神々廻邸
戸津辺市の高級住宅地の中でも一際存在感を放つこの大きな邸宅が同市に本社を構える神々廻コーポレーション会長の住まいであり、そして市内で暗躍する組織・ドミネイターの本拠地である。
「深月、ファントムの姿が見えないがどうした?」
「やつはシステムの調整で欠席とのことです。しばらくは大人しく主導権を譲ると」
神々廻コーポレーション会長にして神々廻家当主である老紳士、神々廻弦一郎が長男である深月にこの場にいない協力者・焔の所在を問う。
その焔は正体が家族にバレてからは派手な行動を控えて、与えられたラボで研究に打ち込み続けていた。
研究成果の新型コインも深月にいくつか提出しており、ここ最近の活動を彼に一任していた深月からしたら少々意外なことだった。
「ふん、偉そうに言っておいてあの男、役目を放棄したんですの?」
「やつは役目は果たしている。このコインと仮面ライダーの強化という役目をな」
焔の失態を鼻で笑ったのは長女の蘭である。
以前彼に嵌められたことに恨みを抱いている彼女にとって、焔が一時的にとはいえ前線を退いたのは愉快な報告であった。
「そもそもお爺様、何故あの男が仮面ライダーを泳がせたことを咎めないんですの!?あんな邪魔者、さっさと私たちの手で消し去るべきでしょう?」
「ファントムが目論んだ奴らの成長、それは我々の計画の一部でもある。仮面ライダー共が強化されたとて、修正が必要ではない」
「ですがこれ以上、邪魔者を野放しにするのは…!」
「控えろ蘭。まだお前が焦る段階ではない」
かつて仮面ライダーに手痛い反撃を食らった蘭は彼ら、特に竜胆を自分の手で一刻も処刑したいと思っていた。
そして欲を言えば焔も同様にである。プライドの高い彼女は自分を虚仮にした相手を許せない性分だからだ。
一方の深月はトップである祖父の意向に苦言を呈する妹を諫める。
彼にとっては個人よりも組織が優先されるべきであり、私情を絡めるのは言語道断であるからだ。
だからこそ本人の思惑はともかくとして、組織に協力体制を取り、そのためなら家族をも欺いている焔に対しては一定以上の評価を抱いている。
「とはいえ、お爺様。蘭の肩を持つわけではありませんが近頃の仮面ライダーの成長は目覚ましいものがある。特にブリゲードは例のグラディウスの量産化を計画しているようです。我らもそろそろ活動の規模を拡大すべきではないかと」
「うむ、深月の言うとおりだ。じゃが今、リーヴコインを生み出せるのはお前だけじゃ。負担が大きくなるぞ?」
「いえ、ここ一ヶ月ほどはファントムの生み出した新型、人造リーヴコインのおかげでいくらか貯めることができました。なので複数枚使った作戦を実行してもよろしいかと」
実のところ、リーヴコインは無制限に生み出せるものではない。
その手段は初めて発見された数枚のコインのうちの一枚、『海』のリーヴコインの力を覚醒させた深月と、既に生み出されたコインを解析して人工的に増産できるようにした焔の新型の二通りに限られている。
そして深月の生産能力も爆発的な勢いで作れるわけではなく、相応の負担がかかるものであった。
故にドミネイターは今まで複数のドラグマを使った活動を実行しづらく、しかし仮面ライダーの実力の向上に伴ったドラグマの早期撃破の課題に悩まされていたのだった。
だがファントムが手軽にリーヴコインを生み出せる手段を設計したことで、深月の作りだめが可能になった。
彼に対して猜疑心を抱いている蘭は人工的に作られたリーヴコインを「紛い物」と嫌悪していたが、自分たちの踏み台、時間稼ぎになるならと容認した。
「そうかそうか、それなら深月、作戦の準備を…」
「ちょっと待ってください、お爺様にお兄様!その作戦、私にやらせてもらえませんか?」
弦一郎が深月に作戦規模の拡大を指示しようとしたとき、快活そうな声が遮った。
