七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十二話「別れ」

 ――水神レイダ・リィア。

 周りの門下生と比べてもあまりにも小さい身体に、無数のしわが刻まれている。

 だが、老いは彼女にとって斜陽ではなかった。

 

 水神流にある五つの奥義。

 そのうち三つを習得するのが水神となる上での条件である。

 レイダは最低限度の条件をクリアしたに過ぎない。

 それだけであるならば、歴代水神と遜色のない剣士のはずだった。

 

 彼女が年老いても水神の座を退かないのは、何もそれにしがみついているからなどではない。

 最も習得が難しいとされる奥義二種を組み合わせ、今までになかった”六つ目”の奥義を扱えるから。そして、水帝たちは、彼女にしか水神は有り得ないと、決して名乗りを上げなかったから。

 

 ”剥奪剣界”。

 水神流の極致とも言えるかもしれない。

 必殺の後の先。

 間合いの中にいる人間が身じろぎ一つ起こせば、彼女の剣が飛んでくる。

 だから、誰かが言っていた。

 あの老婆を殺そうとするならば。

 構えさせるな。

 

「師匠! タントリスたちが生きておりましたぞ!」

「あー、うるさいねぇ、当たり前だろう。あんな災害で逝くようならうちの道場の敷居なんざ跨がせねぇよ」

 

 レイダは人ごみをだるそうにかき分けながらこちらに近づいてくる。

 

「フィットア領のやつらは残念だったさ。ロアの師範代は若年の水王とあって、未来も期待されてたんだがねえ。災害とあっちゃ、どんな天才もごみクズ同然ってわけだ」

「……結局あの災害で残ったものはほとんどないということでしたから」

「ロアの奴から学んだことはあるだろう。……ああ、ただ辛気臭い空気を道場に持ち込むんじゃないよ、臭い汚れと一緒に洗い流してから来るんだね」

 

 一見冷たく感じる粗暴な口調だが、周りの奴らにとっては慣れたものらしい。

 レイダが顎をしゃくって、道場の隣の建物を示す。あれはクルーエル一家の住居だったか。

 要は、今日は休んどけって言いたいんだろう。死ぬほど回りくどいが。

 

「いえ、すぐに鍛錬に参加させて下さい」

「……ふん?」

 

 だがイゾルテがそう願い出る。

 レイダはそんな彼女の顔を訝しげに見つめた。

 というよりかは、目を、だろうか。

 

「へぇ、一丁前に燃えてやがるんだね、ガキが。だけど、悪くない。最近のあんたは随分と腐ってやがったからねえ」

「そう、ですか? ……いえ、そうですね」

 

 レイダが顔のしわをより深くするように笑った。

 冷たく鋭い目がさらに絞られて、見ているだけで寒気がしてきそうな笑顔だ。

 そして、それがこちらを向いた。

 

『っ!』

 

 ……ナナホシ、俺を盾にする判断が早すぎないか?

 まあいい。彼女を隠すように一歩前に出る。

 レイダもまたこちらに近づいてきた。

 当然彼女は俺を見上げる形になる。

 あまりにもうれしくなさすぎる上目遣いだった。

 

「多分、あんただろう、爺さん」

「何の話だ」

「うちの孫娘の鼻を叩き折ったのがさ。今回もあまり期待しないでタントリスについていかせたが、まさかちゃんと成長するとはねえ」

「覚えがないな」

「そりゃあ、燃えるわけだ」

 

 くつくつとレイダが笑う。

 

「こういうこともあるから、待ちぼうけってのも嫌いじゃないんだ。……あんた、名前は?」

「……ルード・ロヌマーだ」

「そこの隠れてる嬢ちゃんも、随分仲良くしてくれてたみたいじゃないか。名前はなんて言うんだい」

 

 ひゅ、と顔をのぞかせてたナナホシが背に隠れた。

 

「なんだい、うちの孫たちはあたしのことを魔物かなんかと教えでもしたのかい?」

「し、してません。サイレントは簡単な言葉しか分からないんです、それに、お師匠様のお顔が、えっと、剣士チックすぎると言いますか」

「なんのフォローにもなってないよ、ったく」

 

