「「「うまぴょい♡」」」
(っ…!)
(……)
「ウマ娘っていつもそうですね…!トレーナーのことなんだと思っているんですか⁉︎」
ガイドラインが漸く制定された。私は終わった…だが、この日のために書いたネタくらいは世に出させてくれ。
「きょ、今日こそは…」
日も沈み、トレセン学園に静寂が訪れる。その静寂に紛れて静かに闘志を燃やしている小さな少女から漂う覇気は、まるでゲート入りが完了し、今にもレースが始まりそうな気迫のようにも受け取れるだろう。ピリッと背筋を凍らせるような集中力でスマホの電源を入れるその姿は、外見からして可愛らしいとも言えるし何故そこまで電源を入れるのに戸惑うのか、不思議に思うかもしれない。また、何故そこまで殺気立っているのか…様々な疑問が飛び交う事だろう。
ぽちぽちと指を動かして、とあるサイトを検索する彼女の指先は微かに震えている様子だ。
そこに入るまでに凡そ5分ほど葛藤していたが、よしっと心に喝を入れて彼女は踏み入れる。
そのサイトは匿名の作者が自由に描く事ができる、無料ネット小説の投稿サイトだった。はて、そんなサイトに果たして緊張しながら入る必要性がどこにあると言えるのだろうか…覚悟を持ってサイトを覗く理由とは一体全体何なのだろうか?そのきっかけは、なんて事はない風の噂からだった。
始まりは大したものではない…本を読むという行為自体は、彼女にとっては趣味であり、それはネット小説であっても同じである。好みの作品があれば、それらに読み耽る事は、一読者としては当たり前な事だ。但し、時代によって好まれる作品や文体、物語の流れで合ったり、描写表現の違いは存在する。そしてそれらは、その都度淘汰され常に変化していくものであり、世間で受けていようが受けていまいが、読者にとっては満足度が高いか低いかの違いでしかない。所詮は娯楽である。
当然のことではあるが、トレセン学園にも本を好む人は多く居るもので、図書館で誰がどういう本を読んでいるのか、はたまたどういった本が好きか、といった情報を元に新たなジャンルを読んでみようという気にもなることがあるくらいだ。そうした噂を聞いたり話したりする事自体が、彼女にとって、好意的な姿勢を持っていたという事もあるのだろう。
なんて事ないような噂が、何処からか流れてきたのはいつだったか…。定かではないが、確かにこう耳に入ってきたのだ。
「小説サイトに男性描写がずば抜けてうまい『こがね』って人がいるんだ。何故かはわからないが…胸のときめきが止まらないような甘酸っぱい物語も然ることながら、読者の想像に委ねるような心を擽ってくる描写をした短編集は至高の逸品なんだ。一つ一つの仕草だけで、とてつもなくそそられる話もあってね…正直困らない事が悩みになりそうだ。お陰で最近は寝不足だよ。」
この言葉は若い女性にとっては、はっきり言って毒そのものであり、特にアスリートにとっては致命的だった。私達のようなトップを狙っているような強豪な人が多くいる中で、そんな選手までも魅了されてしまう本などあっただろうか?トレーニング本でもあるまいに、とその日は高を括っていた。
だが、その言葉を聞いてからというのも…彼女の中ではその内容が、どうにも気になって仕方がない。探究心そのもののせいでもあるが、何より男性描写が上手い人など中々に出会さないこともあって、その真相を掴みたくて仕方がなかった。本という娯楽に幼少期から取り憑かれた彼女にとっては、無理もない話であり、その魔力は募るばかりである。
取り分け、興味に対して欲求が高まる思春期においては、ある種危険なものであり、性癖が歪められる、又は新たに開発されたり…場合によってはより深みへと入ってしまう…といった事例もある。すなわち…探究心そのものが欲求を助長してしまう事もあるのだ。こうした欲求は未知数であり、抑えようとすればするほど魔力はさらに高まっていくことはザラにある。彼女はそれに耐えることができなかった。1週間もしないうちに身体が探し始めていた。
ただの噂話を本気にするわけにもいかないが、空いた時間を有効に使い捜索を続ける日々はそう長くはかからなかった。
どうやら恋鐘と書いてこがねと呼ぶようで、珍しいペンネームであった。
お陰で最初は見逃していたが、意外にも投稿時間と重なっていたからか、偶々見ていた中規模サイトにてその作者とすんなり出会えたのは、一先ず幸運だったと言えよう…しかし、重要なのは中身だ。
あの噂話が本当であれば、彼女達と同様に魅了されてしまうのではないか…そのことだけが頭にふと蘇り、一瞬我へと帰るが…そう易々と逃してくれるのであれば、何故寝不足になるような作品に読み耽るのだろうか?それらの答えは明白であった。
