剣士よ、“往け”   作:ミノりん

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色違い厳選ばっかりやって遅れました
ついでにCSMゼロノスベルトで遊びまくってました
日間ランキングに載れて感動の極みです……全ての読者様に感謝。
地の文が好評だったのでたくさん続けて行こうと思います!!


星なき夜のアリア IV

【1】

 

 深く息を吸って、ゆっくり吐く。己を宥めるための深呼吸を何度か繰り返して、ようやく俺は落ち着いた。同時に、“これは現実である”と悟る。もはやこのゲーム……ソードアート・オンラインは、誰もが望んだ理想の仮想空間などではない。《デスゲーム》と呼ぶべき地獄のVRゲームへと失墜した。

 そして俺は、《ナーヴギア》という家庭用ゲーム機の姿をした処刑具を頭から被る、この世界に幽閉された一万の虜囚の一人。

 これから俺はこの世界で死ぬことは絶対に許されない。一度でもHPが全損すればその瞬間、仮想世界の俺も現実世界の俺も諸共絶命することになる。

 俺に、もはや茅場晶彦の言葉を疑う余地はなかった。

 俺は茅場について詳しく調べるほど彼に惚れ込んでいたわけではないが、SAOを取り上げていたメディア記事は余すことなく集めていたので、当然茅場の名前は知っている。

 あの男はメディア露出を極力避けていたためインタビュー記事も数少なかったが、それを軽く読み込んだだけでも分かるほど、茅場の破滅的な天才性は理解できた。だからこそ、なのかもしれない。

 俺には、茅場が嘘をついているとは思えなかったのだ。信用———というのは語弊があるが、こんな馬鹿げた事件を引き起こせるほどの優れた頭脳を、あの男は持っていると確信できた。

 

「…………こりゃ、ひどいな」

 

 周囲を見渡すと、そこは人間の負の部分を抽出して実体化させたような絵面が繰り広げられていた。

 この世の終わり———とまでは言わないが、それに片足を突っ込んでると表現しても問題はないほどに。

 慟哭。絶叫。罵声。行き場のない負の感情を他人にぶつける事で発散する者、石畳を拳で何度も叩く者、嗚咽を漏らしながら他者に縋り寄る者……見ているこっちが胸を引き裂かれるような、ぞっとしない光景。まるで深い海に沈んだような重たい空気。

 しかし、どんな世界にも真っ先に動こうとするアクティブな人間というのは存在する。目視で確認した程度だが、四人ほど、人垣を押し除けて北に聳えるフィールドに繋がる大門へ駆けていくプレイヤーが見えた。

 命の危機を宣告されても尚、モンスターの彷徨くフィールドへ直行しようとするその佇まいから、俺はすぐに察することができた。彼らは“ベータテスター”、二ヶ月のベータテストで知識と経験を積んだ、サービス開始初日時点で大きなアドバンテージを獲得している選ばれし者たち。そう、俺と同じ人間なのだと。

 

 ……だとすると俺も、いつまでもこの街に居座っている場合ではないかもしれない。

 

 ソードアート・オンラインに限らず、MMORPGというのはシステム側から供給される限られたリソースの奪い合いが繰り広げられる。金・アイテム・武器・経験値……あらゆる資源には限りがあり、誰もが平等に強さを得られるわけではない。

 ベータテストで俺はそれを痛いほど味わった。熾烈を極めるリソース争奪戦で蹴落とされた俺は、レベルひとつ上げるのも苦労するほどドン底に突き落とされたのだ。

 そこからは最前線に追いつくために死に物狂いでレベリングに勤しみ、現実世界の時間をギリギリまで消費して———さすがに学校にはちゃんと行ったが———そうしてようやく当時の最前線に追いついたものだ。あの時はたしか、タイミングよく第一層フロアボス攻略直前だったか。

 

 ……話が少々脱線してしまったので元の話にシフトしよう。

 

