水素水へ大さじ半分のマヨネーズを添えてみました
約8800文字です
それでもよろしければどうぞ
あの時に見た景色を消さないためにも、あの時に感じた想いを忘れないためにも此処に私は書き残そうと思う。そんな機会があるのかは分からないが、いつか思い出したくなる時が来るかもしれない。そんな時のため、そっと此処へ書き残そう。
結局のところ、アイツが何者で何をしたかったのか。私に何を伝えたかったのかは分からない。もしかしたら、私がした経験は全て夢や幻だったのかもしれないし、アイツなんていなかったのかもしれない。
綺麗な思い出なんかじゃなかった。物語にすらならないようなお話だった。それでも、あの思い出を薄れさせたくはないって思ってしまうんだ。
アイツと出会って、アイツと別れたあの夏の一週間。何かを得たわけでもなく、何かを失ったわけでもない。けれども、私の心の中には何かが残っている。
その何かがなんなのかを知るためにも、アイツのことを此処に記そうと思う。
その始まりは茹だるような暑さが続く、とある夏の日のことだった。
――――――――――
この世界ってのは不思議なもので、暑い日だったり寒い日だったり色々な日がある。
そして、その日はひたすらに暑い日だった。
まぁ、夏なのだし暑いってのも当たり前なわけだが。
私の住んでいる魔法の森は、幻想郷の中でもジメジメしている場所で、夏ともなればそのジメジメは更に酷くなる。正直、住みやすい環境とは言えないだろう。
じゃあ、そんなところに住むなって話だが、此処でしか私が魔力を得るために必要な化け茸を採ることができないのだから仕方無い。
そんなわけで、今日も今日とてジメジメに不快な思いをしつつ、化け茸の採取へと向かっていた。
そして、それがアイツとの出会いに繋がった。
「ら、らめぇぇええ! そ、そんな大きな茸入らないよぉぉぉおおお!」
まず聞こえてきたのはそんな声。
いや、まぁ……うん。いくら狭い幻想郷とは言え、それなりの数の生き物がいるわけで、中にはちょっとヤバい奴だっているわけだ。ヤバいの方向性が少々おかしいがこう言うこともある。これが日常的な光景とは流石に言わないけれど、こう言うこともある。
そう言う時はそっと心を閉じるのが正解。ああ、良い天気だ。今日はなんだか良いことが起こりそうな気がするぞ。
「あっ、ちょっ、おまっ、そこはダメ! そこだけはダメだって! うおおお、やめろぉぉぉおおおッ!」
え、えと……ああ、うん。そうだな。今日は紅魔館にでも行くとしようか。なんだか今はそう言う気分だ。最近、実験も上手くいかないことが多いし、あの図書館で本でも借りれば参考になることだってあるはず。
うむ、そうしよう。
「あ、あぶねぇ……あと少しでも遅かったら死ぬところだった……」
死ねば良かったのに。
ああ、違う違う。なんでもないです。ホント、なんでもないです。それに私は紅魔館へ行かないといけないんだ。こんなところでのんびりしている時間はない。
「っと、おろ。こんなところ君は何をしているんだ? 俺が言うのもアレだが、此処は危ないぜ? 先程もいきなり訳の分からん植物に襲われて茸をつっこまれそうになったし。全く……あんなの誰が得するってんだろうな」
知るか。
てか、気づかれてしまった。私は関わりたくなんてなかったんだけどなぁ。
「そのくらい分かってるぜ。それじゃ、私は行かなきゃいけないところがあるから」
私の中にある何かが全力でソイツと関わることを拒否している。きっと本能的に私はソイツを受け付けなかったんだろう。
だから、一方的に別れの言葉を押し付けた。
チラリとソイツの姿が見えてしまったが、普通の人間にしか見えない。魔法の森にどうして人間がいるんだ? なんて思いもしたが、今ばかりはこの場を去ることが優先。
「まぁまぁ、せっかくこんな場所で会ったのだから、そう慌てるなって」
私の言葉を聞き、驚いたような顔をしたアイツ。そして、早々にその場から離れようとした私。しかし、そんな私の腕をアイツはガシっと掴んできた。心の底からやめてもらいたい。
そりゃあ私だって、普段から珍しいことでも起きないものかと思ってはいる。でも、私が望んでいるのはこう言うことじゃないのだ。もっとこう、わくわくすることと言うか、胸躍ることと言うか……少なくとも変態と会いたかったわけではない。
「……何の用だ?」
