三女神様「何をしているんです?手を止めないでください。その程度で死なないことくらいわかっているのですから。あなた達は幸せになってもらわないと困るんです」
※コメディです
クールモアって…そりゃあガイドラインが制定するわけだよ!
怪我をした。あのレースでボクは怪我をした。
脚が折れている現実を直視した。
あのレースが終わるまで耐えてくれていた脚が、終わった瞬間に折れた。
既に運命によって決まっていたかのように、最も容易く折れていた。
本当にポッキリと気持ちよく折れていた。
勝利直後、しかもダービーともなれば酷く混乱するのが普通だと思うのだが…なんか落ち着いていた。
笑えた。乾いた笑いが起こった。
その割には精神的な痛みを感じなかった。多分だけど、欠けちゃいけない何かがポキッと折れて一生戻らないということを悟ったからなのかもしれないし、その先に待ち受けている運命に対して見据えていたからなのか、心が鈍くなっていたからなのかもしれない。
とはいえ、流石に痛みを感じた瞬間は恐ろしくはなったし動揺もしたのは事実である。
(ああ、とうとう折れたんだ。…ええ?あ、うん、痛いわ。…んん?あ、え、ああ…うん。そっかぁ…へえ、ああ、うわぁ…痛え。普通に痛いな、これ。んー、となると三冠は無理だなぁ。ふーん…ボクの脚ってこんな都合良く折れるんだ。ここまで来ると凄いなあ。)
それも病院に運ばれている間に、必然とどこかが冷めていた。
まだ一回目だというのに、この悟りっぷりには寒気がする。
それはそれとして片付け、次の復帰戦となるレースのことを考え始めていたので、骨折なんて悲しい事実に目を向ける余裕が無かった。正直この薬品臭い場所に居る限り、落ち着いて判断が取れるわけがない。
その環境下に居るからだろうか。はっきりと骨折どころではなかったということもあるけれど、やっぱり第一に思ったことは心が軽くなったということだろう。夢も希望も失ったようなものなのに、妙に気持ちが楽になった。
いや…本当はそうはなっていない。
まあ…決意した矢先に強くなるなんて展開が待ち受けているなんてこともないわけで…そんな真っ先にメンタル強者へと変貌するなら、白衣を着た人達に慣れるのは必然なのだ。だが、やはりというべきか…凄く怖かった。小学生並の感想になるくらい身の毛もよだつのはボクらしいといったところだろう。扉が開いた瞬間、ボクは帰りたくなっていた。滅茶苦茶だ。普通の人ならばこうはならないけど、ボクは何故か全身がプルプルと震え出して、涙が溢れそうなのを堪えて、堪えて、堪えて堪えて堪えきれなくて、見たくもないものが視界に映ってしまった。
どうか、どうか、どうか!どうか注射器をそのままブスリと指すのだけはやめてほしい。せめてちゃんと打ってほしい。それでも本当にやめてほしい。医学の進歩によるものだろうとなんであろうと、本当にやめてほしい。あまりにも非常識だ。
これは願いだ…どうかこれだけは聞き入れてほしい。ボクの前で白衣の姿で来ないでくれ、というかもう着るな。その白い服を着た姿で視界に入るな。
支離滅裂だろうと、本当に勘弁してほしい。
とりわけ奮い立てていた気持ちが飛んでいってしまうではないか、プライドが高いボクが放つ悲鳴で全てが台無しになってしまうのも恥ずかしいではないか。
だからトレーナー…涙を流してまで、ボクにそんな「ああ、やっぱテイオーはそういう子だよね」。みたいな視線を向けないでほしい。付け加えるなら言葉に出すな。
生まれて初めてボクは泣いた。泣くべき場ではないけど、泣いて楽になった。プライドがズタズタに引き裂かれて、わんわん泣いた。
痛み止めを打つ瞬間、カッコつけて三冠を目指していた自分が羨ましくもあり妬ましくもなるけれど、それでもさようならをしなければならない時が来ただけなんだと実感した。
ボクは昨日のボクに悲鳴と共に別れを告げた。ボクは特別な存在なんかじゃなかった。ボクは普通のウマ娘だったんだ。
どこか諦めていたものが、絶望だったものが、希望へと変わった瞬間が訪れる。
負けたわけではないのに、悔しくて仕方がなかった。
黒歴史があったあの日から数週間後…悔しさを晴らすために治療に全力で励む毎日。
治療も一つのトレーニングであり、普通のウマ娘が特別へと進化するための一歩でもあるわけだ。
全力で向き合い、全力で取り組む。ただ、ダービーの時と同じように全力で走れる日を夢見て、悔しさをバネに前へ前へと進むのだ。
なんとなくだけど、以前までのボクならこういった行為そのものも、負けて悔しがる子達を見るのも何処か、ほんのちょびっとだけだけど、軽蔑していたような気もする。いや、行為そのものをバカにしていたわけでは無い。無いのだが、少しだけ甘く見ていたのだ。自分は才能に満ち溢れていて、余裕があった。だからあれだけ緊張もせずに挑めていたのだと…現実的に見れば異常そのものだ。いや、極度の集中状態ならばそうした気持ちも消えてしまうのかもしれないが、少なからず得体の知れない恐怖心みたいなものは心の中にしまいつつ挑むのが当たり前だったのだ。ようやく自覚出来ただけのことで、やっぱり何処かに潜んでいるものだと改めて認識することとなる。
レースの世界で一人の選手としてあるはずもない幻想を抱いていたならば、それ相応の罰が降り注がれるのは当たり前だろう。
自分が普通のウマ娘だと自覚したことで、視野がほんの少し広くなったのは幸いだ。だから次は負けないと、負けたとしても無様な姿は見せないようにしようと誓って、少しずつ明日が良くなるように…と、今度こそ奮起した。
休むこともトレーニングの一環だぞ、とトレーナーとの約束に入れていたので試しにゲームを買ってみた。
暇で始めたFPSだったり、ゲームセンターでFPSをやったり、クレーンで楽しんだり、偶には紅茶を飲みながら本を読んで、レース動画を見て勉強して、走り方も勉強し直して、中々に充実した生活を送る毎日。下手したら三冠を掲げていた時よりも満足感が強い。
次の復帰戦のためにやるだけのことをやって挑む。それしか出来ないからこそ、出来ることは全力で、休んでいる暇は無かった。
休む意味を履き違えているぞ、と軽く冗談っぽく揶揄われたりもした。偶には何もしない日っていうのも良いんだから、だなんてトレーナーと一緒に散歩をしたり、いわき市の温泉に行く計画も立てた。なんだかんだ結局レースからは逃れられていない訳なのだが、面白かったからそれはそれで満足した。
そんなこんなでダービーや宝塚記念が終わって約一か月が過ぎたある日、初夏もとっくに過ぎて少しばかり蒸し暑く感じる日のことだ。
大半のウマ娘が夏合宿へと向かっている中、ボクは河川敷に居た。
完全に暇を持て余していたのだ。
走りたくても動ける可動域は、未だ限られている。それ故に退屈なのだ。ボク自身、何でも出来てしまう天才肌だというのは自覚している。だからこそ手を抜くことは許せないのだが、人はどうしても矛盾を抱えてしまうもので…完全に飢えていた。
あからさまな嫌味である。
走りに関して特定の相手以外、誰にでも勝てると思っていた分野でその武器の使用を止められたのだ。縛りプレイをするのも悪くはないのだが、やはり気持ちよく勝つにはお気に入りの武器で戦うというのが戦士としてのプライド、というものなのだろうか。
ほら、ゲームでもよくあるだろう?初期では強くてお気に入りだった武器やキャラが、アプデを機に弱体化を喰らったり、追い抜かれたり…と目まぐるしく環境が変わる…あれだ。インフレとも違うあの気分と、少し似ているのかもしれない。それで辞めるつもりなんて毛頭ないし、そこから勝つっていうのが王道展開であるわけで、だからこそよりゲームが楽しくなるのだが…大抵の人達は生き残ることや、そこから妥協した楽しさを考えたりするものなのだろうけれど、それでも最低限好きなことでは手を抜かない。
手を抜けない。
手は抜けないが、暇すぎる。
そんなことを思っているボクを1ミリも理解してないで寝ているトレーナーは…まあ、ほっといた方がいい。疲れているんだ、休ませてやろう。漸くボクの足の容態が安定してきて不安から解放されたと同時に、今までのストレスがどっと押し寄せてきた証そのものだ。こうして隣に居てくれるだけでありがたいというものだし、ここへ誘ったのもボクだ。我儘になっても許してくれるのは良いんだけど、こちらの我儘で無理になってもらっては困るのだ。
我儘を通して休ませてるっていうのは、清々しいほどの鬼畜なんだけれども…本当に嫌なのであれば、ちゃんと断るというのは知っているからこそ出来る付き合い方なのだ。だからボクは悪くない。
さわさわと風が頬を撫でる。髪の毛がふわふわと流れるように手に絡みついて暫くした後、手の甲にツーッとした感触と少しだけ暖かい熱が伝わった。そっと目を開ければ、キラキラと反射光が川の流れによって様々な表情を見せており、草木は暑さに負けないようにせっせと背伸びをして、音を立てている。
暇だからこそ暇を全力で楽しんだからこそ、楽しみすぎた幸福な時間は退屈を迎えた。だから新たな楽しみが必要になった。
何も考えずに外へと向かう。ぶらぶらと何もしない暇な時間を楽しもうとして、彼女と一緒に出た。そうして今に至る。