作者が手がけた作品たちは、見るからに甘い蜜を垂らして誘っている。おいでおいで、楽しませてあげるよ?一緒に楽しみましょう?っと言っているかのように彼女の目には映っていた。なんて事のないネット小説にしか見えないそれに、見つけた達成感とようやく読めるという高揚感にバフが掛かり、小説そのものに対しての欲求がヒートアップし、幻影を見せていたのかもしれない。
そうして彼女は蜜を吸うべく、意を決して中身を覗いた。その後は言うまでもない…ズブズブと沼へ落ちていく。試しに短編集を読んだ彼女は、作者が描く男性心理の描写に驚愕していた。
確かに多少描写表現に対して時代錯誤的なものも存在するが、男性の表現においては理解が追いつかない程に濃厚で濃密であった。そして男性描写がうまい、という発言にも納得してしまった。これは上手いのではない…美味いのだ。この世の理想が詰まったかのような男性の心理描写やセリフは飽き飽きしていたつもりではあったのだが、この作者が書いた男性は嘘臭さが無く、本物の男性のように表現されていた。それらは王子様や不良少年など様々なジャンルを問わず書かれており、一体どんな豊富な経験をすれば書けるのだろうか?という疑問すら浮かぶほどである。だが、この作者はそれすらも超える逸材に見えた。
心臓に悪いという言葉も頷ける。あろう事か数作品を同時並列で挙げていたそれらは、ウマ娘×女性や百合ものは伸びていないようで更新こそなく、少なくとも今現時点では、ウマ娘や女性×男性の恋愛ジャンルに絞り、力を入れている事は理解出来ていた。パッと読んでみて率直に思った感想は、この感覚が間違いであってほしくはない…というのが自身の観察眼から導き出された回答でもあり、でなければこうも綺麗な作品ばかりで占められているはずがない、と感じるくらいだ。
この前提条件がある上で作品数も踏まえると、到底1日で読めきれるものではない。いくら読書家であろうと、いかに視野が広かろうと…本を読むのは難しくそれでいて楽しいのだ。
「ふぅぅぅ…。(今日こそは読み切るぞぉ…頑張れライス、頑張れ…おおーっ。)」
彼女は今もこうして、1日の終わりを読む事に費やしている。
因みに余談ではあるが、同室の彼女も同じような気持ちで読んでいる事を、互いに知りながら個々人の時間を楽しんでいた。理解者も読書家な為、お互いの時間を邪魔しないように円滑に事が運んだことで、邪魔するものは誰もいない。お陰で有意義な時間を過ごせていた。
(はわわわわ…。こ、こここここれってもしかして…この人達ここで⁉︎)
キスをしたかもしれないシーンである。それもプラトニックなキスから始まった、卑しさ満開の始まりの行いがあったかもしれないシーンである。読者としては果たしてどちらなのか、非常にもやもやしてしまうだろうが、それらが一切さっぱり書かれていないまま、シーンが切り替わった事でより一層、興味が惹かれてしまうのだ。
今時こんな作品は、それこそ古典作品でも読まない限り実在しないものだと思っていた。より正確に言えば、どのような時代であってもある事にはあるが、恋愛小説…とりわけ隠語描写の有無や質を把握した上で、本として当たり外れを判断しなければならない為、判断がし難い。また、ルームメイトや他の生徒がいる環境下では買い難いものでもある。理解者が居れば別ではあるものの、少しばかり恥ずかしい気持ちに加え、本を置くスペースを確保しなければならない悩みも出てきたり、と中々に尽きない。
その点、ネット小説というのは便利ではあるものの、やはり味気がないのだ。紙独特の匂いだったり、本をペラペラとめくる感触などは味わえない。当たり外れに関しても差が大きすぎる。
だが、彼女の考えを改めさせるほどに気持ちがいい作品に出会ってしまった。
直接、肉体的欲求を求めるものではない。その分だけより場を想像しやすくもなり、読み耽っては断念しまた頭に過れば読んで、を繰り返していた。
(あうぅぅ…やっぱり、ライスには早いのかな…。)
ライスシャワーは悶々とした気持ちと鳴り止まない興奮を胸に秘めながら、スマホをそっと本を閉じるような流れで電源ボタンを押した。明日もトレーニングがある為、流石に夜更かしをするわけにもいかない。
だからこそ夢の中で『お兄さま』に会える事を信じて、眠りにつく事が出来るのだ。
さて、長々とトレセン学園で密かに流行っている事を語ったが、一体何処の馬の骨が、何の為に書いているんだ!天使にも等しい彼女に何てものを見せているんだ!全く…一体何を食って、何を考えたらそういう思考を持つんだ!…と問われれば答えは一つしか無い。
(なんだよもおおおお!!!!!!またかよおおおおああ!!!!!!手が止まれなああああい!!!!!!たまらねええええ!!!!!!全くウマ娘は最高だぜえええええ!!!!!!はぁはぁライスたんライスたんんん!!!!!!俺の全力の愛を受け取ってくれえええええ!!!!!! これこそ愛のなせるわざなりいいいいい!!!!!!んほおおおおおおおお!!!!!!書くのおおおおおお!!!!!!描いちゃうのおおおおおお!!!!!!)
