剣士よ、“往け”   作:ミノりん

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今回は!少し!早めに!書けたと!思います!


星なき夜のアリア III

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 百メートルほどの上空に突如として出現した全長二十メートルはあるであろう、フードを被った巨大なアバターが初めて発声した。

 しかし、俺にはその言葉の意味を理解することができなかった。“私の世界”?

 もしあのアバターを通して喋っているのがGMに相当するアーガスの社員であるならば、たしかに“私の世界”と呼称するのは間違ってはいないだろう。だがこの非常事態にそんな事を宣言されたところでユーザーには何の気休めにもならない。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

「か……茅場晶彦!?」

 

 驚愕に釣られて思わず俺は声を漏らす。その名前は知っていた。いや、このゲームをプレイしている人間なら必ず知っている名前のはずだ。

 茅場晶彦————。今俺たちがログインしているSAO、そして現実世界で俺たちが頭部に装着している《ナーヴギア》の開発者。俺が購入したSAOを特集していたメディア記事に、彼のインタビューが長々と掲載されていたのでよく覚えている。

 

「……誰なの?」

 

 ————訂正。ここに一人知らない人がいた。誰か? 決まっている。俺のすぐ後ろに立っている栗色の髪の少女だ。よもや、このゲームの開発者まで知らないとは。

 よくもまぁここまでドのつく初心者がSAOの初期ロットを入手できたものだと逆に感心してしまう。よほど普段の行いが聖母じみているのだろうか。

 

「このゲームを作った人だ」

 

 彼女の隣にいる大男がすかさず答える。その声は僅かな困惑と動揺を孕んでいた。

 

『プレイヤーの諸君は、既にメインメニューからログアウト・ボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしこれはゲームの不具合ではない。繰り返す……不具合ではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である』

 

 俺の聴覚が正常に機能しているなら、聞き間違いでないのなら、《本来の仕様》という言葉が聞こえた気がする。どういう意味なのか飲み込めないまま、低い金属質な声は続いた。

 

『諸君らは今後自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止、或いは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合———ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 生命活動の停止。その言葉が何度も頭の中で響き続ける。

 あり得ない———否、認めたくないが原理的に考えるなら不可能ではない。ナーヴギアはヘルメットに内蔵された無数の信号素子から微弱な電波を発生させることで脳細胞に擬似的な感覚信号を与える装置。

 簡潔に述べてしまえば、“電子レンジ”とほぼ同じ機能だ。出力さえ用意されれば、茅場の言う通り脳を焼くことも可能ではある。

 

「なによそれ……そんな、そんな事があり得るの……?」

 

 後方から震える、怯えた声が聞こえる。ゲーム初心者の彼女にとっては単語一つ一つの意味さえ理解できない————いや、理解する事を脳が拒否しているのか。慰めの言葉の一つでもかけるべきかと思ったが、ここで虚偽を並べることは却って残酷な行為に思える。

 俺は正直に伝えることにした。

 

「…………残念だけど、可能だ。ナーヴギアは最先端のテクノロジーを搭載してるけど、原理自体は電子レンジと同じだからな。リミッターさえ外せば、俺たちの脳内の水分を摩擦熱で蒸し焼きにすることも……」

 

 俺の言葉を聞いて、栗色の髪の少女は徐々に虚な表情へと変わり始める。ムカっ腹が立つが、茅場晶彦が言っていることは実現可能なのだと、彼女も察し始めたのだろう。

 ナーヴギアの重量の三割は内蔵バッテリーで構成されているため、電源を切断したところで何の意味も為さない。

 抜け道も逃げ道もない。茅場晶彦の宣言が真実なら、ナーヴギアを下手に弄ればその瞬間に俺たちの脳は蒸し焼きだ。

 

『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族・友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果……二百十三名のプレイヤーが現実世界及びアインクラッドからも永久退場している』

 

「二百十三人も……」

 

 決して少なくない数字。それだけの死人が出ている事を、茅場晶彦は淡々と機械的に告げた。

 まるで命を弄ぶような、掌で転がすような、悪魔のような態度で。それが俺には恐ろしく、身体中の熱が急速に失われるような感覚に襲われる。ベータテストの時に対峙した、どんな異形モンスターよりもおぞましい。

 

 ————信じたくない。だってそうだろう?

