「さてさて善逸は心配無いとして、此度の最終選別では何人生きて帰ってくるやら?」
誰に対してでもなく呟くのは伊織だ。半年に一度の最終選別が始まって今夜で七日目。夜が明ければ今回の最終選別は終わるわけだが、これを無事に潜り抜けられる者というのは実に少ない。二十人から三十人が最終選別に臨んだとして、生きて帰ってくる者の数を数えるには片手の指で事足りる事が大半。十年近く柱の任に就いている伊織が知る中でも誰一人帰ってこれなかった時も何度かあった事を覚えている。
「…………今回は四人、いや五人か。豊作だな」
夜が明けて、生き残った挑戦者達が麓の境内に戻ってくる。
善逸と、頭に包帯を巻いた嚇灼の髪をした少年。蝶の髪飾りを付けた少女は確か花柱の身内だったか。そして風柱を務める男にどことなく似た、目つきの悪い少年。残る一人は最終選別が始まる前に既に七日間を生き抜いてさっさと下山してしまっているので、今境内にて案内を務める白髪の少女と黒髪の少年と再び顔を合わせているのは先の四人のみである。
しかし先の説明にある通り、十分な装備も無いまま鬼と戦いながら屋根もない山の中でのサバイバルは挑戦者達を否応なしに極限状態に追い込む。
故にその厳しさは推して知るべしと言ったところか。中には自分を追い詰めすぎて精神に異常をきたす者も中には居たりする。
「ふざけんじゃねぇッ!!」
自分に宛行われた鎹鴉を振り払って叫んだこの少年の様に。
「どうでもいいんだよ!! 鴉なんて!!」
白髪の少女と黒髪の少年に対して怒鳴り散らしている様子から、何やら酷く苛立っているのが見て取れる。
「刀だよ刀、今すぐ刀を寄越せ。鬼殺隊の刀、色変わりの刀を!」
しかしいくら苛立っているとはいえ白髪の少女の髪を鷲掴みにして詰問する様子は度が過ぎている。目つきの悪い少年を見兼ねた嚇灼の少年は一歩歩み出て彼を諌めようとするがそれよりも速く、少年を咎める者がいた。
「ふざけているのは貴様だ小僧。選べ。腕を落とされるか頸を斬られるか、或いは頭を垂れて赦しを乞うか」
抜き放たれた日輪刀を少年の首筋に添えて返答を促す伊織である。
「そのお二人は鬼殺隊を取り纏める産屋敷家の方々。無礼を働き続けるというのならば、この鳴柱が一切の容赦なく貴様を斬り捨てる」
目つきの悪い少年は心臓を握り潰されるかと思わせられる程の威圧感を味わうが、当代最強格の一握りの剣士のみが到れる柱が容赦の無い殺気を浴びせてくるのだから致し方無い。彼を見兼ねて止めようとした嚇灼の少年も余波程度とはいえ殺気を受けてしまったのはほとほと運が悪かったと言える。
「……ま、誠に、申し訳ありませんでした……ど、どうか御無礼を、お赦し……ください」
先程とは打って変わり、声を震わせて謝罪する少年を見届けた伊織は刀を納めて片膝をついて頭を垂れた。
「輝利哉様、かなた様の御身の前で激情のままに刃を晒した咎は到底赦されるものではなく。鳴柱・水無月伊織は如何なる処分も受け入れる所存にございます」
「水無月様、不死川様。両名とも、面を上げてください」
黒髪の少年、産屋敷輝利哉が一歩進み出る。
「本日は新たなる鬼殺の剣士の門出となる日。其処に水を差すつもりはありません。が、その上で此度の事を罪過と思うのであれば、今後果たすであろう責務を然と全うされる事を望みます」
「は、はい」
「御意」
伊織と不死川玄弥は頭を垂れたまま告げられた言葉を受け入れ、それを見届けた輝利哉は告げる。
「────では、皆様の門出を祝して食事に致しましょう」
「いや、何やってんですか師範」
「見て分れ善逸。飯を握ってる」
そういう話じゃない。鬼殺隊の隊服の上から割烹着を纏った伊織に対して善逸が思わず突っ込む。産屋敷輝利哉による鶴の一声によって始まった朝食会だが、我等が吾妻善逸は早速ツッコミ役に駆り出されていた。
「いやね? 俺は何で柱が米握って振る舞ってんだって聞いてるんだけども」
「かなた様から頼まれたからな。先程責務は全うすると応えたばかりでもあるし」
あまり表情が変化しない産屋敷家の子供達の例に漏れず無表情だが、その長女である産屋敷かなたは与える罰を考えるのが上手い様だ。当の伊織は涼しい顔をして米の詰まった桶から米を手に取って握っているのだから主にダメージを貰っているのは見させられている側なのが始末に悪い。
ちなみに伊織の隣では不死川玄弥が貸し与えられた清潔な着物とこれまた割烹着を着せられて山菜の天麩羅を揚げていたりするのだが、こちらには一転して効果があり過ぎる様だ。彼自身此方を見るなと言わんばかりに全方位を睨みつけているし、何より鋭過ぎる目つきをした男が割烹着を着せられている絵面が純粋に酷い。善逸は一目見ようものなら絶対に夢に見ると可能な限り目を合わせない様にしている。
余談だが炭治郎は割烹着を着た玄弥とガッツリ目を合わせてしまい少し、いや結構……かなり具合いが悪そうだった。長男でも耐えられないものというのは存外世の中に溢れているのかもしれない。
「美味しいですね。かなた」
「ええ。お二人は料理も出来るのですね」
善逸の隣では話をややこしくした張本人が能面の様な顔で握り飯と天麩羅に舌鼓を打っているのだから始末に負えない。下手なツッコミで目の前の男にまた刀を抜かれては堪らないのだ。
「…………………もういいや。師範、食わなきゃやってられないんでその握り飯全部ください」
「良いぞ。お前達は食べ盛りだから沢山食うといい」
肉体がそこそこ疲れていた所に精神的なダメージをガッツリ貰ってしまった善逸は考えるのをやめた。
一体誰のせいで疲れてると思ってんだと握り飯に食らいつく善逸。一週間振りの米の味は、少しだけ塩味が効き過ぎている気がした善逸だった。
大正コソコソ噂話
善逸は常に重りを身体につけて生活しているせいで食事量が半年前と比べると激増したらしい。