声の主は神々廻家の次女である照美だ。
「私の能力ならもっと派手に仮面ライダーを沸かせることができますよ!ぜひ私に!」
「ふむ…確かに、ドラグマ数体を使うのであればお前が適任だな。では照美、お前に一任する」
「やったぁ!頑張ってヤッてきますね!」
深月から数枚のコインを受け取った照美は意気揚々と食卓を後にする。
まるで推しのイベントにでも行くかのようなテンションの照美に姉である蘭はやや辟易した様子だ。
「ふぅ、深月、豊の準備は?」
「済んでおります。作戦規模の拡大について進言をしようと思った時から照美と豊を動かすつもりでいたので」
「ほほっ、流石じゃな」
「蘭、お前はマーラ叔母様に連絡を取れ」
「マーラ叔母様を?お兄様、先ほど焦る段階ではないとおっしゃっていませんでしたか?」
「あぁ、仮面ライダー共を消すのに焦る必要はない、が準備をするに越したことはない」
新たな計画の準備に取り掛かるため、各所に連絡を取る二人。
その様子を見て満足した弦一郎は、グラスの中のワインをグビッと飲み干した。
財部家の空気は未だに改善していなかった。
自分の目で焔の正体を知ることとなった霞だが、樹に怒りをぶつけたことを引きずって逆に謝れないでいる状態に陥っていた。
そんな妹の気持ちを樹も理解しており、そして自分も兄の行動に疑念を抱いていた。
先日、霞の前に現れた焔は彼女のストーカーと思わしき男をドラグマに変えて始末した。
変異した男は人間に戻ることなく消滅させられたそのやり口は過激極まりないが、妹を守ろうとした行動理念は昔の兄のままなのではないか、とも思えてくる。
そしてその迷いがいずれ来るであろう兄との対決に支障をきたすことも分かっていた。
(兄ちゃんは絶対家に連れ戻す…でも半端な覚悟じゃ勝てる確率は下がるな…)
一対一なら今のカジノでファントムに勝てる自信はある。
だが幹部クラス、深月ことポセイドン・ドラグマや蘭ことテュポーン・ドラグマと徒党を組んできた場合、厳しい戦いとなるだろう。
しかも先日、一体のドラグマがブリゲード本部に奇襲を仕掛けてきたと凪から聞いた。
そのドラグマはグラディウスが紙一重で撃退したらしいが、駆け付けた新手のドラグマが撤退ではなく戦闘を選んだ場合は甚大な被害が出たであろうことは容易に想像がつく。
この一件もあって、凪もブリゲードの研究施設に籠りっきりになっている。
やはり既存の防護盾や銃器・警棒だけではドラグマに対抗するのは厳しいと再認識され、すぐにグラディウスの量産を進めるよう指示されたのだ。
「樹様、そろそろ集まって家族会議をするべきだと思いますよ?」
「そうは言ってもな…」
雅の言うことは尤もだ。このままズルズルしてると家族の仲はどんどん拗れていく。
だが樹自身も焔についての考えが纏まってないため、切り出し方が分からずにいるのだ。
「いつまでもベットしないのはお前らしくないけどな」
「大翔…」
今、『Fortuna』店内にいるのは仕込み作業中の樹と雅、そして先日無事退院した大翔の3人だけだ。
カフェのオープン前に入店できるのは家族である財部家と桔梗家、そしてドラグマやドミネイター関連で情報を共有するブリゲードの森川隊と長い付き合いの大翔くらいだ。
「記憶がなくなる前の俺の残した調査情報から推理すると、焔さんを敵としてみるなら行動が中途半端…それはお前も分かっているだろ?」
「あぁ…ダブルアップギアに欠陥を作るわけでもなく、姉ちゃんに制作を任せたこと。そして起爆剤に俺と雅に近しい人間を利用する反面、それ以外では表沙汰になっていない犯罪者を使っていること」
「お前らの言う新型が登場する以前は被害者は見境がなかった。だが、変異者が最終的に消滅するなら、焔さんは相手を選んでいる」
大翔の言う通り、彼らが焔の立ち位置について判断しづらくしているのはその行動だった。