 これはゲーム、娯楽だ。脳の破壊? 生命活動の停止? そんな残酷で無慈悲なことがあっていいはずがない。

 他のプレイヤーたちもざわめき始めていた。逃避から「オープニングイベントの過剰な演出」と見做しているプレイヤーも少なくない。斯くいう俺も、まだ頭の片隅ではそんな希望が微かに生き残っていた。だがそれも即座に打ちのめされる事になる。

  

 上空———茅場の周囲に無数のウインドウが表示された。それは現実世界でよく見るニュース番組の映像。多くの番組が取り上げているニュースはどれも同じだった。タイトルは【オンラインゲームで行方不明者一万人】。

 間違いなく俺たちがログインしてるSAOのことを指している。

 これまでは茅場の口頭のみの説明に収まっていたため、「虚偽」とバッサリ切り捨てることもできた。だがこうして現実世界の映像を垂れ流しにされることで、否でも応でも心の中に“焦り”が芽生え始める。茅場の言葉に説得力が増し始めてきてしまった。

 無論、映し出された映像データが全て茅場の手によって作り出されたダミーである可能性もあるだろう。だが俺たちが現実世界に帰還できない現状、あの映像が本物なのか偽物なのか確かめる術はない。

 

『ご覧の通り多数の死者が出た事を含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

「ふざけるな……ログアウト不能の状況で呑気に遊べってのか!? こんなのもうゲームでもなんでもないだろ!」

 

 若い男の咆哮が聞こえる。おそらく、いや確実に——今この場にいるプレイヤーの大多数が同じ気持ちのはずだ。怒号に丁寧に答えるかのように、茅場はあくまで冷徹な口調で続けた。

 

『しかし充分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に————』

 

 次に飛んできた言葉は、単純であり最も恐怖を感じさせるものだった。

 

『諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

 よろけながら、咄嗟に俺は右手で頭を抑えていた。呼吸が荒くなり視界が白く霞む。横隔膜が痙攣するような感覚にも襲われている。茅場晶彦の宣言が《偽り》である可能性はもはや信じるだけ無駄なのだと、本能が告げていた。生存本能が悲鳴を上げて止まない。

 視界の左上に表示されているHPゲージを見つめる。数値は三百四十ニ。これが俺の仮想世界での命の残量だ。本来なら、普通のRPGなら、これが全損したところでセーブ地点や蘇生地点からやり直せる。SAOにも《黒鉄宮》と呼ばれるプレイヤーの蘇生地点に相当する場所があった。

 何度も何度もやり直してプレイヤースキルを高め、強力なボスに挑む。それがテンプレだ。

 

 だが俺たちが陥った状況はそんな生易しいものではない。この緑色のHPゲージが減少して黄色く、やがては赤くなりその全てが失われた時———仮想世界だけでなく、現実世界の俺たちの命も尽きる。

 

『諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすればよい。現在君たちがいるのはアインクラッドの最下層第一層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』

 

「クリア……第百層だと? できるわけねえだろうが! ベータテストじゃロクに上がれなかったんだろ!?」

 

 間髪入れず、どこからか野太い男の声が響く。声の主がどこの誰かは分からないが、その言葉には激しく同意せざるを得なかった。

 ベータテストは二ヶ月という期間が設けられたがそれでも最終的に辿り着いたのは第十層まで。それも十層のフロアボスを撃破できたわけではなく、途中で攻略は打ち切られてしまったのだ。

 上の層へ進むたびに難易度は跳ね上がるし、フロアボスはレイドが半壊するような恐ろしいスキルを使うモンスターだっている。ただの一度も死なず、てっぺんの百層ボスまでたどり着きゲームクリアに至れる確率など———針の穴に糸を通すような狭き門だ。

 果たして何千人、いや何百人が生き残れる? そもそも恐怖に呑み込まれて戦いを拒否するプレイヤーだって必ず出てくるだろう。

 

『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』

 

