タグに精神的BLを保険で付けた方が良いのだろうか?そも牡馬が女の子になっている時点で、ウマ娘は精神的BLなのでは?魂が雄であるという事は、それ即ち男×男では?待て、女性トレーナーはどうなるんだ。外見だけならGL?中身もGL?
いや、性別を変えられる機能がある時点でそうした概念自体が皆無だ。
最早サイゲに人の心はあるのだろうか…もう言葉はいらないか!
(とりま今年のダービー速すぎ。脚に対する負荷パネェて…怪我しないか心配でハラハラしている私です。)
「僕はね、やられたら数倍にしてやり返したくなるというか…どうしようもなく良い性格をしていると自負していてね。それが堪らなく好きなんだ。後輩は兎も角、外野で好き勝手ネタにしている彼女には、是非とも一泡吹かせてみたいんだよ。ヒヒッ…マックイーンも好調を維持したままだぁ…。次の秋の天皇賞…フヘッ、フヘヘヘヘ。ススズの借り、百万倍にして返してやる…フヘッ。結末が楽しみだなぁ…」
そう口にしていたあのトレーナーは…完全に殺る気の目をしていた。笑っているのに笑っていない。油断も隙もない。そんな言葉が似合うくらいの笑みだった。
レースをするのはマックイーンのはずなのに、と彼女にも視線を向けてみたが、マックイーンも同様にして笑みがこぼれている。少なからず共通の目的を持った相手というのは、どうにもこうにも似たもの同士になりやすいのだろう。
先程まで恐怖に染まっていた顔が、今では二人揃って般若面だ。
降りかかる雷がこちらに落ちないように、くわばらくわばらと願っておいた方が良いのかもしれないが…何はともあれ、あの変態は一度痛い目を見たほうが良いというのはボクも思っていることだし、この手のことに関してはボクにはお手上げだ。
対するボクのトレーナーは、若干…いや、少なくとも7割以上は引いていたと思う。というよりこの状況に慣れていた。「またか…」ってぼやいていたの、ボクに聞こえていたし…。
恐らくは…マックイーンのトレーナーがこうなるのは、何度も見てきたのだろう。勿論、全てが彼女のせいというわけではなく、天才と呼ばれる由縁や経歴に嫉妬した人達によって生まれた障害、とも呼ぶべき物が積み重なってしまった事が主な原因なのだろうが…それでも、ここ最近は収まっていたはずなのだ。
だが、天才と呼ばれた彼女の堪忍袋は、突如として現れた
やはり一度だけ…一回でいいから、何でも良いから、とりあえず鞭でも叩いて…それも思いっきりバチンッと音を立てるくらいに豪快に叩いて調教した方が良いのでは?と思ってしまった。
「強引に勝ちに行く必要は無いからね?そんなことをしなくても勝てる実力はあるでしょうに…君は普通に才能があるんだから、余計なことは抱え込まないようにした方が良いのに、こうなると君の悪い癖が出る。そういう勝負に対する姿勢はまだ良い。とは言っても、限度があるからね。特に重賞を得ようとする気持ちが強くなりすぎて、自分で自分の首を絞めていくのは何度も身に染みているでしょ?」
「わかってはいるんです。
それでも…それでも、少なからず一人のトレーナーとしてしっかりとウマ娘達を見て理解し、あれだけの好意を向けていながら…悪口は言わない。時折揶揄うネタはああも幼稚園児並みで、冷静に分析するところは分析し、それでもレース場には顔を出さないで意地悪をしてくるんですよ?正直言って虐められるよりタチが悪い。んなもん嫌いになるに決まっているじゃ無いですか。正々堂々と勝負をしていれば別ですけど、彼女は土俵にすら上がってない。
それでいて真面目に語れば、トレーナーは皆尊敬しているとか平気で抜かしてくるし、ヘッタクソな絵を描いてファンアートですってプレゼントしてくれた時もあって。彼女、僕がネットにあげている日記とかも、欠かさずチェックしているんですよ。で、やっていることはコソコソとそうしたオタク活動に身を削って、その都度僕達の事を嘲笑うかの如く、ああいうことをしてくるわけですよ。
この際はっきりと声に出して言うとですね…いやらしくてエゲツない、冷酷無比のヒットマンのあだ名がある、あの熱い性格をしていて、僕より天然のクソボケで、僕と同等に勝負に打ち込んでくる真剣なトレーナーよりも、こんな性格をしている僕よりもっっ!!誰っっっよりも陰湿なんですっっ!!あのどぼめじろうとかいうふざけた女郎はっっ!!」
「こうなったら否が応でも引き摺り出して、即木っ端微塵にする勢いのまま叩き潰してやりますわぁ!」
