更に本編の方もなかなか良い感じに纏まってくれないのも辛い。
けど私も長男なので頑張ります。
(はぁ? 鬼舞辻とかいう史上最低最悪のクソ野郎はこんな可愛い子を鬼にしたのかよふざけんな微塵切りにしてブッ殺して地獄に叩き落とすぞ)
善逸の心から溢れ出す鬼の首魁鬼舞辻無惨への呪詛が、まるで堤防を破壊された大河から流れ出る濁流の様に止まらない。
善逸は知る由もない事なのだが、鬼舞辻無惨の血液は適応出来れば鬼へと変ずると同時に適応出来なければ死に直結する文字通りの毒の血だ。禰豆子があの日鬼になっていなければ命を落としていたという事でもあり、善逸の怒りと憎しみは更に大きく燃え上がる事になるだろう。
「───我妻善逸、聞いているのか!」
「はっ!?」
ありったけの呪詛をもって鬼舞辻無惨を呪殺せんとする善逸だったが、意識此処に在らずと察した鱗滝が一喝。善逸は漸く現実に戻ってきた。その様子を見ていた鱗滝は天狗の面越しでも分かる程に呆れ顔を浮かべている。
「まったく、その様子ではまともに聞いておらんな」
「す、すみません……」
はぁぁぁぁぁ、と深い溜め息をつく鱗滝は目の前の少年が先程まであれだけの追求を行った者と同じとは思えず、酷く疲れた気分になっていた。先の善逸が鱗滝の話を聞いて頭痛を覚えていた点を踏まえると対比が面白い。
「もう一度説明するぞ。禰豆子は炭治郎と共に儂の元に来てから二年間、人を喰う素振りを見せぬまま殆どの時間を眠ったまま過ごしている」
「……眠る鬼なんて初めて聞きますね」
強靭な肉体を持つ鬼に睡眠という休息行為が必要とは思えない。それは鬼からしたら人を喰らう方が圧倒的に効率が良いのだから当然の事だ。
日中は光の届かない所に身を潜めているとはいえ人間が活発に活動する間に眠りこけていて頸を斬られるなど間が抜けているにも程があるだろうし、眠りこけていればそうなっても何ら不思議ではないのだがそうなったという話は聞かないのだから鬼は眠らないと仮定した方が現実的である。
「如何にも。だからこそ禰豆子は他の鬼とは何かが違うと儂は考えた。鬼にされても人を喰らわず、眠る事で飢餓状態を克服した鬼となれば人と鬼が共に在る事も或いは不可能ではないやもしれんともな」
鱗滝の言う事が為されればそれは悪鬼滅殺を掲げる鬼殺隊の在り方を大きく変えるものとなるだろう事は間違いない。善逸はそう思う反面、それを容易く為せるとは思えなかった。
強烈な飢餓状態を、人を喰らいたいという欲求を理性をもって制御するという事を言葉に聞くほど簡単な事ではない。人間に置き換えて考えた時、食事を三日間絶ってから目の前に料理を並べられて手を出さずにいられる自信はあるかと言われて首を縦に振ってそれを成し遂げられる人間がどれだけいるというのか。大飯を食らうようになったからではないが、少なくとも自分には不可能だと善逸は思う。
「…………でも、彼女の様にならない鬼ばかりだから鬼殺隊は千年以上も戦ってきました」
「それは間違いない。だが、だからこそ困難を成した禰豆子には炭治郎と共に生きられる未来があってもいいのではないかと、儂は思うのだ」
善逸は参ったとばかりに頭を掻く。
先の問答を含めたとしてもたったこれだけのやり取りで納得させられかけているのもそうだが、何より自分は『彼女を斬りたくない』と既に思ってしまっている。
鬼を斬って無辜の民草に朝日を齎してこその鬼殺隊。鬼狩りの剣士としてはあるまじき考えだろう。
しかし一方で、そもそも鬼殺隊を理念として掲げる悪鬼滅殺の指し示す『悪鬼』とは何なのかを問われているようにも思う。
