よもやよもや、作者として不甲斐なし。穴があったら入りたい。
一年通して藤の花が狂い咲く山がある。
麓から中腹にかけてぐるりと取り囲む様に絶えず咲き続け藤の花は、浮き世離れした美しさと共に人の本能に訴えかける様な畏怖を与えるだろう。
その山の名は、藤襲山。
これでもかと目を引くにも関わらず一般人には常に入山する事が許されないこの山は、鬼殺隊への入隊を志す者達に対する最終選別の場として作り出された箱庭の地。藤の花を檻として組み上げられた鬼だけを捕らえる牢獄とも言えるだろうか。
その内側に居るのは、紛う事無き人を喰らう鬼。鬼殺の剣士達によって生きたまま山に入れられた彼等は悪鬼滅殺を志す若者達同様に半年に一度の最終選別を心待ちにする。鬼にとっての食糧、人間など一人として存在しない藤襲山において最終選別は唯一と言っていい食事の機会である為に。
本来、山中に存在する鬼達は永く生きる事は殆ど無い。鬼同士が共食いで喰らい合う場合と選別に臨む者達の手によって討ち取られる事で生き残り続ける事は不可能に近い。
「狐小僧。今は明治何年だ?」
だが此処には何の因果か、不可能を覆して人を喰らい続けて異形に変じた鬼が存在した。その身体に多数の腕を巻きつかせ、一歩踏みしめるごとに地面を揺るがす程の巨体は未熟な剣士達の手には荷が勝ち過ぎる事は想像に難くない。
そんな異形の鬼は今、一人の少年と対峙している。
「明治……? 今は大正時代だ!」
「大正……? あああぁああぁぁ!! 年号がぁ!! 年号が変わっているぅ!! まただ!! またぁ!! 俺がこんな所に閉じ込められている間に!! あああぁぁぁ許さん!! 許さぁぁあん!! 鱗滝め!! 鱗滝め!! 鱗滝め!! 鱗滝めぇええ!!」
異形の鬼の慟哭と共に身体にまとわりついた腕が自らの肉体を搔き毟る。血が吹き出し、肌に食い込ませた指が肉を握り潰そうとお構いなしである。見ていて気持ちの良いものではないし、間違いなくまともな精神状態ではない。
(……何こいつ。こんなのが居るとか聞いてないんですけど)
そして対峙こそしていないが、物陰から様子を伺う者がもう一人。常人より圧倒的に優れる聴覚により捉えてしまった余りにも異質な音の元を確かめに来てしまった善逸である。
(正直こんな気持ち悪いのと戦いたくないけど、流石に目の前で喰われるのは見たくないしなぁ……)
幸い、異形の鬼はこちらに気づいていない。十分に呼吸を整えて物陰から一息に頸を狙って断ち斬れば殺せるかもしれない。善逸は抜刀の姿勢のまま身体を前に大きく傾ける。
(……雷の呼吸・壱の「お前は鱗滝さんを知ってるのか?」なんか割り込んで恨まれるのも嫌だしもう少しだけ様子を見よう。うん)
霹靂一閃を繰り出そうとした善逸は飛び出す寸前で辛うじて踏み留まる。手鬼が話をしている間であれば狐の面をつけた少年と尻餅をついている少年が死ぬ事は無いだろう事を見越しながら、しかし何時でも飛び出せる様に日輪には常に手は添えている。
「ああ知ってるさ!! 俺を捕らえたのは鱗滝なんだからなぁ!! 忘れもしない!! 四十七年前、アイツがまだ鬼狩りをしていた頃だ!! 江戸時代、慶応の頃だった!!」
「嘘だ!! そんなに長く生きた鬼は居ない筈だ!! 人を喰った数だって精々2人や3人の鬼しか入れていない!! 共食いと選別で斬られるから!! だから!!」
「だが俺は生きている。この藤の牢獄で五十人は喰ったなぁ、ガキ共を」
五十人を喰ったと告げる鬼の言葉に狐の面をつけた少年の顔が強張る。鬼の強さは喰ってきた人間の数に比例し、それに自身の強さが劣っていればそれは則ち自分が死ぬ事と同義であるからだ。
「十二、十三。お前で十四だ」
「何の話だ!」
「これまで喰ってきた鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子は全員殺してやるって決めてるんだぁ」
(悪趣味過ぎるだろ。その鱗滝って人をどれだけ恨んでるんだよ)
胸糞の悪い話ばかりで善逸は溜め息が止まらない。
聞いてて何一つ良い気分になどなれない不愉快さに対して1狐の面の少年を気にかけてしまったのが運の尽きだろうかと思いかけるが、それより前に女に騙されて借金まみれになったあたりから既に尽きていた事に気づいてしまう。正直気づきたくなかった。
善逸の心境などどうでもいいと言わんばかりに手鬼は熱を入れて語りだす。
「特に印象に残ってるのは二人だな。珍しい毛色のガキだった。宍色の髪のガキで一番強かった。口元に傷がある。もう一人は花柄の着物を着た女のガキだ。小さくて力も弱かったがすばしっこかった。二人とも俺と出会わなければ立派な鬼狩りになってたかもなぁ?」
手鬼の弁舌は止まらない。
「それも全て、お前も身に着けてる狐の面のせいだ。目印なんだよ、奴が彫った面の木目を俺は覚えてる。奴が身に着けてた天狗の面と同じ木目だ忘れるはずがない!! 厄除の面と呼んでるらしいが、それのせいで鱗滝のガキは死ぬ。鱗滝が殺したようなもんだ。女のガキにこれを言った時、泣いて怒ったっけなぁ。それから動きがガタガタになったから捕まえて手足を引き千切って」
少年は日輪刀を握り締めて手鬼に向かって駆ける。お前だけは許さないと、一秒でも早く息の根を止めてやると。
善逸は音で狐の面の少年の発する怒りに支配されている事を察する。あれでは呼吸を維持出来ない。今はまだ自分に向かって伸ばされる腕を斬り落とせているが、一度でも掴まれれば殺されてしまうのは日の目を見るより明らかである。
そしてついにその時が来た。矢継ぎ早に伸ばされる腕を斬り捨てていく少年を大きく迂回する様に伸ばされた一本の腕が少年の身体を横合いから強かに殴りつける。普段の力を発揮出来ていれば躱せていたであろう一撃だが、怒りに支配されて冷静さを欠いた少年には反応する事すら出来ずに殴りつけられた勢いのまま木の幹に叩きつけられた。
幸いにして骨折などはしていないようだが頭を打ちつけたのか、少年は気を失ってしまったようだ。厄除の面と呼ばれていた狐の面がバキリと音を立てて砕けて散らばる。
「また、鱗滝の弟子が死んだ。アイツはどんな顔をするんだろうなぁ……!」
ニタリと目元を歪ませる手鬼が少年に腕を伸ばす。気を失っている少年に抗う術はない。
「雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃』」
月が照らす藤襲山に、雷鳴が鳴り響いた。
ちょっと善逸が善逸さんになってきてるけどタグに強化する旨は書いてるから大丈夫と信じたい。
大正コソコソ噂話
原作の善逸なら手鬼相手にビビり散らかして汚い悲鳴を上げて気を失う所だけど、本作では手鬼より遥かにやべー奴に地獄を見せられてるので恐怖耐性が爆上がりしてるらしい。