「出来れば一気に決めたい…出来るだろうか?」
「なんとでもなるはずですわぁ!こうなったらもう予祝しかありえませんわぁ!!」
「マックイーン…そうさ、変えるんだ!僕達の手で!」
その奮起に呼応するかのようにして立ち上がったかと思えば、いつの間にか二人の世界に入っていた。もう彼女達は手遅れなのかもしれない。
「身構えているときに死神は来ない、とか言うけど…こりゃあ、当分の間はダメかもしれないねぇ」
「……ボクは、こんなマックイーン達の姿を出来れば見たくはなかったよ」
にしても、だ。流石は腐ってでも中央のトレセンに所属しているトレーナーである。片や精神状態が不安定だが、二人共素晴らしい観察眼だ…それをウマ娘に対して発揮すれば良いのに、あろう事かあの変態絡みに使っている。あの天才達が、ボク達にとってはどうでも良いような人間に対して使っているという事実は、何とも受け入れ難いものがある。 どぼめじろうよ、ボクは涙が出てきそうだ。なんと悲しき事なのだろうと、涙が出てきて仕方がない。
しかも、よりにもよって比較対象がヒットマンと呼ばれているであろうトレーナーとは…彼女には同情する。よりにもよってどぼめじろうと比べられるとは、と。
実にヒットマンが可哀想だ。
無理矢理汚されたに等しい、度し難い行為である。
加えて、天才にして同志である彼女達の仲まで引き裂こうとするのは、いかんせん気に食わない。が、これら全ての事象が彼女の知名度上げとしての戦略による影響によって生じたものだとしたら、こうしたボク達の混乱は必然的に起こり得たものなのだろうか?
いや、そんなはずは決して無い。あんな本能的に行動する人が、計画性なんて持っているわけがないのだから。
それに、不可解な疑念はまだまだ数多く存在している。
第一に、基盤とされている行動の根幹…つまりは愛だけで、ここまで成せる事が可能なのか?という事だ。
確かに愛情のもつれによって最悪犯罪にまで発展する…といった事件は確かに存在はしたが、これはボク達が生まれるよりも以前の時代に起きた事だ。それにサンプル数も少ない。しかしながら彼女とされている例のあの人は、力を余す事なく披露して、現代においてここまでの認知度に至るところまで発展させている。
果たしてこんな事が、たかがウマ娘界隈のみでなり得る事なのだろうか?
いささか規模が大きすぎるのである。
第二に、仮に今までの功績が失われた事態が発生したとして、配信者側の人間が考えているのかどうかだ。冷静に見てみればリスクだらけの代物なのだ。つまりは、もし訴えられた際の勝機はまるで無いも同然の状態で、横から喧嘩を売ってくるのである。
富裕層の塊のような場でもあるトレセン学園に対し、こんな無茶な事をしてタダで済むとは思っていない筈だ。
だとしたら何故こうも、イラつかせてくるのだろうか。ボク達に嫌な思いをさせて、何らかのメリットがあるのだろうか?これらが全て点と点で結ばれていないのである。やっている事全てが、本人に対して報われない方向性へと向かっていっているのだ。
しかしながらこうしたリスクを犠牲にして、それだけライバル…とは呼べないものの、互いが互いを意思あるウマ娘の理解者として認識しているという関係にまで上り詰めたという点では、少なからず偉業は達成しているのかもしれない。かの天才達から一目を置かれている…それが例え、たかがネットが無ければ注目されないような人物だとしても、だ。
試験にも落ちたような素人に意識が奪われるなんてあってはならない。が、この配信の全てが悪いか、と問われればそんな事は決して無い。各国のウマ娘やトレーナーが一同に集まり、日々対策や故障に講じて原因の解明を突き止めたりする動きは、必然的に各国のトレセン学園が抱えている課題に取り組ませることに繋がるからだ。
だが、そんな強制的な組織改革をたった一人で行うなんて、人外のする事…そんな生き方は人ではない。獣と成り果ててしまった人間を犠牲にして、ボク達はその死体を跨いでこれからを歩まなければならない重荷なんて、感じたくはない。
その事実らはどうしても覆せないものであると同時に、現実を直視し受け入れ認めなければならないという、前代未聞の異常事態に我々は直面していると言い換えても良いだろう。