一見するとドミネイターの幹部同様に無作為に怪人化を行っているどころか、悪辣なターゲット選びをしている。
だがその裏にはいずれも仮面ライダーのパワーアップが関係している。
カジノのパワーアップには幼馴染の大翔を、竜胆の場合は家族同然であるサブたちを。そしてグラディウスの初陣には正道の父親である正吾を利用している。
これが偶然の一致とは樹達は思えなかった。
「かといってスパイとしてドミネイターに潜り込んでいる、とも考えにくいですよね」
「ああ、口ぶりからして新型のリーヴコインを作ったのはファントムだ。使用に伴うリスクは旧式より増してる」
「…スパイというなら、むしろブリゲード側にいると思う」
雅が口にしたスパイという単語を聞き、大翔は眉を顰める。
彼が気になっているのはファントムの動きを支援しているムネモシュネ・ドラグマのことだ。
樹達はムネモシュネ・ドラグマの能力の全容を知らない。だが『Cosmo』護衛任務を担当したのが正道のいる森川隊でいることを知っていたり、ブリゲードドライバーの完成のタイミングを把握していた裏にスパイがいると考えたら辻褄が合う。
桔梗家を狙った行動もそうだ。あの事件は当初森川隊と桔梗家しか知らず、樹には雅の意向で深月がばらすまで伝わっていなかった。
無論焔一人ですべて仕組めなくはない。だが、ブリゲードの動きを逐一監視し報告しているものがいると考える方が自然である。
「…内通者がさらにいるとは考えたくありませんね」
「でも俺も大翔と同意見だ。疑いたくはないがブリゲードの中に内通者はいる可能性は高いって思う」
仕込んだ食材を冷蔵庫に閉まって、苦々しい顔で樹が言う。
今日まで友好的な関係を築いてきた仲間を誰だって疑いたくない。
だがファントムの正体が判明した以上、目を背けてはいけなくなったのだ。
「少し話が逸れたな。結局何が言いたいかっていうと、焔さんと戦うのは避けられないってことだ。真意はどうあれな。」
それは樹も分かっていた。
焔を説得することは限りなく不可能であることも、仮にできたとしてファントムとして起こした被害をチャラにはできないこともだ。
「だとしたら、結論はシンプルだな。兄ちゃんを一度ぶっ飛ばす。姉ちゃんと霞の気持ちを乗せて、だ」
「ほう?」
焔が何を考えてるかなんて、ここで考え続けてもきっと答えが出ない。
「こうなんじゃないか?」と推測しても、その悩みが咄嗟のミスを招くだろう。
それなら焔の目的は一度考えるのをやめて、彼を倒すことに集中した方がいいと樹は結論付けた。
そして焔を止めるには家族が一丸となる必要がある。
実際にファントムと戦うのは樹だけだ。だからこそ凪と霞の思いも背負って戦う必要がある。
「大切な街も、人の心も守り抜くって決めたんなら、まずは一番近い家族の思いから、だな」
「樹様らしいですが…少々背負いすぎでは?」
「支えてくれる妻がいるからな」
「ほんっと…ずるい人」
呆れたように言う雅だが、満足そうな笑みを浮かべている。
少なくとも樹の中では答えが出ていることが伝わったからだ。
ここ数日の悩みっぷりが嘘みたいだが、財部樹という人間は重要な場面ではロジックより直感を大事にする人間である。
頭の回転の速さと高い洞察力から基本的には論理だてた筋道を立てて物事を考えるが、ここ一番という時は何よりも己の勘を信じる。
自分の勘を強く信じられないやつが、大事な局面での大勝負には勝てない、それこそがギャンブラーとしての自分の信条であった。
むしろ今回に関しては中々答えを出しきれない方が珍しいまである。
それほどまでに家族について悩み続けてきた樹だったが、ようやく抜け出せたようで雅も大翔も安堵する。
「とりあえず、今日の営業からだな。俺がこの店守っていかないとだし」
「ですね、皆の帰る場所ですから」