こうして風が吹いたりしている中、書物を読むという行為に耽るのは、アホのようにも天才のようにも見えてしまうのが豪というやつか。いや、ボクの外観的な特徴から見てかっこいいとか思う人は居ないだろう。カイチョーならば、形になっているのだろうが、生憎と意識高い系ではない。それでもやってみると中々に楽しいもので気持ちがいい。
(最も…こんな時に読んでいるものはネット小説なんだけどね…あー、暇だなぁ…暇…ヒーマー…暇だよトレーナー…)
ボクが持ってきた本は何処に行ったかと思えば、風に吹かれて何処かに飛んでいるとか、読んでいたページとはかけ離れてパタンと閉じられているとかではなく、トレーナーの鼻息が何回も当たっている場所に陣取っている。当分の間はそこに居てやってくれ。
さて、そうこうしている内にまた物語が読みたくなってきた。目の休息を終わりにし、電源を入れ電子世界へアクセスする。
するとそこには溢れんばかりの快楽が待ち受けていて、ボクはそれに屈服するかのように次のページへと画面をタッチするのだ。誰が書いているものを読むのか、迷うことなく選ぶと、直様没入して世界にのめり込んでいく。その人は、ペラペラとめくる音など無くても読者の心をニュートラルにするも良し、ワクワクさせるのも良し、ありとあらゆる愉悦を味合わせてくれる変幻自在の持ち主だ。
P.N.は恋鐘。私に創作をやらせたら右に出るものは居ないぜ?というイタイキャッチコピーが売りではあるものの、その自信を力にするだけの才能っぷりは誰もが認めるくらいのもので、今密かに話題となっている作家の一人である。
但し本人は作家と名乗りたくないだとかで、実のところ亡霊扱いにしてほしいとかほざいていたが、ボクからしてみれば趣味で終わらすには勿体ない人材だ。そんな贅沢な悩みをお持ちのようで、正直殴りたくなる。そのまま嫉妬心すら軽く吹き飛んでしまいそうだが、それ以外は至って普通の人のようで、割と好感を持ちやすい印象を受ける変わった人である。まあ、文面からしか読み取れないから実際どういう人なのかは、サイト運営者含め誰も知らない。夜や洞窟に紛れるコウモリのように、ひっそりと活動を続けている為、その本性は未だ未知の世界に包まれている。
ただ感想欄に行くと何故か決まって、度々登場する男性キャラに対し
「かーっ、見んね読者。卑しか男ばい」
…と、一種のミーム汚染が発生しているし、作者は作者で所々ドジな一面がある。書いている作品が並行してか時折自身の作品同士で混ぜてしまう事があったり、女性の心理描写が苦手だったりと珍しい書き手ではあるが、それはそれで愛嬌があって面白い。しかも文章の綺麗さ、作品自体の綺麗さで褒めるとあんましいい反応が無い、というのも良い意味で捻くれている。
変な凝り性なのかは知らないが、男性と女性やウマ娘の関係は絶対に悪化もしないし、適度な関係を保っている。モゾモゾとするような際どいものではなく、サッパリとした純愛小説で、この世界での価値観は全くの皆無。さながら異世界にでも彷徨っているような物語ばかりだ。付け加えるならば、ここまで男性が考えているような描写を見るのは稀なのだが、それだけでやりくりしているだけの人ではないのは確かだ。
そうした作品を書いているにも関わらず、何故かしら運が絡むと良い方向に向かっていってしまう…まさに読者に愛されたタイプの作家と言っていい。
そんな中で、どうしても嫌いな作品がある。いや…嫌いだからこそ見てしまう作品が一点だけあるのだ。
簡単に流れを言うと無敗30連勝を達成するウマ娘と、夢見るトレーナーの物語だ。しかもそのトレーナーは男性である。その中で様々なライバルと駆け引きをしたり、勝負を仕掛けたりと言うのを繰り返すだけの謂わば王道のギャグもの。所々恋愛要素もあるが、男性が少ない世界において従来の常識を覆すような暖かく優しい雰囲気は、読者の心をキュンキュンにさせ鷲掴みにしてくる。
ボク自身の感覚で表すならば御涙頂戴の大衆芸能に近いのだが、王道のギャグものは誰にでも書けるものではない。寧ろ一番難しいジャンルなのだ。
それらを上手くいきすぎるほどに描いているのが、あまりにも現実離れを起こしており、そのギャップと意外と血生臭いようなリアルさが噛み合って、シンプルかつ少しだけ深みもあるという曖昧な出来と見せかけつつも実はそこに隠された満足感を覚えてしまう作品ばかりが乱立しているのだ。サイト全体を含め、気に入っている人は意外にも多い。
だがしかし、ボクはこの作品が頗る嫌いである。大っっっっっっ嫌いなのである。正確に言うと主人公が嫌いなのだ。
はっきり言って同族嫌悪だ。レースを舐め切っていた才能のある子がたっぷりと蜜を味わうお話。それなりに挫折はあるものの最後は栄冠を手にする物語だ。逆にいえば本当に幸せしか無い。だからこそ面白く、これは創作ですと俯瞰して観れる。そうして初めて楽しめるものである。
楽しめるからこそ嫌いなのだ。医者が医療ドラマを見てる時、楽しめそうだけど楽しめないように…芸術系の学生物語を一般人は楽しめるけど、本当の学生や卒業した人達が笑えると肌を通して感じ取れるが、やっぱり一部の人は見たくないように…トレーナー業の中身を知らないまま、好き勝手改変したものの方が見やすくて丁度良い贖罪になってしまうように、ボクはこの作品を見て笑えているのに見たくもないのだ。よく出来た作品である、というのは認めるがボクが嫌いなのはそこじゃない。
人間なんて腹の奥底はこんなものだぞ、と説教される作品を見ている方が数倍マシなんだけど、あの配信と同じくどうしても見てしまう。理屈があるなしに関わらず、気になって仕方がないのだ。
この作品に出てくる主人公のウマ娘が自身と酷似している、というのは余りにも自意識過剰ではあるが、自身で疑ってしまうほどに性格や中身が似ている事が原因なのだろうか?口調や外見は全くの別人なのではあるが、モデルがそっくりそのまま酷似していると見てもいい…いや、ここまで酷いクソガキ感は全く無いと思いたいのだが、何故かムカムカして仕方がない。
「見るべきは私か、他のウマ娘か。その目でちゃんと確かめてよ」
この台詞でボクはやられた。そもそもトレセン学園をモチーフとして、何故そこに恋愛要素などを入れるのか。学園ものだからこそ恋愛もあった方が面白いというのは一理あるのだが、いかんせん現実的では無いし大人と子供で掛け合わせるとか性癖が歪んで仕方がないとも思えてしまうわけで、文字通りカオスそのもの…結果的には酷い有様である。
頼むからそこを変われ、変わってくれ、という感想も珍しくはない。
無理もない…よほどの富裕層でも、ウマ娘が男性を見かけるなんて機会は少ないのだ。力の差や能力差、美貌の差による恐怖と、本能とも呼ぶべき行為によって、最も容易く化物へと変貌してしまう可能性を秘めている時点で近づいてくる人はそういない。そこまで酷くなるなんてことは無いと思うが、自身もウマ娘の一人である。わからないことは考えないようにしておいたほうが、楽にはなるが…確かに容姿端麗な子が、狂ったように迫ってくるというのは、遥かに怖いだろうと想像出来るし、ウマ娘や女性同士でもそういう事故的な衝突はあるわけで大きく否定も出来ないのだ。肝心のボクはそんなことはどうでもいいんだけど。
話を戻すが、ここまで均衡を保っていてかつ調和が取れている作品を描けているのは、元トレーナーでも無い限り滅多にないそうだ。無論、男性描写も同じように議論に挙がる事がある。しかし近年を見ても、ウマ娘界に男性が入った事は無い。
つまりは、ウマ娘をよく知っているからこそ書けているのか、はたまたただの世間知らずのバカが面白がって書いたのか、ただの鬱憤を晴らす為の自己満足で書いたのか、この可能性は低いが男性が書いたのか、が不透明なのだ。実際に男性なんですか?、と感想が付けられたこともあったそうで、正直言ってボクもそこはツッコミしたかった部分でもあるが、ウマ娘の表面的な描写にあれだけ詳しいともなると疑いの目はかかりにくくなり、結果的にそうした説は消えて行ったのだ。
これこそ本物の才能、と言っても良い…ってこんな感想をバカ正直に本人に向かって褒めたら褒めたでまた拗ねそうで、その反応や表情を想像するだけでまた笑えてしまうのも、これまた魅力的な部分なのだろう。そうした一面からも、この作者に惹かれてしまうのだ。
因みに…ただの気まぐれでトレーナーにも勧めたら、時折その小説内のネタをかますようになった。やめてほしい。
それでも、この作品を見ているとふと思ってしまうのだ。
何故ボクの足は壊れたんだろうって。よりにもよってあそこで、ダービーで壊れるのか、と。この子みたく好き勝手に好きな時に走って走って走りまくって勝つ。それが自分には出来ると思っていた。
漸くわかった。
認めたくなかったのだ。
何より負けるものかと意地っ張りになっていた。たかが創作物に憑依していたと言ってもいい。怪我をして初めて、創作物に嫉妬した。自身は主人公ではなかったのか、と嘆きそうになった。
この子とは違って才能が強すぎるから抑えよう、とトレーナーと相談をしながら練習をしていたからか?
