遥か彼方を杳々と、   作:にいるあらと

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更新遅くてすいません。
しかも短いし、重ねてすいません。




橘遥は、ほっとけない。

「今日は見学に来ている人もいるのに、なぜそうへらへらとしているんですか!」

 

「あのねぇ……。如月さん、だっけ? ここはこういう部活なの。そろそろ空気読んでほしいな」

 

 音楽室に入った時にもそれらしい雰囲気はあったし、合唱部部長と会話した時もひしひしと感じていたが……ここまでとは思っていなかった。

 

想像の埒外だ。

 

このクラブは合唱部とは名ばかりで、その体を成していない。

 

 今は練習が始まってだいたい十五分が経過したくらいなのだが、千早と部長が言い争いをしていて練習はストップしている。

 

もちろん、千早がいきなり部長に喧嘩をふっかけたわけではない。

 

とある女子部員の練習態度が目に余ったので千早が口を出したのが端緒だ。

 

そこから徐々にヒートアップして現在に至る。

 

「いつもそうだよね。部活が始まる前も如月さんは私たちに突っかかってくるし、始まったら始まったで文句言うし」

 

「雑談ばかりで始めようともしないし、真面目に発声練習もトレーニングもしないからです! ちゃんとして頂ければ私も文句は言いません!」

 

 千早は正しいことを言っている。

 

一般的な部活なら――熱心かどうかはさておいて――活動をして当然、千早が苦言を呈するのは道理だ。

 

 だが周りの部員たちはそうは思っていないらしい。

 

部長側に立って部員たちは女子も男子も含めて、白けたような態度で、邪魔者を見るような目で千早を睨んでいる。

 

この部活での力関係、勢力図は明確だった。

 

「みんなの気持ちも考えてほしいなぁ、みんな楽しくやろうとしてるんだよ? 和を乱さないでくれると嬉しいな」

 

「なっ! わ、私はっ……」

 

 部長は『みんな』という単語を口にして、周りの部員たちに目を向ける。

 

そこからちらほらと、他の部員も千早に対して身勝手な言葉をぶつけ始めた。

 

 正直私には、千早がなぜここにいるのかわからない。

 

 驚くべきことに、さも当たり前というような流れで部活動が始まってまず最初に、全員で歌いだした。

 

全体練習と言えば聞こえはいいのかもしれないが、発声練習もなく、パートも決めず、音程も合わせない。

 

こんなものはもはや練習とは言えない、ただ個人個人が気持ちよく歌っているだけ。

 

合唱部とは名ばかりの歪な塊。

 

 合唱部員たちの心ない言葉に最初は千早も反論していたけれど、徐々に声から力が失われ、視線が下がっていく。

 

唇を食い破らんとばかりに噛み、手が白くなるほど拳を握りしめて、震えていた。

 

「たしかに千早は浮いているな」

 

 自分でも気づかない間に勝手に、口が言葉を紡いでいた。

 

初対面の人間相手に言うべきか悩んだけれど、もういいや。

 

いい加減イライラしてるんだ。

 

 見学に来た一年生がいきなり喋りだして驚いた合唱部員たちをしり目に、話を続ける。

 

「足並みを揃えていないのは千早だよ。不和を起こしている原因人物はわざわざ言わなくたってわかるだろう」

 

 結局一曲と数フレーズしか聴けなかったし合唱部員(ノイズ)もあったが、彼女の声は素晴らしかった。

 

心の奥深くまで響き渡り、感動と高揚を呼び起こす歌声。

 

如月千早は歌に対して、熱心で真摯でそしてひたむきだった。

 

 だからこそ、この合唱部という集団とは相容れない。

 

生真面目な彼女と、不真面目な部員たちとは、意志に雲泥の差がある。

 

その差が軋轢を生む。

 

 短い時間だったが、練習風景を見ただけでわかる。

 

この合唱部はコンクールに出場することもなく、向上心もない、雑談メインの部活。

 

部活動の時間が始まっても喋ってばかり、練習を始めてもだべってミスしてへらへらと笑う。

 