 レイダはため息をつくと、つとめて表情を穏やかにしつつさらに近づいてくる。

 それでも恐ろしいものは恐ろしいのか、ナナホシはビビり気味だ。

 とはいえ、ある程度会話の意味が分かっているので、申し訳なさそうにちらりとレイダの目を見た。

 

「……サイレント・セブンスター、です」

「ルードにサイレントだね、孫が世話になった。何か礼をくれてやる、欲しいものはあるかい」

「世話になったのは俺らのほうだ。礼ならば――」

「あたしを恩知らずの老害にでもする気かい? あたしはね、恩は必ず返しておきたいのさ」

 

 毒舌のわりに律儀なところがあるようだ。

 しかし、水神の礼など、何を願えばいいのか見当もつかない。

 まあ、それほど恩を売った気はしていないし、無難なものでいいのだろうが。

 

 とりあえず、今決めるのはよそう。

 

「悪いが、馬車を待たせているのでな。後日改めてこの道場に挨拶に来る。その時にでも、ゆっくり話をしよう」

「そうかい。まあ、そうだね。あたしらも鍛錬の途中だ。来るなら夜にするんだね」

 

 そう告げると、レイダは道場のほうへ戻っていってしまう。

 他の門下生たちも同様に帰っていく。

 

 最後に俺たちは、クルーエル兄妹と挨拶を交わした。

 

「短い間でしたが、本当にありがとうございました」

「短い間であったことを喜ぼう。世話になった」

 

 そうしてお互い違う方向を向き、歩き始める。

 ナナホシは俺の横に並び、ちらちらとイゾルテたちを見ていたが、彼らは後ろ髪を引かれることなく道場へと向かっていた。

 

「……は、ぁ」

 

 息を抜く。

 いつの間にか、身体に力が入っていた。

 動悸が激しい。

 剣を突き付けられているかのような緊張感を感じていた。

 

 ……落ち着け。

 ヒトガミの使徒の可能性が高いとは言っても、所詮は可能性。

 彼女を味方に引き入れることのメリットを取りに行くのも、悪くない選択だろう。

 それに、シルフィの仇とはいえ、俺は私怨をちゃんとコントロール出来ていた。

 普段通り受け答えができていたはずだ。

 

 だが、しかし。

 水神レイダ・リィア。

 

「……敵には、回したくないな」

 

 勝てるビジョンが浮かばない。

 距離があればもしかしたら、というのはあるが、頼りの魔導鎧が無い以上、神級剣士とはまともにやり合いたくない。

 彼女のレンジはまさしく殺界。

 なるほど確かに、規格外。

 彼女が敵ならば、戦いとなれば熾烈を極めることになるだろう。

 それは避けねばならなかった。

 

「悪い。話が長引いた」

 

 馬車に乗り込む。

 御者は相変わらずため息ばかりだった。

 

 クルーエル兄妹と別れた。

 

 


 

 

 同乗者が二人居なくなった馬車には、俺とナナホシと、老人が座っていた。

 相変わらず何もしゃべらない老人だが、なんとなく考えていることがわかる。

 

 馬車は見えていた城壁の方へ進路を変えていった。

 このあたりになると乞食も見えなくなってくる。

 兵士の数が多くなってくるからだろう。

 

 御者はこちらを気にするようにちらちらと視線を送ってきたが、老人が手で何かの合図を送ると、ため息をついて前に向き直った。

 前には、城壁の向こう側へと通る道と、それを守る兵士が立っている。

 そこを通り過ぎる際、兵士に止められるが、御者は懐から紋章のようなものを出す。

 

「……!?」

 

 こちらからではちらりとしか見えなかったが、微かに覚えている。

 俺が家庭教師をしてた時、何度か見かけたことがある。

 フィットア領の――

 

「まさか、サウロス様……!?」

「――いかにも」

 

 巨体が立ち上がり、フードを外す。

 見覚えのある、厳つい顔が現れた。

 

「サウロス・ボレアス・グレイラットである。通せ」

 

 フィットア領主、サウロス・ボレアス・グレイラット。

 

 ああ、やっぱり俺の勘違いではなかったな。

 

 手に持っていた傲慢なる水竜王の魔石を覗き込む。

 目の前の老人と同じくらい老けた俺の顔が映っていた。

 

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