三冠達成までの道のりや歴史を、夢ではなく現実として掴んでみせると憐れにも焦がれていたからか?
未だに無敗という偉業が残っているからか?
この小説のせいなのか?
それともあの動画に出会っていたから、余計に意識しているだけなのか?
少なくともあの狂気に染まった動画の影響ではない、と信じたい。そもそもただの暇つぶし程度に見ているものに対してそこまで影響を受けるとは思いたくは無い。
ただ、あの配信者が言っていたように、ボクは脚が折れたり偉業が潰れたりしていたとしても、精神力が思いの外強いみたいだ。勝ちに行きたいという欲は他のウマ娘よりも何倍、何十倍も大きいみたいで日に日に増している。それは良いことなのだろう…癪に触るけど、決して悪い経験ではなかったからだ。その事には感謝はする。けど、いつかはぶん殴ってやりたいとも思ってる…なんて冗談を混じえてみたりして、その都度ニヤニヤするのだ。腹の底で煮えたぎっているなんて久しぶりだ。
今も尚、早く走りたい、楽しみたい、走って勝ちたいという想いは溢れんばかり。まさに手のひらで転がされている最中だ。
あの人はボクをどの程度まで見抜けていたのだろう?事前に調べていたのだろうか?それとも不屈とも言えるプライドの高さを考えた上での計算によるものだろうか…いや、あれは骨折前の話だ。それもダービー直前での出来事である。どの道辻褄が合わない。
どちらにせよ…時代の玉座に踏ん反りかえって運命に逆らえなかったただのウマ娘一人が、何をどう考えたって答えなんか見つかる訳がない。
ため息をしても一人…いや二人だけど、今は何も答えてくれないから実質一人。
現実は実に虚しいものである。
ふと、音に耳を傾ける。音自体は珍しいものではない。距離にしておよそ200m、と言ったところか。タタタタッとこの近所では特有の音が耳に聞こえてきた。
よくよく聞いてみるとそのタタタタッと言う音が、ダダダダダッと力強くなっていっていることに疑問を感じて、その違和感がより強く強調されていた。
この時期、このような強く踏み締めるような走りをする子は、大抵夏合宿へと向かっている筈だ。
はっきりと違いが判明したのは、まず匂いだ。流石はお嬢様だと…ボクも少しばかりその実績みたいなものが残っているとはいえ、優雅で可憐でライバルとしてかっこいいと認めてしまうようなウマ娘の匂いに鈍感なわけがない。
彼女も同様にボクに気が付いたようで、ザッザッと草木を踏む音と共にこちらへと駆け寄ってきた。その後ろでヒイヒイと自転車を引っ張っている人物にも見覚えがある…というより知人だ。凄腕のトレーナーで誰もが知っているからってのもあるけれど…あんな一面は初めてみる。
対して芦毛の彼女の様子を見て見れば、息の乱れからの回復の速さから見ても、本気で走っていないことは明白だ。しかしながらボク達はウマ娘…本気ではないというのは、あくまでウマ娘基準での話である。加えて彼女は学園最強格のステイヤーであり、スピードは他のウマ娘と比べて数段上にいる。従ってついて行けないというのが大半であり、理解の範疇なのだ。
なのだが、果たして只の人間が、その彼女について行けるものなのだろうか?ウマ娘の後を追えるものなのだろうか?
しれっと高級料理店とかに行っている一面もあれば、栄養剤をチューチュー吸っている一面もまた彼女の姿だ。そんな彼女がこうして、実際のトレーニングについて行ける人だとは思っても見なかった。不健康そうな生活スタイルの割には、健康体を維持していることを再度自覚した場にもなってしまった。そしてこうも思う。
トレセン学園のトレーナーってやっぱり何処か変だ、と。
そんな独り言を打ち消すようにして、彼女は口を開いた。
「あら、テイオーじゃありませんか」
「マックイーン…とマックイーンのトレーナーだよね。天才の野望見たよ。魔術師の…って大丈夫?」
「はぁ…はぁ…こんにちはトウカイテイオー。……んぷ。大丈夫大丈夫。後、そのあだ名で呼ばないで。ふぅ…すぅ…ふう。んで、この先輩は黄昏たパートナーを…前に爆睡…中?ふぅ…」
「アハハ…色々疲れてたみたいで」
最強のコンビが、ボクの元に訪れた。
「夏合宿に行ったんじゃ無いの?」
「静かに過ごすのも良いので…トレーナーさんにはワガママを言って付き合わせています。調整が済み次第、数日後には向かいますわ」
「…そっか。また暇になるなぁ」
「テイオーも海へ行ってみてはどうです?ハマノテイオーの異名、轟かせる機会ですよ?」
「まだ許可が降りてないんだ。当分はこっち」
「そうですか…テイオー…その、お大事に」
「ありがとうマックイーン」
「ふう、ふう、はぁ。ごめん、話割っちゃって。はぁ、ふう。マックイーン、ちょっとこれ持ってて」
「すみませんトレーナーさん。だ、大丈夫ですか?」
「良いって。ウマ娘を支えるのが僕の役目…だから。はぁ…はぁ…」
「にしても珍しいね…マックイーンのトレーナーがこうしてトレーニングに付き添うだなんて」
「いや、僕が頼んだ。…ちょっと頭をすっきり、させたくてね。…ふう。」
「私も少しばかり走りたい気分だったので…ええ。こうして気分を晴らさないと、どうにかなりそうだったので」
「…なんでまた?」
「まあ…少しね。もう…大丈夫だよ、ありがとう」
「…?」
暫し、沈黙。
「ダービー、おめでとうございます」
「僕からも、ダービーおめでとう。一年ぶりとはいえ、やっぱり興奮するね」
「ありがとう二人共。そっちこそ、宝塚記念二着で惜しかったね。ライアンが先行策で来るとは思ってなかったけど…ステイヤーだけでないってところ、見せられたんじゃない?結構人気も張り合っていたし、それに応えていたのは本当に凄いと思うよ」
「…ええ、まぁ。あの時のライアンは本当に絶好調で…見事にやられましたわ。そういえば先ほどから何を見ていたのかが、気になって仕方がないのです。スマホの中身について見覚えがあったので、もしかしたら、と…」
「え?マックイーンも読むんだ。そうだよ、ネット小説。偶にはこういうものに触れるのも良いかなって。知ってる?恋鐘さんって人なんだけど」
「まあ、テイオーもですの!ええ、私も一読者として見ていますから!ご都合主義には目を瞑りますが、あれはあれで面白いもので、この絶妙な加減具合があの人の作品の長所ですわ。コメディらしく抑えているのでついつい読み耽ってしまいますが…まさかテイオーも読者だとは思いませんでしたわ。ね、トレーナーさん」
「僕も驚いたよ。実を言うと僕も偶に見ている口でね。マックイーンから勧められたんだ」
「偶に見ているって…結構気に入ったんだ。ってことはあの天才トレーナーをも唸らせた、って解釈、生まれちゃうんじゃない?」
「まさか。でも、難しいコメディをよくあれだけの形に昇華出来たとは思うよ。トレーナーの心理描写とか、解決方法は目に余るけど、頭を無理に使わない作品は貴重だし、それでいて面白い発想も持ってる。かと思えば、実際のトレーニング方法をまんま載せているところとか、小ネタもあるから見ていて単純にウケやすいんだよね。そのネタ知ってるよってなったら、目には入って来やすいから。唸らせるかは…うーん、どうだろう。頷いちゃうかなぁ?男性描写には頷いちゃうけどなぁ」