 そんなわけで、世界初のフルダイブ型VRオンラインゲームであるSAOといえど、MMORPGの大原則である資源の《早い者勝ち》の理からは逃れられないのだ。

 リスクを覚悟した上で先行した者は確固たる強さを獲得できるし、逆に臆した者は惨めに最前線から置いていかれる。残酷で単純な、基本ルール。

 データ上ではない、真の命が懸かったデスゲームともなれば、リソースの奪い合いの熾烈さはおそらくベータテスト時よりも遥かに過激なものとなるだろう。なにせ自身の強さ=生き残れる確率の高さに直結するのだから。

 このまま俺がいつまでもこの《はじまりの街》で時間を無駄にしていたらあっという間にリソースは他のベータテスターたちに毟り取られ、ベータの時に続いて正式サービスでも壮大に出遅れることになる。ベータテスターは効率のいい狩場も報酬が豪華なクエストだって当然熟知している。俺の取り分がなくなるのも時間の問題だ。

 

「…………!」

 

 これ以上一秒でも無駄にできない。そう判断した俺は「ごめんなさい」とせめてもの謝罪をしながら人垣を押し除けて、人混みの外周を抜けた。

 はじまりの街の綺麗に敷き詰められた石畳を踏みつけながら、《北西ゲート》に向けて全速力で走る。

 この街にはフィールドに続く三つの大門があり、それぞれ《北ゲート》、《北東ゲート》、《北西ゲート》と別れているが、安全性を考慮するなら序盤で通るべきは北西ゲート一択だ。

 というのも、山間を抜けて《メダイの村》へと至る北東の道は出現するモンスターのレベルが総じて高くて序盤ではモンスターに瞬殺される危険もあるし、北の道は《トールバーナの町》に辿り着くために沼コボルトが生息する湿地を抜けた後に一本道の峡谷に巣食う巨大なイノシシ型フィールドボスを相手しなければならないと、あまりに危険なのだ。

 それに比べて《ホルンカの村》に至るための北西の道は、出現するモンスターもそこまで脅威は高くないし、途中の《ホルンカの森》で迷う可能性はあるかもしれないが他の二つの道に比べれば相当安全だ。

 さきほど先行していたベータテスターたちがどの門から通ったのかまでは見届けられなかったので俺の知るところではないが、彼らもおそらくこの北西ゲート……ベータテストの時は略して《北西門》と呼ばれたこの門を潜ったはずだ。

 

「……ここから先は、死と隣り合わせか」

 

 しばらくすると、堂々と聳え立つ大門が見えて来た。ベータの時と特に見た目は変化していない。街の中、いわゆる《圏内》と呼ばれる場所はシステムから絶対的な保護が約束されており、プレイヤーは他のプレイヤーに危害を加えることができず、HPを一ドットも減らすことは———プレイヤー同士の《決闘(デュエル)》というひとつの例外を除いてはあり得ない。

 当然、街の中にモンスターはポップしないので、極端な話になるがこのまま街に居座り続ければ死ぬことはないのだ。

 だが街の外は違う。フィールド、いわゆる《圏外》エリアはシステムの保護が微塵も存在しないため攻撃を受ければ命の残量を示し表すHPは減少する。

 それはプレイヤーからの攻撃も例外ではなく、実際にベータ時には悪を気取ってプレイヤーを積極的に殺戮する《PK(プレイヤー・キル)》行為を働く者もそこそこいた。

 だがデスゲームとなった今、ここでプレイヤーをキルすれば本物の人殺しに成り果ててしまう以上、PKを行う莫迦は出てこない———と信じたい。

 俺がこの足を、あと二、三歩踏み出せばそこはもう世界と、己との戦いだ。一切の慢心も油断も許されない極限状態。

 ほんの小さなミスが己の寿命を削り、死神を招き入れる。いかにベータテストを経験していると言っても、“絶対に死なない”という自信が俺にあるわけではなかった。

 いつだったか学校で、「人は慣れた頃が一番失敗しやすい生き物だ」と説かれたことがあったが、今の俺にこれ以上なく当てはまる言葉だろう。

 他のプレイヤーより知識で、経験で勝っているという驕りと高慢が、俺に予期せぬ死を齎す可能性は大いにある。

 

 ……だが、このまま振り返るつもりはない。

 

