鬼滅の刃〜雷鳴轟く刻〜   作:グリアノス

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思った以上に筆が乗ったので投稿します。


第二話

「構えろ善逸。打ち込み稽古の時間だ」

 

「イヤァァァァァァァ!? 死にたくないぃぃぃ!!」

 

 一人の青年と一人の少年が、だだっ広い道場で向かい合っている。一分の隙も無く自分の得物である大太刀と小太刀を模して作られた木刀を構えるのは水無月伊織。もう一人は伊織の師匠であり先代の鳴柱である桑島慈悟郎より預けられた我妻善逸という少年だ。

 

 この我妻善逸という少年は剣士としての才は凄まじいのだが、如何せん育手である桑島慈悟郎をして手を焼く程の臆病さを抱えており、師の頭を悩ませていた。現にこうして打ち込み稽古を始めようとすれば、悲鳴は上がり腰は完全に引けて全身はガタガタと震えて大きな目からは涙が止めどなく流れるのだ。一ヶ月という時間を共に過ごした伊織も話は聞いてはいたがこれ程とは思わなかった。

 

 最初は只臆病なのだろうと様子見をしてはいたのだが、一ヶ月も経ってなお何一つ変わらないのでは最早甘い顔など出来ない。故に今日の伊織は容赦を捨てて善逸と対峙していた。

 

「善逸、最終選別までもう半年しかない。震えてばかりいては自分の身を守れないぞ?」

 

「いやいやいや俺なんかには無理ですって!! 最終選別に行ったって生き残れるわけないんですよぉ!!」

 

「だから俺が鍛えるのだろう? 安心しろ。俺が鍛えればお前でもちゃんと強くなれる」

 

「その前に死んじゃいますよぉぉぉぉぉ!!」

 

 まるで漫才のようなやり取りだが伊織は至って真面目であるし善逸は必死も必死。そして善逸がゴネ続けた結果、合図すら碌に無いまま始まった打ち込み稽古は日が暮れるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「善逸。お前は壱の型以外を覚えたいか? それとも師匠の言う通り壱の型だけを極めたいか?」

 

 今日の稽古を終えて夕餉を共にする善逸に伊織は問いかける。

 

「お前の兄弟子である獪岳。あいつにも似た質問をしたが、あいつはものに出来なかった壱の型の代わりに弐の型から陸の型を鍛えて壱の型の分を補うと答えた。お前はどうしたい?」

 

 大根の味噌汁を啜っていた善逸は膳に茶碗を置くと目を伏せながら口を開く。

 

「…………どうすればいいのか、俺には分からないです。霹靂一閃だけは自分以上だってじいちゃんは言ってくれたけど、元柱より凄いなんてそんな事あるわけないしきっと俺に気を遣ったんだ」

 

 これだ。我妻善逸という才の成長を妨げているのは卑屈などと言うには生温い程の劣等感。

 伊織は実に勿体ないなと思う。端を発するのは彼自身が持つ生来の気優しさと天涯孤独であった為に今まで向けられた謂れのない悪意。それが彼を構成する軸となる部分に歪に絡みついている為に、自分に掛けられる称賛の声も白々しく聞こえてしまうのだろう。彼自身の聴覚が常人を遥かに凌ぐほどに優れているのも悪い方向に働いたと言える。

 

「善逸。師匠とて見込みのない人間など早々に見切りをつけて放り出すだけの判断力はある。見込みのない人間を最終選別に送り出しても先ず生き残る事など出来ないからだ」

 

「だからじいちゃんは師範に俺を預けたんじゃ……?」

 

「馬鹿を言え。俺には柱としての責務もあるのだから、たとえ師匠の頼みであっても唯のお守りなど引き受けんよ」

 

 伊織は湯呑を手に取り、温くなったお茶を一気に飲み干す。そして憔悴気味な善逸の目を真っ直ぐ射抜くように見つめる。

 