発声練習や筋トレ、歌詞の意味や音楽の専門記号の確認もしない。

 

練習メニューも決まってなければ頑張ろうという意識も低い。

 

 音楽室に入った時から……いや、入る前から勘づいてはいたけれど、この部活はやっぱりお遊びの集団だ。

 

 いつ頃からこの部に在籍しているのかは知らないが、千早はずっと部員全員に対してフラストレーションを溜め込んでいたのだろう。

 

そして今日、見学に来ている生徒が――私のことだが――いるにもかかわらず、浮ついた姿勢で練習に取り組んでいるのを見て、千早は我慢の限界に達した。

 

堪忍袋の緒が切れた。

 

 注意しても改善しようとしない部員たち、そればかりか多数派であることを笠に着て逆に千早を糾弾する始末。

 

こんな腐った場所で、彼女もいっしょに腐る理由などない。

 

 さあ、そろそろ突きつけてやろうか。

 

目元に涙を浮かべ、たった一人で悪言と恥辱に耐える千早を、にやにやと下卑た顔で眺めている部員たちに。

 

「だが、間違っているのはお前らだ」

 

 毅然と言い放つ。

 

 今まで千早を問い詰めるような言い回しをしていた私に『間違っている』と言われ、部員たちは驚愕に目を見開いた。

 

千早も急に擁護するようなセリフを受け驚いたのか、下げていた顔をばっと勢いよくこちらに向ける。

 

急に上げられた頭に追従するように、ダークブルーの髪が踊った。

 

「墨汁の中に白のインクを一滴落としたらどうなる。肥溜めに鶴がいれば目立つ。浮いて見えるのは当然だ。和を乱すなだと? 千早は(はな)から乱れているのを元に戻そうとしていただけだろうが」

 

 こいつらの自分勝手な振る舞いにはいい加減、私も怒り心頭に発している。

 

口から飛び出る言葉は棘だらけだった。

 

 これ以上、無神経な合唱部員たちに傷つけられる千早を見過ごすことはできない。

 

 思えば神様をやっている時も同僚から気が短いとよく言われていた。

 

その時は『そんなことないっ』と力強く語気を荒げて反論していたが……なるほど、どうやら私は短気なところもあるようだ。

 

無論、基本的にはとても人に暴言など吐けないほどに心優しく、母なる大地のように寛容で、マリアナ海溝顔負けに慈悲深い。

 

「千早。ここでは満足に歌えない、違うところへ行くべきだ。わざわざこんな劣悪な環境で、悪い影響を受ける必要はない」

 

 ふう、言いたいことは言えた。

 

ここまで敵対するような行動を取ってしまったのだ、次のアクションは決まっている。

 

速やかにこの場を後にするのだ。

 

 机に置かれている荷物を左手で掴み、いまだ呆然としている部員たちを意に介さず歯牙にもかけず、きびきびと素早く帰る準備をする。

 

楚々としていて可愛らしいお顔をした、おしとやかを絵に描いたような男の子(わたし)の急激な豹変ぶりに、ぽかんと口を開いて言葉を失っていた千早の手を右手で握り、心なし床を強く蹴りながら音楽室を出た。

 

いやみったらしく『失礼した』と吐き捨てるのも忘れずに付け加え、音楽室の扉を勢いよく閉める。

 

 うむ、なんかすっきりした。

 

部活探しは振り出しに戻ったが、一向に構わない。

 

日頃のストレスも一緒に吐き出して、まるで草原で春の木漏れ日を浴びながらお昼寝するような晴れやかさだ。

 

また明日、いろいろと見て回るとして、今日のところはもう帰ろう。

 

「あ、あの……ちょっといいかしら」

 

 帰宅の途に()くため、玄関へと向かう廊下を歩いていると千早に声をかけられた。

 

「んむ、なんだ?」

 

 いったん足を止め、千早の目を見て返事をした。

 

幾分目線が低くなっている気がする。

 