その不機嫌さを隠そうとはせず、全力で私を構うなアピール。ただでさえ、このジメジメとした暑さにはうんざりしていると言うのに、こんな奴を構っていたらどうかなりそうだ。
「いやな。正直、ひとりで心細かったところなんだ。せっかくこうして会えたのだから……えと、ほらお喋りとかしようぜ」
お前なんかと何を喋れば良いと言うのだ。
はぁ……どうしてこんなことになっちゃったんだろうなぁ。
「んで、お前は何者なんだ? 此処は普通の人間がいて良いような場所じゃないんだが……」
瘴気に溢れ、人を襲う植物や化け茸が蔓延り、妖怪ですらあまり近づこうとしない場所。此処、魔法の森はそんな場所だ。
「ほほう、そんな場所だったのか。とは言え、それはまた難しい質問だな。君だって自分が何者で、どうして自分が此処にいるのか聞かれても上手い答えは出てこないだろう?」
ああ、いや、私が聞きたいのはそう言う哲学的なことじゃなくてだな……単純にお前は誰なのかってことを聞きたかったんだけど。
妖怪じゃなく、人間だとは思う。けれども、普通の人間にとってこの場所は厳しすぎる。ホント、よく分からん奴だ。
「そう言えば、君は何と言う名前なんだい?」
「……霧雨魔理沙。別に覚えなくても良いぜ。それじゃあな」
これ以上会話をすることもない。これで私は退散するとしようか。
別に心配しているわけじゃないが、気持ちの良いことではないし此処辺で死ぬようなことはやめてくれよ。
と、まぁ、アイツとの最初の出会いはそんなものだった。其処で途切れたと思った縁の糸。けれども、鬱陶しいことにあの瞬間からソレは私の身体へまとわりついてしまったらしい。
今、こうやって思い返してみてもアイツは最初から最後までおかしな奴だったと思う。アイツが何者だったのか、結局最後の最後まで分からなかったが、それでも話が進むことで、少しくらいは理解することができたんじゃないだろうか。
そして、アイツとの2回目の出会いは、それから二日後のしとしと雨が降る夕方のことだった。
アイツと出会った次の日は、家へ篭りひたすらに魔法の研究。そんなことをしていたものだから、身体が固まってしまい、ちょいと運動でもしようかとその日はあの巫女がいる博麗神社へ向かった。
其処ではいつものように、霊夢とお茶を飲みながら雑談なんかをしていたわけだが、太陽が沈み始めた頃、ポツリ一粒の雨が私の手の甲へ。
「っと、こりゃあ雨でも降ってきそうだ。本格的に降ってくる前に私は帰るとするぜ」
今はまだ小雨だが、ドス黒く分厚い雲が近づいてきている。これは早めに帰った方が良さそうだ。
「む、今日は魔理沙が食事の用意をする番じゃない」
「悪いな。私の番はちょいと飛ばしてくれ」
ぽっぽこと怒る霊夢と軽く言葉を交わしてから、博麗神社を後に。
それにしても、雨は面倒だ。外へ出るのも億劫だし、どうしても気分が暗くなってしまうから。
そして、箒を飛ばし全力で帰宅。雨はまだ小雨。どうやら間に合って――
「ああ、この畜生がぁ! どうしてお前らはそうやって俺のケツを狙ってぇ……ちょ、待って! ホントやめて!」
ああ、うん。ダメか。間に合わなかったか。ちくしょう、現実はいつだって残酷だ。
私の家の近くでは、小雨が降る中、木の棒を振り回し必死の形相で化物植物から自分の貞操(?)を守ろうとするアイツの姿。きっと地獄絵図とはこういうことを言うのだろう。
「あっ、ま、魔理沙! ちょいとコイツらをどうにかしてくれないか!?」
気づかれてしまった。この雨のせいか気持ちはやたらと冷めてくれている。
はぁ、とため息をひとつ。なんだろうなぁ、ホントどうしてこうなっちゃったんだろうなぁ。
放っておいても良かったが、それはそれで面倒なことになりそうだったため、適当に魔法をぶっぱなして植物を蹴散らしてやった。
「えっ、すご……そして、すまん! 本当に助かったぞ、魔理沙」
はいはい、どういたしまして。頼むから次からは気をつけてくれ。
それにしても……
「どうしてお前、此処にいるんだよ」
何の用事があったのか知らんが、此処に来るのはやめておけって。取り返しがつかなくなっても知らんぞ。
「ん~……此処は居心地が良いからなぁ」
いや、どう考えたって良くないだろ。此処に住んでいる私が言うのもおかしいが、いくら人間には辛いこの幻想郷でも、此処よりも良い場所はいくらでもあると思う。
