テラにて空を仰ぐ   作:Kokomo

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遭遇

 

 

 

 

「おや、どうやら黄金蜂蜜酒と自家製チーズは御所望ではないようだね。此処は飲み屋なんだけど、まあいいや。ほら。座ると良いさ」

 

 何をされるか分からない。一抹の不安に自身の腰に携えた得物を確認する。石のように硬直した足で一歩踏出す。目の前の存在、ハスターと名乗った店主がケラケラとした笑いを上げ、カウンター席へと手招いてきた。

 

「いやいや、そこまで緊張しなくても良いじゃないか。君と僕の仲だろ? ほら、もっと友人の家に訪ねるみたいに。うぇるかむ、うぇるかむ」

 

 大げさに両手を広げ、ショーットカットの髪を揺らしたハスター。正直なところ近寄りたくない。生理的に無理だ。具体的に述べるなら、時折その手がタコ足のように波打っているのが無理だ。最初は認知症の初期症状だと目を逸らしていたが、あんなぬるぬる動かれてるとリアルだと突きつけられているようで目が離せない。

 

「違うよ違う違う。ここは現実なんかじゃないし、ましてや夢や二次元でもない。『カルコサ』だよ」

「――――」

 

 コイツ、俺の心を読んでるのか? というかカルコサってイベリアにあるところだよな。

 

「残念。またハズレ。君が分かりやすいだけだよ。それよりほら、速く座っておくれよ。何時までたっても話が出来やしない」

 

 なら、腕をしまってくれ。そのちらつくタコ足を。取りあえず、目の前の座ったことのある椅子に腰を降ろす。これでいいのか、という意味をこめてハスターに視線を送れば笑顔で頷かれた。すると、ハスターはおもむろに後から木製のジョッキを出して、俺の目の前に置く。

 

「こちら、当店の黄金――」

 

 いや、飲まないから。前に会った時みたいに営業モードで接客されたって無理がある。主にその触手が。

 

「ジョークだよ、ジョーク。ハスタージョーク。良い響きだろ?」

 

 ああ。そうだな。そこらに売ってる良く分からん酒のブランドみたいでいいと思うぞ。

 

「うわーびっくりするくらいてきとうだー」

 

 こちらが一言も発していないというのに会話が成立している摩訶不思議な状態。しかし、どうしたものか。目の前の存在がだいたいどういった系統に属してるのかは分かったのだが、どんな理由で俺の前にいるのかが一切が不明瞭。ましてや、昔に一度会ったことのあって触手関連となると真っ黒くろすけもどきが思いあたる。まさか、コイツが親玉なのか? あっ、そういえばこれって全部通じてるんだよな。

 

「うん?」

 

 ハスターが首を傾げ、顎に手を当て始めた。

 

「......まっ、いっか。良かったら喋ってくれると助かるんだけど」

 

 良かった。全部は通じてないようだ。

 

「そうか、それで用件はなんだ?」

 

 こんな場所に長居したくないので用件を催促させる。幸い、向こうも会話する気があるようで「そうだね」と返してくれた。だが、それと同時に雰囲気が変わる。もともと冷たい印象だった木造建築は更に冷え、隙間風がより強く吹き抜けてくる。木壁が古いせいか風の音に伴いラップ音まで聞こえてくる。いや、そもそもだ。此処の建物はそんなに古かっただろうか? いくら何でもこれは可笑しい。ただならぬ現象に席から飛び立とうとすると、今までの現象が嘘のように収まった。そして、ハスターが口を開く。

 

「用件は、うん。君が死ぬって事を伝えようと思ってね」

 

 平然といいのけ、再び笑顔になったハスター……。どうしよう。正直、そんな予感がしていたせいか反応できない。だろうねと同意を返すことしか出来ないぞ。

 

「いやー、君は意外と焦らないんだね。もっとてんやわんやしてくれるかと期待してたんだけど」

 

 ついさっき激しい眩暈に苦しみながら、悶えたからね。ああ、これが『アークナイツ』かって。おかげでちょいちょい思い出してきてはいるが。ロバ娘だの、後悔求人だの、ガチャだの、ブラックだの……あれ、なんか違う気がする。どっちにしろこの知識全く使い物にならないのでは?  