 疑念を抱きつつも、俺は右手の指二本を縦に滑らせてメインメニューを出現させる。周りのプレイヤーもそれに釣られて同じモーションを起こす。

 せめてもの慈悲として、なにか強力なバフが付加された武器または防具でも支給されたのかと一瞬思ったが、そんな事はなかった。

 アイテムストレージ欄にいつの間にか忍ばされていたのは、ベータテストでも一度として見かけることのなかったアイテム。名称は【手鏡】。

 オブジェクト実体化のボタンを叩いて手に持ってみたが、やはりこれといって何の変哲もないただの鏡だ。鏡を覗き込むと、そこには俺が四十五分ほど思案して制作したアバターの顔面が映り込む。

 

「きゃああっ!?」

 

「なに、これ————」

 

 後ろで俺と同様に鏡に自分の顔を映していた二人のプレイヤーが、突如として光の柱に包み込まれた。アバターをすっぽり覆う、転移とはまた違ったエフェクト。

 

「おいお前ら! 大丈夫か———」

 

 直後。俺も全く同じ光に覆われ視界がホワイトアウトする。何が起きているのか理解できないが、ニ、三秒ほどで視界が回復した。手鏡を持っている者、つまり全プレイヤーを対象に同一の現象が起きている様で、四方八方から独特なシステム音が響いている。やがて全ての光の柱が収束すると、そこはもう数秒前の仮想世界ではなくなっていた。

 はじまりの街の景色や建物、未だに紅く染まる市松模様の空は何ら変わりはないが、先ほどまで屈強な肉体と不気味な目玉で鎌を抱えていた大男は消え失せ、代わりにいたのは同じ鎌を持った———女の子。

 その容貌は先ほどまで同じ場所に立っていた大男とは似ても似つかないものだった。背中まで垂れる滑らかな紫色のポニーテール。肌は透き通るような白。可愛らしい目と薄い唇を持つ美少女がそこにはいた。

 

「…………誰?」

 

 奇しくも、俺は全く同じ言葉を目の前の美少女に返される。

 

「あなたこそ誰よ……」

 

 凄まじい、とてつもない焦燥感が生まれる。俺は震える右手を懸命に動かし、未だに手元に保持していた手鏡の鏡面を覗き込んだ。そこに映っていたのは———先ほどまでの顔ではなかった。

 髪の色こそ変わっていない。だが、薄紫の眼球に男にしてはやや白い肌と長めの髪。人並みにはあるであろう筋肉量とこの身長。現実世界に置いてきたはずの、生身の姿そのものが、今こうして仮想世界に顕現している。

 SAOにおける俺———カルヤではなく、現実世界の斑鳩幻夜の姿。

 

「なっ……これ、私だ……」

 

 同様に、鎌使いの少女も己の著しい変貌に動揺していた。拍子で手鏡が手から零れ落ち、地面に落下して、耐久値を失った手鏡はポリゴンの破片となり霧散する。

 外見が変わったのは周囲のプレイヤーも例外ではなかった。先程まではじまりの街には如何にもファンタジーめいた外見をしたプレイヤーで溢れていたのに、今は一切のキャラメイクが施されていない若者たちの集団でしかない。

 

「あんた男だったの!?」

 

「十七って嘘かよ!!」

 

 無数に聞こえてくる混乱の声音の中には、性別や見た目までガラッと変わったことに震撼するものもあった。だがそれは無理もないだろう。ベータテストの時から、SAOは性別も年齢も自己申告制だ。アバターひとつ弄れば老若男女の容姿を自由自在に設定できる。現に俺の背後にいる鎌使いもSAO上では男のアバターを使っていた。

 だが茅場の差し向けた手鏡というアイテムのせいで、外見も中身もカモフラージュすることが不可能となり、現実世界となんら変わりない姿が仮想世界に転写されている。

 よく見渡すと女性プレイヤーの数が明らかに減少していた。これが自己申告でも偽りでもない、実際にこのゲームをプレイしている女性プレイヤーの人口なのだろう。ざっと見た感じ全体の1割———多くて2割ほど、だろうか。

 

「なにこれ……どうして現実の顔が……」

 

「———スキャンだ。ナーヴギアは高密度の信号素子で顔をすっぽり覆ってる。だから顔の形をある程度把握できるんだ……いや待て、でも身長や体格までは……」

 