「辛口ですわね。私はああいうネタ、好きですよ」
「流石B級映画マニアコンビ」
「僕は違うよ、マックイーンがそうなだけ」
「マックイーンのトレーナーは、どっちかっていうと落語とかの方が好きなんだっけ?」
「うん。やっぱり僕の感性だとねぇ…どうしても小説や映画よりは落語になるかなぁ。野球観戦とかは合うんだけどね」
「ちょっと待ってくださいまし。テイオー、そのイメージは何処から得たのです?そもそもあなた、恋鐘さんの読者ですわよね?あとトレーナーさん?」
「まぁまぁ、良いじゃん。にしても流石は魔術師の娘。トレーナーの鏡だね」
「君のトレーナーこそ、素晴らしい人だよ。…センスがあれなだけで。マックイーンのセンスもどうかと思うけど」
「トレーナーさん?」
「冗談だよ冗談。さて、このまま話すのも良いけど、ちょっとばかし喉が乾いたから飲み物でも買ってくるよ、君たちは何が飲みたい?」
「ならニンジンジュース2本で!」
「はちみーじゃなくて大丈夫?」
「さっき飲んだばかりだし、集るなら担当からにするって」
「わかったよ。マックイーンもそれで良い?」
「大丈夫ですか?トレーナーさん確かニンジンお嫌いでしたよね?」
「名前見ただけで吐くとでも思ってるの?…なら僕は買ってくるから、二人ともゆっくりしてて」
「ありがとう!」
「ありがとうございます、トレーナーさん」
暫しまた沈黙…特に語る事もなく、偶然この場に居合わせただけ。何も語ることもなく、ただ風が吹くように自由気ままな空気が気持ちいい。互いに気を使うことなく、特に何かをするわけでもなく、ただただ時間がまた過ぎていく。
このなんでも無い時間が、互いにとって心地が良いのだ。勿論語る時は語るけど、無理して語る必要性は無い。互いに気を遣っていないだけだ。
「ひゃぁあっ!」
「うへぇあっ!」
突然隣から声がしたかと思えば、マックイーンがトレーナーとイチャイチャしている。流石、巷では王子様と呼ばれるその異名に恥じぬプレイガールっぷりだ。まあ誰だって冷た〜いペットボトルを頬に当てられればびっくりするというものだ。ボクには弁えているのか、手渡しで渡してくる。冷たいマックイーンの視線が、少しばかりの悪戯心を刺激して笑ってしまった。すかさず咳払いをし、お礼と共にジュースを一口飲む。
「うへぇあっ!って…ぷっ」
「そっちこそひゃぁあ!って…トレーナーのせいだからね?」
「なんのことやら。僕はただ、ジュースを渡しただけだからねえ。」
ゴクッと喉を鳴らして、一気に流し込む。
うん、甘い。この場には甘すぎるようだ。チビチビ飲もう。
さて、ここに来てクエスチョンだ。ボクにはどうしても気になっていることがあった。
それはあの不愉快な配信者の事である。知っているのかは不明ではあるが、メジロ家の人々の誰かがリスナーであった事には違いはない、というのは明白であり、隠しきれようもない事実だ。
先程までの鬱憤や腹いせと、ちょっとした悪戯心、後の大半を占める純粋な疑心によって聞いてみたくなったのだ。
「そういえばさ。この前ウマチューブで長時間配信を見ちゃって、夜更かししちゃったんだよね」
「テイオーが夜更かしを?」
「明日は雪でも降るのかな?珍しい事もあるもんだ。…んで?夜更かししちゃった根本の原因って?」
「あのテイオーが気になるお方ですもの。もしかしたら恋鐘さんと同じく、私達も知っている人なのかもしれませんわね」
そう、知っている筈だ。その程度の認識でいた。弄られているからこそ、当分は居ないものだと…。そもそもマックイーンのようなウマ娘が、あんな放送を好きで見ている筈がない、と頑なに否定していたから聞けたのだ。
「どぼめじろうって人なんだけど。絵とか描いてて…ひっ!」
「…。」
「ふんっ!」
「ぴぇ…ぴぇぇ…」
「何…どうかしたの?テイオー…あ、ごめん寝てた。…よっと。…んー?おやおやこれはこれは、よりにもよってライバル組が地の果てまで追ってきて…って、え?お前ら真剣な表情してどしたん?マックイーン達はなんでそんな顔してるの?え、何?これ、私何かやらかした?え?え?一体全体これどういう状況?」
「…」
「…」
「ぴぇぇぇ…」
「テ、テイオー?そ、そそそんなに怯えなくても…お、おーい、お二人さん?どったの?せせせ先輩なんだし…な、悩みがあるなら聞くよ?ね?テイオー、聞いてあげれるよね?」
「びぇぇええ!!」
ポタポタと流れ落ちている。幸い赤く染まってはいない。
彼女達の手元を見てみれば形有った何かが凹んでいた。ぐしゃ、なんて生ぬるい効果音ではなくぐちゅり、と。まるでトマトが潰れたようなプラスチックが二つ、歪んでいた。完全に潰れていないのが生々しいを通り越して…というか、物理法則が完全に死んでいる。にんじんジュースの残り滓が人の頭を潰したような、流れちゃいけない液が流れているかのようだった。僕は聞いたことを後悔していた。今までも、そしてこの先もあの令嬢達が見せたことのない表情をしていた、だなんて口が裂けても言えないレベルである。こっちの顔を見るや否やそのしかめ面はなんだ、と聞いてきそうな勢いだった。
縋るようにしてトレーナーにその理由を問う。
「マ、マックイーン達にどぼめじろうって人を知ってるのか?って言ったら急にこうなって…な、何がどうなってるの?!訳がわからないよぉ!」
「ごめん…そもそものどぼめじろうが、何なのかがわからないんだけど…本当に訳がわからないんだけど!」
片や二人発狂、片や二人沈黙。この空気の壁とも呼ぶべきものの境界線が、重たく険しくなっていくのがわかる。向こう岸を見て見れば混乱、狂気による困惑…いや、まず始めに感じるのは、あれは怒り…だろうか。あの現役最強と呼ばれている二人をここまでさせた、どぼめじろうとは何者なのか…益々興味深くなると共に、ボクの感情が間違っていなかったという証明にもなった。
ああ、ボクもそんな顔をしていたんだな、と振り返れたからだ。
「取り乱して申し訳ございません」
「僕からも、怖がらせてごめんね」
「い、いや、謝るならボクの方だ。ボクが変なことを聞かなければ良かっただけだし…」
「んで?そのどぼめじろうって…結局なんなのさ」
「一言では言い表せないです。僕の体感では、一歩先を行ってる
「もっとわかりやすく言うと?」
「迷惑すぎる
「ちょっと何言ってるのかわかんない」
「顔出しもせず声も変えている人が、好き勝手にウマ娘を批評家目線で語ったり、時には予測してその先を当てたり、それらをネタに絵を描いているって感じだよ。あと何故か男性の身体を描くのが美味かったりする、文字通り残念すぎるオタクって言えばわかる?」
「男性の身体を描けるって存在だけで貴重なのに、中身がアレなタイプってこと?あぁ…成る程、つまりあれか?卑屈すぎて超絶傲慢な良い性格をしている人が、わかった気になってペラペラと語り、当たればそれ見たことかと、興奮しっぱなしでいい気になってるって感じ?
