もしこのお話を食べることができたとしたら、薄い薄い麦茶みたいな味がすると思います
約3100文字です
それでもよろしければどうぞ
「あら、やっと帰ってきたのね。それでお土産は?」
収穫した作物を売り終わり、家に帰るといつものように彼女が声をかけてきた。
悪いけど、今日は買ってきていないんだ。
なんて本当はちゃんと買ってきてあるけれど、彼女の困った顔を見てみたかったから、そんな嘘をぽそりと呟いた。
彼女に腕を齧られた。
超痛い。
彼女は妖怪で、俺はただの人間。山の上に住む巫女は違うかもしれないけれど、妖怪と人間。これほどにはっきりとした力関係はない。
噛み付いてきた彼女を宥めつつ、ちゃんと買ってきておいたお土産を出してあげる。
「あるなら、始めから出しなさいよ」
そう言ってぽっぽこ怒る彼女を見ると、腕の痛みも和らいでくれた気がした。
随分とおかしな関係だと、自分でも思う。
彼女は妖怪で、俺は人間。
彼女は人間を喰らうが、俺は妖怪を喰らわない。
どう考えたって一緒に生活をするにはおかしな二人。
そうだと言うのに、彼女と共に暮らし始めもう2年となる。随分とおかしなことを続けてきたものだ。
そんなことを考えたせいか、無意識のうちにクスクスと笑が溢れた。
「何がおかしいのよ?」
お土産として買ってきた団子を口いっぱいに頬張りながら、彼女が俺に聞いた。
いんや、何でもないよ。
そうやって俺が返事をすると、彼女はまた団子に夢中になった。幸せそうでなによりだよ。
そっか、もう2年になるのか。月日が経つのは早いと言うが、流石に早すぎやしないだろうか? もう少しくらいゆっくりしてくれたって、別に罰は当たらないだろうに。
2年かぁ。しっかしねぇ……
いったい俺はいつになったら彼女に食べてもらえるのだろうか?
――――――――
あれはとある春の日のことだったと思う。
育てていた作物などもなかったため、山菜でも採りに行こうかとあの巫女の居る山へ出かけた。
妖怪に襲われることなど微塵も考えずに。
自分でも愚かなことをしたと思っている。お前には危機感が無いだなんて良く言われることがあるが、どうやらそれは本当らしい。
まぁ、もしかしたら何の変わりもないこの人生に、飽きていただけだったかもしれないけどさ。
そして、そんな愚かなことをしていた俺は、当たり前のように妖怪に襲われた。ソイツの見た目はただの犬畜生ではあるが、纏っている空気が明らかに畜生のそれとは違った。
目当ての山菜も見つからず奥へ奥へと入って行ったのだし、そりゃあそうもなる。
その時は別に死にたいだなんて思っていることはなかったら、全力で逃げた。
けれども、まぁ、残念ながら俺は何の力もないただの人間。そんなただの人間が全力を出したところで、妖怪から逃げ切ることなどはできなかった。
噛み付かれた右腕と脇腹からは、止まることのない血液が流れ出していたし、視界だって既に怪しかった。
それでも俺は足を動かし続けた。醜態を晒しながらも、なんとか生にしがみつき続けた。
そんな時だった、彼女と初めて出会ったのは。
終に動いてくれていた足が止まり、地面へと横たわった時、真っ黒な球体が目の前に現れた。
ソレの噂は聞いていた。曰く、アレは宵闇の妖怪。曰く、コレは人間を喰らう恐ろしい妖怪。
ああ、こりゃあ流石に助からんわな。
宵闇の妖怪が現れたためか、俺を追いかけてきた妖怪は何処かへ行ってしまったらしいが、それでもこれは助からない。此方には何もすることもできないのだし。
「酷い怪我」
彼女が俺に初めてかけたのは、そんな言葉だった。
妖怪は人間を喰らう。人間は妖怪に喰らわれる。そんなどう仕様も無い事実の関係。
「死んじゃうね、あんた」
ああ、知っているよ。
なんとか声を搾り出し、返事をしてみた。まぁ、したところで意味があるのかは知らないが。
彼女の姿はただの少女にしか見えない。
けれども、暗闇に溶け込むような彼女の姿は見蕩れる程にーー美しかった。
……なぁ、お願いがあるんだ。
「なによ?」
この傷だ。きっと俺はこのままでも死ぬだろう。
此処から人里へ帰る体力なんて残ってもいないのだから。
それならいっそ――
俺を食べてくれないか?