鬼へと生まれ変わってしまった事が悪なのか。
それとも人を喰い殺した事が罪なのか。
罪人から産まれた子は罪人であるのか。
人を喰らわぬ鬼は、人よりも強靭ではあれど陽光の元で生きられぬだけの無辜の命とは見做せないのか。
鬼殺隊が今まで使命と怒りをもって日輪刀を振るうと共に、見て見ぬ振りをし続けてきた命題が現実として近づきつつあるのかもしれないと善逸は思う。
そんな事を漠然と考える善逸は禰豆子の呼吸音が変化した事をその耳で捉える。どうやら禰豆子が長い眠りから目覚める様だ。
それから幾ばくも経たぬ内にゆっくりと目が開き、禰豆子は身体をのそりと起こす。そしてそのままボーッと何も無い壁の一点を見つめ続けるが、自分の隣で眠る炭治郎の存在に気づくと炭治郎の身体を揺すったり額をペチペチと叩き始めた。どうやら禰豆子は炭治郎を起こそうとしているらしい。
「…………………?」
「……禰豆子。炭治郎は疲れているからもう少し寝かせてやりなさい」
流石に布団に寝かせてから一刻も経たぬまに起こしては偲びないと、そう思った鱗滝は炭治郎を起こそうとする禰豆子を窘める。鱗滝の言葉に頷く禰豆子だったがふと、鱗滝の隣に座る善逸の姿をその桃色の瞳に捕らえた。
「禰豆子。この男は我妻善逸、炭治郎の友人だ」
「よろしくね。禰豆子ちゃん」
「むー」
竹の口枷を咥えている事と少し眠たげな様子から感情は読み取りにくいが、どうやら悪い感情を抱かれた様子は無い様で善逸はゆっくりと息を吐いた。
正直言うと、これからやる事を思うと少しだけ気が重たくなる。
「…………鱗滝さん、俺は今から彼女に血を見せます。禰豆子ちゃんが本当に人を喰らわずいられるのかを確かめさせてください」
「────儂は禰豆子を信じるだけだ。好きにするがいい」
「ありがとうございます。これで俺が襲われなければ、俺も彼女の為に命を懸ける事を誓います」
最早躊躇しては覚悟が鈍るだけだと善逸は腰の日輪刀を少しだけ抜き、親指の先を軽く切る。傷口から赤い血がつぅっと一筋流れる。
「禰豆子ちゃん。君にこれが我慢出来るかどうかを、俺に見せてくれ」
禰豆子は差し出された指を赤く染めている血から目が離せない様だった。飢餓状態を抜けたとはいえ人間に対する捕食本能が消えた訳ではないということだろう。
竹の口枷を咥えている口から大量の唾液が溢れる。これでもかとばかりに開かれた禰豆子の目に映るのは極上の甘露か、至上の美酒か。我ながら辛い事を言っているとは思う。しかし禰豆子を斬りたくない善逸にとってこれは避けて通る事は許されない事だ。
一体どれくらいの時間が経っただろうか。抑え難い本能を理性をもって必死に堪え続ける禰豆子の手に、もう一人の手が添えられる。
「大丈夫だ禰豆子。お前は強い子だから、人を喰ったりしない強い子だって俺は信じてる」
「…………………!!」
自分の手に重ねられた手が、聞こえてきた声が炭治郎のものと気づいた禰豆子は勢いよく振り返る。禰豆子の目にはもう、善逸が流す血は映っていない。
禰豆子は振り返った先にいた、優しい笑顔を浮かべる炭治郎の胸に飛び込む。
「…………禰豆子、ちゃんと目覚めてくれて良かった。もう起きないんじゃないかと思ったんだからな?」
愛する家族を惨殺され、唯一生き延びた妹も鬼になってしまってから二年以上。たった一人の妹の為に奮起し続けた炭治郎は禰豆子の存在を確かめる様にその小さな身体を抱き締め返す。
炭治郎の目から大粒の涙が、零れて落ちた。
大正コソコソ噂話
伊織は善逸の大飯食らいについて少しだけ責任を感じてたりするらしい。