 

「おーい、自分だけの世界に入らないでおくれ」

 

 鼻と鼻がくっつくほど近づいてきたハスター。きらきらと輝く瞳はまるで星空のよう。わぁ~綺麗、じゃないんだよ。目の前の存在から距離を取るため後に飛ぶ。

 

「なにすんだ、鼻が汚れるだろうが」

「え~、そこ気にする? でもこれで親睦は深められたかな」

 

 還って物理的距離と共に遠くなったよ。どんな感性してるんだ。だが、当の本人は何処吹く風といった様子。本気で仲良くなったと思ってるのだろうか。一瞬本気でナイフを出すべきか迷ったが堪えた。

 目の前の存在はわざわざ俺に死ぬことを伝えてきたような可笑しな奴だ。信用云々はさて置き、ハスターの言ってることが事実であるならば、俺は間違いなく何らかの形で死ぬのだろう。死因は何だろうか。今まで散々人を殺してきたのだから復讐で殺されたりするのが妥当のような気がする。ちょっとした興味本位で聞いてみる。

 

「死因? 落下死だけど」

 

 えぇぇ。なんでぇ? 

 

「さて、結論を伝えたけどさっそく本題に入ろう。君は自覚してるかい?」

「何を」

「直接は教えられないよ。君自身が気がつかなきゃ何の意味も無い。もちろん、それは君の死因、そして黒い粉末とも密接に関係してることだよ」

 

 俺が? 海の漂流物を拾うように自分の脳を総動員したが思い当たる節が見当たらない。強いてあげるなら、自分が異物である事位だろうか。それ以外は……。俺が難航していると、またもやハスターがケラケラとした笑い声を上げた。ひとしきり笑った後、何を満足したのかヒントをくれた。

 

「君、存外頭が固いなぁ。ほら、僕が最初に言っていただろ?」

「『視点』か?」

 

 俺が答えれば、奴は頷きながら此方に向かってくる。まるでレットカーペットを踏むかのように、華々しく、優雅に。

 

「君はさ、なんで都合良く生き残ってると思う?」

「君はさ、なんでそんなに感情的じゃないんだい?」

「君にさ、独りでも心の底から共感してくれた人はいたかい?」

「君にさ、殺された人は君になんと言っていたか覚えてるかい?」

 

 それは歌や詩のように聴こえた。美しくはないし、感動することは何ひとつない。ただ淡々呟かれる言葉はまるで感情が籠ってない。聞いてる身としては国語の教科書を読んでいるような気分だ。このまま眠ってしまおうかとも考えてしまう。

 

「パラベラム・クリープ、君は一体何者なんだい?」

 

 下から覗き込んで来たハスター。もはや人間の姿さえ保っていない。触手が頬を愛おしそうに撫でてきて、襟元からスーツの中に入ってくる。水っぽい音が室内に木霊して、耳から侵食されるような感覚と吐息が吹きかけられること何度も繰り返された。ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け巡り、奴の肌からどろりとした何かが肌に絡み付いて完全に身動きが取れなくなる。

 ああ、もしかしてさっきの歌のようなクソつまらない言葉はお経だったのかもしれない。だったら納得できる。そんなものを聴いて愉快になるなら相当の変わり者。せいぜい目の前にいるコイツ位だろう。

 さて、目の前の現実、もとい『カルコサ』から目が逸らせないので仕方なく質問の答えを探る。一体何者なのか。そんなことを問われたって、せいぜい本名の二つしか思い浮かばん。しかも、関係なさそうだし。と、なるとだ。俺の最後の遺言は必然的に知らんになってしまう。焦る思考に空回りで言うことを聞かない身体。唯一落ち着いてる心理で導きだした回答は――

 

「――触手プレイは勘弁してください(知らん)」

 

 目の前の視界が覆われた。やわらかくて、ぶよぶよとした感触。だがそれも直ぐに終わる。纏わりついた触手が全て離れて、視界が開けた。僅かに粘りけのある液体を振り払い、自分の得物がちゃんとあるか確認を行う。

 

「はぁー。君さぁ、ほっっっとうに、そういうところだぜ。せっかく分からせてあげようと思ったのにさぁ」

「何しようとしたんだよ」

「なにって脳クチュだけど」

 

 なんだよ、脳クチュって。奇妙な言葉に身の毛がよだつ。肝心のハスターは人間の姿で、机に置いてあったジョッキの縁を人差し指でなぞっていた。よくもまぁ人の服を汚しといて意気揚々なことで。此方の視線に気がつくと、にやけた顔で話しかけてくる。

 