だが、果たしてここまでしなければ納得がいかなかったのか?世間的に許されることか、正しいことを正しいと言えるか、ひたむきで誠実さがあるのかどうか、これ等全てを犠牲にしなくてはならなかったのか、それほどまでに私利私欲を優先しなければならなかったのだろうか?子供でも理解出来てしまう程に、歪で、内向きで、兎に角醜く、それでも戦う姿勢は評価はするが、何故逃げないのだろう。
そもそも、これらが副産物であるとしたらどうなのだろうか。これらにもし意図なんて無かったとしたら…それだけでゾッとしてしまう。
ああ…そうか、どぼめじろうよ。あなたもまた、ボクらと同じプレイヤーでいたいのか。プレイヤーとして生きていなければ、価値がないと思っているような…残念な人なのか。そういうのは才能や運などを持っているものがあなた達の分も引き受けて、全部を背負って昇華し叶えなければならないといった、強者の中でも…誰かの為に動いたものだけが背負う事の出来る、信念がある人でなければ到底不可能だ。ああ、少なからず強者ではあった。強者でなければ自分の為に欲のままに行動することも、他者の為に行動することも不可能だからだ。
だが、彼女は恐らく弱者だったのだ。だから心も身体も全て壊れて、理想も現実も混ざってどうしようもない破壊衝動を解消するしか方法が無く、挙げ句の果てには導くようなこともせず、平気でただ救った気でいるようなクズに成り下がった。…そんな輩に人の気持ちがわかってたまるか。
あなた達も私と同じ痛みを知るものですよね、なんて同情を誘われているだなんて、冗談じゃない。
自分自身を救えずに、他者を救おうとしているなんて…いや、自分自身で救えないからこそ、他者に頼ることなく生きたいなどと、よくもまあ愚かしいことを…こんなにも自惚れた人は初めてだ。
ならば…やっぱりボクは君を恨んでもいいのだろうか?
きっと彼女のことだ。ボクに恨まれるというのも、嬉しそうに受け入れそうだな…なんて思ってしまった時点で、ボクからして見れば、蔑ろにされたも同然だ。だから恨みたくはないけれど、それでも彼女の倍以上に恨むと思う。
覚悟しておくが良い…君の罪と罰は、あまりにも重すぎたようだ。
絶対はボクだ。最強の名を懸けるのはマックイーンだ。その邪魔はさせない。
こんな風にしてしまった責任は取ってもらわねばならない…それがどぼめじろうの義務である。
と、ここで再度トレーナーが閃いたように疑問点を投げかけた。
「…あ、そうだ。ヒットマンで思い出した。そういえば彼女もマックイーンのことが好きだったよね。確か、走りに一目惚れをしたとかで…」
一瞬だけ戻ってきたマックイーンによって、詳細が明かされた。が、それも役に立てるような情報では無かった。彼女もまた、紛う事なき変態だったのは確かなのだが…、
「えっ、ええ、まあ…函館で初めてお会いした時は、丁度レース前だったのですが…その際、少しだけお話をする機会がございまして。
開口一番に、『おぉ…おおっっ!!メジロマックイーン、メジロマックイーンだ。何と美しいのだろう…!いやはや、これはこれは…素晴らしい…実に素晴らしいねぇ。それでいて君は必ず強くなる、そんなウマ娘だ、間違いない。私の勘がそう告げている。だからそうだな…君が完璧な出来に仕上がって、文字通り世代の頂点へと君臨した時は、是非とも君を完膚なきまでに正攻法でボッコボコに倒したい。勿論、私自らが手がけた子でね。その時は、是非ともよろしく頼むよ』って笑顔で宣戦布告された時は…とてつもなく怖かったですわ。…ああ、ほらトレーナーさん!次のレースでは彼女にぎゃふんっと言わせてやりましょう!」
「ああ、マックイーン!やってみせるさ!僕達の力で!」
「あ、ああ、そうか…ありがとうマックイーン。腑に落ちないなぁと言いたいところだけど…大丈夫、クリーク呼ぶ?」
「いえ、お構いなく」
ボクはボクでうわぁ…と別の意味で軽く引いてしまった。勿論これはこの場にいない人に対してである。と、同時に確かにタラシであるが、あのような異質な危険性は感じられない。やはり、中央に居ない事は確定なのだろう。そも、トレーナーがあんな長時間配信出来るわけが無い時点で、当たり前の話であるが…。
これではマックイーンにも致命的な問題があるようにも感じてしまう。例えばだが…その…交友運が偏りすぎている節があるのではないだろうか、といったものだ。ゴールドシップ然り、サンデーサイレンス然り、ヒットマン然り…まともに接しているのはボクだけなのでは無いだろうか?