 背中の鞘から片手剣初期装備の《スモール・ソード》を引き抜いて、俺は北西門を通り抜けた。直後に飛び込んできた景色は、茜色に染まる夕暮れ空と、広大な草原。

 幻想的な美しさを感じさせる景色に軽く見惚れるが、すぐにまた俺は走り出した。綺麗に整備された横に広めの一本道を走る。

 ————が、そこで。まるで俺を待ち受けていたかのように、目の前で一体のモンスターが独特なシステム音と共にポップする。

 《Dire Wolf(ダイア・ウルフ)》。SAO序盤Mobの一体で、脅威性は殆どないと言っていい雑魚の分類だ。だが決して油断はしない。この先に待ち受けてる数多のモンスターに比べれば大したことない相手であることに変わりはないが、コイツは喉元を狙って噛み千切ろうとしてくるのが特徴だ。実際に牙を食い込ませられると、思ったよりHP減少が早いので警戒するに越したことはない。

 

「さぁ来い、来やがれ……」

 

 焦らず、相手の攻撃来るまで待つ。ダイア・ウルフは獰猛なモンスターであるため実に攻撃的だ。ある程度離れていても向こうから勝手に距離を詰めてくるため、プレイヤー側が焦って先制する必要はない。

 

「グル……アアアッ!!」

 

 実に獣らしく吠えながら、ダイア・ウルフは俺に飛びかかってきた。剥き出しの白い牙が、否応なく僅かな恐怖感を俺に抱かせる。だが、この程度のモンスター相手に怖気付くようでは先が思いやられる。これから生き残るなど夢のまた夢だ。

 ふー、と深呼吸し、俺は剣を右に大きく引く。その動作をシステムが検知し、ショート・ソードの刀身が薄水色のライトエフェクトを発する。そのまま滑らかな動きで、単発水平斬撃技《ホリゾンタル》を宙に浮くダイア・ウルフの攻撃隙に合わせて放った。

 真横に両断されたダイア・ウルフは悲鳴じみた咆哮を漏らす。一瞬でHPがゼロになり、その身体を青い破片に変えながら霧散した。ベータテストが終了してからそれなりに時間が経っていたため、ちゃんと技を発動できるか不安だったのだが、どうやら無用の心配だったようだ。

 ————さて。ここでSAOの戦闘について軽く触れる必要があるだろう。

 ファンタジー世界をテーマにしているのに“魔法”が微塵も存在しないソードアート・オンラインでは、その代わりというべきか、《剣技(ソードスキル)》という必殺技に相当するスキルが無限に近い数設定されている。

 ソードスキルを巧みに発動できるようにするためには、多少の慣れと勘が必要だ。ベータ時によく見られたのが、自分で無理に動こうとした結果システムのアシストに乗り切れず技が発動失敗してしまうという例だった。

 ちゃんと初動で技をイメージした規定モーションを起こせば、後はシステムがほぼオートでプレイヤーの身体を動かしてくれる。 

 一見単純そうなので、すぐマスターできるように思えるかもしれないが、実際に剣を振ってみると思うようにはいかない。俺も実践で使えるシロモノになるまでけっこうな時間がかかった。

 動きに慣れれば寝転がりながらでも即座に発動できるようになるが、その境地に至るためには、ひたすら試行回数を稼いで技に慣れるしかないのだ。

 蛇足になるが、もちろん規定のスキルを習得していない者がそのスキルの動きを見様見真似でやったところでシステムのモーションアシストは発動しない。攻撃力が低く、動きも鈍いお粗末な剣技になるだけである。

 

「……やっぱり、こうやってモンスターを爆散させるのは気持ちがいいなぁ……」

 

 そんな呑気なことを言っている状況なのか、と自分に深く釘を刺しつつも、俺の頭から爪先まで、骨の髄まで余すことなく染み付いたネットゲーマー魂はこんな異常事態でも悦に浸っていた。