「俺は入院中溜まってた仕事があるからガッツリ手は貸せないが、時間を見つけてブリゲードの隊員に関する情報を探ってみる。この前の本部への強襲についてわかることがあるかもしれないからな」
「助かるが、無理はするなよ?二度もお前と戦う羽目になるなんて考えたくもねぇ」
もう二度とあんな戦いは御免だと心配する樹に、大翔も同感だという顔を浮かべる。
一度ドラグマに変えられたからと言って再度狙われない保証はない。
むしろ焔以外の過激派のメンバーに狙われてもおかしくないため、彼は慎重に行動すると約束して店を出た。
そして樹と雅はお互い顔を見合わせて開店の準備に取り掛かるのだった。
樹達が営業準備をしていた頃、霞は一人ショッピングエリアをフラフラしていた。
今日は休日であり部活も休みのため学校に行く必要はないが、今の状況では何もすることがない方が気持ちが重い。
数日落ち込んだ様子の彼女を見かねて友人たちが遊びに誘ってくれてはいたのだが、今の調子では楽しめる自信がなく断り続けている。
かと言って未だに樹と顔を合わせづらい状況で自室に引き籠ってるのもしんどいと思って外出したが、行く当てもなくとりあえず市内で一番人が集まるエリアにたどり着いたのだった。
(樹お兄ちゃんに謝らなきゃなのは分かってるんだけどな…)
樹のことを殴った日から既に3日が経っており、謝らなければと思っていながらもその一言を踏み出すのが難しくなっていた。
勿論今でも焔のことは信じたいという気持ちはある。だが実際にその現場を目撃してしまった以上、樹の言うことが正しかったと認めざるを得ない。
それが悔しいというわけではない。しかし大好きな家族の在り方が崩れてしまったことをすぐに受け止められるほど、霞はまだ成熟していない。
むしろ兄弟の仲で一番家族に依存しているといってもいい。
幼い時に両親が事故死して以来、霞は家族を失うことを誰よりも恐れるようになった。
本人は自覚していないが、恋人を作ろうとしない理由も家族への愛情が強すぎるがゆえに、それを外へ向けようとする気が希薄だからである。
そんな霞の、きっかけはどうあれ両親に続いて兄までいなくなることに見た目以上に不安が続いている状況が、より樹や凪との話し合いを避け続ける原因となっていた。
沈んだ表情で悩み続ける霞、そんな彼女に意外な人物が声をかけてきた。
「ん~……?そんな苦しそうな顔して、どうかしました、仮面ライダーさんの妹さん?」
「えっ、はっ!?ソレイッ!?」
「あっ!し~!」
霞が驚いたのも無理はない。その人物とは今話題のアイドルユニット『Cosmo』のリーダーであるソレイユだったからだ。
特徴的な銀髪のショートヘアは麦わら帽子の中に隠し、赤い瞳はサングラスで見えないようにした変装スタイルだが、耳がいい霞は彼女の声ですぐに気づいた。
驚きのあまり大きな声で名前を言ってしまいそうになったが、ソレイユが口に手を当てて抑える。
「プハッ…なんでこんなところに…!?てかなんで私のこと!?」
「私だって毎日仕事とレッスンってわけじゃないですよ~。それにあなたとは護衛任務以来の際に一度お会いしましたし~」
確かにソレイユの言う通り、以前ブリゲードに依頼された『Cosmo』の護衛作戦の打ち合わせの際に、樹達に同行して彼女たちと顔を合わせていて、その時にちゃっかりサインももらった。
だがその場にはブリゲードのほかの隊員などもいたため、実際に目の前で変身した樹と雅のおまけのような自分のことを覚えているとは思ってもいなかった。
「それで、何か悩んでるんですか?」
「分かり、ます?」
「そりゃあもう。お兄さんたちやお友達にも言われません?」
「友達には言われました…。兄には、…兄との喧嘩が原因なので…」
「なるほどぉ、それなら私が聞きましょう!」