因みに、イクノディクタスはノーカンとする。あれはマックイーンの方が意識をしすぎているから、ノーカンったらノーカン。
声に出して言いたくは無いし、認めたくはないけれど…あの変態が言っていた通り、マックイーンもマックイーンでおかしなところがある…と思うところは多々あるし、正直トレセン学園内に限らず隠しきれていない…というのは最早周知の沙汰である。まだマックイーンは、常識も備えている分比較が出来るだけマシである、という材料のみが彼女の印象を良くしてくれているだけなのかもしれないのだ。
まあ…そこがマックイーンの良さでもあるわけで、退屈しなくて済むし、ボク以外にもわかっている人が多いというのは嬉しいが、複雑だ。
なんて考えをしながら、話を聞いているだなんて彼女達は思ってもいないだろう。とりわけ様々な方向へと喧嘩を売る羽目にもなるし、失礼にもなってしまう。だからここら辺で、彼女について色々と考えるのは辞めておこう。命拾いをして良かったと思え、どぼめじろう。
あの後暫くして、まだ練習メニューが残っているというマックイーン達と別れ、それぞれがそれぞれのペースでトレセン学園へと帰る途中の事だ。
並んで歩いてくれる人もまた、例のあの人について気になっているようだったので、自然と話を深めることとなる。
「まさかとは思うけど、あの絶対強い奴倒すぜインストールが発動すると止まらないトレーナーが、この配信者ってことは無い?」
「いやいやいや変態の種類が違うよ。ボクでもありえないって感じるのに、トレーナーなら尚更知っているでしょ?あの人があんな変態だったら、担当していた子たちの方が度肝を抜かれているってば」
「まあね。あんな叫ぶような人じゃないし、優しすぎるからね。こういうことは絶対しないって言い切れるわ」
「第一、グラスワンダーやライスシャワーは兎も角として、芝、ダート二刀流はお手のものと豪語する、アグネスデジタルやエルコンドルパサーの方が変態じゃない?あ、ドクタースパートも変幻自在なタイプだっけ…」
「そうだよなぁ…。ってなると、何か引っ掛かるんだよなぁ」
「引っ掛かるって何が?」
「んー…わからない。私達とは何か、決定的に違う何かが…あるんだと思う。それさえわかれば、多分…わかる気がする。でもなぁ…男性で変態…?いやいや…」
トレーナーの発言が、妙に記憶の片隅に残った。
その日の夕日は、清々しい程に綺麗だった。
トレセン学園に得体の知れない何かが蔓延っているという事実を、そればかりか屈強なウマ娘とそのトレーナーでも壊れてしまうのでは無いか、という怖い一面を見たあの日を境に、何かから逃げるようにして、ボクという意識や記憶の中からフッと、まるで存在していなかったようにしてどぼめじろうの実態が掴めなくなっていた。
というよりは、リハビリが忙しくてそれどころでは無かった、というのが正確な理由…といったところである。
とは言っても、レースに対して見逃すような人やウマ娘はこの場にはいないわけで、ボク達生徒も、そしてトレーナーも、時間さえ見つければレース内容を振り返る事や、実際に見物しに行くというのは最早常識中の常識だ。
だからだろうか、これは必然的に起こり得る事だったのかもしれない。
事の発端は、丁度セントライト記念が終わった頃だ。ウマッターにて、トレンドに挙がっていたツインターボと関連して、不可解な人物の名前が登場したボクは見逃さなかった。
レース自体は、手に汗握るような熱さ以外は何て事は無かった、と思いたかった。有力候補であった1番人気であるレオダーバンに先着、そして予想外では無いものの伏兵であったストロングカイザーに対してもクビ差の1着を捥ぎ取る内容で、粘り勝ち…という点ではラジオNIKKEI賞よりも勝ると言っていい。
