東方短話録   作:puc119

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水道水に小さじ一杯のバニラエッセンスを加えてみました

約4500文字です
それでもよろしければどうぞ




その静かな世界で

 

 

 そっと目を閉じてから、ゆっくりと開く。

 そうして見えてきた世界は私だけの世界だった。

 

 それはどんな世界よりもひたすらに静かで――孤独な世界。

 

 そう思っていた。

 この世界にいるのは私だけだって、そう思っていた。それがおかしいとは思わなかったし、充分満足していた。

 まぁ、寂しいと感じていなかったと言うのは嘘になるけれど……

 

 万物が止まった世界はやっぱり寂しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 どうやら外は雨だったらしい。ポツポツとそれほど強くはない雨が大地を濡らし続ける。

 その雨で服が濡れてしまうことを考えると、少々憂鬱になる。

 

 まぁ、文句を言ったところでどう仕様も無いのだし、行くとしよう。いくら時間は無限にあると言っても、用事は早めに終わらせた方が良いのだから。

 

 人里まで食料の買い出し。お嬢様が起きるまで時間はあるけれど、あまりのんびりしている時間はなさそうだった。

 

 一度目を閉じて、ゆっくりと目を開ける。

 

 その後は私だけの世界になる。降っていた雨も空中で一粒の塊となって止まってしまう。万物が止まってしまうこの世界。流石にもう慣れはしたけれど、やっぱり少し寂しかった。

 

 雨粒が止まってしまったせいで、傘はその意味をあまり成してはくれない。だって傘は上から来るものしか守ってはくれないから。

 時が止まることで初めてわかったことだけど、ひっきりなしに降っていた雨は思った以上に粒と粒の間に空間がある。最初は雨粒に当たらないよう、その間を進んでいたけれど、それも直ぐに飽きてしまった。

 どうせこの世界には私しかいない。だからもう濡れても良いやなんて思い、雨粒を気にせず進むことにした。

 

 空中で止まった雨粒は私の身体に当たり、その姿を消す。少しばかり服が重く感じる。これだから雨は好きじゃない。

 後ろを振り返ると、私の歩いてきた場所だけ雨粒はなかった。

 自分の歩いてきたことが証明された気がして、少し嬉しかった。

 

 そんな証明を誰かに見せたいと思ったけれど、そんなことができるわけがなく、私しかいない静かな世界にため息が溢れた。

 

 

 そんな証明をしながら歩き続け、漸く人里へ着いた。どうせ濡れてしまうのだから、飛べば良かったかもしれないけれど、たまには歩くのも悪くはないはず。

 

 雨が降っているのにも関わらず、家の外を歩いている人の数は多かった。けれども、その誰もが止まっている。声をかけても返事などは返って来ないし、顔に落書きをしても時が動き出すまで気づきはしないだろう。

 

 さてさて、買いたい物があるから時を戻さなければいけないけれど……あんな雨粒に当たりながら歩いてきたのだから、私の服はびしょ濡れ。こんな姿じゃちょっとはしたない。

 この止まった世界のまま商品をいただき、お代を置いて行っても良いけれど、残念ながらお代を書いていない店は多い。だからどうにかして服を乾かしてから時を戻さないと。

 

 はぁ……こんなことになるのなら、着替えを持ってくるか合羽でも着てくれば良かったのに。

 そんな後悔ばかりが頭の中を埋めていった。

 

 まぁ、仕方無いか。

 

 雨に濡れ、肌に張り付いた服はどうにも脱ぎ難かったけれど、いつものメイド服を脱ぎ両手で絞る。すると、ぽたぽたと幾らかの水滴が服から染み出した。

 そうやって絞ったメイド服は皺にならないよう伸ばしてから、知らない人の物干し座を借りて干した。これは乾くまで時間がかかりそうね。のんびり待つとしよう。

 

 一通りの作業を終え、周りを見回してみる。傘を差し、止まっている名前もわからない多くの人々。私は下着姿。少しばかり変な気分になるけれど、今ばかりは私の世界。好きにさせてもらおう。今が暖かい季節で助かった。これがもし冬とか寒い日だったら、きっと私は風邪を引いていたもの。