「えっ!?ソ…え~っとソレイユさんがですか?」
「はい!お友達にも言いづらいなら、私みたいにあまり関りがない人に話してみると案外スッキリすると思いますよ!…それと私のことは『照美』って呼んでください!これ、ユニットメンバーや事務所の人しか知らない本名なので、秘密ですよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるソレイユ、否、『神々廻照美』。
そんな彼女の仕草に霞はドキリとしながら、彼女の言うことは一理あると思った。
何より同級生たちとは違い、照美は樹が仮面ライダーであることを知っている。
流石に焔が怪人・ドラグマの仲間であることは言えないが、隠し事が一つ減った状態で相談できるというのは少し楽に言い出せそうだ。
「カモンカモン!」と言わんばかりに指をクイクイッと動かしながらこちらをキラキラとした目で見つめる照美に、クスリと笑ってしまう。
「じゃあ、ちょっと聞いてもらっていいですか?あ、私、財部霞っていいます」
「もちろん!霞ちゃんは何に悩んでいるんですか?」
「えっと、私にはお兄ちゃんが二人、お姉ちゃんが一人いるんです。上から焔兄、凪姉、樹兄って言うんですけど…それでちょっと前に焔兄が家を出て行ったんです。何があったのか樹兄に聞いたら、樹兄、というか私たち全員の地雷を踏みぬくようなことをしたらしくて…私、信じられなくて樹兄のことビンタしちゃったんです。『焔兄がそんなことするわけない!』って。でもそのあと焔兄がしたことがほんとだって知って…樹兄を叩いたこと謝らなきゃとか、このまま焔兄は帰ってこないのかなとか…凪姉もあの日以来職場に籠りっきりになっちゃったし…自分でもどうしたらいいか分からないっていうか、動くのが怖いっていうか…」
ぎこちなく説明する霞の声は次第に嗚咽交じりになり、瞳も潤み始めてきた。
その涙を照美が拭うと、少し何かを考えてから口を開いた。
「霞ちゃんは、お兄さんたちのことが大好きなんですねぇ」
「うえぁ!?なんでそうなるんですか!?」
「だって樹さんに謝りたいっていうのも、焔さんに帰ってきてほしいっていうのも、家族のことが大好きだからじゃないですか?凪さんが職場に籠ってるのを悩んでるのだって、家に家族が揃ってほしいからでしょう?」
「それはっ……そうかもですけど…」
「うーん…じゃあちょっと聞きますね。霞ちゃんは樹さんに謝りたくないわけじゃないんですよね?」
「はい…謝りたいとは思ってるんですけど…」
「そうですねぇ…じゃあ自分が謝ることで霞ちゃんの悩みは解決すると思います?」
「それは…分からないです…でも、謝ったらなんか取り返しがつかなくなりそうっていうか…謝るのが悔しいとかじゃなくて、嫌な予感がするっていうか…」
「そうなると霞ちゃんの悩みの根っこは、自分が動くことで家族が元の形に戻れなくなることが怖いってところなんじゃないでしょうか?」
急に家族が大好きなのかと見透かされ、恥ずかしさから顔を真っ赤にした霞。
しかし自分自身分からないでいた恐怖を言語化した照美の発言にハッとする。
「きっと霞ちゃんの心の中には焔さんを許せない気持ちと、これからも家族でい続けたい気持ちがあるんです。だから樹さんが焔さんを…追い出したのかな?それとも見過ごしたんでしょうか…?そこはわかりませんが、樹さんの対応に怒ってる気持ちも、その逆の気持ち、二つの気持ちがあるんです。」
「二つの気持ち…」
「私は、どっちの気持ちもあっていいと思いますよ。だって両方霞ちゃんの本心じゃないですか。片方だけ否定しなくたっていいんです」
「それじゃあ…どうしたらいいと思うんですか?」
「簡単です。好きって気持ちを伝えればいいんですよ」
あっけらかんと言い放った照美に、霞はぽかんとしてしまう。