問題はツインターボ本人の成長具合と、レース展開によって生じた認識の変化だった。
確かに能力面で突出して変わったようなところは、はっきり言って無いのだ。だが、走ることに対しての余裕…というべきか。落ち着いて考えながら挑み、それらを踏まえて全力を駆使して走っているような…がむしゃらに、もがくようにして走るのではなく、きちんとスタミナを管理した上での無茶に見える逃げ戦法なのだと…ボクにははっきりとそう見えていた。
以前にも偶々だが、ツインターボが走っている姿を見かけたことがあった。その時の印象は、兎に角走ることに対して一直線なバカ…というべきだろう。あんな破天荒で頭を余り使わない走りをした彼女だったのだ。思わず鼻で笑っていたことは、この際認める。
それがどうしたことか。前走よりもしっかりと実力を付けてGⅡのレースの一つを制したのだ。この結果には、認識を改めなければならないほどの驚きを隠せないでいる。
加えて追記するならば、ネタウマ娘にされがちとはいえ、今回は『はっきりと強い』と表せられる程の内容だ。文字通りボク自身の正当な評価によるもので、勿論絶対的な強さや勝利に欠かせない才能という点は現時点でも…そしてこれからも現れることは極めて低いのだろう、と推察はしている。けれど、あそこまで観客を沸かせられるのは稀だし、見ていて気持ちが良いと感じられるのもまた、ウマ娘界にとっては重要な要素の一つである。
そんな彼女が勝ったのだ。端的に言って感動するに決まっている。
思わず自身も含め周囲から拍手が沸き起こる程の、彼女自身の強みを活かせた良いレースだった。
ここまでは良かった。
では何が問題と言えるのだろうか?そう、ここに関しては本当に何も問題は無かったのだ。だが…
『それでは、セントライト記念を見事制しましたツインターボさんです。GⅡ初勝利おめでとうございます!』
『ありがとうっ!』
『今のお気持ちはどうですか?』
『嬉しい!やったよ!ターボ勝てたよ!ニヒッ!』
『宣言通り、先頭を維持したまま逃げ切れましたね!見ていて心が躍るような、そんなレースとなりましたが、その辺りはどんな感覚だったのでしょうか?』
『兎に角楽しかった!あと、ちょっとだけ怖くなくなった!』
『怖くなくなった…とは?』
『…んー。ターボ、本当はレースで他の子と走るのが怖いんだ。それで…【走っている時ちょっと怖いけど、それでも!ターボ負けたくないっ!!】って相談した時があったの!そうしたら【ただ1着を維持してそのまま突き抜ければ良い…試合は楽しんだもの勝ちですよ。ちょっとしたきっかけさえあれば怖くなくなるでしょうし、君が諦めなければまだまだ強くなれます】って返ってきたんだっ!!それでね、それでね!その後楽しんだもの勝ちって意味を考えて…トレーナーと一緒にトレーニングして…で、今日勝ったら…なんかね、楽に…こう、ぐわーってなって…いつもより楽しかったんだ!』
『日々の練習の成果が現れたし、苦手なものも克服した…ということでしょうか』
『多分!!…まだちょっと怖いかもだけど』
『いやいや、十分凄いですよ!んー、そうですね…今後はどのレースを目指しますか?菊花賞については…』
『菊花賞はターボ、考えてない!まずは11月の福島記念に向けて、1つの勝利の為に調整する!』
『成程…では最後に、その相談に向き合ってくれた人について何か一言あれば』
『え、いいの?』
『はい。どうぞ』
『…すぅぅぅぅぅ、ほんっっっっっっとうにありがとう!トレーナー!!【どぼめじろう】!!』
『あ、ありがとうございました。ツインターボさんでした』
再び目にしたきっかけが、レース直後のインタビューだった訳を誰か説明してほしいのだ。
何故彼女自身の口から『どぼめじろう』という、悪名高い人名を聞くと思えるのだろうか?