「人間は走馬灯を見るって聞いてたけど、まさか君がねぇ~」

「走馬灯?」

「ありゃ。それも自覚がないのかい。君も無自覚に一途だねぇ」

「はぁ。それより、俺の死因とか黒い粉末の話はどうなったんだ」

「君の死因は大丈夫そうだ。君自身が()を結んでるみたいだし。君が覚悟をもって挑めば黒い粉末も何とかなるよ。君の前じゃ、どんな出来事も現象も、ましてや自分の事でさえ些事で笑い話だろ?」

 

 つまり、杞憂で終わると? うん。なんだか、肩の荷が降りたというか。いや、その情報もほどほど程度に信じるのが一番か。二回しか会った事のない奴の情報を信じるなんて正気の沙汰じゃないし。

 

「あーそれと君が爆破してくれた店は僕のだから気にしなくていいよ。そこに黒い粉末が紛れてたから君に踊っ……失礼、嚙んだよ。協力して欲しかっただけだから。ほら、ここの付近から動けないんだよ、僕」

 

 あの店で一体何してたんだか。碌な事じゃないだろうから聞きはしないが。

 

「ん? ライト層の信者を増やそうとしてただけだよ。ハハハッ。爆破されたけど」

 

 聴かなかったことにしとこ。いそいそと自分のコートを脱ぎ、右肩に掛ける。しっとりとした生暖かさが、冷たい風と相まって気持ちが悪い。そういえば、此処は一応酒場だよな。何でもいいから、酒を飲みたい気分だ。カウンターに近づき、置かれてたジョッキを手に取る。そして迷わず流し込む。蜂蜜の香りと良く分からない苦味。むせ上がるような甘みが口を占拠し、少しだけ潮のような香りがした気がする。

 

「これ、やめといた方がいいぞ」

 

 ジョッキを押し付けて、店を出ようとドアに手をかけたが、奴に呼び止められる。

 

「良かったらさ、うちで働――「断る」――そうかい。ああ、あと君はなるべく接触しない方が――」

 

 これ以上とどまってるとさすがに時間が……。今度こそ、扉を開けて外に出る。自分の周りが霧で包まれ、徐々に視界が霞みがかって暗転した。

 

 

 

 

 

 気がつけば見慣れた裏通り。スーツに湿った感触はないが、口の中が甘ったるい。空はすっかり暗くなり、まん丸とした月が曇天からちらほらと顔を覗かせていた。

 一息胸を撫で下ろすのも束の間。現実世界のやるべきことを思いだし、ポケットに入っていた携帯を取り出し画面を開く。そこに表示された着信履歴は十二軒。いずれもクラウンから。なんだろう。俺が悪いんだろうけど、ちょっと怖い。まぁ、仕方ない。

 

「もしもし」

「よ、よかったぁぁぁ。心配したんだぞ!」

 

 あまりのうるささに耳から携帯を離す。取り敢えず、てきとうに誤魔化してやり過ごしながら、互いの状況確認を終えた。

 

「あ、そういえばあの胡散臭いリーって奴が言ってたぞ。なんでもロドス・アイランド?「ねぇねぇ、クラウン! このお菓子凄く美味しいよ!」ああ、カステラっていうらしいぞ。あー、ごめんとにかく外部検疫所に来るらしい。どうする?」

 

 外部検疫所って確か何ヵ所もあったよな。ふむ。さすがに俺が接触するのは俺の精神がよろしくない。一連の出来事で身体がだいぶ疲弊してるし、よし。チェルノボーグの方向は周期的に……ああ、あそこの第四区外部検疫所の方から来るに違いない。と、なればそこにロープとクラウンを送り込むか。あの二人がロドスと接触した方が何かと都合が良い。ついでに、保護者としてリーもつけておこう。

 

「接触する。ロープとクラウン、それからリーは第四区外部検疫所に向かってくれ。俺は第五区外部検疫所に向かう」

「えッ、大丈夫か?「まぁまぁ、パラベラムさんなら大丈夫でしょう。取り敢えず茶でも飲んでくつろぎましょうよ」ちょっと黙ってろ。ほんとごめん。とにかく、気をつけろよ!」

 

 一方的に切られた携帯を見つめる。もしかしてのもしかしてだけど、これ選択間違えたか? いや、さすがに無いか。時間もまだ余裕があるだろうし、歩いていくか。今だけは少しだけ身体を休める。良かった良かった。こんな状態でロドスと鉢合わせたら俺の胃が壊れてしまう。これなら、羽を伸ばして明日を迎えられそうだ。

 

 

 

 