 あくまで頭部しか覆ってないナーヴギアに、それ以外の肉体を再現する機能が搭載されているとは思えない。いや、焦りのあまり頭から情報が抜け落ちていただけだった。俺が欠けていた答えを、鎌使いの少女はすぐに導き出す。

 

「わかった……《キャリブレーション》よ。ナーヴギアを初めて装着した時、セットアップステージで身体のあちこちを触ったでしょ? たぶんあの時のデータを元にしてるんだと思う」

 

 そうか。あのデータがなんの用途に使われているのか疑問だったが、この瞬間のための———現実世界の容姿を再現するための物だったのか。なんというプライバシーの侵害だ。不特定多数の人間に自分の素顔が晒されていると考えると身震いが止まらない。だがそれは他のプレイヤーも同じこと。

 しかしここで俺は違和感を感じる。はじまりの街で一人だけ、容姿が殆ど変わっていないプレイヤーがいたのだ。俺のすぐ目の前に。

 

「…………なんかお前だけ全然変わってなくない?」

 

 鎌使いの友人である栗色の髪の少女の姿は、殆ど変化していなかった。せいぜい少し身長が変わったくらいだろう。これは一体どういう事なのか。

 

「あ、アスナは現実世界の格好そのままでログインしてるから……」

 

 ————茅場晶彦の宣言の次に衝撃的な事実だった。

 街の真ん中で本名を暴露するわ、生身の姿のアバターでログインするわ、このアスナという女性プレイヤーはどこまで大胆なのだろう。

 

「ね、ねぇこれどういう事なの?」

 

 今にも泣き出しそうな表情でアスナは問う。仮に俺が知っているなら喜んで教えてあげたいところだが、生憎とそんなこと知り得るわけがない。

 

「それは私にも分からないわ。そもそも何故こんなことを、茅場晶彦が……」

 

 俺たちの会話を聞いていたとでも言うように、茅場の重く冷たい声は再開された。

 

『諸君は今、何故と思っているだろう。何故ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか、と。私の目的は既に達せられている。この世界を生み出し、鑑賞するためにのみ、私はソードアート・オンラインを作った。そして今……全ては達成せしめられた』

 

 短い間に続くように、無機質な声は尚も続く。

 

『以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。最後に忠告しておく———— ()()()()()()()()()()()()()()()()()()プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 最後の一言を終えた途端、茅場の声は残響と共に霧散した。上空に佇んでいたアバターも血の色をした粘液と化し溶け始める。最後に不気味な波紋を残し、GMのアバターと空を不気味に染め上げていたシステムアナウンスの表示が瞬く間に消え去る。

 一見、世界は元通りになったようにも見えた。一縷の望みを賭け、俺はウインドウを表示したがやはりそこにログアウトボタンは無かった。

 茫然自失となった一万人のプレイヤー。その十数秒ほどの沈黙を打ち破ったのは、一人の少女の悲鳴だった。その刹那、恐怖と絶望は瞬く間に全てのプレイヤーに伝染し、心が決壊する。圧倒的な大音量で阿鼻叫喚の咆哮が響いた。

 

「ふ……ふざけんなよ!」

 

「出せ! ここから出せよ!」

 

「こんなの困る! このあと約束あるんだよ!」

 

「帰して……帰してよおおお!」

 

「嫌だ、助けてくれ!」

 

 泣いて縋る者。近くにいた誰かの胸ぐらを掴み上げ叫ぶ者。深い絶望に呑まれただ呆然と立ち尽くす者。

 全てのプレイヤーは気づいてしまったのだ。茅場明彦の言葉は全てが真実。この世界で死ねば、現実世界で横たわっている生身の肉体も死ぬ。ゲームオーバーが現実の死を意味する——と。

 

「これが……俺の、現実…………」




自分の小説って地の文くどくないでしょうか?
できるだけ細かく、想像しやすいように長く書いてるつもりなのですが……

満を辞して明かされた幻夜くんのアバターネームはカルヤ。綴りはKaryaです。アインクラッドの捕囚となった彼がどんな行動を取るのか。そしてミトたちとどう関わってくるのか。次回をお待ちください……
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