 

 服が乾くまではまだまだ時間がかかる。何をしていようかしら? どうせ誰も見てはいないのだし、いっそ全裸になって人里を駆け回るのも……いやいや、何考えているんだ私は。

 いくらこの世界に私しかいないとしてもそれはマズい。

 

 でも、今だってもうほとんど裸みたいなものだし変わらない気も……

 

 

 一応、言い訳をしておくけれど、普段の私はそんなことは考えない。そりゃあ、この能力を利用してお嬢様に色々やることはある。でも、それも偶にやるくらいで、普段の私はそんな人間ではない。

 だから今回はちょっと魔が差したと言うか、テンションがおかしなことになっていたとかそう言うことだったんだと思う。そうであってくれ。お願いだから。

 

 

「えと……い、良い天気ですね」

 

 

 やることがなく暇だったけれど、流石に裸になることは踏み止まり、いつか会った天界の番人の物真似をしていた時だった。

 ちょっと左腕の角度が違うかな。とか莫迦みたいなことを考えていた時だった。

 

 

 この静かな世界に私以外の声が聞こえた。

 

 

 状況を確認。

 未だ時は止まったまま。

 声をかけてきた人物。男性。傘を差している。かなり困ったような顔。

 一方、私。左手は腰。右手は天を突き刺すようピシっと真上。服装は下着のみ。

 

 

 …………ヤバい。

 

 何故? とか、どうして? とかそんな疑問ばかりが頭の中をグルグルと回ったけれど――

 

 

「あと、えと……あ、安心して下さい。他人の趣味に口出すようなことはしませんし、僕は胸の大きな女性しか興味ありませんから!」

 

 

 とりあえず全力でソイツをぶん殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「……痛いです」

 

 奇遇ね、私も痛いわ。主に心が。

 私の中にあった“瀟洒”と言う二文字が見事なクラウチングスタートを決め、もの凄い速さで私から遠ざかって行った。あの速さなら世界を狙える。まぁ、直ぐに捕まえるから問題はないけど。

 果てしなく失礼なことを口走りやがったコイツをぶん殴ってから服を着た。まだ乾いてはいない。生乾きのメイド服はあまり心地良い物ではなかった。

 

「それで……どうして動いているのよ? 貴方、何者?」

 

 私の痴態を目撃してしまったコイツは万死に値するけれど、殺る前に聞くことがあった。良かったわね、少しだけ寿命が延びて。

 そもそも、どうしてこんなことになったかと言えば、コイツが私の世界で動いていたことが全ての原因だ。こんなことは今まで一度もなかった。あの世界は私のだけの世界だった。

 

「そんなことわかりませんよ。あとそのナイフをしまってください。怖いです」

 

 記憶が飛ぶくらい殴り続けても良いけれど、殺っちゃった方が楽。そんな時、このナイフは欠かせない。

 

「貴方は人間なの?」

「……そうだと思います」

 

 ふむ、どう言うことだろうか? 確かにコイツはただの人間にしか見えない。でも、ただの人間が私の世界へ来ることのできる理由がわからなかった。

 何かの能力でもあるのかしら?

 

「僕もいきなり皆が止まってしまったから慌てていたんですよ。ホント、どうしたものかと……。貴女はどうしてこんなことになってしまったのか、わかりますか?」

 

 嘘をついているようには見えなかった。

 本当に、心から今の状況がわかっていなかったらしい。と、言うことはだ。コイツがこの世界に来たのは初めてと言うことなんだろう。

 う~ん、でもどうしていきなりそんなことに……

 

「私が止めたのよ」

「はい? 貴女が?」

 

 目を丸くさせ驚くアイツ。ちょっと面白い。

 

「そう、私が」

「へ~……そんなこともあるんですね」

 

 半信半疑と言ったところかしら。

 因みにさっきの私は半身半着……いえ、なんでもないです。忘れてください。

 

「えと、それでこれって戻ります? 何時までもこのままだと不便ですし」

「戻すわよ。でもまだ服が乾いていないから、もう少し時間がかかるわ」

 

