七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十話「足がかり」

「――怖がって、ごめんなさい……助けてくれて、ありがとう、イゾルテ」

 

 ……ナナホシは、彼女自身が言った通り大丈夫なように見えた。

 今も転がっている死体には目を向けないようにしているが、イゾルテへの嫌悪感とか、そういったマイナスな印象を抱いているようには思えない。

 それどころか、誤解を解こうとまず謝罪した。

 無理しているわけでもない。

 力ない笑みは、ただ倒れた直後だからだろうか。

 

 イゾルテは最初面食らっていたが、すぐに気を取り直すと、「私が悪いんです」とかぶりを振った。

 

「配慮が足りていませんでした。全くと言っていいほどに。……知り合いに血を見るのが怖いという人がいるのに、サイレントさんがそうであることに思い至らなかったのです」

『えっと……』

 

 困ったようにこちらを見るナナホシに、今のイゾルテの言葉を翻訳してやる。

 

「わ、私が、言っておかなかった、から。……その、助ける、ようとしてくれた、のでしょう? なら、だれも、悪くない」

「いえ、いえ……そうでは、ないのです」

 

 イゾルテはずっと申し訳なさそうにうつむいていた。

 ナナホシが倒れた時から、ずっとだ。

 俺やタントリスもフォローしてみるのだが、あまり効果はない。

 

「……私は、ルードさんの、夜盗に対する対処の手際を見て、正直驚きました。無詠唱で魔術を行使できるのは知っていましたが、まさかあれほど圧倒的だとは、思いもよらなかったのです」

「やっぱり、強い?」

「はい。数的不利を被っておきながら剣士に勝つ魔術師など、まず見たことがありません」

 

 イゾルテは草地がある方向を見る。

 泥沼によって足を取られ、落雷で感電し、腰か、胸か、あるいは頭まで浸かって死んでいる襲撃者たちがいた。

 今はもう泥沼の魔術は解除されているから、地面に埋まっている形になる。

 

 俺が発動させた魔術は六個。たったの六個であるが、本来であれば長い詠唱を必要とする魔術を、剣士相手にまず発動させられるかどうか、という問題がある。

 この世界は魔術師が弱く、剣士が強い。大軍と大軍の戦い、となると話は別だが、それは今回の件には関係ない。

 とにかく、俺のような魔術師はこの世に二人といないだろう。

 

「正直、嫉妬していたのかもしれません。”所詮魔術師”と思う自分がいないわけではありませんでしたから。……変な話ですよね、私たちの流派の祖がその魔術師でもあったのに、どこか見下してすらいただなんて」

「……」

「サイレントさんに、格好つけようと……見栄を張った結果が、これです」

 

 派手な剣技で、敵を真っ二つ。

 それを格好いいと思うものが、この世界には案外多いのだ。

 それに、イゾルテは今年で十四歳になると言っていた。

 そのぐらいの年齢なら、見栄を張りたくなってもしょうがないだろう。

 

 もう一度、イゾルテがナナホシに頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

「…………」

 

 ナナホシはそれを見て、黙り込むばかりだ。

 こちらからはナナホシの背しか見えない。

 どんな顔をしているのか。

 やっぱり仲良くできない、なんて言わないよな……?

 

 と、思っていたら。

 ナナホシが振り向いた。

 

『……頭がかたい』

 

 なんか大丈夫そうだった。

 ……いや、思っても言うなよ。

 今結構大事な場面じゃないんですかナナホシさん。

 こら指さすな。

 イゾルテちゃんが不安そうな目で見てるでしょ!

 

「いい」

「え……?」

「ゆるす!」

 

 慣れない人間語を使っているからか、なんだか雑になっていた。

 単語しか喋れないのが災いして、ロボットみたいなしゃべり方だ。

 オデ、オマエ、ユルス。

 オレサマオマエマルカジリ。

 

 そう思っていたら、本当にナナホシがイゾルテを食べようとしていた。

 違う。

 よく見たら抱きついているだけだった。

 

「よーーーしよしよしよし」

「はっ!?」

 

 そしておもむろにイゾルテの頭をなで始めた!

 

「な、にを!? サイレントさん、ちょ!?」

「はいはいはいよーーーーしよしよし!」

「や、ああ……」

 

 こうかはばつぐんだ!

 沈鬱な顔をしていたイゾルテの表情が一気にいつもの顔色……を飛び越して真っ赤になっていた。

 

『なにしてんだ?』

『……頭が固いやつには馬鹿になればいいのかな、って』

 

 あ、そう。

 いやまあ、間違いではないのかもしれない。

 あのままどっちが悪いって話が続くと、平行線のまま終わらなくなっていただろうからな。

 なら、有耶無耶にしてしまえばいいのだ。

 最終的に”あれ? 何気にしてたんだっけ?”ってなれば作戦成功である。

 

『よし、もっとやれ!』

『ラジャー、ボス!』

「あの、止めていただけませんか!? サイレントさんがご乱心なんです、兄上、ルードさん!? あの、二人とも!?」

 

 俺はともかく、タントリスは暖かな視線を妹に向けるだけだった。

 ……さすが、経営を任されるだけがある。

 不動の心構えだ。

 見習いたいものだね。

 

 カップを作り、お湯を入れ、タントリスとともに一息つく。

 暁に、甲高い仲直りの悲鳴が響き渡っていた。

 

 


 

 

「とても恨むます」

 

 夜明けからもう数時間。

 俺たちは旅を再開していた。

 まともに眠れていないので、太陽の日差しがきつい気もするが、町まではそう遠くない。

 日が傾きだすころには到着できているだろう。

 

