七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十三話「ボレアス」

「ふん!! 声も出せぬろくに身体も動かせぬで息が詰まって死にそうだったわ!!!」

 

 雷が落ちた。

 サウロス・ボレアス・グレイラットは鼻息を荒くしつつ、たくましい腕を組んでソファーに座り込む。

 俺の隣に座るナナホシは、突然の怒声に完全に委縮してしまっていた。

 かわいそうに。

 

「……」

 

 状況を整理する。

 俺たちが今いる部屋は、今まで泊まってきた宿屋の部屋などとは格が違う、豪奢な応接間だった。

 ソファーに手をつくと、包み込まれるように沈むのがわかる。

 この目の前にある机なんかも、俺にわからないだけで相当値が張る一品なんだろう。

 

 ここはどこか。

 どうやら、グレイラット家ゆかりの者が貸してくれている屋敷だそうな。

 つまり?

 偉い人のお家というわけだ。

 

 いやいや、ちょっと待ってくれよと。

 そう制止する暇もなく、俺たちはサウロスに連れてこられた。

 もちろん、御者には「本当にいいんですかい?」と再三確認を取られていたし、屋敷で待っていたボレアス家の執事”アルフォンス”には「こんなどこの馬の骨ともわからない冒険者を連れだって、正気ですか!?」とどやされていた。

 そしてサウロスに一喝されて黙らされていた。

 俺たちが不当な扱いをされているのならわからなくもないが、今回に関しては完全に彼らの言い分が正しい。

 身分はどう見ても低く、経歴も知れず、しかも隣にいるのはただの貴族ではなく、領主様だ。

 ナナホシに説明しても信じてもらえなかったぐらいにはおかしな話である。

 

 見当は――つかなくもない、のだが。

 薄汚れたローブに巻かれている我が愛杖、傲慢なる水竜王(アクアハーティア)を見つめる。

 ローブはサウロスが身分を隠すために使っていたものだ。

 目立つだろうという理由で下賜された。

 少々加齢臭がする。

 

「もう知っているだろうが、儂がサウロス・ボレアス・グレイラットである!」

 

 一週間、いや、俺たちと出会う前から身分を隠し通していたらしいから、カタルシスの解放による声量が凄まじい。

 アルフォンスの用意してくれた飲み物のグラスが揺れ、窓ガラスはがたがたと鳴る。

 吠魔術だろうか。

 

「……ルード・ロヌマーだ。旅をしていた。冒険者登録はしてないから、身分を証明できるものは何もない」

 

 立ち上がり、右手を胸に当て、少しだけ頭を下げる。

 ナナホシが隣で意外そうに目を瞬かせていた。

 ペルギウスのところでみっちり仕込まれたからな、様になっているはずだ。

 

「ほう! そうか! ルードだな!」

「サウロス様……身分を証明することもできないような者を屋敷に入れるのは、やはり――」

 

 また雷が落ちる。

 アルフォンスは再び静かにするが、納得はできていないようだ。

 

「それで、そっちは!」

『……え、私?』

『見よう見まねでやってみろ。まあ、なんとかなる』

 

 簡単に横で教えつつ、ナナホシがその通りに貴族式の礼をする。

 

「サイレント・セブンスター、です」

「彼女はまだ人間語を勉強中だ。込み入った会話は難しいが、簡単なコミュニケーションなら取れる」

「勤勉なのはいいことだ!!」

 

 座るように促され、今度は浅めに座る。

 背を正し、サウロスの目を見る。

 一度グラスに手を伸ばし、のどを潤した。

 ただの水だ。

 

「まずまともに礼を言えていなかったからな! 馬車を直してくれたこと、感謝する!」

 

 ばん、と膝に手を当て頭を下げてきた。

 マジかよ。

 貴族が頭を下げるのか?

