テラにて空を仰ぐ   作:Kokomo

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名状しがたきもの

 

 

 

 

 

 ズズっと、音立てて一杯。来客用のソファーに座った探偵。もといリーはうちの茶を飲みながら片手に持った資料をひらひらと遊んで机の上に置いた。

 

「いやー、何ですかねぇ、これは。少なくとも炎国関連ではないでしょう、が......黒い粉末、ですか」

 

 リーはそこで言葉を止めて、もう一度資料を手に取った。机の両脇にはロープとクラウンがいて、二人とも例の資料をリーの横から覗く形になっている。ロープに関しては資料を見るやいなや険悪感を露にして、顔を逸らす。クラウンには事前に説明していたこともあってか、反応はまぁまぁと言った感じ。まぁ、クラウンは初見の時も平気そうな顔だった。裏社会に身を浸してるだけあってか、そういった方面での精神面は随一だからなぁ。なんていうか、将来が心配になってくる。そんな思い込めてクラウンに視線を送る。クラウンは気がついたようで頭を傾げながら「どうした」と聞いてくる。なんでもないと伝え、リーに話を戻した。

 

「これが杞憂だって言えたら楽なんですけどねぇ。パラベラムさんが一杯食わされて、アーは黒い粉末の臨床試験中に事故。しかも、最近は物騒でチェルノボーグ事件なんて起こりましたし」

 

 そうぼやいたリーに頷き返す。ウェイ長官も出し抜かれ、検査が原因とはいえアーにも被害が来てる訳で――待て、チェルノボーグ? なんでチェルノボーグが出てくる。

 

「チェルノボーグ事件? なにそれ」

 

 俺の気持ちを代弁するかのようにロープがリーに問いかけた。

 

「あれ、ご存知ないですか。ここ最近でっかい天災があってですね。なんでもチェルノボーグに直撃したとか。ほら、窓から見えますけど天災の余波で太陽が見えないでしょ」

 

 リーが指した先には最近補修工事を行った窓。時々、気まぐれの客が必ず入って来て帰るときに傷がつく。その向こうには何十にも重なった灰色の鼬雲。ああ、だから暗かったのか。

 

「それにチェルノボーグからの移民で――――」

 

 いや、それよりもだ。なんなんだこの既視感は。ロドスアイランドにチェルノボーグ、龍門。そして天災。

 

 少しだけ、頭が痛くなる。針を縫ったような痛み。血液の流れが速くなったのか頭が熱い。

 

 やがて、自分の頭で巡っていた単語が衝突した。脳天に雷が落ちたような錯覚に目の前がひっくり返る。

 

 

 

 

『……。』

 

『ドクター……。』

 

『……手を……。』

 

『私……を……!』

 

『私の手を握って!!』

 

 

 

 

 

「おーい、クリープ?」

 

 目の前を向く。いつも通りの簡素な事務所。リーにロープ。そして俺の名前を呼んだクラウン。

 

「すまない、ちょっと自分だけの世界に入ってた」

「自分だけの世界ってなんだよ」

 

 間髪いれずに突っ込みを飛ばしてくれたクラウン。彼女の様子に胸を撫で下ろす。

 

「クラウン。少し確かめたいことができた。十分したら戻って来るから、それまで頼む」

「え、クリープ!」

 

 リーやロープに会釈して早々と事務所を出て歩き出す。今見た光景を整理したい。あれは俺がスマホを通して見ていたアークナイツのはず。定かではないが、少しだけ思い出した。

 ああ、なぜ今頃なんだ。もっと速く思い出したかった。『ドクター』という単語。いや、プレイヤーといった方が自分にはしっくりくる。ロドスアイランドが、主軸だと考えていたがこの世界の視点は『ドクター』だ。完全に失念していた。そして製薬会社が龍門に訪れるのだからには当然『ドクター』がセット。そこに黒い粉末と龍門を混ぜる。

 

 なんだこのねるねるねるね。一番から三番までの粉が、死亡フラグしかないぞ。どうなってやがる。もっと希望に溢れてたって良いじゃないかアークナイツ。ほのぼのねるねるねるね回してる絵面の方が絶対良いって。殺伐とした戦場に独り放り込まれるおいぼれを優しくしてくれよ。

 

 こんなの不味いに決まってる。というか、それ以前にドクターに会って大丈夫だろうか。対面すると変な影響が出たりしないか? そもそもこれは原作がーー

 

 濁流のように溢れだした不安。止めどない情報量が頭を駆け巡る。

 

「落ち着け、落ち着けよ。ここで焦ったてなにも変わらないだろ」

 

