薄い薄いココアの中へチーズキャンディを一つ入れてみました
約9000文字です
それでもよろしければどうぞ
「どう? 霊弾の一発でも撃てるようになったの?」
クスクスと意地の悪い笑を浮かべ、ふよふよと浮いている奴にそんな声をかけられた。
「うるせぇ。そのうち出せるようになるわ」
髪型は癖のあるショートボブ。胸元に赤色の大きなリボンを付けた黒字のスカート。黒色のニーソックスに赤色の靴。そして背中には3対の赤と青の翼。
それが封獣ぬえの容姿だった。
「私は無駄な抵抗だと思うけどね」
それでも抗うのが人間なんだ。何もしないよりはよっぽど良い。
時刻はもう深夜と言っても良いような時間だろう。昼間は畑作などが忙しいし、他人に見られるのは少々恥ずかしい。そんな理由もあって、やるのはいつだってこの時間。そんな霊力を扱う練習も毎晩の日課となってしまった。しかしながら、その成果を実感できたことはない。
「それにしても、此処まで霊力を扱う才能のない人間は初めて見たわ。逆にすごいんじゃない?」
まるで……と言うか、思いっきり人を馬鹿にするようにぬえは笑った。毎晩のようにこうして霊力の練習をしているわけだけど、コイツは毎晩のように現れては俺のことを馬鹿にする。
そんなぬえには良くもまぁ、飽きないものだと、最近は感心するようにもなった。
「やっぱり無理なのかねぇ?」
「私は知らないって」
正直なところ、いくら練習をしたところで霊力を扱えるようになるとは思えていない。
個人個人で差はあるものの、人間多かれ少なかれ誰しも霊力自体は持っているらしい。そのはずなんだが……どうやら俺はその例外らしく、霊力が全くないと博麗の巫女から言われた。詳しいことはわからないが、こう……俺の中の本来霊力のある場所にぽっかりと穴が空いているらしく、それが原因なんじゃないかとも。
とは言え、どうしてそんな穴が空いてしまったのかはわからない。関係しているであろう、昔の記憶ごと俺の中から消えてしまっているせいで。
そんな状況にも関わらずこうして毎晩練習している理由は……自分でも良くわかっていない。無駄な抵抗とわかっているはずなのに、何時までも抗い続けている。
そろそろ止めるべきなのかねぇ。
昔は周りの人たちの助けがなければ生活できなかったが、今じゃ自分一人でも生活できるようにはなった。だから、良い機会なのかもしれない。例え霊力を扱えるようになったとして、何かが変わるとも思えないし。
……なんて言い訳をしてみる。
「てか、なに? お前暇なの? やーい、ぼっち」
引っぱたかれた。
「違う私はぼっちじゃない! 決してぼっちではない!」
でも、お寺に行くとお前いつも一人じゃん。誰かと一緒にいるところなんて見たことないぞ。別にお前がぼっちだろうがぼっちじゃなかろうが、どうでも良いけどさ。
「……お前、今日俺以外の奴と会話したか?」
「きょ、今日は調子の悪い日だったから……」
会話をするのに調子の善し悪しは関係ないだろうが。
えっ? と言うか、マジか、本当に俺以外の奴と会話をしていないんだ……
「でも、昨日は聖と村紗におはようって会話できたもん」
「それは会話じゃないだろ」
ただの挨拶だ。
聞いていて悲しくなるからやめてくれ。
なんとも面倒な奴から絡まれるようになったものだよ。それにしてもどうしてコイツは俺なんかを構うのかね? コイツは妖怪で、俺は霊力すら扱えないひ弱な人間。そんな奴を構ったところで面白くもなんとも無いと思うんだがなぁ。
その次の日は朝から雨が降っていた。
雨が降っていると、畑作はできないし出かけるにしても億劫だ。差した傘が雨を弾く音を楽しむのもまた一興ではあるけれど、雨で身体が濡れるのは遠慮したい。そして雨の日に見る夢はどうにも苦手だった。
そんな日は家に篭り、雨音へ耳を傾けながらのんびり読書と洒落込もうじゃないか。
はてさて、以前まで読んでいた本はどれだったかな。なんて思いながら、積み重ねられた本をあさっていると――
「にゃーん」
なんて鳴き声が聞こえた。
雨音を聞くために開けていた戸から、どうやら猫が迷い込んでいたらしい。猫は好きだが、この天気じゃその脚だって汚れているはず。脚を拭いてあげないと家の中が汚れてしまう。
「こんにちはお兄さん」
