七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第九話「襲撃」

 異変は夜中に起こった。

 

『きゃあ!?』

 

 水を盛大にこぼしたような音、火が無理やり消された音、ナナホシの悲鳴。

 俺が傲慢なる水竜王に手を伸ばすと同時、外から剣が引き抜かれる音がした。

 

「――敵襲です、兄上、ルードさん!」

 

 タントリスが飛び起きると同時、そばに置いてあった剣を手に取る。

 俺は外に飛び出した。

 続いてタントリスもテントから出てくる。

 

「暗い……!?」

「火を消されたな。それに月が隠れてる」

 

 夜盗の類か。

 外に出てたのはイゾルテとナナホシの二人。女ならどうにかできると踏んだのだろう。

 なめた真似をする。

 相手は手馴れているようだが、こちらはそういった手合いの対処は慣れている。

 

「敵の位置は!」

「街道と反対!」

 

 暗闇から叫ぶイゾルテの声に応え、火魔術『赤光(フレア)』を発動させた。

 これは、ペルギウスオリジナルの召喚魔術『灯の精霊』から着想を得て作り上げた魔術だ。

 灯の精霊と違って術者に着いていくことはないが、定点からかなりの光度で照らしてくれる。

 

「タントリス、サイレントを!」

「はい!」

 

 イゾルテたちは焚火のすぐ近くにいた。

 ナナホシは現状を飲み込み切れていないのか、警戒しているイゾルテの背に隠れていた。

 焚火はやはり故意に消されていたようだ。

 水に濡れているのがわかる。

 

 赤光は俺たちの視線の先の草原を照らし出したが、敵の姿は見当たらない。

 いつの間にか背の高い草が生い茂っており、明るさだけでは位置の把握ができないのだ。

 ……治癒魔術か何かの使い手もいるのか。

 

 草原に向かってイゾルテが一歩踏み出した。

 

「私はイゾルテ! イゾルテ・クルーエルである! あの水神レイダ・リィアの実の孫にして水聖! そうと知っての狼藉か!」

 

 凛と響く声。

 返答は――

 

「『衝撃波(エアバースト)』!」

 

 黒く塗られた投げナイフだった。

 風魔術で叩き落とす。

 どうやら相手は殺す気で来ているらしい。

 金目当てか、雇われた暗殺者か何かか。

 

「どうしますか」

「殺す」

「……どう、対処するか、ということです」

 

 どうもこうもない。

 

「このまま殺していくだけだ――『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』!」

「――!?」

 

 帝級水魔術『絶対零度』――その威力は絶大で、前方の草地が目視で確認できるほど分かりやすく凍てついていく。

 敵は見えないが、動揺しているのが手に取るように分かった。

 そして、その隙が仇となる。

 身体は凍り付き、瞬く間に生命活動すら停止させるだろう。

 

「――っ!」

 

 だが、勘の良い奴が何人か草地から抜けてくる。

 黒一色で統一された防具は、赤光無しではまともに捉えることも出来なかっただろう。

 

「『泥沼』」

 

 だからもはや、有利不利はないようなもの。

 死に物狂いで絶対零度の領域から逃げてきたやつらは泥沼と化した地面に足を取られる。

 

 それでほとんどの足止めはできたのだが、恐らくリーダー格の男が、泥沼に嵌る直前に跳ねた。

 口に剣を咥え、犬のような姿勢で跳躍する――間違いなく、北神流の『四足の型』だ。

 あの無茶な姿勢からでも、俺の泥沼の範囲を飛び越えられそうだ。

 

 ――『重力鎖(グラビティ・チェイン)』。

 

「ッ!?」

 

 だが空中にいたその男は、何かの力に引きずり込まれるように泥沼の中へと落ちた。

 どうにかこの状況を脱しようともがいているようだが、もう遅い。

 

 ――『落雷(サンダーボルト)』。

 俺の手から放たれた雷が泥沼に直撃し、そこにいた全員が感電する。

 雷魔術は剣士の鎧にして力の源である闘気を貫通する。

 根性のないやつは死ぬだろう。

 根性のあるやつはこれから死ぬ。

 

 ……王都アルスに近づいているというところで、こんな手練れ達が襲撃してくるのはあまりにも不自然だ。

 情報が欲しい。

 よって、2人ぐらいは生かしておかなければならない。

 生きてる奴は……ん。

 

 気配。

 

「イゾルテ! 右だ!」

「――はいッ!」

 

 イゾルテたちに近いところにある木の陰から、2つ人影が出てくる。

 突貫してくるイゾルテ相手に、勝てると見込んだのか、向こうも剣を抜き、彼女に振り下ろした。

 早い。早い、が。

 

「言ったでしょう、私は、水聖であるとッ!」

 

 水神流奥義――『流』。

 イゾルテよりも二回り体格の大きい相手が宙へと飛ばされた。

 一瞬だった。一瞬だけで十分だった。

 

 銀色の軌跡が見えたかと思うと、二人の男は真っ二つになり、血と臓物を撒き散らしながら地面に落ちた。

 どういう手品か、イゾルテ自身はその血を一滴も浴びないまま振り返る。

 

 もう気配はない。

 

「もう大丈夫ですよ、サイレントさん!」

 

 イゾルテはいつもと変わらない笑みでナナホシに近寄り。

 ナナホシは、それに対し、

 

『ひ……』

 

 後ずさりをした。

 その目には、今切り裂かれたばっかりの男の死体が映っている。

 生々しく、痙攣した血まみれの死体が。

 

『う、お、ぇ』

「え……」

「サイレントさん、大丈夫ですか――」

 

 顔を青くしたナナホシにタントリスが駆け寄る――前に。

 ナナホシが吐いた。

 

『ナナホシ!』

 

 そして、ぷつっと糸が切れるように。

 倒れた。

 

 


 

 

 ――襲撃犯の中で生存者はいなかった。

 殺してしまったのではない。俺たちの尋問を受ける前に、身体に仕込んでいた毒物で自殺したのだ。

 やましいことがあるのは間違いない。

 断定できないが、ヒトガミの意図を感じるような気もする。

 既に俺の存在がバレているのだろうか? あるいはナナホシが?