 

 ……いや、サウロスはこんな奴だったな。

 良くも悪くも武人肌というか。

 

「特に何も言われずついてきてしまったわけだが、何か聞きたいことがある、ということでいいのだな?」

「……うむ」

 

 サウロスが真面目な表情になる。

 

 やはり、聞かれるだろうか。

 聞かれないわけがない。

 フィットア領転移事件の日の前日、ルーデウス・グレイラットの十歳の誕生日。

 大事な孫娘が、家庭教師にやってきていた男にプレゼントした、世界に一つだけの杖。

 それを持っている、謎の老人。

 なにせ、災害のあとだ。

 盗んだとか、奪ったとか、そういうのならまだいい。

 殺したのではないか、という疑惑に繋がるとまずい。

 彼はエリスを溺愛していたし、たぶん、俺――ルーデウスのことも嫌いじゃなかったはずだから。

 

 それでも、俺は直接サウロスに「来い」と言われてついてきたわけじゃない。

 そうしようと思えば、クルーエル兄妹と別れるときに馬車を降りてもよかった。

 でもきっと、結果として、前回同様処刑されることになるのだろう。

 実の息子、ジェイムズと、パウロの弟であり、ミルボッツ領主であるピレモン、そして、ダリウス。

 サウロスはこいつらに嵌められ、殺された。

 重要なのは、ダリウスが絡んでいるということだ。

 ヒトガミの使徒の可能性が限りなく高い人間。

 なら、サウロスの処刑がヒトガミの指示である可能性もある。

 

 それに、あの襲撃についてもそうだ。

 あの時、俺たちはサウロスの乗っていた馬車を修理した。

 彼らはそのまま隣町へ行こうとしていたが、野営の準備もなかったし、時間的に微妙だったので一旦引き返すように言ったのだ。

 そして彼らはそれを聞き入れ、俺たちは道中に襲われた。

 俺やクルーエル兄妹を殺すなら戦力的に不足しているとしか言えないが、それが彼らを狙ってのことだったら?

 

 サウロスは、生かしておくべきだ。

 感情的なことを抜きにしても、な。

 

 あまり気は進まないが、嘘が通じるのを祈るしかない。

 動揺を見せないよう、表情を作った。

 

 だが。

 

「……フィットア領の現状を、教えてもらいたい」

 

 サウロスの口から出たのは、傲慢なる水竜王に関してではなかった。

 

「現状?」

「聞くところによれば、貴様はフィットア領からやってきたという。ならば直接その目で見ているはずだ、フィットア領の現状を」

 

 いや、まあ、そうか。

 彼は領主だ。

 貴族らしからぬ性格ではあるものの、領民を想う心は誰にも負けない。

 千里眼に魔力を通し、それを見せつつ話す。

 

「何もない」

「何もか」

「ロアも、村々も、なにもかも。生物はいない、人工物はない、あそこはただの未開拓地だ」

「……そうか」

 

 人の痕跡の消えたフィットア領を思い出す。

 転移事件直後のあの場所を見たのは初めてだった。

 本当に何もない。

 難民キャンプなどがあったときでも物寂しい感じがしたのに、それ以上だった。

 

「国が公表した情報を鵜呑みにはするまいと思っていたが、事実だったのだな」

「サウロス様……」

「……だが、分かることはある」

 

 それを聞いても、サウロスは狼狽えなかった。

 悲しそうな表情を一瞬だけ浮かべて、それだけだった。

 

「儂だけがあの災害を生き残ったとは考えられん。噂ではフィットア領にいたはずの人間が別の場所に突然現れた、なんてこともあるらしいからな。ならば、生存者がいる」

 

 ぐい、と飲み物を飲み干して、

 

「その生存者たちのために、迅速にフィットア領を復興させねばならん」

 

 グラスを机に置く。

 

「ルード・ロヌマーよ。頼みがある」

 

 そうして俺の目を見据えた。

 純粋で、熱い目だった。

 

「儂に、雇われてはくれぬか」

 

 

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