「それにしても……この雨は長くなりそうだ」
真っ暗な空を見上げ、アイツはそんな言葉をぽそりと落とした。
「そうだな。それにこれからこの雨は強くなるぜ。お前もそうなる前には帰れよ」
そんな私の言葉を受け、アイツはまたなんとも複雑そうな顔をした。
今更後悔したところで遅いが、もう少しアイツと言葉を交わしておくべきだったと思う。あの時、私の言葉にどうしてアイツがあんな顔をしたのかとか、そんなことも私は考えなかった。
ただまぁ、言い訳をさせてもらうと、その時の私はアイツに対して良い感情を持っていたわけじゃなかったんだ。
けれども、こうやって振り返ると多分アイツは態と……いや、流石にそれは考え過ぎか。
予想通り、しとしとと降っていた雨は夜になった頃かなり強い雨となった。
この様子じゃ当分やみそうにない。食料の蓄えも怪しいし、人里へ行こうかと思っていたんだがなぁ……
その日は研究をする気にもなれず、雨音を聞きながら早々に寝てしまった。
そして、次の日の朝となったわけだが、分厚い雲で覆われた外は暗く、雨音も弱くなっていない。だから、その日の天気も雨だった。
無理をすれば人里へ行くこともできるだろうが、雨で濡れることは確実。それで風邪でもひいてしまったら面倒だ。だから、その日も家の中へ篭っていることにした。
次の日。雨はやまないどころか、更に強くなっているように感じる。異変……ではないだろうが、此処でまで強い雨が続くのは久しぶりだ。梅雨の時期なんてとっくに過ぎていると言うのに、なんともおかしなものだ。
結局、その日も家から出ることはなかった。とは言え、そろそろ本当に食料が厳しい。明日は雨が降っていたとしても外へ出る必要がありそうだ。
アイツとの出会いから六日目。雨はまだやまない。これだけの長雨となれば、そろそろ色々な問題が起きてしまう。人里は大丈夫だろうか? 丈夫な身体を持つ妖怪どもは大丈夫だろうが、人間はそれほど強くない。そして、私だって一応人間なわけで、これ以上は本当に勘弁してもらいたいところだ。
「……仕方無い。出かけるとするか」
蓄えていた食料はもう無い。霊夢ほどではないものの、私だって裕福なわけじゃないんだ。こんな雨の中、どうにも気は進まないが動く必要がある。
とは言え、人里まで行くのは億劫だし……ふむ、此処は御近所さんに助けを求めるとしようか。どうせ、また文句を言われるだろうが、なんだかんだアイツなら私を助けてくれると思う。よし、決まった。それじゃあさっさと向かうとしようか。
そんなことを考えてから、家の外へ。
雨が強いことは知っていたが、その強さは私が思っていたよりもずっと強く、まさにバケツをひっくり返したような雨が降っていた。ただでさえ水捌けの悪い魔法の森の地面には、数糎の水が溜まってしまっているし、巫山戯たほどの雨で視界は悪い。
外はそんな状態。
そんな状態だと言うのに
「……お前、何やってんだよ!」
傘も差さずこの土砂降りの雨の中――アイツがいた。
「よお、魔理沙じゃないか。残念ながら今日も良い天気ではないな。ただ、あの植物共もおとなしくなってくれているのは助かるよ」
そう言ってヘラヘラとアイツは笑った。
雨の音が五月蝿く、アイツの声はどうにも聞こえ難い。
なんだコイツは、なんなんだコイツは。どう考えたっておかしいだろ。
「ああ、もう! とりあえず私の家へ来い」
別に無視しても良かったんだ。けれども、その時の私は何かを考える前に、アイツの手を取り自分の家へ連れて行った。
どうしてそんなことをしたのかは、今も分からない。残念ながら私はお人好しなんかじゃないし、アイツのことだって嫌っていたはず。そうだと言うのに、その時の私はそんな行動をしてしまった。
ただ、間違った行動でもなかったのかなって思う。
「とりあえず、その濡れた身体をどうにかしろ。風邪ひくぞ」
「いやー、助かるよ。他に行く場所もないし、どうしたものかと思っていたんだ」
何が楽しいのか知らんが、笑っているアイツへタオルを投げつけた。
しかし、勢いで連れてきてしまったが……どうしよう。お世辞にも私の家の中は綺麗と言える状態じゃない。そして、相手はあのアイツ。少しだけ冷静になると、とんでもないことしちゃったなぁって思ってしまう。
まぁ、やってしまったものは仕方無い。
「しっかし、本当にこの雨はやまないな。良い加減俺だって晴空を見たいんだがなぁ」