「ああ、なんだ。こいしちゃんもいたのか。いらっしゃい、今お茶でも用意するよ」
猫の脚を拭くため立ち上がり後ろを振り向くと、其処には両手で猫を抱えたこいしちゃんがいた。
この娘もこの娘で不思議な娘だ。ちょくちょく遊びに来てくれるが、いつの間にかいて、またいつの間にかいなくなっている。何を考えているのか本当にわからない。
天気は雨だと言うのに、傘を差していなかったせいか、こいしちゃんの服は濡れている様子。それじゃあ可愛そうだと思い、乾いた布を渡すと、ありがとうと可愛らしく笑ってくれた。超癒される。
「それで、今日はどうしたの?」
ぽけーっとした顔で猫を撫でているこいしちゃんへお茶を渡しながら尋ねた。
「んー今日はねー、雨が降っていたから歩いていたんだけど……」
と、そこまで喋ったところでまた猫を撫で始めた。こんな感じで、こいしちゃんとの会話は続かないことが多い。そして気がつけばいなくなっている。すごく自由な娘だとは思う。ただ、何をしたいのかがわからないんだよなぁ。
そんじゃ、俺も読書を始めようかね。
「お兄さんの中はねー。空っぽだったんだー」
相変わらず、視線を俺の方へ向けてくれていないが、そんな言葉をこいしちゃんが落した。しかし、その言葉の意味はわからない。
読み始めた本を閉じ、こいしちゃんの方を向く。
「空っぽ?」
「うん、空っぽ。だからまだ何でも入ると思っていたの」
どう言う……意味だ? 空っぽとか、まだ何でも入るとか何のことを言っているのかわからない。
「何でも入るし何色にも染まるはずだった。だって――貴方の中にはまだ何もなかったと思っていたから」
こいしちゃんの言っていることはわからない。わからないけれど……どうにも気になるじゃないか。
「それは……良いことなのかな?」
「私たちにとっては良いこと。でも、貴方にとってはわかんない」
そう言ってから漸く此方を見てくれた。
真っ直ぐと俺の方を向いてくれているのは確かなこと。けれども、こいしちゃん視線の先は何か違うモノを見ているように思えた。
「最初に見つけたのは私だと思ったんだけどなぁ。だから私のモノにしようと思ったんだけどなぁ」
そう言って可愛らしく笑ったこいしちゃん。
けれども、その笑顔は恐ろしく……怖い。
トクトクと心臓が暴れる。危険なことなど何もないはずなのに、震えが止まらない。なんだ? これは、どう言う状況なんだ?
「何もないと思っていたんだ。でも、空っぽだと思っていた場所には少しだけあった。ねぇ、お兄さん」
「……何かな?」
相変わらず何を考えているのかわからない表情のこいしちゃん。
そんな表情のまま真っ直ぐと俺を見ているはずなのに、何故かもっと違う何かを見ているような気がして――
「人間、やめちゃったね」
こいしちゃんがそんな言葉を落とした。
俺が、人間をやめた……? ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が人間をやめてしまったとなると……そうだとすると……
――俺は何者なんだ?
そのことをこいしちゃんに尋ねようとしてけれど、俺の前からこいしちゃんの姿は既に消えていた。
説明してほしかった。これじゃあ、あまりにもいきなりすぎる。
「ホント、どうすりゃいいんだよ……」
開けっ放しの戸から強い雨音だけが聞こえた。
――――――――――
雨の日は嫌いじゃない。
雨音は心地良いし、いつもよりものんびりとした時間を過ごすことができるから。
ただ、雨の日に見る夢だけが俺は嫌いだった。
その夢の内容はいつも同じで――俺が殺されたところで目が覚める。
どんなに抵抗してみようと思っても夢の内容が変わることはなく、いつもいつも同じ結果なんだ。
――強い雨が身体に当たる。
分厚い雲が空を覆ってしまっているため、太陽光は遮られその景色は何処か薄暗い。そして、目の前には倒れ、今にも消えてしまうんじゃないかって思わせる少女の姿。
ああ、またこの夢か。
そのことは直ぐにわかった。だって、今まで何回も見てきた夢なのだから。
一見すると、その少女はもう既に事切れているんじゃないかって思えてしまう。けれども、本当に小さくだけど、その少女は確かに呼吸をしていた。
やめろ、ソイツに関わるな。とまれ、そんな奴放っておけ。