 私が彼の質問にそう応えると――

 

「ああ、服を乾かしていたんですね」

 

 なんて言って笑った。

 そうに決まっているでしょうが、私に半裸でサタデーナイトフィーバーするような趣味はない。

 

 変な奴。そう思った。

 

「それなら――家に来ませんか? どうやら火は使えるみたいですし、そっちのが早く乾きますよ」

 

 ……何を言っているんだろうコイツ。

 知り合ってまだ全然経っていないのに、いきなり家へ連れ込もうとするとは。確かにコイツはただの人間にしか見えない。そんなただ人間に負ける程私は弱くない。

 けれども、やっぱり不安な部分があった。

 

「おろ……ああ、大丈夫ですよ。僕に手を出す勇気なんてありませんし。それにさっさとあの世界へ戻してもらった方が助かります」

 

 うん、なんかそんな気はしてた。

 最初に興味ないって言われたし。巨乳派なんて死んでしまえ。

 

 

 

 何処か腑に落ちないことはあった。それでも、素直にアイツの言うことに従うことにした。

 

 ……多分だけど、私も何処か無意識の内に嬉しく思っていたのかもしれない。

 この世界は私だけの世界。それはどんな世界よりも安心できる世界ではあったけれど、やっぱり一人ぽっちの世界は寂しかったから。どうしてコイツが私の世界へ入ってきたのかはわからない。

 

 でも、それが悪いことではないと思えた。

 

 

「此処が貴方の家?」

「はい」

「他に住んでいる人はいないの?」

「はい」

「彼女もいない?」

「はい」

「童貞?」

「は……いや、それ聞かなくても良いことですよね?」

 

 

 案内された家は、人里の中で外れにある一人で住むのには少々大きめの家だった。そんな家に一人でねぇ……まぁ、関わるのはやめておこう。碌なことにならなそうだ。コイツの人生なんて知ったことじゃない。

 

「まぁ、とりあえず上がってくださいよ。今、火を起こしますから」

 

 お邪魔します。

 それしても、コイツだって良く私を家へ案内なんてしようと思ったものだ。いきなり世界が変わり、自分以外は動かなくなってしまった世界へ来てしまった。そんなのもっと取り乱したっておかしくはないのに。

 

 変な奴。

 やっぱりそう思った。

 

「……貴女はいつもこの世界にいるのですか?」

 

 火に当たり、生乾きの服を乾かしていると、アイツがそんな言葉を落とした。

 

「別にいつもいるわけじゃないわよ。この世界へ行きたい時に来るだけ」

 

 便利な能力だって自分でも思っている。

 この力のおかげで今の私がいるのだから。

 

「そう、ですか」

 

 多分、アイツが本当に聞きたかったことは違うことなんだろう。それでも、アイツはそれ以上私に何かを聞いてくることはなかった。

 

 そして痛いくらいの沈黙が広がった。

 当たり前だ。この世界はすごく静かな世界なのだから。

 

 

 

「さて、服も乾いたし私は行くわね。この世界も直ぐに戻るから安心しなさいな」

「あっ、はい。わかりました。お気を付けて」

 

 どれほどの時間沈黙が続いていたのかわからない。いや、時間は進んでいないか。

 けれども、長い沈黙を破って私はそんな言葉を落としてからアイツの家を出た。本当はまだ完全に服は乾いていない。けれども、この空気がどうにもこそばゆかったから……

 

 結局、コイツのことはわからないまま。でも、もうそれは良いと思う。何があったのかわからないけれど、きっと何かがあったのだろう。偶然に偶然が重なって……多分そんな感じ。

 

 

 目をそっと閉じ、ゆっくりと開ける。

 これで静かな世界とは少しばかりお別れだ。

 

 ああ、そう言えばアイツを殺すのを忘れていた。

 ふふっ、良かったわね。また寿命が延びて。精々、そのことに感謝しながら生きなさいな。

 

 そんな随分と身勝手なことを思いながら、五月蝿くなった世界を私は歩いた。

 

 






此処で力尽きました
続きがあったりなかったり

読了、ありがとうございました
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