「そんな雨の中お前は何をやってたんだよ……」
八卦炉を使いお湯を沸かしてから、自分とアイツの分のお茶を用意。
どれだけの時間雨に打たれていたのかは知らんが、アイツの身体はずぶ濡れ。ホント、何をやっていたんだか……
「ん~、そうだな。特に何かをしていたわけじゃないんだが、強いて言えば……」
と、アイツが私の質問へ答えようとし時だった。
「お邪魔するわよ。魔理沙」
近所に済むあの人形使いの声がした。それは丁度私が訪れようと思っていた相手。
「っと、あんたの家の中は相変わらずごちゃごちゃしているのね。足の踏み場だってないじゃない。アレだけ掃除しなさいって言ったのに」
決して広くない私の家の中に3人。こんな雨の日だと言うのに珍しいこともあるものだ。しかし、アイツがいるこんな状況を見てアリスには何を言われるのやら。
「よお、アリス。んで、お前は何の用事だ?」
「どうせ魔理沙のことだし、そろそろ食料が危ないんでしょ? そうなったら私の家へ来ると思ったから、私から来てあげたのよ」
そう言って、アリスは人形に持たせていた大きな袋を渡してくれた。
私の考えていたことがバレていたようで何ともこそばゆいが、素直に感謝するとしよう。
「悪いな。これは助かる」
「別にこれくらいいいわよ」
さて、これならアリスの分のお茶も用意する必要があるだろう。流石に追い返すことなどできないのだし。
「なんだ、魔理沙にも良い仲間がいるじゃないか」
「うるさい、お前は黙って座ってろ」
笑いながら言葉を落としたアイツへ、恥ずかしさを誤魔化すように言葉をぶつけた。
「……うん? 魔理沙はひとりで何を言ってるのよ」
そして、そんなアリスの声。
いや……ちょっと待て。今、アリスはなんて言った? ひとりで?
アリスの分のお茶を用意しようとしていた手が止まった。
「それに、もうひとつお茶を準備しようとしているみたいだけど、他に誰か来るのかしら?」
とくり――と何かが跳ねた。
慌てたように、アリスではなく、アイツの方を向く。そこにはまるで全て諦めてしまったかのように笑うアイツの顔。
待て。ちょっと待て。これはなんだ? つまり……そう言うことなのか?
「あっ、いや……別に来る奴はいないぜ。ただ、喉が渇いていたから用意しちゃおうと思っていたんだ」
「洗い物が増えて面倒そうなのに、また変なことをやるのね」
そんなアリスの言葉が上手く頭へ入ってこない。
私がおかしいのか、アリスがおかしいのかは分からない。ただ……お前は何者なんだ?
その後、アリスはお茶を飲んだところで帰宅。一方、アイツもいつの間にかその姿を消してしまっていたせいで、アイツが何者なのか聞くことだってできなかった。
雨は、まだやんでくれない。
そして、次の日。
アイツと出会ってから七日目。その日の天気も雨だった。
ちょっと変わった人間なんだろうって思っていた。それくらいの認識でしかなかった。それに、別にアイツと関わろうとなんて思ってはいなかったんだ。けれども、アレから考えることはどうしてもアイツのことばかり。
私の質問にアイツがちゃんと答えてくれやしないせいで、アイツが何者なのかは分からない。
だから、私は日に日に強くなる雨の中、外へ出た。正解が分かるとは思えないが、このモヤモヤした感情のままいられることなんてできやしなかったから。
「よ、魔理沙。昨日ぶりだな」
今日の天気は相も変わらず、雨。
それも、ただの雨なんかじゃあなく、非常に強い雨。そんな天気の中、やっぱりアイツはいた。
「……お前はなんなんだ?」
巫山戯たほどに強い雨は私の出した言葉の音を飲み込もうとする。
「そうだなぁ……最初に会った時も言ったが、それは難しい質問だ。俺だってこうやって雨に打たれながら色々と考えてみたんだ。けれども、やっぱり上手い答えは出てくれやしない」
傘も差さず、家を飛び出してきてしまったせいで、服はずぶ濡れ。これじゃあ風邪だってひいてもおかしくはない
雨が、強い。
「気がついたら此処にいた。本当に気がついたら此処にいたんだ」
土砂降りの雨の中。ゆっくりと言葉を落とすアイツ。
「人里……で良いのかな? 其処へも行ってみたんだ。人はたくさんいるし賑やかな場所だったよ」
コイツが普通の人間じゃないことは確かなことだろう。しかし、妖怪でもなく、妖精でもない。じゃあ、お前はどんな存在なんだ?