「お前の身の上は同情するが、俺は同情だけでお前と接しているのではない。確かな才を持つお前が力をつけて、罪無き人々をその手で守れる鬼殺の剣士となってほしいからこそ、俺はお前を鍛えるのだ」

 

「罪無き人達を、この手で…………」

 

「そうだ。誰よりも優しい心を持つお前だからこそ、俺や師匠はお前に期待するんだよ」

 

 担当地区の巡回に出る旨を善逸に告げ、言いたい事は言ったとばかりに立ち上がる伊織は羽織と日輪刀を手にして部屋から出る。部屋には善逸唯一人が残され、静寂が屋敷を支配していく。

 

「…………俺への期待、か」

 

夜空を眺めながら溢れた善逸の呟きは、夜の闇に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師範。俺は鬼と戦うのが怖いしまだ自分に自信も持てない。だけど、だからこそ俺は俺を信じてくれた師範とじいちゃんを信じたい」

 

 夜間の巡回を終えて帰ってきた伊織は善逸の決意を聞いて少しだけ顔を綻ばせる。昨晩の問答で何かが彼自身の血肉となったのであれば、真っ直ぐ本音をぶつけた甲斐もあったか。

 

「少しだけだが、マシな顔になったな」

 

「それで師範。俺はじいちゃんに教えてもらった壱の型を極めたいと思うんだ」

 

 決意一つで此処まで変わるものかと伊織は少し感心する。改めて問われる前に自分の道を決めているならば話を先に進められるというもの。

 

「よし。お前の考えは分かった。では、今一度身体を鍛えていく事としようか。全集中の呼吸の常中を覚えるのにも鍛えておく事は必須だしな」

 

「…………え、なんか凄い特訓とかを覚悟してたんだけど、基礎鍛錬だけで良いんですか?」

 

「それは実に殊勝な心掛けだが、物事には順序がある。辛く地味な基礎をこれでもかと積む事でこそ先へ進む事も出来るというもの。辛くてもちゃんとついて来いよ?」

 

 基礎鍛錬ときいて拍子抜けしたような善逸だが、仮にも柱が課す基礎鍛錬が容易く熟せると思われては心外である。精々限界ギリギリまで絞ってやろうかと伊織は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………が、善逸は今まで自分の熟してきた基礎鍛錬の意味を問うほどの扱きに対して、悲鳴は上げ続けたものの泣き言は一つも溢す事なく耐えきり、初歩程度のものとはいえ全集中の常中を会得してしまい伊織を大変驚かせた。多少の餌はチラつかせたものの、人間の本気とは斯くなるものかと教えられた気分であった。

 

「よもやよもや。師匠の人を見る目は侮れんなぁ」

 

 とある炎柱の口調が少しばかり混ざっただろうか。他愛ない事を考えながら伊織は師への文を綴る。

 

『拝啓、桑島慈悟郎殿

 

 予てより私の屋敷にて預かっていた我妻善逸ですが、私の課す鍛錬を全て修め、完全ではないものの全集中の常中を体得するまで成長した事を報告する為に筆を取りました。

 呼吸の型は壱の型のみを磨き上げる形で鍛えた為に弐の型以降は未だ習得はしていないものの壱の型の習熟はより進んだ事を理由とし、来月に控えた最終選別は無傷で突破する事も不可能ではないと自負しております。吾妻善逸が此度の最終選別を無事突破し鬼殺の剣士となった暁には、一度貴方の元を訪ねさせますので何卒よろしくお願い申し上げます。

 

                                  鳴柱 水無月伊織』

 

 

 

 

 

 

「な、なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

 鍛錬から逃げてばかりだった善逸も伊織に預ければ何か良い影響があるかも知れぬと漠然と考えていた慈悟郎だったが、望外の大成長を遂げた弟子とそれを鍛え上げた後継者に対し目が飛び出すかとばかりに驚愕し、派手にすっ転んだ。

 

 




大正コソコソ噂話

伊織が鍛錬の際に多少の餌はチラつかせたとあるが、思春期特有の想像力に耳元から働きかけただけだったりする。
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