そんなのネットに溢れるぐらい沢山居るでしょうに…ウマ娘関連じゃなくても、そういうイタくて寒い輩は、珍しくは無いんじゃない?迷惑っていうのも取り巻きの可能性だってあるわけだし…え?そんなに
「うん…トレーナーが思っているより、少しばかり性質が悪いんだよ」
「えぇ、何この巨悪に向かっていくような含みは…羅生門か?」
「老いた婆さんが一人寂しく閉じこもるようにして部屋に居るなら、よっぽどマシです。婆さんって線は否定出来なくはないですし、流石に鬘は作ってないと願いたいものですよ。僕はそれでも御免被りたいけど」
「やけに詳しいね…何か因縁でも?」
「栄光と沈黙の日曜日って言えば、お分かりいただけるかと」
「…あぁ、それ以上は言わなくて良い。そのフレーズ絡みだと、思った以上に劇薬だな。そんな大事が当たれば、興奮しっぱなしだろうに」
「いえ、案外そうでもないと言いますか…兎に角泣きっぱなしで、あんな泥酔しかけたトレーナーさんは…初めて見ましたが、同時にその配信者もわんわんと泣いていましたわ。互いの涙は違えど、この世の終わりみたいに喚いていた人も稀でしたので、否が応でも印象に残っていますし。
…別の意味でも印象に残りやすい人なので、その点以外でも厄介な人物であることは間違いないですわ。ある種私達のストーカー…とも呼ぶべきでしょうか」
「それは度し難いというか…絶妙なキモさ加減だね。だが、またしても気になる単語が出てきた。えぇと…そのストーカーっていうのはウマ娘に対してってことでいいのかな?」
「ええ、まあ…」
「その時点でおかしいとは思うけど、続けようか。ストーカーの質というべきものは、一体どれくらいの基準を満たしているのかな、その変人は?」
「レース以外も含めた体調変化などを速やかに察知、推測する能力は知れる情報が少ないからか、完璧に把握することは出来ていない。しかし、そうした細かな観点をすっ飛ばして、こうなるであろうという出来事については、割と的中させている。現にテイオーが夜更かしをして視聴していた配信では、骨折のしやすさを見事に見抜いていました」
「ボクの体重とかも当てていたけど…あれは?」
「当ててたんだ。まあ…スリーサイズは、変態なら可能って事で済ませるとして…だ。
多分だけど、試合開始時と同じ体重だったってことも踏まえると、君ほどのストイックな選手は居ないから、それだけ予測がしやすいんじゃないかな?なんだかんだでウマ娘を信じているからこそ出来る芸当なのか、疑問は尽きないけど…僕が担当している子たちの秘密を当てたことも少なからずある。要するに偶然当たっていただけだよ。にしてもテイオーはやっぱり天才なウマ娘だね。あの放送後でもダービーウマ娘の称号を取るんだから…」
「えへへ…ありがとって言いたいところなんだけど、ちょっと待って。体重とかが偶然…?ってことはそれっぽい事を言っているだけかい!もしかしてマックイーンの体重とかも?」
「お恥ずかしい話ではありますが、あの時は2.4kg増加…2kgではありません。誤差の範囲で済ませて仕舞えば、それで終わるわけですが…」
「ダービー前に夜更かしをしていたっていうのは…後でじっくりと聞くとして。ふむ…テイオーについても触れていたのか。その人とは、少しばかりお話しをしてみたいものだね」
「トレーナー…ボクに100%非があるとはいえ、その…手心を加えていただけると…」
「次からはちゃんと言ってよね。…んで?実際その厄介な人の活動痕跡は?未だに配信は続けていそうだけれども」
「いえ、最近は更新もなく…強いて言えば、1ヶ月前の宝塚記念あたりにチラッと動画を出したくらい、ですかね?」
「ふむ…因みにどのような動画を出していたんだい?」
「表向きはメジロライアンに向けてのファンアートでした。それがまさか…ね」
「あくまで深読み考察をしなければ、の話ですが…雑さに目が奪われるとは、失態でしたわ」
唐突に始まったその打ち明けで、マックイーン達が何故疲労困憊していたのか、辻褄が合った。
「この動画を見てほしいんです」
そう言って出されたウマホに映し出されたのは、筋肉モリモリのマッチョウーマン…のコラだ。顔だけライアンになってる。雑すぎるクソコラだ。今しがた会話を広げていた内容以前に、別の問題として話題に取り上げられそうなのだが、その辺はもうどうでも良くなっていた。色々と酷すぎるあまり、明らかに大切な感覚が麻痺っていることに、もう笑いさえ起きない程だ。
なのに笑える。このコラが酷すぎるあまり、笑えてくるのだ。実に悔しい限りである。
「こういうネタにも手を染めるの?」
「いえ、今までの傾向からしてこれが初めてだったかと」
この動画が宝塚記念前、ライアンに向けて発表されていたファンアートなのかと、鼻で笑ってしまう。しかしながら、それなりの高評価と再生数は稼げているようだ。信者的な視聴者によるものなのか実態こそ掴めないが、あくまでもファンアートとしてネタにされている向こう側の人達が、騒ぎを起こさなければ良いと踏んだのだろうか?
「概要欄には…あ、なんか書いてある。『映し出されている彼女は神経質です。だから肩の力がぬけるような、それでいて笑いが取れるような動画を目指しました。某芸人さんのネタ、丸パクリです。その代わりと言ってはなんですが、自分が傷付きます。ですが気にしないでください。ヤー‼︎P.S.今日はご馳走ですわ!カメの出汁でウサギ肉パクパクですわー‼︎』…って、なんで亀とウサギ?」
本当になんでウサギ肉なのだろう?旬は冬から春にかけての間だし…絵本とレースは関係ないし…謎だ。
「マックイーン…これって本当なの?ライアンが神経質ってボクには見えないんだけど」
「神経質かどうかは…正直わかりません。ただ、緊張しやすい心境はあるのかと。メジロ家では私より期待されていたので、恐らくはその一面を指しているのではないのか、とは考えられますが…。事実一番人気に推されていましたし、ライアンカットは体質の影響…夏癬があったとはいえ女性受けが良いですし」
「マックイーン…大丈夫だ。僕が絶対、君を輝かせてみせるから」
「トレーナーさん…」
「あの二人は置いておいて…メジロライアンね。第一印象からだと筋肉にしか興味がありません、みたいな感じの子だったけど…裏を返せば、精神面までも筋肉で誤魔化していたのだろうか?その時、ふと閃いた。これはテイオーとのトレーニングに活かせるかもしれない!」
「トレーナー…今、そのギャグはいいから。でもさ、実際流してみてわかることだけど…その、どうってことのない動画じゃない?」
やはり筋肉が一番ですよね!マッスルマッスルゥ〜!みたいな熱血なノリしか知らないんだけど、ああ見えて繊細なのか?あの様子のマックイーンから読み取るのは不可能だが…少なからず重圧はありそうだな、とは予測出来る。流石名門メジロ家だ。
そのメジロ家のイメージを払拭するようなものではなく、真逆の方向へと舵を切ってこうしたネタをぶっ込んでくるとは…生放送で見せていた過激さは、完全に消えたと思っていたが、別の角度から飛び込んできているとは思いもしなかった。まともなのか、と一瞬評価が覆りそうになったが、あの狂った放送をアーカイブに残している時点で、単純に性格が悪すぎる事が判明しているのだ。やっぱり変わる訳がなかった。
とはいえ、だ。冷静に見てもこの動画を見れば、確かに緊張は解けるだろう…これに関しては納得である。
「ええ、本当にどうってことのない動画ですわ。何も考えずに見るだけなら、ライアンがパワーというだけの動画なので…にしても、一体どこの音声から抜き取って編集したのでしょうか…セリフ捏造のコツ◎とはよく言ったものですわ…」
「それって…ファンアートなの?」
「さぁ…どちらなんでしょう」
「言わないからね、筋繊維傷つけないからね」
ここにいる人達全員が、少なからずトレーニングバカではある。だからといっていきなり「パワー!!」、なんて言うわけないだろう。
「私も初めて見たけどさ。段々と笑えてくるような動画にしか受け取れないんだけど…これ、本当に噂の人物なのか?なんか拍子抜けというか…」
