七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十一話「王都アルス」

 謎の老人の計らいによって、俺たちは馬車を拾うことができた。

 徒歩とは段違いの速さで王都アルスへと向かっていく。

 一日だけで、隣町どころか、その隣の隣の町まで行くこともあった。

 途中、馬を休ませたりする必要があるが、それでも一週間とかからないうちに目的地へと到着できるだろう。

 

 もちろん夜通しの移動というのは危険なので、宿に泊まるのだが、謎の老人は必ず俺たちとは別の部屋を取ることにしていた。

 まあ、最初の日に泊まった宿のような大部屋があるわけではないから、分からなくもないのだが……でも、ミステリアスな雰囲気がある老人のことがみんな気になるようで。

 夜中なんかは、その話題で持ちきりになっていた。

 

 あれは世を忍ぶ姿、だが実は○○だったのだ! というものばかりだった。

 水戸黄門かよ、と思うが、クルーエル兄妹はそういうのが結構好きらしい。

 

 水神流の祖、初代水神レイダルは、水神でありながら水神級魔術師という規格外だった。

 だがその相貌は黒ずみ浮浪者のようで、最初は期待すらされないような男だったのだが――という、ある種スカッとするような逸話がその男にはあったのだ。

 それを昔から聞いていたから、水神流の剣士たちは、水戸黄門的な物語が好きになったのだろう。

 

 ……とはいえ、俺は気が気じゃなかった。

 多分、俺の予想通りであれば、あの老人は本当に水戸黄門だろうから。

 流石に、気づく。

 忘れかけていたが、たしかにあり得ない話ではなかったのだ。

 なら、あの直感はこれのことを言っていたのだろうか?

 まだ分からない。

 分かることと言えば、もしかしたら俺はとんでもないミスを犯してしまったのかもしれない、ということと。

 

 ……襲撃は本来、彼らを狙っていたのかもしれない、ということだ。

 

 


 

 

 フィットア領転移事件から、約一か月。

 

 馬車の揺れが急に少なくなってきたのは、この辺の街道が、あまりにも精密に作られているからだろう。

 最後に泊まった宿を出て、街を出発して、数時間。

 見えてきたのは広大な街並み。

 あまりにも広大すぎて、地平線が全て埋まっているんじゃないか、と思えてしまうような、街……いや、都、だろうか。

 

 やはり目を引くのは、丘の上に建てられた銀色の城。

 名前は確か、シルバーパレス。

 世界一の国であることを象徴するように、とにかくでかかった。

 でかいだけじゃない。

 その周りを囲む城壁があるから、それがこけおどしなどではないことを知らしめているのだ。

 あの城壁でさえ、他のどんな国も小国と思わせるようなたたずまいである。

 高さは約20メートルぐらいか。

 人は無論のこと、はぐれ竜だろうがあれを超えることは難しい。

 

 その城下に見えるのは、また、城……のように見える、上級貴族の邸宅。

 またそれを囲むように城壁が立ち――というのが数回繰り返される。

 壁の一番外側から広がるのが、いわゆる普通の街並みなのだろう。

 今まで通ってきた街などとは比べ物にならないが。

 

『すごい……映画のワンシーンみたい』

 

 高く、青い空。白く輝く雲。

 長く続く街道の先には、ラプラス戦役の勝利を記念して作られた門。

 王都アルス。

 世界一の王国の、世界一の都。

 

 俺たちはそこにたどり着いたのだ。

 

 


 

 

 しかし、外から見れば荘厳な街であろうとも、人々の中には重い空気が漂っていた。

 街の入り口ではあるから人通りも多いのだが、活気がない。

 空気が死んでいる。

 客足がなく、ほとんど惰性で客引きを行う行商。

 ため息ばかりの冒険者集団。

 吐しゃ物と大量の酒瓶に囲まれて倒れこむ浮浪者。

 

「……」

「想像以上ですね、これは」

 

 聞いた話によれば、フィットア領転移事件の報は、約一週間で王都アルスに届けられたらしい。

 消滅の範囲ギリギリにいた兵士が、馬を駆って隣町へ知らせ、そこからリレー形式で情報を運んだのだという。

 そしてそれが正式に国から公表されると、混乱が瞬く間に広がり、時間とともに絶望へと変化していったのだ。

 

「誰か! だれか息子を知りませんか! フィットア領にいたのです! 出稼ぎに行って、それっきりで、誰か、知ってる人はぁ!」

『あの人……』

『目を合わせるな』

 

 地べたに座り込み叫ぶ老婆が、前を通りがかる通行人に縋ろうとして、振り払われる。

 

『……ああやって同情を誘い、金品をせびろうとする乞食も中にはいるんだ。特に、大きな事件があったあとはな』

『分かるんですか、そういうの……?』

『分からない。中には本当に家族を亡くした人間もいるだろう。だが気にするな。関わるな。災害は人をおかしくする。いつ牙を剥かれるか、分かったものではない』

 

 アリエルたちがクーデターを行おうとしていた際、情報収集のため、そういった乞食を使ったことがあるから分かる。

 最初は金欲しさに従順を装うのだが、徐々に欲を出してくるのだ。

 中には、金を持っているという理由だけで殺そうとまでしてきたやつがいた。

 だから誰も、乞食には手を差し伸べない。

 その手がどうなるか分かったものじゃないからだ。

 

『それでも、気になるか?』

『いいえ。リスクを負ってまで人に優しくしようだなんて考えるほど、殊勝じゃないですから』

 

 それきり、ナナホシは視線を前に戻した。

 俺たちの会話が終わるのを見計らってか、タントリスが話しかけてくる。

 

