七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
――本気で生きてやる。
そう意気込んで、俺はこの世界で第二の人生を歩んでいく決意を固めた。
前世じゃ、どんなに熱意を持って物事に取り掛かろうとも、小さな挫折があったくらいで諦めていたような俺だったが、うまくやってこれた、と思う。
完璧じゃあない。
得るものは多かった。
トラウマを克服したし、家族ともうまく付き合えてた、友達もいて、しまいには結婚もした。
その分、失うこともあった。
でもそれは、もっと俺がうまくやっていれば、なんて後悔に染まるほどのことでもない。
悲しいけど、でも、納得はできる、そんな感じだ。
うまく言えないし、分かったようなことを言うが、人生なんてそんなものだろう。
だが。
俺にとっての『本気』は、あの日を境に意味を変えてしまった。
後悔しないように、前世のように落ちぶれないように、本気で生きていく――あの時の誓いは、もう遠い。
「必ず、殺す」
燃え滾ったような心に、冷たい感触がよみがえる。
あの日生まれた殺意は、あの日死んだ最愛を忘れはしなかった。
「そこに、いるんだな」
青い空は堕ちた。
白き輝きは穢れた。
赤い炎は掻き消えた。
「ヒトガミ――」
俺の世界が色づいたのは、彼女たちと出会ったからだ。
クズの性根を抑えながら、もっともらしく生きてこれたのは、あの彩りがあったからだ。
そうして俺は、本気で生きていると心の底から思えたんだ。
それを奪った。
奪われた。
そこにどんな理由があろうとも。
俺はお前を許さない。
――龍族の遺跡から、ヒトガミが無の世界にいることを知って、もう何年が経ったのか。
書きなぐっていた日記を閉じる。
無の世界にはたどり着けない。
龍族の作りだした秘宝を集めるということはわかっているのに、最後のピースに手が届かない。
問題は寿命。
どうしようもない。
いまさら代替案を出そうにも、俺の身体はすでに老いさらばえている。
間に合うか、否か。
そんな選択を迫られる現状に、絶望しか感じない。
今なら俺は、ペルギウスだろうとも、殺せるくらいには強いはずだ。
魔導鎧は俺の欠点である、闘気を纏えない弱みを消してくれているし、かつては考えもしなかった重力を操る魔術だって扱えるようになった。
治癒魔術も聖級までなら唱えられる。
あの頃よりも強くなってるはずだ。
ミリシオンの有象無象になんか負けはしない。
クリフを失うことはなかったし、ロキシーだって……。
やめよう。
過去に当たるのは何の意味もない。
「だったら……どうしろっていうんだ」
ああ、くそ。
あの頃に戻れたら。
あの選択を間違えなかったら。
こんな後悔をしたくなかったから、本気で生きていくと誓ったんだろう。
俺の人生はあまりにも暗かった。
おそらく、前世よりも。
こうして、数十年に及んだ俺の努力が無駄だとわかったんだ。
強くなったって意味がなかった。
努力から逃げていた、前世の俺がうらやましく思えてくる。
「もどりたい」
日記には、ロキシーが魔石病に罹ったときのことが書いてある。
今の俺なら、救える。
そう思っても、もうこの場所には彼女の亡骸すらない。
死に場所でもない。
俺に居場所はなかった。
最近、ヒトガミに対する憎しみが薄れていっているような気がする。
このまま、何も成せぬまま死んでいくのではないか、という思いが強くなってきた。
負け犬のように思えて、老いた体に鞭を打ってどうにかやってきたが、もうごまかしがきかなくなってきた。
俺は諦めている。
届かないと確信している。
だから、俺は研究した。
とはいっても、最初は転移魔術の研究だったが。
召喚魔術と、龍族の遺跡の壁画に描いてあった魔術。
そこから、俺は過去転移の可能性を見出していた。
理論上は、膨大な魔力を必要とする。
一分、一秒でも、常人なら魔力が枯渇する。
あるいは、もしかしたら……世界に希釈されて消えてしまうかもしれない。
タイムパラドックス、というものがある。
過去に飛ぶとしたら、どういった風に飛ぶのか見当もつかない。
俺がその時代の俺に成り代わるのか、もう一人の俺としてその時代に降り立つか。
もちろん、不安は大きい。
でも。
できることなら、もう一度……ロキシーやシルフィに会いたい。
エリスとも仲直りがしたい。
そう思うと、俺の中で過去転移の選択肢を排除できなくなっていた。
いや、もはや、何も残っていないのだから。
何を気にする必要がある。
魔力切れで消えてしまうとしても、老いで死んでしまうとしても。
奴に届かないことが分かっているのなら、俺は行動したい。
久しぶりに、今というものを見つめられている気がする。
大量の魔石に、用意した魔法陣。
ロキシー、シルフィ、エリス……三人の顔を思い出す。
触った感触も、匂いも――忘れかけていた、憎悪も。
俺はもう、失敗しない。
後悔しない。
次こそは。
――本気で生きてやる。
膨大な魔力が俺の身体から吸い上げられていく。
部屋の数割を埋め尽くすほどの魔石ですら、足りないのかもしれない。
それでも俺は、怖くなかった。
薄れゆく意識の中、俺のそばには、確かに三人の少女がいたから。
目を瞑る。
最後。
俺は、なぜか、もう一人、救えなかった少女のことを思い出していた。
「――ナナ、ホシ……?」
残る感触は、杖。
起点となった、傲慢なる水竜王の感触だけだった。