 わからない。

 とりあえず敵の目的の達成を阻止することができた。

 そう考えておこう。

 

 あんなことがあった以上、寝る気も起きない。

 タントリスはテントの外で周囲の警戒を、イゾルテは敵の死体から情報を探っている。

 そして俺は――俺とナナホシはテントの中にいた。

 

「……」

 

 土気色の肌。自分ではわからなかったが、随分と、トラウマになっている。

 手遅れだったロキシー、傷だらけのシルフィ、血を流しすぎたエリス、そして、ナナホシ。

 連鎖的に思い出されていくのは、他にも死んでいった俺の家族や友人の顔。

 満足そうに死んだ奴は一人もいなかった。

 だから俺は、この肌の色が嫌いだ。

 

 つい治癒魔術をかけようとして、思いとどまる。

 ナナホシは今気を失っているだけだ。

 初めて死体を見たのだろう。驚きもする。

 ただ、それだけだ。

 

「ごめんな、ナナホシ」

 

 明日から、彼女が昨日までと同じ笑顔を浮かべられるとは思わない。

 だって、彼女からすれば、イゾルテは人殺しだ。

 俺だって奴らを殺したが、彼女にとってショックだったのは、イゾルテがああも簡単に人を殺し、なおかつそれを気にも留めないような笑顔を浮かべたことだろう。

 かなり血が出ていたから、それも含めて気が動転していたのかもしれない。

 イゾルテが話した水神流の自慢話は、ほとんどが魔物退治の話だった。

 人が人を殺す、それがこの世界で、ほぼ日常茶飯事で起きているなんて夢にも思わなかったのだろうな。

 

 いつか説明するつもりだった。

 言語を教え、文字を教え、そしてその次に。

 だが、起きてしまった。

 価値観の相違を明確にする事件が。

 

「……いや、俺は何を」

 

 考えているのか。

 ナナホシがこの世界を嫌っていくことを、どうして俺は止めたいのだろう。

 彼女は帰るべきだ。

 地球に、日本に、日常に。

 思い残すことがないように。

 なら、別に良かったんじゃないか?

 イゾルテもタントリスも疎遠なままにしといて、ナナホシにこの世界を嫌わせて、『一秒たりとも居たくない』と思わせることが――?

 

 馬鹿、言うな。

 彼女は強くない。

 ”帰るしかない”――そう思わせて、結果失敗したから、ああなったんだろう。

 

 ……話そう。

 しっかり話し合おう。

 それでどうにかなるとはあまり思えないが、イゾルテを呼んで、話をするんだ。

 友達なんだから。

 一人じゃ、ないんだから。

 

 イゾルテを呼びにテントの外に出ようとしたところ、背後から物音がした。

 

『――ルード、さん?』

『ナナホシ……! 大丈夫か、気持ち悪くはないか? 痛いところとかはないか?』

 

 半身だけ起き上がらせたナナホシに駆け寄る。

 顔はまだ青いままだ。寝ぼけているのか、目の焦点が合っていない。

 肩に手を置くと、ナナホシは自分の手をそこに重ねた。

 

『ごめんなさい、迷惑をかけて』

『そんなことはない。誰も迷惑だなんて思ってはいない』

『……ふふ』

 

 儚げに微笑まれる。

 

『ひどい顔……』

『……なんだ、それ』

『すみません。口の中が、気持ち悪いので、水を……』

 

 カップを作り、ぬるめのお湯を出す。

 ナナホシはそれを受け取ると、一気に飲み干す。

 

『大丈夫か……?』

『はい、少しだるさがあるぐらいで、もう平気です。……その、すみません、イゾルテは――わっ』

 

 両肩をつかみ、ナナホシの目を見る。

 

『俺が、説明しなかったせいでもあるんだ、今回のことは。その、イゾルテも悪気があったわけじゃない、どちらかというと、ナナホシを守ろうとして、だな』

『……?』

『この世界はお前のいた日本と違って、どこまでも治安が保証されているわけじゃない。盗賊、山賊なんてものはいっぱいいるし、通り魔のような奴だってわんさかいる。だけど、イゾルテはそういうやつらと違う、その、別に殺しを楽しんでるとか、ではなくて……』

『……ああ』

 

 うまく説明ができない。

 だけど、ナナホシならわかってくれるはずなんだ。

 言葉を探す。

 出来るだけ波風が立たず、円満な解決に向かうような――

 

『ルードさん』

 

 思考を遮られる。

 

『大丈夫です、私は』

『ナナホシ……?』

『だから、そんな顔をしないでいいんです。心配はいりません』

 

 顔色は悪いままだ。

 だけど目は、今までと変わらない、しっかりとした意思の光を宿している。

 

『ちゃんと分かっています。私を守るための行動なんだって。ただちょっとびっくりしただけなんです』

 

 俺の手をどかして、ナナホシが立ち上がる。

 

『だから、大丈夫なんですよ、ルードさん』

 

 ふらふらとした足取りだが、テントの外に向かっていく。

 そして外に出る瞬間、振り向いて、言った。

 

『――私は、絶望しません』

 

 

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