 赤子をあやす要領で自分に言い聞かせた。

 この世界は間違いなく存在している。

 俺という異質がいてもちゃんと回っている。

 つまりだ。

 俺はこの世界に存在しているちっぽけな一人。

 ほら、何も心配なんていらない。いつも通りに過ごして、仕事のようにやるべきことをこなせばいいだけだ。そう、いつものように。

 

「よし。戻るか」

 

 深く考えることをやめ、来た道を戻る。どうやら随分遠くに来てしまったらしい。人間、思いにふけて歩くと案外…………いや、何処だここ。小路が複雑に絡み合った中世風の軒並み。やや古びているものの青色に照らされ、あまりの静けさが不気味な空間。疑問を抱き、見上げた。灰色の雲は見えず、代わりに見えるは無数の星。どこか見覚えのある場所。

 なんだろう。これ認知症の初期症状なのか。いや、普通に帰らせてくれませんか? なんなのこの世界。いい加減休ませてくれませんかね。さっきの悩みが吹飛んだあげく、俺自身が良く分からんところに吹飛ぶとかどうなってんのアークナイツ。 

 悩んでも仕方が無いのでよくよく目を凝らすと、軒並みの壁に黄色いマークが見える。はてなを三つ集めたような奇妙な印。それは一つだけではない。まるで道標のように一軒一軒の壁に記されている。辿るべきか迷ったが、動かないことには何も変わらない。

 印を辿って、右に、左に。

 印を辿って、下に、上に。

 印を辿って、奥に、さらに奥深く。

 暫くすると、古い木造建築が目に入る。看板を見れば、飲み屋のようなものである事が分かる。見覚えがある。軽い扉を開く。店内は薄暗く、いきなりカウンターのお出迎え。テーブル席は奥に配置されている構造。

 

「いらっしゃい。“また”、会えたね。しかし、君は随分と迷いやすいね。いい加減自分の『視点』に気がついた方がいいと思うよ?」

 

 中性的な声が聴こえ、黄色いエプロンが見えた。

 

「っと、そんなことよりようこそ、カルコサへ。前はしなかった自己紹介を。僕の名前はハワード・オーガスト・カーター。親しみを込められ、ハスターって呼ばれてるよ。よかったら黄金の蜂蜜酒とチーズでしゃれこむかい?」

 

 儚げな雰囲気をまとった、目の前の存在が可笑しそうに、闇に囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリープ、大丈夫かな」

 

 思わず呟いた言葉に二人が反応する。

 

「パラベラムさんなら大丈夫でしょう」

「うんうん。しぶといもん。だから落ち着こうよ。クラウン」

 

 達観したように言い放つリーに同意するようにロープが頭を縦に振る。なんだろう、ロープは良いとしてリーの奴はなんか胡散臭い。失礼だろうけど、探偵と言うより詐欺師の方が合ってる気がする。

 

「まぁ、そうだけどさ......」

 

 取りあえず同意を返す。でも、やっぱり心配だ。リーの話の途中、何だか様子が変だったし。それにリーの話からすると今の龍門は相当危険な感じだ。ぼんやりと目の前を見つめていると突然リーが立ち上がって手を叩いた。

 

「よし。どうせ暇ですし、茶でも飲みながら雑談しましょう。ここで親睦を深めておいた方が良いでしょうし。どうですお二方」

「そりゃ、そうだけど」

「ボクも賛成だけどさぁ~」

 

 隣に座ったロープと頷き合い、リーの顔を見上げた。うん。やっぱりだ。

 

「なんですか、なんですかぁ。お二方だけ仲良くなっちゃって。私はのけ者ですか」

「「いや、リーが言うと胡散臭いな、と」」

 

 見事にハもった。やっぱりロープもそう思うよな。なんていうか仕草一つ一つが胡散臭い。これが個性だっていうなら凄い苦労してそうだ。

 

「辛辣ですねぇ。最近の若い娘は」

 

 とほほとでも言いたげなリーはソファーに座って、窓を眺め始めた。そういえば、この人、妙にクリープと親しげだったけど昔からの知り合いなのだろうか。なんか急に昔のクリープの人付き合いがヤバイ様な気がする。なんていうか、クリープって変な人を寄せ付ける掃除機みたいだな。俺もそれに引き寄せられた口だけども。

 テーブルの上に置かれたお茶を手に取り一口飲む。深緑色の液体が暖かい。ん、待てよ。もしかしたら。

 

「そういえば、リーってクリープの過去とか知ってたりする? 俺は龍門に来てからの話しかしらなくて」

 

 興味本位で質問を投げた。

 