「ただな……誰ひとりとして俺に気づいてくれる奴はいなかった。アレだけの数の人がいて、誰ひとりとして、だ。それは気分の良いものじゃなかったかな」
あの時、アリスもコイツに気づいていなかった。
けれども――
「じゃあ……」
「ああ、君だけは俺に気づいてくれた。まぁ、正確に言えばあの植物も俺には気づいてくれたみたいだけどな。ただ、アレは勘弁だ。そう言う趣味はない」
私だけがコイツに気づくことが……できた?
ああ、そっか。それで初めてコイツと会った時、あんな驚いたような顔をされたのか。そして、やたらと私に話にかけてきたのもきっと……
「色々考えた。本当に色々と考えてみた。ただ、やっぱり上手い答えは浮かばない。それでもさ、俺が何をしなければいけないのかはやっと分かったよ」
土砂降りの雨。
それがやむ気配はない。どうしたらやんでくれるのかなんて分からない。
激しく降る雨の中、何故かアイツの言葉はやたらとはっきり聞こえた。
「……もう行くのか?」
「そうだな。これ以上は君たちだって困るだろ?」
コイツがなんなのかはやっぱり分からない。曖昧な答えばかりなせいで、ぼやけてしまっているせいで。
「できたんなら、もっと早くやってくれよ」
「ふふっ、そりゃあ悪かったな。そう言われると返す言葉もない。ただ、まぁ、これくらい許してくれや」
私に言うな。
ホント、酷く自己中心的な奴だ。私の周りにいるのはそんな奴らばかりじゃないか。
「ん~……っと、そんじゃ、そろそろ行くかな。こうして最後に魔理沙と会えたんだ。割と満足しているよ」
「私は別にお前と会いたいなんて思っていなかったぜ」
私がそんな言葉を落とすと、アイツはやはり楽しそうに笑った。
何が楽しんだか……
しっかし、コイツもとことん運の無い奴だ。だって、唯一自分に気づいてくれる奴が私なんだぜ? きっとよっぽど日頃の行いが悪かったのだろう。
「お前も運が良かったな。自分に気づいてくれる奴が私で」
そんな精一杯の皮肉を言ってみる。
なんだか、コイツには負けっぱなしな気がしたから、これくらいは言っておきたかったんだ。
けれども、そんな私の言葉に対してアイツは――
「ああ、俺も心からそう思っているよ。ありがとな、魔理沙」
なんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことを平然と言いやがった。
「もう! 馬鹿言ってないで、さっさと行ってこいよ!」
恥ずかしいったらありゃしない。こんなにも強い雨が降っていると言うのに、顔が熱い。
私の言葉を聞いたアイツはやはり憎たらしく笑った。土砂降りの雨の中、曇りない笑顔。眩しくって直視なんてできやしない。
そして――まるで雷が落ちたんじゃないかってくらいの轟音が響き、眩しい光が広がり思わず目を瞑った。
……目を瞑っていた時間は長くなかったと思う。けれども、目を開け見えてきた景色にあの馬鹿みたいに強く降っていた雨はなくなっていた。分厚い雲は何処かへ行ってしまったのか、葉と葉の隙間からは日の光が差し込み、雨上がり魔法の森では幻想的な景色が広がっている。
「……行っちゃった、か。結局、お前はなんだったんだろうな」
不思議なことには慣れたと思っていたが、どうやらそうではないらしく、未だ夢か現か分からない。
ただ、まぁ……悪い体験じゃあなかった。
アレだけ降っていた雨は急にやみ、空には雲ひとつない景色が広がるばかり。
そして、ふと、足元を見るとキラリと光る何か。なんとなしにソレを手に取り見てみる。それほど大きいものではなく、向こう側が透けるほどに薄い。
ただ、ひたすらに頑丈そうなソレは陽の光を浴び、七色に輝き――憎たらしいほどに美しく見えた。
きっと、アイツと会うことはもうないだろう。だって、これはそう言うお話なんだ。
なかなかに印象的な奴ではあったけれど、幻想郷にいるのはどいつもこいつもそんな奴らばかり。だから、きっと私もいつか忘れてしまう日が来る。
しかし、それじゃあ面白くない。だから、私は此処に書き残すとする。
そして、アイツのことを忘れた頃、これを見てクスリとでも笑うことができれば良いと思うんだ。
薄い薄いお話を目指してみましたが、ちょっと量が多かったですね
読了ありがとうございました