元凶である男は、全く意図していない形で続きの話を書いていた。前世でいうところの怪文書ss杯を個人的に勝手に開催し、堂々と制作していた。この世界に怪文書が無ければ、自身が書けば良いじゃない精神で描いていた。
ウマ娘ちゃん好きのこの男によって生み出された狂気そのものは、御本人含め学園の本好きなウマ娘に見られているとはつゆ知らず、合法でウマ娘を素材として使い、絶賛執筆作業の真っ最中である。
何故こうなってしまったのか…一言に言い表すならば『愛』である。『愛』は時に人智を超えて、全てを可能にしてしまう未知の領域であり、何が起こるか予測する事など不可能に近いものだ。
(ダハハハハハッ!また今日も名作や傑作は描けないのか!?他のやつは、ないのかぁ!!)
幼少期、前世の記憶が蘇ったことで、かつて記憶されていたありとあらゆる情報が男の脳へと流れ込み、その影響で愛に関する感覚が捻れてしまう。それらは、あべこべ世界だろうとまるで知ったことでは無い、と言わんばかりに溢れ、無論止まることなく、遂には制御することすら不可能と化した。当然、余すことなく彼女らに注がれる愛は、時が経つと共に増幅され、より深く、より重く、より先鋭化していき、何よりも激しいものへと昇華されていく…その様子は正しく芸術は爆発だ、という言葉そのものであり、あべこべ世界という残酷な現実が消えない限り、火種が消える事はない。
この男はウマ娘によって、あらゆる芸術センスを磨き開花させ、文字通りガビガビになっていた。小説に限らず広い範囲で、ウマ娘が好きだからこそ、匿名性を良いことに怪文書を含めたネット世界で快感も快楽も得て、所謂愛の奴隷となって酔っ払っていた。
(おっ、おっおおん?!おおん!!こ、これは来たんじゃないかぁ!!我ながらこれは……………いや、そうでもないな。ここは消して…元ネタのお兄さまをリスペクトしているんだから、ここのシーンとここのシーンでの意味合いが違ってくるのは不味い。ありのままの世界を表現するんだ…矛盾しないように心理描写に注意しつつ、あとはライス役の少女を添えるだけ。…ジュラリラ☆キタコレ。)
前世にてウマ娘界隈に居た男だ。元より面構えが違っていた。トレーナーになれなかったその悔しさが、より彼を凶悪なものへと変貌させていく。
(お前たちが書いてきた怪文書を、前世やインターネットの海の藻屑にはしない。俺は常にお前たちとある…俺はお前たちの苗床だ。お前たちを灰にはしない…お前たちはダイヤモンドだ。)
さらには、この世界においてはあべこべ要素が大きく働き、男性が主体となる作品が乏しく、質も悪化していた。彼が好きだったありとあらゆる前世の作品達は全て消え、彼の祖国は失われていた。残ったのは莫大な愛だけだった。
(お兄(姉)さま×ライス以外のカップリング以外認めない…だのに、多少ヒロインの設定を弄っている事に力不足を痛感する。まだまだお兄(姉)さまの魅力が全然描けていないし、引き出せてもいない…そもそも描写表現にも納得出来ていない。これでは作品や怪文書ではない…もっと悍ましい何かだ。
しかしこれより先の描写表現を濃密にしすぎるのは、主義に反する。これでは元々の怪文書のジャンルからそもそも外れてしまうのではないか?だからといって純粋にお兄(姉)さま×ライスを書けば、それこそライス含め現実のお姉さまにも迷惑がかかる可能性があるかもしれないと言う事を、否定出来ないのがもどかしい。完成するかどうかもギリギリだ。
クソッ……こんなもの認めない…認められないのに腕が動いてしまう!これは俺が始めた物語だろ!