「僕も最初はそう思いましたよ。宝塚記念前、緊張をほぐせますように、とかなんとか理由を付けていることに対して云々は別として…流行りのギャグと組み合わせるなんて珍しいな、ぐらいのものとしか考えていなかった。掲示板に映るとある数字を見るまでは…」
たった48秒の動画だ。彼女達が注目する理由が、掲示板に映る数字に関連しているとは到底考えようもない。
「掲示板とこの動画に、何の因果があるの?」
「あくまでバカな考察って思ってもらって構いません。けど、彼女ならやり兼ねないって前提を踏まえた上で話します。さっきも述べた通り、この動画は確かに頭を空っぽにして見れば、ただただ彼女がパワーって言っているだけのものです。それ自体に変わりはありません。しかし、この配信者は時折不可解な行動を見せる、という事がご理解頂けた筈です。この動画は48秒で構成されています。内、最初のパワーを言い始めるのは0.3秒後、パワーを言う数は36回でした。つまりは47.7秒から始まりだと仮定すると、あらびっくり」
「それが動画と、どう関係し…て?あれ、確かあの時の掲示板に映ってた数字って…」
思い出してしまった。そして嫌悪してしまった。似たような経験を、この身で体験してしまったからだ。初めて経験したボクのトレーナーは、口をワナワナと震えさせながら、その答えへと導かれる。
「メジロライアンが勝った時の上がり3ハロンは36.0…4ハロンは47.7…だったよね」
「…そうですわ。加えて投稿時間も6月1日、12時13分でした」
「なんでそんな中途半端な日付と時間で…611213…11213…1枠1番2分13秒6ってこと?」
沈黙を割るように、ヒューヒューと風が吹く。気持ちの良い風とは真逆の空気が、重圧のようにのしかかってきた。
こんな言葉を聞いた事がある…恐怖というものには鮮度があるそうだ。
怯えれば怯えるほどに感情とは死んでいくもので、それは恐怖とは呼べない。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく変化の動態を指している。希望が絶望へと変わる瞬間だと…そしてその瞬間が訪れるのは、いつだって公平さを求めた時であり、身に染みる経験をする可能性は皆平等で、理不尽で、それでいてコントロールなんて出来やしないのだと。
思わずゾッとした。それでもすぐに治ったけど…だって、ありえないから。
「いやいやいや…偶然でしょ?出来過ぎだよ、陰謀論や漫画じゃないんだし。噂の予言ともまるで違う…これだと啓示じゃんか。解読方法も簡単過ぎるし、いかにもあからさますぎるって」
「そうした予想が上手い人だからといって、それはありえないよ。宝塚記念の枠番発表って7日の午後2時だったし…深読みしすぎじゃないのかな?」
この発言すらも、彼女の術中に嵌ってしまったことによるものなのだろうか。
「あの人ならばあり得てしまう…そう考えただけで、僕達は二度目の敗北を味わいました」
「あの試合で勝つこと以外に目を囚われていたのか、もしくはほんの僅かな油断をしていた可能性が頭に浮かんだ時点で、既に敗北は決定していたのです。それを見抜いていたのかもしれません。亀とウサギの物語ではありませんが…思い知らされましたわ」
「何それ気持ち悪っ!マックイーン達もマックイーン達で、なんというか…らしくないよっ!」
「ええ…それは重々自覚しています。だからこそ、少しでも雑念を入れないよう、こうして走っていたのですから…ああ、今でもムカムカして仕方がない」
ボクも、ボク以外の人達も平常心を保つ為に必死になっているのか。考えすぎなだけもするが、それにしたって不気味であることには違いない。いや、いっその事こと深読みお姉さん、と称されて罵られた方が良いのかもしれないけれど、それにしたってこれは…ジョークの域を超えている。
実に笑えない冗談だ。
「そもそも彼女の何が気に食わないって、彼女自身がレース場に来た事がないみたいなんですよ。だから話し合いをするにも、素の状態が一切わからない」
「え?レース場にも来たことがないってホントなの?何で?」
「何か余程重大な理由が?」
「『怖い』んだそうです」
「…は?」
「なんだって?」
「ですから、『怖い』んだそうです」
ここにいる全員の額に、怒りを表すマークが浮かび上がったかもしれない。今すぐにでも目の前の川に向かってパンチを放ち、その怒りの全てを発散出来るものならしてしまいたい。
今のボクでも、数秒くらい川の水を割れる自信がある。
それ程までに、怒りのボルテージが上がっていた。
「そりゃあ…二人して走りたくもなるわ」
「ごめん、まさかここまでとは思わなくて…ボク、深く突っ込みすぎた」
「いえ…テイオーも被害者です。全く…私達が戦う時にコンディションが悪くなったら、あの人はどう責任を取るおつもりなんでしょうか」
「最近になって段々と慣れてきたので、僕は案外平気ですよ。ハハハ…はぁ」
偶然で済ませたい。済ませてほしい。もうボク達を掻き乱すのは、やめてほしかった。でも、こうした悪役みたいな人にどう対応していけば良いのか、ボクも含めわからずにいる。夢を与える事は出来ても、正義の味方にはなれない。一体全体どうしたものかと悩ませて…そうしていつの間にか、その変人についての話で盛り上がっていた。
「あんましこういう事は言いたくはないんだけどさ、風評被害とかで訴えるっていうのはどうなの?」
「問題を提訴しようにも、確たる証拠が有る無いに関わらず、提訴したらしたらで時間の確保も見つけなければならない。実質表に出てきたところで、こんな訳のわからない人と、生で出会すのは御免なわけさ。向こうが欠席してくれるのであれば、万々歳なんだけどね。
それに風評被害で提出するには、それなりに損害を受けたっていう、ある程度の条件を満たしていなければならないんだ。これがまた厄介で…事実、彼女のお陰でマックイーンや他のウマ娘も、以前より数倍か、それ以上に増して人気になってしまった。つまらないウマ娘と言われていたのに、彼女のお陰で明らかにそうした書き込みが減ったんだよ。
それに…彼女のチャンネルも、今では世界各国のトレーナーやウマ娘の集まり場にもなってしまってね。その影響力を無くすっていうのも悩ましいんだ」
「タチが悪い悪戯にも程があるな。罪が生まれていなかったとしても、私だったらぶん殴っていそうだ…。
顔を隠してコソコソと行動するなんて典型的な悪者のする行動なのに、やっている事が小さいとも言えないし…ウマ娘の存在そのものを惑わすなんて、それじゃあまるで、まるで悪魔そのものじゃないか。
しかしまあ、悪魔と契約をしたって囁かれたあのサンデーサイレンスとも違うベクトルの持ち主か…どうしたものか」
「今のところ何の対処法も無いでしょうね」
「ウマ娘に対して悪口を書くと悪魔に呪われ祟られる、なんて過激な考えもありますわ。あとサンデーサイレンスさんは、ペパーミントでも与えていれば大人しいだけの、至って普通のウマ娘です。彼女とはまるっきり違います。『あたしの歌を聞けぇ!』ってリサイタルを開くこと以外は別に…」
「それは…多分マックイーンだからそうしてるってだけだと思うよ。今はアメリカに帰っているんだっけ?」
「ええ、スズカさんに付き添っています」
「関係ないかもしれないけど、マスコミや世間の人達が優しくなったのってまさか…この人が原因だったりする?」
「少なからず影響はあるかと」
「話を聞けば聞くほど、まさか…とは思ったさ。そのまさか、だったなんてね…私、テイオーの骨折で少なからず、そういうのが来ると思っていたから構えていたのに、そんな背景があったなんて思うわけないじゃんか…」
「先輩の気持ち、痛いほどわかりますよ。うまく丸め込まれた気分だ」
――
「どぼめじろうって人こそが本物の悪魔なのかって扱いには、なんとなしに違和感があるような…なんか、エゴそのものみたいな人にも思えてくるんだけど」
「そうだよね。なんか…こう、悪魔ってのは失礼じゃない?男で釣ってウマ娘に引き込むって普通は逆だと思うんだけど、割と小悪魔な可能性はあるかもしれないよね」