そう強く思い、願っても俺の身体は止まらない。
そして、俺はその少女に声をかけてしまうのだ。大丈夫か? 何があった? と。それがいつもと同じこの夢の始まり。
俺が声をかけると、その少女はなんとか此方を向いた。けれども、その目は今直ぐにでも閉じてしまいそうで、その少女が衰弱しているとはっきりわかる。
そんなその少女をどうにかしてあげたくて、なんとか救ってあげたくて俺は声をかける。この夢の中の自分が何を考えていたのか、何を思っていたのか知らないが、声をかける。
何か欲しいものはあるか? 俺に何かできることはないか、と。
その少女と面識は多分、ない。今し方出会ったばかりの見知らぬ少女なはず。そのはずなんだ……
そして、その少女が雨音にすら負けそうな小さな小さな声で言葉を落とした。
「……貴方の――全てをちょうだい」
なんて。
その少女の言葉を聞いてから、ゆっくりとけれども、確かに頷いてみる。
「……ごめんなさい」
最期に聞こえるのはいつだってそんな言葉。
そして、その言葉を聞き終わると俺の身体は少女に貫かれ、そこで夢が終わる。
その少女が誰なのか、どうして夢の中の俺が彼処までその少女のためにするのか。その答えはどんなに考えたって出てきやしない。
多分、頭か心の何処かではちゃんと答えが出ているはず。けれども、その答えを表に出すことがどうしてもできないのだ。だって、出してしまったら、知ってしまったらもう元に戻ることはできないだろうから。
目が覚める。
部屋の中は暗く、どうやらまだ朝にはなっていないらしい。まぁ、今日はまだ暗くなっていないうちに寝てしまったのだし、それも仕方の無いことなのかもな。
雨の音はもう聞こえなかった。
――人間、やめちゃったね。
こいしちゃんの言葉を思い出す。
こいしちゃんは何を考えているのかわからない娘だ。だから、あの時の言葉だって実は意味なんて何もないのかもしれない。
なんて、心にも思ってないことを考えてみる。
そんなことあるはずがないのに。心じゃちゃんとわかっているはずなのに。こいしちゃんが言ったあの言葉は嘘なんかではないだろう。
だって、心の底では、あの言葉を聞いた時
――ああ、やっぱりか。
なんて思う自分がいたのだから。
ばっかだよなぁ。自分のことなど騙し続けられるほど器用な性格じゃないってのに、どうして逃げられるだなんて思っていたのやら。
はぁ……そっか。俺はもう人間じゃないのか。だとするとこれからどうやって生きていけば良いんだろうな? 人間をやめたのなんて初めてのことだからさっぱりわからない。
ホント、あの夢の中の俺は何を考えていたのやら……
時刻は深夜。しかし、目は冴えてしまっているし、もう一度眠ることはできそうにない。それならいつも通り、過ごすとしようか。
それに聞かなきゃいけないことと、言わなきゃいけないことがあるのだから。
家の外へ出ると、雨上がり特有のあの独特の香りが鼻の奥まで届いた。雲の切れ間からは真ん丸の月が顔を出している。
いつもなら目を閉じ集中して、どうにか霊力が湧いてきやしないかと足掻くところだが、今日ばかりはただただ顔を出している月を見上げていた。
「今日の天気は雨だったと言うのに、ご苦労なことね」
そうやって、月を見上げ何かしらの思いを馳せていると、いつも通りアイツが声をかけてきた。何が面白いのかは知らんが、クスクスと笑いながら。
……ちょっと考えればわかりそうなものなのにな。
人間なら多かれ少なかれ霊力はある。あの博麗の巫女はそう言っていた。逆に言うと、その霊力がないと言うことは……まぁ、そう言うことなんだろう。
うん。もう、いいかな。
別に、この今の生活は嫌いじゃなかった。しかし、気づいてしまった今もその生活を続けられるほど俺は器用な奴じゃあない。これで全てが壊れてしまうけれども、一人で何かを引きずりながら生きていけるほど俺は強くないんだ……
だから、もういいんだ。
そうやってまた俺は言い訳を重ねる。
「……なぁ、ぬえ」
「うん? なにさ?」
いつも通り、クスクスと意地の悪い笑を浮かべながら、ぬえは俺の方を向いた。
「どうして俺を殺してくれなかったんだ?」
これで、俺はもう元に戻ることはできない。