すまないお兄(姉)さま…こんな駄作ばかり書いてしまって本当にすまない…だが!俺はお兄(姉)さまを信じている!いつの日か、俺があなた達の魅力を完璧に伝えて見せるから…この世界にお兄さまがいないなら、俺が書いて見せるから…どけ、俺はライスシャワーの幸せを見守り隊だぞ!)
どうした急に、とツッコミが入りそうな情緒を無視し、話を戻そう。
モデルとなっている彼女達は、男性×ウマ娘は勿論…男性×普通の女性というカップリングもある事に加えて、モデルが巧妙に織り交ぜられている事であたかも空想上の人物であったり、ウマ娘を人化させている事からまさか自分が…などと疑った事がまず無い。それはウマ娘を担当しているトレーナーも当て嵌まる。
つまりは…前提としてウマ娘やトレーナーの数だけ、それに応じた作品があるという事だ。
とりわけインターネットという、現実と虚構が入り混じった世界において、完璧に見極められる事は難しく、恐らくそれが出来る人物は、マヤノトップガンくらいだろう。
但し、彼女の場合は理解するよりも前に作者が男だと見抜き気絶してしまうか、事前知識が無い為に初めて理解が及ばない物への認識を深めてしまうのがオチである。
(これしゅごいのおおおおあお!!!!!!怪文書を書くの辞めるなんてむうううりいいいいいいい!!!!!!やめりゃれないのおおおおおおお!!!!!!)
本人は作品を読者に読ませるためではない…ただ怪文書を書いて、自己満足を得たいが為に書いている。きっかけとして大きかったのは、やはりトレーナーになれなかった現実の壁の高さや理不尽さもあるが、やはり根本にして始まりの始祖は愛であった。
勿論作品を書くということは、それなりに評価含め閲覧者も居る事が前提である。しかし男にとって評価されていることは嬉しいが、それよりも快感の方が勝っている現状…それがひっくり返る事はない。そもそも男は怪文書として書いているのであって、読者がどれだけ求めても、出版社がどれだけアタックをしても、彼本人がそのような事を望んでいるわけでは無い。よって焦らしプレイを延々とされ続け、挙げ句の果てには軽々と蹴られ、躱されてしまう始末…互いの感覚そのものがすれ違っている現状のまま、供給中毒へと陥ってしまった。
ところが、そんな彼の信条なんて彼女達は知ったことではない。前世の利用規約に縛られるなんて、世の女性達は誰も望んでいない。誰にも知られたくはないのに、直様書籍化してもっと広めたい、投資したい、もっと作者が腕を振るう姿を見たい、もっと、もっと、もっと自由に好きに書いて欲しい、という戦争が起きている事を彼は知らない。
現状は均衡を保っている。だが、無いも同然の壁が破られる日がいつになるのか…誰も知らない。
くどいようだが、要するに…彼は外出する事がままならない理不尽さや苦痛を、ウマ娘関連のオタク活動によって欲求を満たし、彼女達はそれらを元にして作った物を見たり読む事で欲求を満たしたい、という謎めいた関係性が誕生した。
これは彼女達と直接顔を見合わせる事も無いまま、自然と不可侵の協定が結ばれてしまったと同義でもある。
(三女神様ああああああああああ!!!!!!見ててくれよおおおおおおおおおおお!!!!!!)
それでもこの想いから来る行動は、紛う方なき純愛から始まったもの…この気持ちに間違いは無い。故に彼は描き続ける。
これは仕方がない事だった。
見て!三大始祖が走っているよ 可愛いね
みんながウマ娘化を望むせいで馬は美少女になりました
おまえらのせいです
あ〜あ