「本物の神や悪魔に失礼ですが、あくまでも現時点での話です。一部ではウマ娘にとっての救世主、神の使い、勇者、反面…悪魔、邪神、純粋悪と称されたり、そのめちゃくちゃな行いにある者は怒り、ある者は逃げ惑い、ある者は崇拝し、ある者は存在そのものを否定して悪戯をしているだけの道化師、運命に抗う切り札といった意味でジョーカーなんて呼ばれています」
「そこまで酷いのか…うへぇ。お話ししたいといった自分の発言、撤回したいんだけど」
「先輩が弱気になっているだなんて、珍しいですね」
「いやいや、狂えばカリスマ、吠えれば天才、死んだら神様、何もしなけりゃ生仏って言葉が似合いそうな人間じゃん?流石に心に来るものがあるというか…まるで夢を見ているような気分だよ」
「何そんなに深刻になってんの?って笑われるよ」
「違いない。そういえば…他のトレーナーやウマ娘も、その配信を見ているって言ってたけどさ。んな悪趣味な放送、誰が見ているんだろうとかわかってたりしてるものなの?」
「本人名での垢で視聴した痕跡があれば可能です。僕がわかっている限りだと…シンザン、トキノミノル、ノーザンテースト、セントライト、セクレタリアト、シアトルスルー、スペクタキュラービッド、サンデーサイレンス、イージーゴア、ダンシングブレーヴ、モンジュー、ガリレオ、ハリケーンランは実際に生放送を見ていました。トレーナーならクリスやゴットマザー辺りだったかな?」
「サンライン、デイラミ、ホーリックス、レイチェルアレクサンドラ、ラムタラ、スノーフェアリー、ゼニヤッタ、シングスピール他多数…各国で活躍するしないに関わらず多くのウマ娘が、彼女の放送を見ていたことを公言していました。
ここに乗っかるようにして海外の反応集、海外の切り抜きチャンネルも勢いを増していった過去があります。もう何がなんだか…」
「そんなレジェンド達が見てたの?!」
「滅茶苦茶だぁ…互いが化け物同士だと、こうも惹かれ合うのか?いや、もう本当に…フフフ…笑いが止まらないって」
――
「そんな人材がいるならさ…URAに拘らなくても就職出来ていそうだよね。ほら、最終選考には残ってたんじゃなかったっけ?」
「それについては、どうやら手綱を握ってくれるような人が居なかったらしく…惨敗だったそうだよ」
「…えっと、つまり?」
「暴走しっぱなしの人を入れるわけにはいかないらしく、数多のウマ娘関連での企業という企業から落とされたそうです。面接で色々と問われるうちに、どうしてもウマ娘の話題へ発展したが最後、そこでどうも…掛かってしまうとかで…」
「何処ぞの真面目すぎる天才少女か何かかな?んなもん拘束具でも付けないと、制御なんて出来ないでしょうに…本格的に頭がイカれている人なのか」
「ウマ娘に会っただけで爆発しそうな、文字通りの時限爆弾を抱えてまで金なんて払いたくないし、誰も面倒を見たいだなんて物好きもいないんですよ。例え優秀であろうと、優秀さとその会社にとっての利益がどうなっていくのか、というのは大事にはなりますが、優秀すぎる上での問題というのも存在するものなんだと思います」
「彼女のような人は規律や周囲を乱しかねないので、どうすることも出来なかったそうです。それを直接言われた本人がネタにしていたくらいなので、本当の事なんでしょうね」
「なんか…悲しいなぁ」
「私は寧ろ身近な怖さだな、と感じたよ…自分にもありえそうな話だからね。トレセン学園の関係者って、どこかしら頭のネジが外れている人多いし」
「先輩、それ以上はいけない。その言葉は僕達を追い込んで、やがては逃げられなくなり、最後に狙いを定めて差してきますから」
「あ、トレーナーも自覚しているんだ」
「トレーナーさん達、自虐ネタは辞めてくださいまし」
――
日も真上から少し傾いてきた。徐々にこれから涼しくなっていくであろう夕暮れに向けて、鳥が鳴いている。
彼女達と喋ったからだろうけど、色々と話したことで僅かな気力と体力が回復した。その分だけ周りの体力を奪ってそうだけど、気にしないったら気にしない。
マックイーン達もそろそろ練習に戻るとのことなので、ボク達よりもよく知っている彼女らに、思い切って口を開き最大の疑問をぶつける事にした。
「最後にこれだけ聞いておきたいんだけどさ。彼女のことを男性だと思ってる人って、どれくらい居ると思う?」
「え、これだけ大層に暴れている人が男性なの?恋鐘さんは兎も角、どぼめじろうって人はありえないでしょ。いくら男を描けるからって、んな破滅的な変態野郎が居るとは思えないけど…テイオーってもしかして、意外とムッツリ?」
「なんでさ…今までもこの質問も、純粋な疑問から生まれてきたものだよ。第一、世間から見たらボク達ウマ娘の選手って10代が大半じゃん?仮にネットを騒がせている人達が男性なら、それこそ向こう側が破滅的な変態だよ」
本当に思ったままを口にする。これはネタではないという空気を出す事によって、率直な回答が返ってくる事を期待していたからだ。
「マックイーン…無理をしてまで再生する必要は無いからね」
「トレーナーさん、私は大丈夫ですわ。」
僅かに震えながら差し出されたタブレットを、無言の圧力を受けながら手に取る。
「テイオー…これは忠告です。流石に思ってはいないんでしょうけど、そうした男性なのかもしれない…といった考えは辛く険しい道のりを歩みますよ?」
「それ即ち、偶像として見るというのが現実的ってことでしょ。大丈夫大丈夫、わかってるって」
ボクは最後の望みをかけ、意を決して再生ボタンを押した。
『……で、今年のデビュー戦も映像で見返したんだけどさ。あの末脚が光っていた子…個人的に好みなんだよねぇ。あの子の将来を考えると、もう…ね。はぁはぁしちゃうんだよ……ジュルリラ。おっと失礼、興奮しててコメント欄見てなかった。
んで、何の話をしていたっけ…へ?メジロマックイーンが来てる?いやいや冗談はよしこさんだ。いくらなんでもあの天下のメジロ家の、しかも現役の選手がまさかこんなと…こ………ろ………………にぃいいいいいいいいいいいい?!?!
ふぇ、ふぇじゅろまっきゅいぃいんんんん!!あ、あ、ああああああああのあのあのは、は、は、は、は、初めまままましぇい!!いだい゛っ!!は、初めまして!あのっ!すんごぐ好きだべ!!違う!好きです!どのくらい好きかって言うとすんごく好ぎでず!噛んだ!鼻血っ!あらあら大変だわ、あらあら大変だわ!第一印象が大事だって言うのにこれはマズイ!どのくらいやばいかっていうとプラズマズイ!…ンンッ落ち着け、落ち着いて一句読むんだ。病気かな、病気じゃないよ、病気だよ。これはもう病気ですね…って違う違う。めじょまっきーん!凄くすごおおおおおおおおく!好きです!!あ、えと、違う。メジロマックイーンさん大好きです!!いや待て、初対面でしかも動画越しで告白って不味いよね。違う違う、そうじゃない、そうじゃない……こんな慌てっぷりを世間に晒すなんて、さながら弥生賞でゲートから抜け出るサイレンススズカじゃないんだから。すぅぅぅぅ…落ち着け、今度こそ落ち着いて…えい、えい、むん!…まずはちゃんと、ちゃぁあんと好印象を受け取ってもらえるように…ン゛ン゛!あーああー…んん、良し。
初めまして、綺麗なお嬢さん。菊花賞での初のG1勝利、本当の本当に… 感動…致しました……。あ、だめだ。思い出したら涙が出てきた…うう…うえええええええん!!本物のメジロマックイーンた゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!う゛れ゛し゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!』
諦めた。その一言に尽きる。
「中等部の生徒相手にこのテンションです。どうあってもまともじゃありませんわ」
「これだからオタクちゃんは話が通じないって言われるんだよ…」
「あぁ、これ演技じゃなくて素なんだぁ…ア、アハハハハ…」
「こ…これは…その、末期だ…ね」
『…ごめん、泣き止むまでに時間かかっちゃった。…あぁっ!メジロマックイーンさん、メジロマックイーンさんがこの場にいるなら是非とも!是非とも聞いておきたい事が!