 ちなみに、襲撃者の死体は一か所にまとめて燃やして埋めた。

 イゾルテに死体から情報を集めてもらうことになっていたが、これといって目ぼしいものは無かったらしい。

 それと、クルーエル兄妹は襲撃されることに心当たりは無いようだった。

 

 あの後警戒していたが襲撃はなかった。

 あそこで死んだのが全員か、生き残ったのが逃げ帰ったのか、分からない。

 だが、あそこまで完璧に叩きのめしたのだ。

 また襲ってくる、なんてことはないと思うが……。

 とにかく、注意が必要になったわけだ。

 

 今歩いている街道の周りは開けた原っぱで、隠れられそうな場所はない。

 気配もなかったので、ゆったりと歩いていた。

 いつもと違うのは、背中の感触。

 ナナホシは自分で歩いていた。

 

「はいはい」

「……頭に手を置かないでください。ずっとルードさんにおんぶしてもらえば良いじゃないですか」

「すねないの」

 

 靴擦れが心配だったが、よくよく考えれば、最初のあの日はかなり急いで歩いていたからな。

 今日のような旅であれば、大丈夫だろう。

 ……しかし、ナナホシが随分と変わってしまった。

 意地悪そうな笑顔を携えて、膨れるイゾルテをからかって遊んでいるのだ。

 

「……ルードさん!」

「……俺?」 

 

 それ俺なの?

 嫌ならすぐに振り払えるだろうに……。

 

 まあ、分かっている。

 かなり無理やりだったが、イゾルテもあのナナホシの茶番が仲直りのためだってことを理解しているだろう。

 その分、変に強気になれないのだ。

 ……質の悪いことに、ナナホシがそれを感じ取ってしまったから、今こうやっておもちゃになっているのだが。

 

「……だからなんなんですか、その顔」

 

 とりあえず威厳のある顔をしておいた。

 

 ……と。

 

「……ぃ」

「ん?」

「ぉーい……」

 

 背後から何やら声がするので、振り返る。

 かなり遠くのほうから馬車が走ってきているのが見えた。

 

「あ、あれって……」

「この前お助けした馬車じゃありませんか?」

 

 徐々に近づいてくると、見覚えのある馬車であることに気が付く。

 どうやら、御者の、小太り気味のおっさんが俺たちを呼んでいるらしく、腕を振っていた。

 そのまま、俺たちのすぐそばまで来る。

 

「あー、っと……覚えているかな、昨日助けてもらった馬車の者なんだけど」

 

 御者が座ったまま話しかけてくる。

 困り眉が特徴的な、人生苦労してそうなおっさんだった。

 

「ええ、覚えていますが……どうかしましたか?」

「ああ、いや、その、礼をね?」

「礼?」

 

 御者は馬車の中をちらちらと気にしている。

 中に誰かいるようだ。

 体格のいい男のようだが、フードを深くかぶっているせいで顔までは見えない。

 

「礼ならば既にいただきましたが……」

 

 タントリスは財布を見せる。

 確かに、いくらかの報酬はすでに受け取っていた。

 

「ああ、それは、その、私から、というだけであってだね……」

「……?」

「お客人がね、それとは別に、ってことらしくて。……聞くけど、君たちはどこに向かっているんだい?」

「王都アルスですが、それが?」

「私たちも王都アルスに向かっているのだがね、もし目的地が一緒であれば、君たちを乗せるようにと言われてしまったのだよ」

 

 言われてしまった、って……。

 どんな客だよ、それ。

 俺たちからすれば有り難いが、御者からすれば迷惑そうだ。

 

「……ありがたいですが……どうしましょうか」

 

 昨夜の一件もあるから、少し慎重に考えたいな。 

 ……しかしどう見たって普通の馬車だし、中の客も変な点は見当たらない。

 体格がいいのだけは気になるが、とてつもない闘気を纏っている! という感じでもないし。

 ちらりと見えた手は、そこそこ老けた男の手だった。

 

 タントリスたちは俺に視線を投げかけている。

 俺に決めろということだろうか。

 乗らないほうがいいだろう。ヒトガミがこちらを認識した可能性がある以上。

 

 ……だがなぜか、信じてもいいという気になってくる。

 何だろうか、この感じは。

 でも、覚えがある。

 そうするべきだ、という感触みたいなもの。

 いつだったか、同じように降ってきたような直感に――

 

「では、頼もう」

 

 俺の口は動いていた。

 タントリス達には警戒を怠らないよう伝えておこう。

 

「……そ、そうかね? なら、すぐに出発するから、後ろから乗っておくれ」

 

 言われた通り、後ろから馬車に乗り込む。

 一応、罠の類がないか確認するが、外見通りの内装だった。

 本当に、普通。少し広いぐらいだろうか。

 

『馬車!』

 

 ナナホシはいつも通りだった。

 俺たちは乗り込んだ順に座る。元々乗っていた老人の反対側に並ぶ形になった。

 

「すみません、助かりました」

「……」

 

 タントリスが礼を言うが、相手の老人は反応しなかった。

 小さく、本当に小さく頷いたぐらいだった。

 わざわざ御者に言ってまで俺たちを乗せようとしたから、そりゃ物好きな老人なのだろうとは思うのだが。

 本当にただの礼だったのだろうか?

 

「……」

「……?」

 

 というか、こっちを見てる?

 何故だ?

 軽く身体を揺らしてみる。

 相手の視線は動かなかった。

 俺じゃなくて……杖? 傲慢なる水竜王を見ているのか?

 

「っと」

 

 馬車が大きく揺れ、出発した。

 

 ……まあ、なにはともあれ、足が手に入った。

 王都アルスまでもう少しということを、喜ぶとしよう。

 

 

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