 ベータテストで、初めてソードスキルを上手く発動させてモンスターを撃破した時の感覚を今になって思い出す。あの時は血湧き肉躍るような爽快感を全身で感じたものだ。

 もしSAOがデスゲームじゃなければ、正式サービスでも同じくらい楽しめただろうに。

 今後、VRMMORPGというジャンルはどうなっていくのだろう、と不意に疑問が湧き出てきた。

 ソードアート・オンラインはVRMMORPGの先駆けであった。しかし一万人のユーザーを仮想世界に監禁し、命を奪う————そんな極悪極まる事態を引き起こしてしまった以上、もうVRMMORPGというコンテンツの寿命は蝋燭の火のようにか細い物になるだろう。一部も残らず規制され、泡沫の夢のように消えていく。その未来は避けられないと確信している。

 

「………なにを考えてるんだろうな、俺は」

 

【2】

 

 ダイア・ウルフとの戦闘を終え、再び地を蹴って走り始めた俺は、また足止めを喰らう事になる。いや、今回は俺が自分の足で歩みを止めた。2メートルほど先の地点で、プレイヤー二名が確認できたのだ。これが顔も名も知らない赤の他人なら「すいません」と小声で呟きながら横を素通りするだけだが、その二人組は俺がよく知っている顔だったので思わず疾走を中断してしまったのだ。

 腰に細剣を納刀している栗色の髪の少女————アスナ。そしてもう一人は紫色のポニーテールが特徴的な、勇ましく鎌を右肩に担ぐ少女。こちらはまだ名前を知らないが。

 思えばこの二人とは今日よく出会う。

 一度目はSAOにログインして早々。二度目は茅場晶彦のデスゲーム宣誓の時。そして———三度目はフィールド内で。

 さっさと先行することに集中しすぎて完全にあの二人のことが頭から抜けていたが、そういえば俺が人垣を抜ける時には既に街からいなかった気がする。俺より遥かに早く、街から出る決心をしたということだ。

 凄まじい判断能力の速さに心から脱帽する。知らない相手でもないし一声くらい掛けていくか、と近寄ろうと試みる。————だが。

 

「なんなのこれ……ぜんぜんわからない……ゲームから出られないなんて、そんなことがあり得るの……? もうすぐ受験なのに!」

 

 悲痛に満ちたアスナの弱々しい声を聞いて、『今近付くべきではない』と即座に悟る。だからといって、彼女たちを差し置いて横から突っ切り、先に進む気にはどうにもなれなかった。

 何故————なのだろう。理由は塵程も分からないが、一つだけたしかな事があった。あのまま二人がフィールドのど真ん中で無防備に居座るのは、かなり危ないという事だ。もし今から数秒後、背後にモンスターがポップしたら不意打ちを喰らう可能性もあり得る。

 

「…………はぁ」

 

 誰に頼まれたわけでもないが、あの二人の話し合いが終わるまで俺は待機している事にした。俺の名誉のために言っておくが彼女たちを影から視察するためとか、そういう卑しい動機があったわけではない。

 万が一近くにモンスターがポップしたら、彼女たちの代わりに俺が相手をするためだ。あの鎌使いの少女はベータテスト経験者だし返り討ちにされる可能性はごく低いだろうが、念のため。あくまで念のためだ。

 たぶん、久しぶりに同年代くらい(これは俺の勝手な偏見に過ぎないが)の子と話せたのが楽しかったのだと思う。現実世界じゃ、俺は同年代からは迫害されてばかりだった。だから———彼女達に情でも湧いたのだろう。

 そう思うことにする。

 耳を澄ますと、ぴゅう、という少し冷たい風が草原を揺らす耳心地のいい音が聞こえる。それに混じって、アスナの声も微かに聞こえた。聞いてはいけない気もしたが、耳を塞ぐのも変な話なので、心の中で「勝手に聞いてごめん」とアスナに謝りながら彼女の声を耳に迎え入れた。

 

 ————ここは俺にとって分岐点だった。

 彼女たちを意にも介さず、このまま他人のフリをして置き去りにしていたら、きっとSAOでの俺の生き方は大きく変わっていただろう。




なんか文字数の割に話が進んでない……気がしてきた
これ第一層《星なき夜のアリア》編で何話かかるんだろう……
申し訳ありません(涙)

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