最近はどんなトレーニングシューズを愛用されていますか?サイズはあれから変わりました?それとも筋肉量とか?まだ未発達な足の筋肉を重点的に増やそうって感じですよね?ああ、でも走る事がメインに変わりはないから…そうだ、それでしたら消臭剤のおすすめなど情報入ります?大変でしょう?あれだけ走るともなると蒸れるのでってメジロ家だからオーダーメイドか。そうだよね。あ、じゃあそのオーダーメイドされている材質とかって主に何使っていたりします?拘りとかありそうですよね。そうだ、あのブーツってやはりステイヤー適正ぶっぱですか?他のステイヤーとどのような違いがありますか?例えば筋肉の負担を和らげる構造に特化しているとか、ラストスパートのスピードを出しやすいように足の形に合わせているとか、単純な靴の柔らかさによって怪我のしにくさや転びにくさ、動きやすさに重きを置いているとか…ほんの少しの伸縮性によって変わってくるじゃ無いですか。才能を活かす為に、そうした努力も積み重ねているはずなのですが、いかんせん生で実物を見た事がない分、推測の領域を超えられないので、気になっている事が山ほどあるんですよね。メジロマックイーンさん程のウマ娘の脚力に耐えれて、しかも完全にフィットしているソックスとかも気になるんだよなぁ…つかぬことをお聞きしますが、穿いている下着や勝負服その他諸々についてもお話を聞きたいと思っておりまして、是非ともお時間のほど頂きたいのですが…特注品でしたら産地だけでも、教えていただけないでしょうか?あと練習後やレース直後の足って蒸れていますよね。実際蒸れたとき、匂いとかってすっぱいですか?臭いですか?体調の良し悪しで変化ってありますか?体調が悪くなって熱発した時とか、体感してどんな感じですか?メジロマックイーンさん本人の感想を聞いてみたいのです。それからそれから、髪の毛、尻尾の毛の艶など見せてもらってもよろしいでしょうか?走る時のフォーム、いつでも均一化されていて綺麗で、もはや芸術品だと私は感じているんですよね。そうした走りの教育というのは幼少期から訓練を積まれて?遺伝子的にも興味があるなぁ…血液検査の結果とかも見てみたい。是非、一度で良いので、喉なども含めて体内を覗かせてくれませんか?ってこれだと私が変態みたいですよね、すみません冗談です。話を戻しまして、蹄鉄についても色々と聞きたいことがございまして、私の調べではここの業者の特注品かもしれないと予想したのですが、当たっていますでしょうか?おっと、肝心な事を聞いていませんでしたね。マックイーンさんといえば、やはりトレーナーさんとの一心同体が強さの秘訣なのではないか、という疑念もあるわけです。本格化を迎えて、更に一心同体に磨きがかかるわけですが、最近はトレーナーさんに手を掴まれていたりします?私から見れば羨ましい限りですよ。本当に羨ましい…私も掴まれたいいいいい!!…ンン、失礼しました。お詫びと言ってはなんですが、盛大に人参料理を作らさせていただきたいと思っている次第でございます。どうぞよろしくお願いします。ああ、そうそう、次のG1は悲願である春の天皇賞ですよね。私はこの世代の誰よりもあなたが勝つと思っているわけですが、その際に発表したいと思っているファンアートについて、本人様からのご指摘など頂けると…製作者としては恐悦至極でして、丁度今ここに候補が12作あるのですが、実際に目を通していただけますでしょうか?勿論練習やミーティング、学園内での授業やイベントなどを優先した上での話ですので、どんなに時間が経っても構いません。お願いします…あ、ダメだ…まだ聞きたい事があった。レース開始時のスタートについてなのですが、足にまだ不安があった中でどう克服していったのか、調整中は何を心がけていたのかなど教えていた…、………。………」
単純にウマ娘に対して純粋な質問をしているのが、非常にムカつく。
「…やっぱり僕の事も知ってて揶揄っているのかな」
「悪意無しでこの発言…これでどう男性だと思えば良いのでしょうか」
「もういい…わかったから」
「なんかもう…驚く事が出来ないや」
一切の望みを捨てた。ボク達は改めて思い知らされたのだ。
「別に男性であろうとなかろうと、この人は変態です。かつ歴史的に見て、こんな男性は見たことがありません。
現代のヘロストラトスと一括りに纏めてしまうのは危険ですし、完全に納得がいくか…というとスッキリしない事もあって、そうしてズルズルと引き摺られて、今に至っているわけです。
その間にさまざまな見解が生まれ、この人はこの人で陳腐な自由によって得た万能感に負け、やがては…その、極めて
あの放送を見ている視聴者の多くは、男性の絵に釣られ、こうしたウマ娘の話にも耐え、数多の試練と修行を経て全てを悟った人か、それでも尚希望を見て男性だと信じている、極め付けの猛者しか居ません」
「成る程」
「ここって日本だよね?」
「先輩…ここは日本ですよ。日本の府中です」
運営は何らかの手違いでBANにしても、世界から表彰されると思う。
「これ、被害者は私だけではありませんからね?現役、OB問わずウマ娘の公式アカウントが来れば告白は序の口、サンデーサイレンスさんは崇められていましたし、シンザンさんが来た時には勢い余って両肘、両膝を強打しながらも止まらず、セクレタリアトさんに対しては言いたい放題言った後気絶。セントライトさんやトキノミノルさんには、開口一番でそれぞれ戦車やパーフェクトと評価する無礼さを見せた後、3日間発熱。併せて計11名ほど犠牲者となりました。
案の定、海外の人達からは『こいつを日本から出すな』『日本に攻め入ったりでもしてみろ?この人外が海を割ってウマ娘に会いに来るぞ』『私達は日本との戦争を望みません。この変態を目にしただけで狂いそうなので』『この人が街中を平然と歩いていて平気な日本人はイカれてるぜ』『愛を燃料にして行動する悪魔』『ヤツが帰ってきたぞ、もう来るな』『いやここに封じ込めておけ、おかえり』『世界のウマ娘ファン達よ、見てくれ。これが日本の文化が生み出した変態の結晶だ』『絶妙にキモい』『無敵の人が映画の世界から出てきた』『恋鐘さんの小説で日本語を学んだことを後悔しました』『悲劇の末路』などと言われる始末…なのに、ネタで済ませられるからこそ、こんな…こんな…ヤベーですわぁ!!」
「マックイーン、口調」
「これが日本かぁ…」
「せ、先輩?」
もうどうにでもなれ。
「あのさ…気になっていたんだけど、マックイーン達ってもしかしてどぼめじろうのファン?」
「だ、誰があんな人…大嫌いですわ!!」
「ジャパンカップ、海外からちゃんと来るかなぁ…ガラパゴス化しないよなぁ…心配だなぁ…HAHAHA」
「先輩?!」
素性も明かさずコソコソ隠れながら社会やウマ娘を惑わすなんて、最高のジョークじゃない?っていう相手のネタは笑えないのに、心の底からお腹が痛くなるほど笑えた。
丁度その頃、話題にしていた人物は回っていた。
道化師と呼ばれていた男は、悠々と踊り続けてくるくる回る。
くるくる。
くるくる。
涙を流しながら、時には足を上げ、時には手を振り回し、笑顔を浮かべ楽しそうに、悪魔をも魅了してしまうほどに、優雅にくるくると踊っている。
そうして徐々に動きが収まって、息を吸い声を大にして叫んだ。
「今日もぉ!!元気にぃ!!ウマ娘ちゃんっ!!そしてぇ!!お兄さまの物語が完結したぞぉおおおおおおおお!!世界よ!!ハッピーエンドの小説だ、喰らいやがれってんだ!!タララーララーララー…ふんっ!!投稿しちまったぜうっひょおおおおおお!!ライス、ライス、ライスちゃああああああん!!やはりウマ娘ちゃんこそ良薬!!本当の本当に、お前らは最高だぜええええ!!」
ウォー!と返してくれる人はこの場に居ないとしても、彼の心は有頂天に到達した。文字通り嬉しすぎて舞い上がっていたのだ。彼の中では、完結した事こそ偉業に近かったのだから、無理もない。
「ンンンンンンン!!良いねえ!!楽しいお仕事だぜ!!」
仕事ではなく趣味なのだが、そんな事はどうでも良かった。
「ホワハハハハハハハハァ!!」
見よ、この神をも惚れさせてしまいそうな素敵な笑顔を。
彼の人生は希望に満ち満ちている、という象徴だろう。
彼女達を想いながら涙を流して、ケタケタと笑い、願いが成就するようにと、ウマ娘が幸せを掴み取れますように…と、心から祝福を祝っているその慈悲深い姿は、正に普通の男そのものであった。
後日、パソコンを開くと彼宛にファンアートが届いていた。儚く色鮮やかな色彩で、この絵を見た誰もが幸せな気分になれる輝かしいイラストは、正に美味い絵と言ってもいい。
その絵を見た瞬間、男は直様パソコンを閉じ、そして立ち上がる。
一歩、二歩、三歩、と足を進めて、また舞った。
メラメラと燃え上がるような嫉妬心を抱いて、くるくると踊る。
儀式を終えた男の顔はどこかすっきりとしていた。そうして息を整えた後の彼は準備を整えて、秋の天皇賞へ向けた作品の最終チェックを始めた。
ここは神様の玩具箱だ!
当時の宝塚記念の記録空覚えにつき、正確な数値が不明…再現性求む。
Q:「その人が言うと、それが正解になってしまう非関係な人」についてどう思われますか?
A:迷惑、と思います。 2022年 3/8 午後10:00