そう彼女にお願いした。
「言われなくとも」
そっか、そりゃあ良かったよ。
ただで死んでやるほど俺は安い男ではない。けれども君のような綺麗な少女に食べられるのなら……まぁ、満足してやろうじゃないか。
自分の人生が良かったのかなんてわかりやしないけれど、きっと今、この瞬間だけは誇っても良いはずだ。
ざまあみろ。だなんて誰に宛てるわけでもない小唄を心の中で呟いてみた。
そんなことを考えると、やはり無意識にクスクスと笑が溢れた。
「何がおかしいのよ?」
いんや、何でもないよ。
ただただ、悪くない人生だったって思っただけさ。
「変な奴」
ああ、良くそう言われるよ。
「あんたは死にたいの?」
どうだろうか? けれども君に殺されるのは悪くない。
ああ、そろそろ意識を保つのも限界だ。
感想を聞けないことは残念ではあるけれど、それでもせめて食べるのなら美味しく食べてもらいたい。
目蓋が重い。
流石に限界。
「……やめた。まだあんたは食べない。精々見苦しく生きなさい」
意識が途切れる直前に言った彼女の言葉は、そんな感じだったと思う。
おやすみなさい。
――――――――
その後、目が覚めると自分の家の中だった。
右腕と腹には包帯を巻かれ、噛み付かれたであろう場所がズキズキと痛む。
痛い。
つまり、俺は生きている。
ああ、なんだ。死ねなかったのか。
そんな独り言が溢れ落ちた。
「やっぱり死にたかったの?」
声が聞こえた。あの彼女の声だった。
なんとも重い身体を動かし、声のした方を向くとやはり其処には彼女がいた。
どうだろうか? やはり死にたかったのかな。そんなことを考えたことはなかったけれど。
そして何故、君は此処にいるんだい?
「あんたを運んであげたの」
驚いた。
つまりそれは、人喰い妖怪が人間を助けたと言うこと。そんなことがあるのか?
「あんたたち人間だって、食べる動物を助けるでしょ? それと一緒」
ああ、なるほど。確かにそう言うことをするときもある。
つまり俺は彼女にとって畜生みたいな存在と言うことだろう。まぁ、一度は諦めたこの命、生きているだけでも充分だ。
「傷、痛い?」
生きてるからね。そりゃあ痛いさ。
それにしても、どうして俺なんかを助けたんだ?
「ただの暇潰し。それにあの時あんたを食べたら私の負けな気がしたし」
なんだそれは? 別に勝負事をしていたわけじゃないんだけど……
それに妖怪と人間が戦ったところで、勝負になどならない。それほどの力関係があるのだから。
俺を食べないのか?
「食べて欲しいの?」
……いや、もう少し生きていたいかな。
「そう、じゃあもう少し待ってあげる」
そりゃあ助かるよ。
ああ、そうだ。せっかくなのだし、俺と一緒に暮らしてみないか?
「……何が目的?」
別に、ただなんとなく思っただけだよ。
それに一緒に暮らしていれば直ぐに俺を食べることもできるだろ?
「変な奴」
うん、わかってる。
んで、お返事は?
「そうね。じゃあ少しだけ一緒に暮らしてあげる」
そうか、そりゃあ良かったよ。まぁ、アレだ。食べたくなったらいつでも言ってくれ。
それと、ありがとう。助けてくれて。
「……別に良いわよ」
そんなこんなで、俺と彼女は一緒に暮らすようになった。
妖怪と人間が一緒に暮らすなんて言う莫迦なことをし始めて、もう2年だとさ。結局、俺はまだ食べられていない。
あの時、彼女は俺を食べたら負けな気がした。なんて言っていた。
しかし、それは違うだろう。
あの勝負は先に俺が負けていたのだから。
「何よ? 私のことジロジロ見て」
初めて出会ったその時に、あの勝負に俺は負けてしまった。
一目惚れ。
安い男だ。
「あんたの分は残してないわよ? ふふん、嘘をついた自分を恨みなさい」
ふふっ、団子は別に良いよ。
俺はお腹いっぱいです。
「どう言う意味?」
さぁ? どう言う意味だろうね。
読了ありがとうございました