しかもなんだ、その気持ち悪い回答の仕方は…ボクが見ていた放送の時と全くと言っていい程に、優しすぎる物言いじゃあないか。
そもそもあれは本当にツインターボなのか?口調の変化の無さに捉われて、本質を見失ってしまいがちになりそうだ。事あるごとに勝負勝負、と絡んできたり、ボクと戦う為に菊花賞を目指すとか無謀な事を話していた頃とは余りにも…これではまるで別人だ。
一体何がどうしてこうなったというのだろうか。
元気いっぱいの朗らかな笑顔とは打って変わって、現場から離れた場所ではザワザワとちょっとした騒ぎとなっているだろう。
記者会見でもその片鱗は見られていたし、学園でも同じかそれ以上か…現にボクは未だに気持ちの整理が付かないでいる。
この一旦を把握するべく、自室へと向かわなければならない。治りかけの足に気を向けつつ、現時点での最大速度を使って急いで病院を後にした。
その日の夕焼けはあの日と同じく美しいもので、それでいて何処か憎いものと化していた。
「…あ」
ふと、立ち止まって我に返る。肝心なことを忘れていた。
まず『どぼめじろう』とは何者なのかを知る必要があったのだ、ということに。
早速どぼめじろうについて検索してみると、中々に面白い記事が出来上がっていたので、それについて目を通すことにした。
とりわけ検索ヒットした際、何故か【インセル】という単語が多く出現していた事が自身の中で引っ掛かっていた、ということもあるだろう。
一体どういう背景があったのか、と不思議に思う人がいるかも知れない。だが、どぼめじろうを語る上では欠かせない要素なのだと見解を述べている人たちが多数いる事は事実のようだ。
そもそもインセルとは、海外において性行為も結婚もしたいけど何かしらの障害によって出来ない人を意味する言葉である。
元々は、日本でいう永世四強時代に、カナダ人女性が作った出会い系サイトにおいて、世に蔓延っている処女が傷を慰め合うために生まれた混成語だ。要するに非モテの事を指す。
【involuntary celibate】
具体的に表すとこれらは不本意の禁欲主義者、非自発的独身者から汲み取られた造語、という事になる。まあ…そこについて触れるのは、この際置いておくとしよう。
さて、典型的なインセルは、若年層の白人女性に関わらず、全世界共通の独り身である異性愛者を指している。勿論、これらはウマ娘にも共通して言える事であり、ネットによる加速時代に伴った影響によって、典型的とも呼べるミーム汚染が始まり、瞬く間に広がった。ただこれらは、外見至上主義を抱えているかの問題もあってか、多くの派閥が発生する要因となる。加えて、インセルの特徴的な思想には少なからず女性至上主義の要素も入ってしまい、一部の過激派が出現してしまうのは目に見えていた。
とりわけウマ娘は自然と外見至上主義に片足を突っ込んでいることもあって、派閥同士の亀裂は徐々に大きくなっていき悪化の一途を辿った。とは言ったものの、ウマ娘にもそれ相応のデメリットが存在する…だなんて事は自身がウマ娘である分、とっくの昔に認識している。
つまりは、両者共に醜い争いしか繰り広げられていなかったのだ。数多の女性が社会的に抑圧されていることに変わりはないし、「モテたい!」という共通項が結論として画一化されている事に違いはない。
そうした派閥同士の争いは少しずつ数を減らしていった。
しかしながら、そこには数々の歴史が絡んでおり、結果として数多の女性達の頭を悩ませていることには変わりはなかった。
ネットが普及して、かつその主張が揺るがぬものとして、大分時間が経ったある日…突如としてここに一石を投じるためにズカズカと入り込んできた爆弾魔が現れる事例が発生した。
それこそが『どぼめじろう』であり『恋鐘』である。
奇しくもどぼめじろうの嘆きのイラストや、恋鐘の心震わすような小説は、心が飢えていた人達に刺さりまくった…というのがあくまでも俯瞰的な観点から見たもののようだ。
どうやらボクが思っていたよりも、彼女らの経歴は複雑なようである。まさかインセルも含めた、より難易度が増した恋愛的価値観を求めていた人達が絡んでいたとは思わなかったからだ。
但し、確かにこれらの刺激的ドラッグが全世界に拡散した記録は、そうした背景や配信に映っていたコメント等などからも一致することが確認されている為、こうした出来事は事実であると見てまず間違いないだろう。
