いよっ!』などなど、とち狂った方向性のフォローをしてくれた。
それ以来私は、どれだけ情けなく見えようと袖を何度も折って手首にくるくらいにしている。
このサイズを選んだんじゃない……一番小さいのを選んだらこのサイズだったんだ……。
周りの視線を気にしないように意識の端っこに追いやり、堂々と廊下のど真ん中を歩く。
やっと音楽室についた。
音楽室の場所がわからなかったため、予想以上に時間がかかってしまった。
もう部活動が始まっているかもしれない。
始まる前に、代表者に一声かけて見学する旨を伝えたかったんだが。
ノックをして返事を待つ。
「いない……のか?」
もしかして今日は休みなのかと思い、ドアに耳を寄せると話し声が聞こえる。
それもけっこうな大声でけっこうな人数だ。
三~四人とかじゃない、部員全員といってもいい人数で喋っている。
「いるのかよ。真面目にやっている部活ではないのか……帰ろっかなぁ」
べつに合唱部じゃないといけないわけでもない。
中学の頃から始めた趣味にも使えそうだと思ったが、まぁいい、今日はひとまず帰るか。
音楽室を後にしようと踵を返したが、ちょうどよくそのタイミングで扉が開かれた。
「あなた……部活見学にきたのかしら? ノックしたわよね?」
私を時間差で出迎えてくれたのは一人の女生徒。
濃い青色をした長い髪、どこか冷たさを感じるような瞳、細くて華奢な身体、貧相なむ……いや、何でもない。
そして山から湧出するわき水のように透き通る、美しい声。
不意に、この少女の歌を聴いてみたいと、そう思った。
「あ、ああ……。だが、活動していないみたいだが」
帰ろうとしたその時に声をかけられてしまったため、すこし声がどもる。
加えて自分より身長が十センチくらい高い相手なのでちょっとびっくりした。
彼方姉さんのほうが背は高いが、この女生徒のほうが、なんと言えばいいだろう……威圧感がある。
内心の動揺を悟られないよう、腕を組み相手の目を見やる。
私はよくこの腕を組むという仕草を取る。
理由は簡単、背が低いからといってなめられないようにようにするためだ。
「ふふっ……。ご、ごめんなさい。大丈夫よ……今すぐ、始めるように言ってくるから」
なぜか笑われた。
多少むっとしたが笑顔は年相応に可愛かったので許してやろう、これでも元神さまであるのだからな、私は存外寛容なのだ。
纏う雰囲気をかすかに冷たくしながら『大丈夫』と言って、音楽室の奥へ進んでいく濃青色の髪の少女。
中を窺おうと思い、ひょこっと顔を覗かせる。
音楽室の前方、窓際の一角。
そこでいくつか机をくっつけて、輪を作るようにしてお喋りに興じている合唱部員たち。
部活の時間はとっくに始まっているというのに、準備などはなにもされていないようだ。
私に声をかけた青髪の少女が、部員たちの輪の中心にいる女生徒と話している。
あの女生徒が合唱部の代表者、部長だろうか?
部長(仮)は他の部員たちに笑顔でなにかを言って、席を立ち、ずんずんと近づいてきて、青髪少女と一緒に私の目の前にやってきた。
少しだけだけど、この人も私より背が高いな……むぅ。
威嚇する訳ではないけれど、腕を組み直して足は肩幅と同じくらいに広げ、あごを引く。
元神さまとして、現男として、侮られるのはプライドに係わるのだ。
……なんとみみっちいプライドだろう。
「初めまして、私が合唱部の部長ですっ。見学に来たんだよね?」
やっぱり部長だったのか、次からかっこは外しておこう。
「あぁ。見学させてもらってもいいか?」
「か、可愛い子だぁ……。ぜ、全然いいよっ! ゆるい部活だからさ、軽い気持ちで見てってよ」
私の手を引いて音楽室内へと招き入れ、見やすい位置――音楽室の真ん中からちょっと後ろ――まで誘導し、部長仮は部員たちに小走りで伝えに行った。
って、かっこだけ外して『仮』を取るの忘れてた。
私の目の前に部長がいて、その隣に青髪少女がいたのだが、その少女には目もくれず一言の言葉もかけずに有象無象の合唱部員たちのもとへ向かったのが……少し違和感を感じた。
「引っ張り込んでおいてこんなこと言うのもなんだけど……あまり、期待しないほうがいいわよ」
「っ!」
腕を組みながら、もたもたと準備を始めた合唱部員たちを眺めていると、青髪少女が耳打ちしてきた。
耳元で囁かれたせいで背筋がびくんってした。
いきなりなにをするんだ、この少女は。
私は耳とか首筋とか弱いんだぞ。
ていうかまずい、少女の突飛な行為のせいで何を言ったのか聞いてなかった。
見るからにコミュニケーション能力が乏しそうな少女が話しかけてきてくれたというのに、それをガン無視するなんてあんまりな返しだ。
な、なにか返事しないと……。
「……そうか。君の名前を教えてもらっていいか? 私の名前は橘遥だ」
端的に言えば、いい返しが思いつかなかった。
でもさすがに『そうか』の一言では心苦しいものがあったので、会話の空白を埋めるように名前を聞いてみる。
自己紹介をしていなかったのを思い出したからだ。
世間話における『いい天気ですよね』みたいな、無理矢理話を続けようとしてます感が出ていないことを祈る。
「橘さん……ね。私は
千早は一瞬だけ微笑みを
更新遅くなってすいません。
どうも思うように話を展開できず苦心していました。
七個くらい始め方を考えて、それらを結局全部潰して、最終的に主人公まで変えてしまいました。
更新スピードは亀にも劣るかもしれませんが、よろしくお願いします。
作中ちーちゃんをディスる描写が一部ありましたが、悪意は決してありません。
愛ゆえです。
スマホの待ち受けにするくらいに好きなキャラです。