 そんな思考のせいだろうか、油断してたよ。

 

 最初は様子見で第五区外部検疫所の物陰に隠れて見てたのに、黒いバイザーをつけた不審者コーデと視線がぶつかってしまうとは。多分、人生において一生の不覚だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

p.m.10:14/晴天/視界:19km

龍門第五区 外部検疫所

 

 烏合の衆がわらわらと動く中、そこに似つかわしくない服装の二人がいた。一人はコータスの少女。もう一人は肌を露出が一切無い、黒のフルフェイスマスクを付けた人物。

 

「やはり噂通りですね……行きましょう、ドクター……ドクター?」

 

 ドクターと呼ばれた人物はそれに意を返さず、一点を見続けていた。コータスの少女は耳を傾け、もう一度呼びかけた。

 

「どうしたんですか?」

「すまないアーミヤ。ここで少し待っていてくれ」

「えっ、ドクター!」

 

 アーミヤの声を無視して、ドクターは走り出す。人の集団の隙間を縫うように、流れるように。ドクター自身、この行為がどれ程愚かである事かは理解してた。

 ただ、気になったのだ。いや、使命感の方が近いだろう。集団の向こうから自分達を覗いていた、黒い瞳を逃してはならないと。だが、悲しいかな。ドクターは集団の中でもみくちゃにされ、黒い瞳を見失っていた。そこからは集団に流されるに流され、尻餅をついてしまう始末。

 

「離せ!! 離せ!! 俺が何をしたっていうんだ!!」

 

 何処からか鳴り響く怒号。蠢く集団と野次馬のような声。そして無機質なアナウンス。明確な状況が掴めないままドクターはその中心に放りこまれていた。ただ、情報整理は出来る。一部の記憶を失っていたとしても、怒号の正体は予測できた。

 

 

 ――――感染者。

 

 自分達とは二分化されていた列の方だろう。ドクター自身、思うことがあったようだが今はそれどころじゃなかった。

 

「俺達は怪物なんかじゃ――――」

 

 その先の言葉は続かなかった。ピタリとすべての物音が止まったのだ。ドクターは一瞬、時が止まったのではないかと考えてしまうほどの沈黙だ。やがて、怒号が響いていた方の集団が徐々に徐々に割れてく。それはドクターに迫るように。そして、ドクターは再び視界に捉えた。此方に歩み寄ってくる存在を。

 なびく黒いコート、整えられた黒い髪に黒いサングラス。極東人の様な顔の成立ちに、外見的種族の特徴が一切見当たらない黒い男を。

 

 ――息が出来ない。足が動かない。黒い男はいたって普通に歩いて来てるだけなのに。

 

 目覚めたばかりのせいなのか、それともこの男のせいなのか。正直なところ、今のドクターには判断がつかなかった。黒い男はドクターの目の前に止まり、手を差し伸べて来た。

 

「大丈夫か? こんな中心で尻餅なんてついてたら、その身体じゃ大変だろ」

 

 柔らかい、軽い平坦な声。彼の発言に引っ掛かりを覚えながらもドクターは頷き返す。

 

「ほら、しっかり掴まれよ」

 

 男の手を握る。自分よりやや大きい手。立って初めて、男と身長が近しいことに気がつく。

 

「ドクター! 大丈夫ですか!」

 

 後ろから走ってきたアーミヤの声に今度こそ反応して、再び目の前を向く。周りの集団は微動だにせず、ドクター達を中心に円ができていた。

 

「あ、あの。貴方は……」

 

 アーミヤがドクターの近くに駆け寄ると黒い男に声をかけた。

 

「ああ、悪い悪い。自己紹介がまだだったな。俺は――」

「貴様がなぜここにいるんだ!」

 

 今度は別の方向から怒号が跳んできた。女性の声だ。群衆の中から青い髪の人物が黒い男に近づく。距離が近くなる程、静寂はひときわ強くなる。

 

「チェン、俺だって来たくなかったさ。ただ、ほら。一応、個人契約でウェイ長官に雇われてるからな。それに客人を歓迎しないってのは失礼だろ? そんなことしたらフミヅキさんにどやされるからな」

 

 チェンと呼ばれた女性の剣幕を臆することなく、笑顔で対応する黒い男。黒い男はドクターに振り向き、軽い口調で語る。

 

「ああ、俺の名前はクリープ。パラベラム・クリープだ。好きなように呼んでくれ。短い間だがよろしくな。ロドス・アイランドさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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