「要するに悲しい人達同士が起こした悲劇だったと…いや、楽しそうにしている時点で喜劇なのかな?にしても恋鐘さんもそっち側だったなんて意外だったなぁ…まっ、タイミングが被っただけなんだろうけどさぁ」
ただボクはそれ以外について知りたかったのだが、これといってめぼしいような情報は無い。あくまでもネタとして、
……、………。因みにトレーナー資格は会得しておらず、現に試験でも4度落ちている。その為、収入源は配信のみとなっている。
(中略)
また、彼女の放送は様々な理由から余りにも過激すぎる一面がある、と捉えられたことがある。が、勿論これらは消し炭が如く燃えに燃えて大惨事へと発展し、鎮火されるまでにそれなりの時間を費やしてしまった。(少なくとも配信していた張本人が認知しているかは不明であり、真相は闇の中である。)
加えて、視聴者の中には地獄の住人から来たような人達が多数存在しており(創作物に出てくるような表現ではなく、文字通り歴戦のウマ娘やトレーナーなども含んだ、少なからず挫折を経験した者達の事を指す)、そこで互いが互いを慰めあっている構図となっている。
しかしながら毒をもって毒を制す、という言葉の通り、ある種の抑止力となった過去も存在し、一時的にだが世界全体規模で性犯罪率が下がった。また、どぼめじろうに感化されトレーナーを目指し、見事合格を勝ち取った者もいる…なんてデータもあるのだとか。
一見するとウマ娘に対して表面上は折り目正しく慈愛に満ち溢れた淑女だが、彼女自身もまた傲慢で悪趣味なトークを唐突に曝け出してくる、腐れ外道のような素振りを見せるなど不安定な一面が多い。さらには、偶に確信をついたかのようにして先見性から発せられた言動は、それらに対する過程と結果が伴っていない予測的なものも多い。
しかし、確たる根拠に基づきながら供述した時の的中率は見事なものであり、トレーナーやウマ娘達からは呪いのようなものだという声もあるが、あくまでも都市伝説めいたスタンスとして受け取ることも可能であったため、基本的にそうした発言に対する指摘は放置されがちな傾向となりやすい。また、こうした二面性の激しさなどの破茶滅茶な行動は、最早慣れる以外に手段がない。
要するに、とにもかくにもどうしようもない人物なのである。
このような状況を生み出したからか【ラジオの悪魔】に因んで【配信の悪魔】と呼ばれることが多々あった。他にも不気味なあだ名で呼ばれているが、主な原因はこうした所以だと認識されている。が、その呼び名が定着する事はなく、放送やコメント内におけるリスナーからの呼び名は基本的に『どぼめじろう』で統一されている。
普段の放送でのリスナーに関して簡潔に表すならば、どこぞの知恵袋のような民度である。これは、配信者が至る所に核爆弾を打ち込んでいくような人である為…つまりは、視聴者なびきもせず、ここまで一貫して配信スタイルを維持したまま、ウマ娘への愛を語るわ、男性を描くわ、発狂するわで、まさに地獄絵図と化した配信の影響力が大きく、物好きの物好きによる物好きの為の溜まり場へと変化してしまっているのが理由として挙げられる。よって、基本的にどちらも自由であり、民度や倫理観なんて価値観は無いも同然である。
ついでにこれは余談ではあるが、『どぼめじろう』という名前の元ネタは、同人誌や雑誌掲載など多岐に渡って活動をしている『メガドボ』から取ったものである、と本人が供述している。
尚、本家である『メガドボ』とは一切の面識が無いまま、実質無許可で使用している。これについて本人、そしてサークルメンバーである『アリスデジタル』らも言及せず…、……
みたいな一般向けな情報だけが記述されていた程度のものだった。確かマックイーンも…彼女はジョーカーと呼ばれているそうで〜とかなんとか、言っていた記憶がある。
やはり、どうしようもない人物であることは確かなようだ。
ボクの感性は間違ってはいなかった。
だが、それだけだ。結局は何も知ることは出来なかった。
とりわけ目立つのは、かの恋のメガドボとも呼ばれているくらいの人物だが…生憎と面識なんてものはないし、顔すら知らない。ボクが認知しているのは、とぼとぼと歩いてそうなアイコンが特徴的な人…というくらいだ。
