東方短話録   作:puc119

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もしこのお話を食べることができたとしたら、薄い薄い麦茶みたいな味がすると思います

約3100文字です
それでもよろしければどうぞ




宵闇の妖怪とただの人間と

 

 

「あら、やっと帰ってきたのね。それでお土産は?」

 

 収穫した作物を売り終わり、家に帰るといつものように彼女が声をかけてきた。

 

 悪いけど、今日は買ってきていないんだ。

 

 なんて本当はちゃんと買ってきてあるけれど、彼女の困った顔を見てみたかったから、そんな嘘をぽそりと呟いた。

 

 彼女に腕を齧られた。

 超痛い。

 

 彼女は妖怪で、俺はただの人間。山の上に住む巫女は違うかもしれないけれど、妖怪と人間。これほどにはっきりとした力関係はない。

 噛み付いてきた彼女を宥めつつ、ちゃんと買ってきておいたお土産を出してあげる。

 

「あるなら、始めから出しなさいよ」

 

 そう言ってぽっぽこ怒る彼女を見ると、腕の痛みも和らいでくれた気がした。

 

 随分とおかしな関係だと、自分でも思う。

 彼女は妖怪で、俺は人間。

 彼女は人間を喰らうが、俺は妖怪を喰らわない。

 どう考えたって一緒に生活をするにはおかしな二人。

 

 そうだと言うのに、彼女と共に暮らし始めもう2年となる。随分とおかしなことを続けてきたものだ。

 そんなことを考えたせいか、無意識のうちにクスクスと笑が溢れた。

 

「何がおかしいのよ?」

 

 お土産として買ってきた団子を口いっぱいに頬張りながら、彼女が俺に聞いた。

 

 いんや、何でもないよ。

 そうやって俺が返事をすると、彼女はまた団子に夢中になった。幸せそうでなによりだよ。

 

 

 そっか、もう2年になるのか。月日が経つのは早いと言うが、流石に早すぎやしないだろうか? もう少しくらいゆっくりしてくれたって、別に罰は当たらないだろうに。

 

 

 2年かぁ。しっかしねぇ……

 

 いったい俺はいつになったら彼女に食べてもらえるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 あれはとある春の日のことだったと思う。

 育てていた作物などもなかったため、山菜でも採りに行こうかとあの巫女の居る山へ出かけた。

 妖怪に襲われることなど微塵も考えずに。

 

 自分でも愚かなことをしたと思っている。お前には危機感が無いだなんて良く言われることがあるが、どうやらそれは本当らしい。

 まぁ、もしかしたら何の変わりもないこの人生に、飽きていただけだったかもしれないけどさ。

 

 そして、そんな愚かなことをしていた俺は、当たり前のように妖怪に襲われた。ソイツの見た目はただの犬畜生ではあるが、纏っている空気が明らかに畜生のそれとは違った。

 目当ての山菜も見つからず奥へ奥へと入って行ったのだし、そりゃあそうもなる。

 

 その時は別に死にたいだなんて思っていることはなかったら、全力で逃げた。

 けれども、まぁ、残念ながら俺は何の力もないただの人間。そんなただの人間が全力を出したところで、妖怪から逃げ切ることなどはできなかった。

 噛み付かれた右腕と脇腹からは、止まることのない血液が流れ出していたし、視界だって既に怪しかった。

 それでも俺は足を動かし続けた。醜態を晒しながらも、なんとか生にしがみつき続けた。

 そんな時だった、彼女と初めて出会ったのは。

 

 終に動いてくれていた足が止まり、地面へと横たわった時、真っ黒な球体が目の前に現れた。

 ソレの噂は聞いていた。曰く、アレは宵闇の妖怪。曰く、コレは人間を喰らう恐ろしい妖怪。

 

 ああ、こりゃあ流石に助からんわな。

 宵闇の妖怪が現れたためか、俺を追いかけてきた妖怪は何処かへ行ってしまったらしいが、それでもこれは助からない。此方には何もすることもできないのだし。

 

 

「酷い怪我」

 

 

 彼女が俺に初めてかけたのは、そんな言葉だった。

 妖怪は人間を喰らう。人間は妖怪に喰らわれる。そんなどう仕様も無い事実の関係。

 

 

「死んじゃうね、あんた」

 

 

 ああ、知っているよ。

 

 なんとか声を搾り出し、返事をしてみた。まぁ、したところで意味があるのかは知らないが。

 

 彼女の姿はただの少女にしか見えない。

 けれども、暗闇に溶け込むような彼女の姿は見蕩れる程にーー美しかった。

 

 ……なぁ、お願いがあるんだ。

 

 

「なによ?」

 

 

 この傷だ。きっと俺はこのままでも死ぬだろう。

 此処から人里へ帰る体力なんて残ってもいないのだから。

 

 それならいっそ――

 

 

 俺を食べてくれないか?