「こうして目的地に着いたわけですが……二人はこれからどうされるおつもりで?」

「……どうするもこうするも、金がないからな。今ある持ち物でも売って、当分の生活費にでもして、冒険者として活動するって感じだ」

 

 俺が今身に着けている指輪だのなんだのはほとんどが魔力付与品だ。

 ちゃんとした場所で売れば、数か月くらいなら困らないぐらいの金になるだろう。

 

「そういうお前たちは?」

「私たちですか? ……兎にも角にも、道場の皆やお師匠様に生存報告をしなければいけませんから、まずは帰ります」 

「……となると、これで解散になるわけだな」

 

 旅の終わりだ。当たり前だが、別れもある。

 ナナホシにもタントリスの言葉が伝わっているのだろう、彼女は少し悲しげだった。

 

『あと一日くらい遅くても良かった気がします』

『早く王都アルスとやらが見たいと言っていたのは、どこのどいつだったのやら』

『それはそうなんですけどね。こうしていざ終わりが近づくと、なんというか、そわそわするというか』

「……あの、なんですか?」

「さわさわしてる」 

「は?」

「そわそわな」

 

 いや、やっぱりさわさわかもしれない。

 落ち着きがない様子のナナホシはそのまま隣のイゾルテにだるがらみしていた。

 あれはあれで、別れを惜しんでいるのだろう。

 

「私たちが王都アルスを離れることはしばらくないと思います。ですので、道場の方まで来ていただければ会えますよ」

「ですから、離れてくださいませんか、サイレント」

「それは、それ」

「……なんなんですか」

 

 イゾルテはいつの間にかナナホシを呼び捨てで呼ぶようになっていた。

 割と強引な距離の詰め方のほうがイゾルテにとって心を開きやすいのだろうか?

 ……チョロいのかもしれないな、意外と。

 

 馬車は人通りの波に乗るように奥へ奥へと進んでいく。

 行商の数が減り、冒険者の通りも少なくなってきたところで、馬車がゆっくりとそのスピードを落としていった。

 

「あ……」

 

 イゾルテが何かに気づいたように声を上げる。

 目線の先には、ひと際目立つ大きな建物。

 

「そうか、あれが」

「ええ。水神流の本拠地。我らが道場です」

 

 馬車が路肩に停められる。

 この距離からでも熱気を感じるような気がする。

 だが妙に静かだ。

 道場での鍛錬ならば掛け声か何かがずっと聞こえてきそうなものなのだが。

 

 いや、微かに聞こえる。

 剣の風切り音のようなものが。

 何十と。もしかしたら、百か?

 

「――タントリス!? イゾルテまで……おい、みんな! ちょっと来てくれ!」

 

 クルーエル兄妹が馬車を降りた時、遠くのほうから叫び声が聞こえてきた。

 すぐに、ぞろぞろと道場の中から門下生が出てくる。

 すごいな、まるでアイドルだ。

 苦笑しながらタントリスたちがその門下生の群れへと近づくと、すぐに囲まれてしまった。

 

 平気だったのか。

 無事でよかった。

 手紙ぐらい送ってくれよ。

 それより、フィットア領が消えたっていうのは。

 

『ルードさん』

 

 そんな彼らの様子を見て、ナナホシがこちらを伺ってくる。

 どうやら別れの挨拶でもしたいらしい。

 一応、御者に確認する。

 御者は困り眉をさらにハの字に下げて渋っていたが、老人がなんの反応も返さないことにため息をつくと、なんとか了承してくれた。

 

 ナナホシには俺から離れないよう言っておく。

 二人で馬車を降りると、一気に視線を集めた。

 どうやら、クルーエル兄妹が俺たちのことを話題に挙げた瞬間だったらしい。

 少し恥ずかしい。

 キリっとしておこう。

 

 しかしほんと、すごい人数だな。

 近づくと道場の広さもよくわかる。

 

「ルード・ロヌマーだ」

「サイレント・セブンスターです」

 

 おおっ、と歓声が上がった。

 結構気持ちいい。

 

「彼らは元々冒険者だったらしいのですが、赤の他人だった私やイゾルテに親切にしてくれ、旅に同伴までしてくださいました。彼らがいなければ、私たちは今頃……」

「兄上、変に脚色しないでください」

「……とにかく、世話になった方々です」

 

 門下生たちの賞賛に似た眼差しに、ナナホシが珍しくたじろいでいた。

 俺も久しくこういう経験がなかったから、どうしていいかわからなくなりそうだ。

 ナナホシと顔を合わせて、笑う。

 お互い、変な顔をしていたようだ。

 

「世話になったのは俺たちのほうだ。今日はこれで解散となるが、また後日、改めて礼に来よう」

「いえいえ、そんな。礼だなんて……ただ来たいときに来ていただければ」

 

 ついに帰ることができたからか、タントリスの笑顔はいつもより明るい。

 そんな顔されると、毎日でも通いたくなっちゃうぞ?

 

「イゾルテ、またね」

「はい。また会いましょう、サイレント。まずは水神流の基礎から教えますからね」

 

 変な勧誘は無視することにした。

 

 そんな俺たちの会話を聞いて、道場のちびっこどもが「また来るのー?」と盛り上がる。

 それを、少し年上の子たちが静かにするよう注意する。

 子供から老人まで。ここには老若男女問わず人がいるが、その気配は一人一人が立派な剣士であることを示していた。

 

 さて、そろそろ、と。

 踵を返そうとしたところで、

 

「練習サボって何油売ってやがるんだい、ガキども」

 

 また一人、道場から出てくる。

 年老いた女。洗練された闘気。

 

「お師匠様!」

 

 水神レイダ・リィアが、そこにいた。

 

 

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