ただ、何時までもこんなことを続けられる自信もないし、此処等が潮時なのだろう。それに一度終わってしまった人生が少しだけ延びてくれたんだ。それだけでも十分だろう。
「……なんだ、思い出しちゃったのね」
俺の言葉を受け、ぬえはいつも表情から急に、悲しそうな表情へと変わってしまった。
雨の日に必ず見るあの夢。
どうして俺があの少女――ぬえを自分の命を懸けてまで救おうとしたのかはわからない。けれども、それがただの夢でないことくらいわかっていた。
だから、きっとあの夢はそう言うことなのだろう。
「せっかく正体を判らなくしたってのに……どうしてわかったの?」
きっかけは、こいしちゃんのあの言葉。
けれども、それはただのきっかけでしかないはず。
「……多分、最初から気づいていたと思う。ただ、俺が気づかない振りをしていただけで」
知らない振り、わからない振りを続けていただけだ。
そんなことをずっと続けていれば、なんでもない小さなことで全ては壊れてしまう。それくらいはぬえだってわかっているだろうに。
「なぁ、なんでお前はあの時、あんなに消えそうだったんだ?」
きっと今日は俺が俺でいられる最期の日。
やりたいことや、やらなきゃいけないことが沢山残っているけれど、此処で終わらせてもらおう。せめて最期くらいはカッコつけてみたいのだから。
「少しの間だけど外の世界にね、行っていたのよ。友人を探しに」
外の世界……詳しいことは知らないが、噂だけなら聞いたことがある。其処は妖怪や妖精なんかが忘れられた世界だと。
「少しくらいなら大丈夫なんじゃないかって思ってた。私だって決して力がないわけじゃなかったから。でもね、私の思っていた以上に外の世界は私たちにとって辛い世界だったわ」
それは物理的なことよりも精神的なことに依存する妖怪だからこそなんだろう。忘れられた存在は消えてなくなってしまうのがこの世界の仕組みなのだから。
この箱庭の世界でしか妖怪は妖怪らしく生きることができなくなってしまっている。
「なんとか戻ってくることはできたけれど、それで限界。流石にあの時ばかりは終わりだと思ったわ。雨に打たれながら私は消えていくんだと思った」
そんな時、俺がぬえの前に現れたのだろう。そして、其処で俺は人間をやめた。それがあの夢のお話。
ホント、完璧なタイミングなことで。
「……その後、どうして俺を助けたんだ?」
あの時、このぬえに俺の全て捧げたはず。人間をやめてしまったとは言え、俺が今もこうやって生きているのは、ぬえがそうしたからだろう。
いっそのこと殺してくれて良かったんだけどなぁ。その時の気持ちは忘れてしまったけれど、きっと俺はそう思っていたはずなのだし。
「……だって、命を懸けてまで私を助けてくれた貴方を殺せるわけないじゃん」
そう言ったぬえの顔は泣いているような、笑っているような複雑な顔だった。
それはいつもコイツが見せてくれるあの意地の悪い笑顔とは程遠いもの。きっとこのぬえは俺以上に色々と考えていたのだろう。だってそうでもなければ毎晩のように俺の場所へ訪れなんてしない。
それが自責の念からくるものなのか、それとも違う感情からくるものなのかはわからないが。
「悪いな。迷惑かけてさ」
「ホントだよ、ばか」
何が正解で何が間違いなのか。それがもうわからない。空っぽの俺の中には何も入っていないのだから。自分で考えることなんてできやしない。誰でも良いから正解を教えてほしい。
「貴方はどうしたいの?」
なんでも良いから、何かを命令してほしい。
だって、そうでもしないと俺は――
「……殺してくれ」
絶対に正しくないことをしてしまうから。
「うん……わかった」
俺の言葉を聞き、今にも泣きそうな顔を浮かべながらぬえはそう言葉を落とした。
ああ、俺の人生もこれで終わりか。できれば人間のまま終わらせたかったところではあるけれど、まぁ、これくらいならきっと許されるはず。まだ、俺は俺でいられている。
それに、誰とも知らない奴じゃなくこのぬえに殺されるのなら納得はできるだろう。
「……ごめんなさい」
それは夢の中で聞いたものと同じ言葉。何回も何回も聞いた言葉。
そんなものをぬえがぽそりと落とした。最期に聞く言葉くらい、もっと明るい言葉が良かったけれど、それは贅沢なのかねぇ?