 

 

 そう彼女にお願いした。

 

 

「言われなくとも」

 

 

 そっか、そりゃあ良かったよ。

 ただで死んでやるほど俺は安い男ではない。けれども君のような綺麗な少女に食べられるのなら……まぁ、満足してやろうじゃないか。

 自分の人生が良かったのかなんてわかりやしないけれど、きっと今、この瞬間だけは誇っても良いはずだ。

 ざまあみろ。だなんて誰に宛てるわけでもない小唄を心の中で呟いてみた。

 

 そんなことを考えると、やはり無意識にクスクスと笑が溢れた。

 

 

「何がおかしいのよ?」

 

 

 いんや、何でもないよ。

 ただただ、悪くない人生だったって思っただけさ。

 

 

「変な奴」

 

 

 ああ、良くそう言われるよ。

 

 

「あんたは死にたいの?」

 

 

 どうだろうか? けれども君に殺されるのは悪くない。

 

 ああ、そろそろ意識を保つのも限界だ。

 感想を聞けないことは残念ではあるけれど、それでもせめて食べるのなら美味しく食べてもらいたい。

 

 目蓋が重い。

 流石に限界。

 

 

「……やめた。まだあんたは食べない。精々見苦しく生きなさい」

 

 

 意識が途切れる直前に言った彼女の言葉は、そんな感じだったと思う。

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 その後、目が覚めると自分の家の中だった。

 右腕と腹には包帯を巻かれ、噛み付かれたであろう場所がズキズキと痛む。

 

 痛い。

 つまり、俺は生きている。

 

 ああ、なんだ。死ねなかったのか。

 

 そんな独り言が溢れ落ちた。

 

「やっぱり死にたかったの?」

 

 声が聞こえた。あの彼女の声だった。

 なんとも重い身体を動かし、声のした方を向くとやはり其処には彼女がいた。

 

 どうだろうか? やはり死にたかったのかな。そんなことを考えたことはなかったけれど。

 

 そして何故、君は此処にいるんだい?

 

「あんたを運んであげたの」

 

 驚いた。

 つまりそれは、人喰い妖怪が人間を助けたと言うこと。そんなことがあるのか?

 

「あんたたち人間だって、食べる動物を助けるでしょ? それと一緒」

 

 ああ、なるほど。確かにそう言うことをするときもある。

 つまり俺は彼女にとって畜生みたいな存在と言うことだろう。まぁ、一度は諦めたこの命、生きているだけでも充分だ。

 

「傷、痛い?」

 

 生きてるからね。そりゃあ痛いさ。

 

 それにしても、どうして俺なんかを助けたんだ?

 

「ただの暇潰し。それにあの時あんたを食べたら私の負けな気がしたし」

 

 なんだそれは? 別に勝負事をしていたわけじゃないんだけど……

 それに妖怪と人間が戦ったところで、勝負になどならない。それほどの力関係があるのだから。

 

 俺を食べないのか?

 

「食べて欲しいの?」

 

 ……いや、もう少し生きていたいかな。

 

「そう、じゃあもう少し待ってあげる」

 

 そりゃあ助かるよ。

 

 ああ、そうだ。せっかくなのだし、俺と一緒に暮らしてみないか?

 

「……何が目的?」

 

 別に、ただなんとなく思っただけだよ。

 それに一緒に暮らしていれば直ぐに俺を食べることもできるだろ?

 

「変な奴」

 

 うん、わかってる。

 

 んで、お返事は?

 

「そうね。じゃあ少しだけ一緒に暮らしてあげる」

 

 そうか、そりゃあ良かったよ。まぁ、アレだ。食べたくなったらいつでも言ってくれ。

 それと、ありがとう。助けてくれて。

 

「……別に良いわよ」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、俺と彼女は一緒に暮らすようになった。

 妖怪と人間が一緒に暮らすなんて言う莫迦なことをし始めて、もう2年だとさ。結局、俺はまだ食べられていない。

 

 あの時、彼女は俺を食べたら負けな気がした。なんて言っていた。

 しかし、それは違うだろう。

 

 あの勝負は先に俺が負けていたのだから。

 

「何よ? 私のことジロジロ見て」

 

 初めて出会ったその時に、あの勝負に俺は負けてしまった。

 

 一目惚れ。

 

 安い男だ。

 

「あんたの分は残してないわよ? ふふん、嘘をついた自分を恨みなさい」

 

 ふふっ、団子は別に良いよ。

 俺はお腹いっぱいです。

 

「どう言う意味?」

 

 さぁ? どう言う意味だろうね。

 

 






読了ありがとうございました

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