なんでだろうと思い確認してみると、彼女は手を掴まれているせいで少し背中を曲げ、歩きにくそうにしていた。

 

ああ、なるほど……私の背が低いせいか。

 

謝罪はしないが。

 

「手、もう放してもらっても大丈夫よ」

 

「む? おお、忘れてた」

 

 音楽室を出てからここまで、ずっと手を握ったままだった。

 

 右手を開いて解放する。

 

手にすべすべとした心地の良い感触が残っていて、かすかに名残惜しいという感情を抱いた。

 

だが、それよりも気になったのは千早の腕の細さだ。

 

ちゃんと食事を摂っているのか心配になるほど。

 

肌の白さも相俟(あいま)って、触れたら溶けて消えてしまう春の淡雪を彷彿とさせた。

 

「えと、あの……。……りが、と」

 

「ん? 聞こえん。もう一度言ってくれ」

 

 千早は私から目を逸らして、蚊の鳴くような声でなにかを呟く。

 

グラウンドでは野球部員が騒々しく奇声のような掛け声をあげているし、少し離れたところでは――吹奏楽部だろうか――楽器を奏でる音が聞こえるため、触れ合えるほど近くにいても彼女の声を聞き取ることができなかった。

 

 自分を落ち着かせるように、千早は深く息を吸って、ゆっくりと吐く。

 

心臓を押さえるように、右手を胸板……胸に運び、口を開いた。

 

「……ありがとう。庇ってくれて。とても、助かったわ」

 

 開け放たれている窓の外へ視線を向け、恥ずかしそうに頬を淡いピンクに染めつつも、今度は人を魅了する凛とした声ではっきりと、感謝の言葉を口にした。

 

外から、かすかに冷たさを残す春の風が入る。

 

窓から入ってきたひとひらの桜の花びらが風にもまれて舞い揺れて、千早のダークブルーの髪に彩りを加えた。

 

 彼女の仕草は、私が受けた第一印象とはかけ離れたものだ。

 

もしかしたら……他者を寄せつけないような排他的なイメージや、威圧感があるようにあるように思ったのは単に無表情だったからじゃないのか。

 

整った顔立ちだからこそ、表情がないと怖く見える。

 

 きっと彼女は人より少し、不器用なだけなんだ。

 

 窓から入り込む悪戯好きな春風に、つややかな長い髪を弄ばれている千早を見る。

 

ふわりと波打つスカートから綺麗な足を覗かせた。

 

 如月千早という人間の人となりが一欠片程度とは言え理解できると、なんだか途端におもしろく、とても可愛く思えてくる。

 

見た目は綺麗で大人っぽいのに、中身はとても愛らしい。

 

 だから私は、恐らくこれから長い付き合いになるだろう彼女に、笑顔でこう言うのだ。

 

 

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 玄関で上履きから登下校用の靴に履き替える。

 

「千早は自転車通学か? それなら門のところで待ってるが」

 

「千早って……別にいいけど……。私は徒歩通学よ、家から近いの。橘さんは?」

 

「奇遇だな、私も徒歩通学だ。あと名前で呼んでくれていいぞ。私はもう名前で呼んでいるし」

 

「そ、それなら……は、遥って、呼ぶことにする……」

 

 呼び方を変えるだけなのに照れくさそうに言いよどむ千早。

 

そんなに抵抗のあることだろうか。

 

私は人の苗字を覚えるのは苦手なのだが、下の名前でならすんなり憶えられるのでほぼ初対面の相手でもいつも名前で呼んでいる。

 

呼ばれた相手はなぜかどぎまぎするような様子を見せるが。

 

同性の場合はそれが特に顕著。

 

 二人並んで歩き、校門を出る。

 

 ちなみに千早の荷物も私の荷物と一緒に持って音楽室を出たので、音楽室に戻って荷物を取りに行くという醜態は晒さずに済んだ。

 

千早の鞄は他の部員たちとは離れたところにぽつんと置かれていたので大変わかりやすかった、というのも言い添えておく。

 

