七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第十五話「ピース」

 

『アスラ王国王都アルスの王城シルバーパレス。

 白い花を咲かせる植物を集めた庭園。

 通称、白百合の庭園。

 

 そこに、突如として魔物が出現した。

 白百合の庭園にて散歩をしていた第二王女アリエルの目前に、である。

 魔物、ターミネートボアは王女の護衛、守護術師デリック・レッドバッドを瞬時にして殺害。

 王女へとその凶牙を向けた。

 魔物は王女の守護騎士ルークの手によって撃破され、王女は窮地を脱した。

 ルーク、体を張って王女を守ったこと天晴なり』

 

 サウロスに雇われ、アルフォンスに指示されるまま仕事をこなすこと数週間。

 その間に、そんな大事件の報を知った。

 その一報は貴族たちを震撼させ、今回の災害の恐ろしさと、対応を急ぐべきだと気づかせる機会に――は、ならなかった。

 

 彼らの、主に第二王女派の関心は、その事件の報に隠された部分に寄せられていたからだ。

 アリエル王女を救ったのは、守護騎士ルークなどではない。

 これまた転移事件により突如現れた、少女。

 ”シルフィエット”。

 少年でありながら、無詠唱魔術を扱う天才。

 守護術師デリックと入れ替わるように表舞台へと上がってきた彼女を、貴族たちが放っておくはずもなかった。

 だが、政争の道具になることはない。

 アリエルがいるから。

 彼女は、シルフィエット――シルフィを自分のすぐそばに置くことに決めたのだ。

 

 ……その中で、気になることを聞いた。

 

「ターミネートボアは内々に王城内に運び込まれ、

 王女が庭園を歩くタイミングを見計らって解き放たれた。

 これは第二王女排斥派の陰謀に違いない。

 それが可能だったのは、王城の警備を司っているオーガスト卿だけである。

 オーガスト卿は第一王子派の急先鋒。

 この陰謀は第一王子派の仕業に違いない」

 

 そう主張する貴族が現れたということ。

 彼は第二王女派の一人、リストン卿。

 間違いない。

 この発言は彼自身の弱みとなって返ってくる。

 代償は地位の失墜。

 そうなれば、すぐにダリウスが動く。

 奴の手にかかればアリエルの失脚など容易いことだろう。

 

 しかし、まだ。まだ、第一王子派は準備期間のはずだ。

 アリエルが暗殺されかけたのが、フィットア領転移事件からおよそ一年後のこと。

 動き出すのは、さらに早くから。

 それがおそらく、タイムリミットになる。

 

 どうにもできない期間が続く。

 サウロスは俺を雇ってくれたが、政界へ足を踏み入れさせはしなかった。

 彼は今のところ、ボレアス家の財産を全部つぎ込む、なんてことはしていないみたいだし、復興についても、順調だと思う。

 だが、シルバーパレスにはまだ入ることはできていないし、必然的に、アリエルに会うこともなかった。

 

 ある程度強引な手段も視野に入れるべきか、否か。

 そう考えていたある日のことだった。

 

 


 

 

 夜。

 辺りが静まり返る頃、俺とナナホシはある場所にやってきていた。

 

「――サイレント! それにルードさんも!」

 

 水神流の道場の隣にある建物。クルーエル家の屋敷へと。

 事前に連絡していたので、それなりに身だしなみを整えたイゾルテが出迎えてくれる。

 一か月という期間、一緒に旅をしてきたわけだが……この顔立ちの良さは色あせないな。

 幼少期の俺であれば、割と簡単にコロッといくかもしれなかった。

 

 今日もまた遅くまで鍛錬していたのだろう、湯あみしたばっかのようで、どこかほかほかとしている。

 水神レイダには、俺がイゾルテの鼻を折ったのだと言われたが。

 イゾルテはもともと練習熱心だったみたいだし、ただの勘違いではないだろうか。

 そんな風に考えていた。

 

「二人とも、ようこそわが家へ……とはいっても、もてなしらしいもてなしもできないのですが」

「うわ……! すご……」

「そうでもないみたいだ」

 

 イゾルテに連れられるまま歩くと、リビングへとたどり着いた。

 そこにはタントリスが立って待っており、すぐ横のテーブルの上には豪勢な料理がずらりと並んでいる。

 いい香りだ。

 ナナホシが目を輝かせていた。

 

「ほとんど私が作らせていただきました。結構自信があるんですよ、特にこのシチューとか」

「料理、上手なのね」

「ええ、はい。剣術一筋だから、家事全般駄目なんじゃないかって良く思われるんですけどね」

「あまり、他人に料理をふるまったりなんて機会も少なかったですからね」

 

 俺たちは促されるまま席に座る。

 今日は、旅での個人的な礼だの、旅が無事に終わって良かったという打ち上げだの、まあもろもろを含めた、小さなパーティーを開くことになっていたのだった。

 クルーエル兄妹にだけ準備させるのも悪かったのだが、「こちらにお任せください」と言われていた。

 これを見るに、それが正解だったのかもしれない。

 