いくら知名度はあるとはいえ、ウマ娘と才能が無ければただの中等部である。ボクは子供で、世界的に見てもそこまで知名度があるとは言えない。それに対して片やボク以上のプロだ…まさに雲泥の差とも言える。そもそも交流なんてボクにも、どぼめじろうにも許されていないのかもしれない。
手がかりは…ほぼ無いに等しい。
「あとは恋鐘さんとどぼめじろうが同一人物か、はたまた関係者なのではないか、といったゴシップだけかぁ…んー、困ったなぁ。ワガハイでもこれはお手上げかなぁ…ひゃあぁぁ、ここまでとはねぇ。そっかそっかぁ…」
ここまで釈然としないのはある意味清々しいものだ。今までの短い人生経験と片づけられても仕方のないことではあるが、はっきり言って初めてだ。
せめて…と検索するが出てくるのはどれもこれも同じような記事ばかり。挙げ句の果てには彼女を信じましょう、などといったいけ好かないブログまである始末。
悔しい…実に悔しい。
いやそんなはずは無い…何か、何か無いのか…と攻めあぐねている自身を振り返る。なんて情けないのだろう、と率直に思ってしまったボクは、いよいよどうかしてしまったのかもしれない。ここまで執着する理由もないというのに、酷い話だ。
彼女よりも先にボクは、ボクが強いウマ娘であるという積み重ねてきた証を疑ってしまった…その時点でボクは彼女を恨む資格なんてあるはずが無い。
だからこうして、回り道をしているのかもしれない。回り道をしたところで、変わるわけではないだろうけれど…自分自身の本当の強さの根幹とも呼べる、そう…絶対的な夢を取り戻そうとする行為は、余計に必死になってしまうものだ。
かつてのどぼめじろうも、こんな気分だったのだろうか。
(あ、でもそれはそれとしてどぼめじろうの事は気に食わないしイラつくから、当分の間は付き合ってくれても良いでしょ?今度はボクの番だから。一方的に踏み寄ってきた分だけ、こちらも踏みに行く権利はあるってものでしょ?仮にそれがあのマヤノやカイチョーが同じ環境下に晒されていたとしても、ボクと同じことをするだろうし…あーあ。これではまるで、本当に悪魔とやらに魅了されているのではないのではないか、とか言われても仕方がないんじゃないかなぁ…ハ、ハハ、ハハハハハ…はぁ)
情けなく、いつにも増して思わず苦笑してしまった。
ボクはなんて、なんて弱くなってしまったのだろうか。
三冠を取る事が出来なかった。カイチョーを超えると約束していた。それが出来なかったからなんだ。まだ選手生命が終わったわけではないというのに、元の走りは出来ないんだと悟った気でいる。
ああ、確かに痛い。心がキュッとして、折れた。
だから何だ。諦めて、はいそこでおしまいですってなれば気が済むのか?残念でした。ワガハイは無敵のテイオー様だ。弱者であるどぼめじろうがあれだけ暴れておいて、天才であるボクがここで落ちぶれるだなんて…ありえない。
確かに今は弱っているだろう。反面、今だけだ。これから先、待ち受けている苦難があったとしても、荊棘ばかりの道でも道があるだけまだマシだ。
成る程…どう足掻いても彼女は悪魔になるしかなかったのだろう。同情なんてものはなく、ただただ狡賢い。婚期を未だ諦めていないインセルとも、相性がいいのも頷ける。
そういえば…と頭に過ぎった事柄を思い出した。
これだけ騒がれているならば、少なからずウマ娘関連で話題にするとしても、その界隈では有名にはなっているのが通説だ。ボクらやそのトレーナー達に印象が残っているのならば、尚更である。
なのに目立っていないのだ。存在自体は目立っているのに壁があって見られない。いや、確かに配信者としても有名ではないだろうが、それにしてもそうした名前が
これは妙だ。
雲を掴め、と言われているような…それこそどぼめじろう本人ですら気が付かないような、何か…もしかしたら隠語のようなものがあるかもしれないのではないか、と推測を立ててみる。すると不思議なことに、スラスラとパズルを解くようにして答えが導かれた。
絶対何かあるに違いない…とボクの勘が告げている。
ほんの少ししかない手がかりを頼りに、入力をしてはEnterキーを押して、を繰り返す。
そうして探すこと約10分…
「…本当にあった」
インセルが集まっている大手出会い系サイトの掲示板には、堂々と彼女についてのスレが建てられていた。
世界観はもうこれでおしまいです。おしまい。読者の皆、おしまいで〜す。見逃して余計に書いてたらごめんなさい。これでおしまい、おしまいで〜す。おしまいで〜す。