「ええ、知ってますよ。そうですねぇ。龍門に来てから以外ってなると噂くらいですが、聞きます?」

 

 意外なことに隣のロープも食い気味で聞きたいと言った。へぇー。ロープも知らないのか。まぁ、クリープって自分の過去を語らないし、本当に存在してるのかって噂されたくらいだからなぁ。これからの話にちょっと期待しながら湯飲みを手に取る。

 

「まずはパラベラムさんのちょっとした噂から。元国際重要指名手配犯だったらしいですよ」

「えっ」

 

 いきなりで飛び出してきた物騒な単語に声を漏らし、茶で膝が濡れた。隣のロープは顔を引きつらせながら「な、なにそれ」と一言。たしかに。そんな情報本人から聞いたこと一切無いし調べても出てこなかった。というか、国際重要指名手配犯って。

 

「裏の奴らが騒ぎ立ててるだけで本当かどうかは分かりませんよ。ただ、そこに面白い説がありまして。彼の名前の由来がそこから来てる可能性が高いということ。クリープやキングといった単語はお二方耳に挟んだことはあるでしょう?」

「う、うん。ただ、ボクはクリープの二つ名に詳しい訳じゃないから。クラウンはどうなの? 同じ屋根の下で眠ってるなら何か知ってそうだけど......」

 

 ロープの純粋な疑問に腕を組んで考える。私自身、クリープのことは直接聞いたことはあったけどはぐらかされたし、それに七年前のアイツが何をやっていたなんて知らない。取りあえず、二つ名が多いことは知ってるけど。

 

「ああ。いくつもあるのは知ってるけど、ちょっと良いか? そもそも国際重要指名手配犯ってなんだよ」

 

 リーは湯飲みを取って一口啜った。あまりにも美味しそうに飲む姿に一瞬呆けてしまう。

 

「実は私もそんなに詳しくないんです。なにせそんなことになってる人物は彼一人ですから。ただ有力な話はありますよ。各国が彼を欲しかった、言い直せば彼を自国に取り入れたかった、と巷間では有名でした。それでそこまで大事にしたのではないかと。今はパラベラムさんもなりを潜めて、過去の産物になりましたが」

 

 ニッコリと笑い、湯飲みを置く。その中身に小さく写っていた自分の顔が揺れた。

 

「話を戻すと、彼の二つ名には一つだけ意味が分からない単語が出てくるんですよ。キングは分かります。クリープも忍び寄るといった意味が当てはまりますから。そういった幾千の中から普段使われてるにもかかわらず意味が不明な単語があるでしょ? そお、パラベラム。これだけが分かってない。故にパラベラムという単語が指名手配中に何かしらの経緯で生まれ、彼に送られたのではないかと言われてます」

「そう言われてみれば確かに。けれど何の意味も無いなんてオチかもしれないんだろ。所詮は噂だろ?」

 

 俺の言葉にただ頷き返してきたリー。そんな彼の顔をまじまじと見つめてからパラベラムについて考える。さっきは自分でも意味が無い、噂と切り捨てたが......。ふと、クリープの一言を思い出す。

 

『――――俺の恩人の言葉だ』

 

 関係、してるか? もしかして例の『知人』かな。

 

「なぁ。クリープが言ってたんだけどクリープの恩人って知ってるか?」

 

 横のロープは首を横に振り、リーは顎に手をついた。うーん。やっぱり知らないか。まぁ当たり前か。俺だって一言聞いただけで実際いるのか調べた訳じゃないし。一旦自分の好奇心を放り投げ、時計を見る。十分などとっくに過ぎていた。珍しい、クリープが時間通りに帰ってこないなんて。ポケットから携帯を出してソファーを立つ。

 

「どうしたの?」

「クリープに電話を掛けるんだよ」

 

 ロープの問いかけに答え、うちの事務所で唯一新品と同じ輝きを保った窓枠に寄りかかる。何だか、俺から連絡取るの新鮮だな。いつも傍に居るし。そう思いながら電話に耳を傾ける。あれ? もう一度掛け直す。回線が繫がらない。電話に出ないのではなく、繫がらない。コールすらならない。電源が切れたのか? 

 寄りかかるのをやめて、外を眺めながら携帯を耳に当てる。灰色の雲は薄く、どんどん遠ざかって縮小していく。代わりに、空は真っ青に染まっていた。太陽の自己主張が激しくてうっとうしい。

 

「大丈夫かな、クリープ」

 

 思わず漏らした一言。窓枠を強く握り締めて外を睨む。いつもの明るい龍門を奇妙に感じながら。私はクリープの事を考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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