まさかそんなあっさりと解決法を言い放ち、しかもただ好きって言うだけだと言うのだから。
「えっ……それだけですか?」
「むっ、簡単とは言いましたけど、霞ちゃんはちゃんと面と向かってお兄さんに言えるんですか~?」
「うっ…そう言われると…」
「でしょうでしょう」
一瞬「そんなの簡単じゃん」と思った霞だったが、いざ実践できるのかと照美に問われると言葉に詰まってしまう。
そもそも謝ることすら一苦労の状態なんだから、むしろハードルが上がってるのではとすら思えてくる。
「でも今は好きって伝えることが大事なんです。好きだから怒るし、離れるのが悲しくなるんですから」
好きだから怒る、その言葉が霞の心にストンと入ってきた。
焔の裏切りを許せないのも、それでいてまだ未練がましく帰ってきてほしいと思っているのも焔のことが好きだからだ。
同時に樹と凪のことも大好きだ。そんな二人のことを考えたら焔に帰ってきてほしくない気持ちも生まれてくる。
でもそれは全部霞が正直に感じていることで、どれかが噓の気持ちではないのだ。
「だから!まずは樹さんと凪さんに好きって伝えます!そして二人に焔さんのことも好きって気持ちも伝えます!」
「でも、もし二人がとっくに焔兄のことを家族って思ってなかったら…」
「霞ちゃん、今は家族を元通りにすることよりも、自分の気持ちを伝えることからですよ」
「……自分の、気持ち」
照美の言葉を、霞は小さく繰り返した。今まで、自分が何をすれば家族が元に戻るのかばかり考えていた。
樹に謝れば、焔のしたことを認めることになるのではないか。焔を許せないと思えば、もう兄を家族として迎えられなくなるのではないか。自分が何かを選ぶたびに、家族の誰かを失ってしまうような気がしていた。
しかしこのままどうやって家族をもとに戻せばいいのかを考えていたら、結局二の足を踏み続けて進めないままになるだろう。
「……私、ちゃんと話してみます」
まだ不安はある。樹がどんな顔をするのか、凪が何を思っているのか、焔の居場所を作れるか、想像するだけで胸が苦しくなる。
それでも、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
「うん、やっと明るい顔が見れました」
照美が霞の顔を見て自分のことかのように嬉しそうににっこり笑う。
今の霞はすでに会ったばかりの苦しそうな表情は消え、やるべきことをやるという決心が伝わる眼をしているからだ。
「……ありがとうございます、照美さん」
「いえいえ。私は話を聞いただけですから」
「それでも、です」
霞は目元を拭い、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「……あの、照美さん」
「はい?」
「また、会えたら……お話ししてもいいですか?」
一瞬だけ、照美は目を丸くしたが、すぐにいつもの太陽のような笑顔を浮かべる。
そしてスマホを取り出し、メッセージアプリのQRコードを差し出す。
「もちろん!なんだったら連絡先、交換しませんか?」
「えっ!?私は嬉しいですけど…いいんですか?」
「いや~、ほんとはアウトなんですけど…そうですね~…護衛のお礼ということで、内緒ですよ?」
「もっ、もちろん!どっちかというと私の方がお礼しなきゃいけないんですけど…でも、ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそカワイイファンの子とお友達になれて嬉しいです!」
今日何度も見た照美の眩しい笑顔に、ファンサービスの神、天性のスターアイドルだと感じ、スマホを操作する手が緊張で震えてくる。
照美のプロフィール画面はユニットメンバーのルーナとステラとのスリーショットになっており、霞のプロフィール画面は兄弟4人で撮った家族写真になっている。