「ちなみにお師匠様は、水帝の方々に懇親会のようなものへ連れていかれましたので、今日は私たちだけのパーティーになります」

「……いえ、それはイゾルテが無理やり水帝の皆様に――」

「兄上、どうかしましたか?」

 

 タントリスが黙らされた。

 まあ、旅の仲間だけで打ち上げをしたいということなのだろう。

 重箱の隅をつつくような真似はすまい。

 

「……一か月は長いようで短い期間でしたが、私としては、得るものの多い良い旅であったと思っています。ルードさんのような方に出会えたことで、自分の剣への意識がまだまだ未熟であると思い知らされましたし、サイレントのような、得難い友達にも会うことができました」

 

 よ、よせやい。

 あまりにも真面目な顔で言うものだから、すごく恥ずかしい。

 ほれみろ、ナナホシが恥ずかしさのあまりにやけている!

 

「これは音頭みたいなものなんですから、シャキっとしてください」

「わ、わかった。続けてくれ」

 

 俺の前に座るタントリスは、旅を思い起こすように目を閉じていた。

 

「私はこの出会いを幸運だと思っていますし、二人とはこれからも長く付き合っていきたいと考えています」

 

 イゾルテがグラスを掲げる。

 中に入っているのはもちろん、酒だ。

 年齢的にあれな気もするが、地球の常識を持ち込むほど無粋な人間はここにいない。

 ナナホシも少し興味があったのか、少し薄めた果実酒をグラスに入れている。

 

「旅が無事終わったこと、そして、我々が出会えたことを祝して」

 

 ――乾杯。

 パーティーが始まった。

 

 


 

 

「――あ、あの馬車に乗っていたお方は、つまり、その」

「おっと、喋りすぎたかな……まあ、さるお方、とだけ言っておこう」

「お、教えてくれないんですか!? 気になるところまで言っておいて!」

 

 最初は粛々と始まったパーティーだったが、料理を半分ほど食した頃ぐらいには酒もいい感じに入り、賑やかな空気になっていた。

 今はクルーエル兄妹の興味を引いていた謎の老人についての話をしていたが、途中で内容をぼかすと、面白いぐらいイゾルテが反応してくれるので、ついつい調子に乗ってしまう。

 

「しかし噂になっていますよ。フィットア領の復興に使われている石材はかつてないほどの硬度を誇るとか」

「あ……私も耳にしました。うちの道場の者が、本気で斬りかかっても剣のほうが駄目になってしまう、なんてぼやいていました」

 

 俺が作り出している石材について、実際に仕事に取り掛かる前に職人に確認を取っていた。

 及第点は取れるだろうと思っていたのだが、予想以上に出来が良かったらしく、「うちで働かん?」とまで言われた。

 噂は噂を呼び、力試しに試し切りを行う者まで現れる始末。

 ……一周回って、アスラ王国はフィットア領の復興にちゃんと力を入れてくれている、という認識になっているらしく。

 噂とかその辺は放置状態にあった。

 

「やっぱり、怪しくないですか?」

「……ええ、全くです。やっぱりあの老人はフィットア領の貴族、あるいはその関係者……とかじゃないですか? それで、ルードさんは雇われて、あの石材を作り出しているんです。だってそうでしょう、あんな石、ルードさんにしか作れませんから」

「どうだったかな。なあサイレント?」

「私はちょっと、言葉が分からないので」

「最近流暢になってきたのによく言いますよ。というかですね、サイレントのその格好! ローブの下、そんなきれいな服着ていましたか?」

 

 今のナナホシは、貴族が着るようなちょっとしたドレスを着ていた。

 旅の途中は制服一着を俺が洗濯したりして、どうにか毎日着ていたのだが、さすがに彼女も気になってくるだろう、ということで。

 屋敷にはドレスとかの掘り出し物があったので、確認を取ってから使わせてもらうことにしていた。

 

「まあ、パーティーだし」

「……そうですか。深くは聞きませんよ……ええ」

 

 そこまで老人の正体が気になっていたのだろうか。

 意地悪しているわけではないのだが、軽く落ち込む彼女を見ると教えたくなるな。

 これが美人パワーか。

 とりあえず今のところ、サウロスとの関係を誰かに教えるつもりはない。

 心の中で謝っておこう。

 

「こちらとしては、何不自由なく過ごせている。そちらはどうだ? 二人とも、今まで以上に鍛錬に力を入れていると聞く」

「私たちですか?」

 

 俺の石材の噂もよく広まっているが、最近はイゾルテたちのことも聞くようになった。

 なんでも、イゾルテに関しては水王一歩手前ぐらいに急成長を遂げている、とかなんとか。

 