「それで、どこへ行くの? あれだけ啖呵切った手前合唱部に戻ることはできないし、歌う場所なんて私には心当たりがないのだけど」

 

「いや、歌う場所ならまずカラオケとか思いつきそうなものだが」

 

 たしかにタダで心置きなく歌えるというだけなら学校は打ってつけだな。

 

こういう時学校という場所はいろいろ便利なんだなあ、と感じる。

 

「からおけ……行ったことないわね」

 

「本当に女子高生か、という疑惑が発生」

 

「だいぶ失礼よ」

 

 今日日(きょうび)、小学生でも行くだろうに。

 

少なくとも中学生なら絶対に行く、断言する。

 

「私の家に行く。こういう時にもってこいの部屋があるんだ」

 

「お家にお呼ばれ……な、なにか菓子折りでも持って行った方がいいかしら?」

 

「婚約の報告でもする気か。いらん、どうせ姉と妹が食い散らすに決まっている」

 

「こっ、こん! ……の子どうしなのに……。こほんっ、姉妹がいるのね」

 

 私のエッジの効いた返しに千早は顔を真っ赤にして、ぼそぼそとなにかを呟いたようだがまたも聞き取れなかった。

 

とても良い反応をする、案外いじりがいがあるのかもしれない。

 

千早はからかいすぎたらへこみそうだから手加減をしないといけないけど。

 

「ああ、いるぞ。とても(やかま)しい……もとい陽気な姉と、暴言……じゃない天真爛漫な妹がな。まだ帰ってきていないと思うが」

 

「そ、そう。話の節々に毒があるわね……」

 

 いつもわりと遅い時間に二人とも帰ってくるので千早とバッティングすることはないだろう。

 

あの二人に見つかったら絶対に割って入って茶化してくるに決まっている。

 

紹介するのはまたの機会にすればいい、そんな機会こなくていいが。

 

「は、遥の家もここから近いの?」

 

「そうだな、電車で一駅分くらい? いい運動と思えば近く感じる距離だ」

 

「近い遠いは心の持ちようなのね。とても参考にならなかったわ」

 

 大きな標識がかかっている歩道橋を渡る。

 

 千早もだいぶ言うようになってきた、苗字で呼ぶより名前で呼ぶほうが人との距離は縮まりやすくなるのだ。

 

私がそう思っているだけかもしれないけれど、根拠とかないし。

 

「千早、なんであんな合唱部に入ったんだ?」

 

 歩道橋を降りて、街路樹として植えられているケヤキを見ながら千早に訊く。

 

訊くべきかどうか悩んだが、どうしても我慢できなかった。

 

わからなかったのだ、あんな意欲も向上心も低い合唱部に千早がいた理由が。

 

「歌を……歌いたかった。ただそれだけ」

 

 信号待ち、イチョウ型のガードレールに腰掛けて目を細め、空を仰ぎ見ながら千早は決然とそう言った。

 

なにかとても強い思い、覚悟と形容しても過言ではない雰囲気を放っている。

 

成し遂げなければいけないことがあるような、使命じみた固くて冷たい……暗い決意。

 

「…………」

 

 シリアスな空気の中、大変言い辛いが千早が怖い。

 

もともと近寄りがたいオーラがにじみ出ているのに、眉をひそめて口を横一文字に閉じているとより一層、輪をかけて怖い。

 

 心の内を悟られぬよう、腕を組んでふんぞり返る。

 

なにかもう顔が怖い。

 

「なにかもう顔が怖い」

 

「この状況でよく言ってのけたわね……自分で聞いたくせに。その不遜さが羨ましいわ」

 

 頭で一度考えるという手順を飛ばして実際に口にしてしまった。

 

これでは天然小悪魔の異名をとる杳子と同じじゃないか、人のこと言えないな。

 

 私の発言で重たい雰囲気は霧散してしまい、そこからは私の家に着くまでお互いに益体もない話に花を咲かせることとなった。




感想をくれた方々、ありがとうございます。
おかげでやる気が出ました。
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