それをお互い見合って、なんとなく恥ずかしくなり笑いあう。
その後、霞は照美にツーショットの撮影を依頼、快諾してもらうも照美に肩を抱き寄せられてまたしても緊張からかぎこちない笑みになってしまった。
「ほんっとーに!今日はオフなのにありがとうございます!写真、宝物にします!」
「いいんですよ~。連絡、なかなか返せないと思いますけど、気軽にしてくれて構いませんので」
「うぅ…ほんと神…!お兄ちゃんたちに好きって、ちゃんと伝えてみせます!」
「うん、霞ちゃんの気持ち、お兄さんたちは絶対受け止めてくれますよ!」
照美に何度も感謝の言葉を告げ、住み慣れたカフェの方向に迷いなく歩き始めた霞。
その後ろ姿にエールを送った照美は、霞とは別方向に歩き始める。
ショッピングエリアを少し歩いた後、雑居ビルの一つに入って階段を上る。
そのビルは4階建ての小綺麗な外見だが、一階にコンビニがある以外は3階を除いてどこもテナント募集中の張り紙を出している。
その3階、あるアーティストの個展が開かれているスペースに照美は入った。
中には既に20人ほど客がいる。
しかしいずれも虚ろな瞳をしており、異様な雰囲気を発している。
照美はその様子を一瞥すると、室内を見張っているただ一人の壮年のスタッフに声をかける。
「爺や、準備は整っていますか?」
「勿論でございます、照美お嬢様。いつでも実行できますとも」
「それならよかった。それじゃあ早速パーティーを始めましょうっ!」
『Apollo!』
爺やと呼んだ男から大理石のようなベルト――リーヴドライバーを受け取った照美は、それを装着してリーヴコインを挿入、自らの姿を変える。
全身を灼熱の炎で包んだのち、その炎をも取り込んでドミネイター幹部としての姿である太陽の擬人化と呼んで然るべき怪人、アポロ・ドラグマとなる。
アポロ・ドラグマは指先から小さな火種を生み出して、それを個展にいる客全員に向けて撃ち出す。
火種は服や身体に燃え広がることなく、客の体の中に取り込まれた。
そして火種を撃ち込まれた人々は先ほどまでの虚ろな表情から一転して、不自然な笑みを浮かべながら一斉に会場から出てバラバラに散らばる。
そしてある程度ばらけると一斉にリーヴコインを首筋に挿入し、ドラグマへと変身したのだった。
「グルルルル……!!」
「ギギィッ!!!」
「グギャァァァ!!」
「うわぁぁぁぁっ!!?」
「バッ、バケモノォォ!!?」
一度に20体ものドラグマが現れ暴れだしたことで大混乱に陥るショッピングエリア。
その様子はまだそんなに離れていない霞の耳にも聞こえてきた。
急いで家に帰ろうとしていた霞は足を止めて振り返ると、そこにはわき目も降らず逃げている大勢の人とそれを追いかける数匹のドラグマがいる。
「ドラグマっ!?」
ドラグマの群れの1体、羊のような毛に身を包み、その中から植物の蔦を伸ばしているバロメッツ・ドラグマが自分たちを見る霞に気づいたのか、彼女目がけて突進してくる。
「ヒッ!?」
感じるであろう痛みから身を守るために縮こまる霞。
しかし彼女の身体は痛みを感じることはなく、体に銃撃音、そしてバロメッツ・ドラグマの叫び声が聞こえるではないか。
「あっ…樹兄!雅ちゃん!」
まさかと思い振り返った霞の思った通り、そこにはカジノストライカーに乗ってカジノブラスターをバロメッツ・ドラグマに向けた樹と、その後部座席に座る雅がいた。
「ケガはないか、霞?」
「うん…ありがとう」
「ここは私たちに任せて、安全なところへ。直にブリゲードの方たちも来ます」
「うん…頑張って!」
愛する妹からエールを受け取った二人はダブルアップギアを装着したカジノドライバーをつけて、リーヴコインを起動させた。
『Double Up!』『Earth Bacarrat!』『舞鶴花札!』
「「変身!!」」