「ただの噂ですよ。確かに水王の方と手合わせ致しましたが、ほとんど向こうの良いように動かされ、結果としては惜敗とも言えないようなものでしたから」

「……見ている側にとっては、そうではなかった、ということでしょう」

 

 タントリスはくいっと酒でのどを潤し、続ける。

 

「今までのイゾルテは水聖の地位に甘んじていた部分がありましたからね。最近になって格上の方と鍛錬に励むようになって、”これは水王も近いということか!?”と周りは思ったわけです」

「どちらにせよ、分不相応な噂です」

「なるほど。見違えるほど向上心が芽生えた、ということか」

 

 襲撃のあった晩を思い出す。

 確かに、水聖であることにかなりの自信を持っていた気がする。

 

「私は、ルードさんを倒せるぐらい強くなることを目標にしましたから」

「俺?」

 

 そこでなぜ俺の名前が出てくる。

 

「正直、水王の強さを思い知った今でも、ルードさんの方が脅威だと私は感じています」

「……そうか? 俺は闘気を纏えないからな、お前でも簡単に対処できる相手じゃないか」

「ご謙遜を。……そういったところからも、学んでいかなければいけないのですね」

 

 気づく。

 イゾルテの目には、圧倒的な尊敬の念が込められていることに。

 

「先生――そう、そのような存在なのです、ルードさんは」

「……酔ってるな?」

「ええ、今までの私は自分に酔っていた。だからこそ、一から鍛えなおし、水神流の教えというのをもう一度――」

 

 ……どうやら本当に鼻を折っていたらしい。

 だからといって、こんな老いぼれを尊敬する相手にしてほしくないのだが。

 

「タントリスも、結構噂になっていたぞ」

「私も、ですか? ……ああ、そうですね。普段は経営のことばかり勉強していて、鍛錬は二の次になっていましたから。今は早朝からトレーニングを行ったりもしていますし、街の方々が見かけることがあったのだと思いますよ」

 

 今回の旅を経て、変わったことはかなりある。

 良い変化なのだとは思う。

 最初は、王都アルスで動きやすくするための付き合いだったが。

 今は違うよな。

 居心地の良い関係だ。

 

「ルードさん、楽しそうですね」

 

 口に触れると、口角が上がっているのが分かる。

 酔いで顔を赤らめたナナホシが、俺の顔を覗き込んでくる。

 新鮮なドレス姿が艶やかだ。

 

「そう、だな」

 

 やることはいっぱいあるし、時間だって無駄にできない状況だ。

 でもこうして騒げる機会があるっていうのは、悪くない。

 過去転移を決意したときは、こんな気持ちになれるとは微塵も思っていなかったからな。

 

「……そういえば、ルードさん。お師匠様の礼、何にするか決められましたか?」

 

 イゾルテが思い出したように声を上げる。

 

「このパーティーがそれじゃないのか?」

「これは私たちからのお礼……いえ、みんなの打ち上げですから」

「……そういうものか」

 

 全然思いつかないので、肩でも揉ませようかな。

 嘘だ。

 

 彼女の名前を使えるとなれば、政治的な動きもできやすいんだが、それを受け入れてくれるかどうか。

 ただ、もしかしたら、という期待がないわけじゃないので、結論は出せずじまいだった。

 

 ともかく、今日は楽しもう。

 料理はまだ残っているし、話したいことだって沢山ある。

 こういう日常が大事なんだ。

 それを思い知っているから。

 これを、噛みしめる。

 

 


 

 

 まだほとんど日も出てないくらいの、早朝。

 

「――ッ!」

 

 物音で目が覚める。

 隣のベッドではナナホシが頭を押さえながら寝ていた。

 

 物音は外からだった。

 こちらに近づいている。

 何かを引きずるような音。

 そして微かに、血の匂い。

 だけど、気配からは敵意を感じない。

 

 どん、と鈍い音がする。

 どうやら扉に何かをぶつけたらしい。

 

 イゾルテも気づいたのか、下へと降りていく。

 俺は階段のところまで移動して、イゾルテが扉を開けるのを待った。

 

「え?」

 

 彼女が警戒しながら扉を開けると、

 

「あ、兄上!? ど、どうしたのですか、これ、は」

 

 そこには満身創痍のタントリスが立っていた。

 

 状況がつかめない。

 彼は早朝のランニングに出かけていたはずだ。

 なぜこうも傷だらけになっている?

 いや、傷、なんてものじゃない。

 

 ずっと血が垂れ流されている。

 

「る、ルードさん」

「ちょっと待ってろ、今すぐに――」

 

 階段を駆け下りて、タントリスに治癒魔術をかけようとする、その時、彼に支えられていた人物に気づく。

 どうやら、引きずるような物音は、これが原因だったらしい。

 問題は、その顔。

 

「なぜ、ここにいる」

 

 記憶がよみがえってくる。

 すぐに、名前が出てきた。

 

「トリス――」

 

 小麦色の髪をした、盗賊の女がそこにいた。

 

 

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