「いいよ。気にしてない」
そして、きっとこれが俺の最期の言葉。
最期くらいもっと格好のつく言葉を落とせば良いと言うのに、そんな言葉なんて何も浮かびやしない。まぁ、俺らしいと言えば俺らしいのかな。
一歩、ぬえが此方に近づいた。
きっと俺は天国なんて逝けやしない。色々と思うところもあるけれど、悔い改めるのは……まぁ、地獄へ落ちてからにするとしよう。
そして――
「いらないのなら、私にちょうだい」
今にもぬえが俺の身体を貫こうとした時、そんな声が聞こえた。
その声の主は
「えと……ど、どうしてこいしちゃんが?」
あのいつも何を考えているのかわからない、こいしちゃんだった。
「捨ててしまうことは簡単なことだけど、拾うのは大変なことだもの。自分を騙せた気になって、忘れてしまった気になって捨てられてしまうのはもったいない。それなら私が拾う。もらってあげる」
自分を騙せた気に、忘れてしまった気に。それは、どう言う……
「……何も知らないくせによく言うわね」
「だって本当のことだもの。貴方が自分を騙せている気になっているのはどうでも良いけれど、それでお兄さんを殺されるのは私が許さない」
い、いや、こいしちゃんは何を言っているんだ? だって、これは俺とぬえだけの問題でこいしちゃんは本当に何の関係も……
「貴方の想いはどうでも良い。どうでも良いけど、お兄さんの想いはどうでも良くなかったから待ってあげた。でも、これ以上はダメ。貴方がお兄さんを殺すのなら、私がもらってまた空っぽにする」
何がなんだか全くわからない。こいしちゃんは何のことを言っているんだ? また空っぽにするってことは、今の俺の中にも何かが入っていることだと思うけれど、其処には何が……
そんなこの状況に全くついていけない。
「例え、どんな存在になろうとお兄さんはお兄さんなの。一人が辛いと思うなら、誰かと一緒にいれば良いだけ。そのことはわかっているはずなのに、どうしてお兄さんはわからない振りをするの?」
別にわからない振りをしているわけじゃ……いや、そうなのかもな。
いつだってそうだったじゃないか。わからない振り、知らない振り、忘れた振りを続けて俺は逃げ続けていた。体の良い理由をつけて最後の最後まで。そんなんだから、このぬえにだって迷惑をかけてしまっていたんだろう。
死んだところで逃げきれるはずもないのに。
……うん。それならもうやめにしよう。
いい加減、ちゃんと自分と向き合わなければいけない時なのだろうから。あの時から止まり続けていた物語を進ませてもらおうか。
「ありがとう。こいしちゃん。でもね、やっぱり君のモノにはなれないよ」
俺がそう伝えると、こいしちゃんの頬が僅かに膨らんだ。
殺されるつもりだったと言うのに、ごめんね。でも、君のおかげでもう少しだけ頑張ってみようと、止まっていた足を前へ動かしてみようと思えたんだ。だから、君にはちゃんと感謝している。
「……そっか。それは残念だなぁ。でも、私はいつまでも待っているから」
そう言ってからこいしちゃんは優しく笑った。
「それじゃあね。お兄さん」
そして、そんな言葉を落としつつ、手を振ってくれたかと思えば、いつの間にかこいしちゃんの姿は見えなくなっていた。
うん、またね。君もいつでも遊びに来な。お茶くらいならいつでも出してあげられるから。
こいしちゃんはいなくなり、俺とぬえだけに。
なんとなく気恥ずかしい雰囲気。
けれども、もう逃げることはやめようか。捨ててしまおうと思ったこの人生。少しくらい失敗したところで、失うものは何もないのだから。
「なぁ、お前はいつから?」
色々と言わなきゃいけないこと、伝えなきゃいけないことがある。
ずっとずっと逃げていたけれど、今ばかりはちゃんと向き合ってみようか。
「……貴方こそいつからよ」
う~ん……いつからなんだろうな? もったいないことだけど、そればっかりは本当に思い出せないんだ。
ただ、まぁ、別にいつからそうなのかってのは、そんなに問題じゃないのかもしれない。少なくとも今はちゃんとお前のことを想えているのだから。
そして、ぬえだって……
「それで? どうするつもり?」
ほとんど空っぽのはずの俺。
そんな俺の身体の中に少しだけ入れてくれたのは……まぁ、きっとそう言うことだろう。
「ホント、どうすっかなぁ。ぬえはどうすれば良いと思う?」
ほとんど空っぽの俺は一人じゃ何もできやしない。
「そんなの自分で考えなさいよ」
人間もやめてしまい。お先は真っ暗。どうして良いのかなんて全くわかりやしない。
「ただ……」
それでも――
「その……わ、私も手伝うから一緒に居てあげるから……」
二人なら何とかなるんじゃないかって思えるんだ。
「うん、ありがとう」
「……どういたしまして」
そう言って恥ずかしそうにしているぬえの顔もいつもとまた違って可愛らしく思えた。
どうやら俺の中にはまだまだ沢山入るらしい。
それなら、少しずつ少しずつ何かを入れていこうと思うんだ。
ぬえさんのお話を書いていたら、こいしさんがひょっこり登場
いつも通り私がラストスパートで通り力尽きました
読了ありがとうございました