七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
トリスが目覚め、落ち着いたところで、俺たちは彼女に事情を聴こうとした。
「……申し訳ございません」
しかし彼女はその口を固く閉ざし、一向に喋ろうとしてくれない。
居心地悪そうに俯きながら、それでも態度は軟化せず、確固たる拒絶を感じられた。
”夜伽”、と言っていた。
なぜ俺の顔を見て怯えたのか、察しはつく。
だから、イゾルテに聞き出してもらおうとしたのだが、それとこれは関係ないようで、事態の改善とはいかなかった。
「助けていただいたことは本当に感謝しています。このような命を、身を挺して救ってくださったタントリス様には、返しきれぬご恩を感じております」
何か理由があるのは間違いない。
今も震えているというのに、毅然とした態度でタントリスに頭を下げている。
「ですが、もう大丈夫です。ルード様に治癒して頂きましたから、すでにこの身体に不調は存在しません。すぐにでも、解放して頂ければ」
「そ、そうは言ってもですね……貴女は、やんごとなきお方なのでは――」
「いいえ。私はただの村娘でございます。家格のない私にここまで尽くしていただいたこと、忘れはしません。礼は必ずや、後ほど返させていただきます」
取り付く島もないな。
本当に事情を説明したくないみたいだ。
……とはいえ、彼女の言葉使いはただの村娘というにはあまりにも無理がある。
その振る舞いから、小さな所作まで、気品を感じさせるのだ。
「ここから出て、どこに行く」
「っ……い、家に、帰ります。両親が、心配していると、思いますので」
俺が声をかけると、びくりと肩を震わせる。
男性恐怖症、みたいなものだろう。
目覚めて早々、謝罪するのが身に染みつくような環境にいた彼女の”家”とやらが、まともなものであるとは到底思えない。
「……イゾルテ、タントリス」
トリスを刺激しないように、意識して声を出す。
「少し、彼女と話がしたい」
クルーエル兄妹は部屋を出ていく。
病み上がりだというのに、タントリスには悪いことをした。
部屋には俺とナナホシとトリスだけがいることになる。
念には念を入れて、音が漏れないように魔術を発動させておく。
さて、タントリスたちを部屋から追い出したわけだが。
もちろんそんなことで彼女が口を開いてくれるとは思っていない。
というか、俺のことがよっぽど苦手らしく、ただ単純に話したくないと思われてそうだ。
まあいい。
トリスが事情を話したくない理由には何となく察しがついている。
「これであいつらは巻き込まない」
イゾルテとタントリスは、水神レイダ・リィアの血を引く孫として結構有名だ。
レイダはもとより、彼らの影響力も計り知れない。
敵に回せばどうなるか、分からないほど馬鹿な奴はいないだろう。
トリスも、名前だけでも聞いたことがあるはずだ。
だけど、彼女は承知の上で、タントリスたちを巻き込まないようにしていた。
相手が大馬鹿者だからか。
あるいは、それを選択肢に入れられるほどの、権力者だからか。
彼女は、逃がすにはあまりに大きすぎる魚である。
ここで情報を引き出しておきたい。
「俺は、サウロス・ボレアス・グレイラットの関係者だからな。この問題に首を突っ込まないわけにはいかない」
「ボレアス家の、紋章……」
懐から紋章を取り出す。
せいぜい城壁を自由に通れるようになる通行証だけの役割しかないと思っていたが、そこそこ効力があるみたいだ。
ホント、なんでこんなもんをポンと渡したんだ、あの爺さん。
「ボレアス家の方々と、私の問題と、何の関係があるのでしょうか」
「お前は知らないのかもしれないが、フィットア領主であるサウロス殿の孫娘が誘拐されたことがある」
「……誘拐、ですか?」
「名を、エリス・ボレアス・グレイラット。結果としては、とある天才少年によって救い出された、とされている。真偽は不明だがな」
ちなみに天才少年とは無論俺の事である。
「そして、我々は裏で手を引いていた黒幕について、すでに当たりをつけている。サウロス殿お付きの執事を使い、誘拐に手慣れたごろつきを雇い、まだ年若いエリス殿を我が物としようとした、外道。そいつの名前は」
「……」
「――上級大臣、ダリウス・シルバ・ガニウス」
「……っ」
態度を崩さないようにしていたトリスが、小さな反応を見せる。
脂汗を浮かせ、手は震えており、呼吸は少し浅くなっている。
彼女が目覚め、俺の顔を見た時の反応と同じ――いや、名前を聞いただけでこれだ。
そうか。
いや、まさかとは思った。
変態的な趣味を持った貴族なんて、アスラ王国ではマジョリティーである。
しかし、タントリスが言ったように、彼女が貴族であると仮定して、それを誘拐できるような人間となれば。
相当な権力者であることは明々白々。
「サウロス殿はエリス殿を溺愛していた。彼女のご尊父様、お母様もまた、並々ならぬ愛を注いでいた。それが一度とはいえ、その手から奪われたのだ。助けが入らなければ、永遠に」
「……」
「我々は奴を許さん」
トリスはいつの間にか、俺の目を見つめていた。
怯えはある。恐れはある。だが、それよりももっと、燃える何かが宿っている。
「関係、なかったか? お前はただの村娘であり、解放すれば、明日から、いつも通りの、幸せな日常に戻れるのか?」
「……あの男は、強大です」
「であれば我々は、もっと強くなろう」
俺は知っている。
彼女は決して弱くなどない。
貴族として幸せな毎日を暮らしていたであろう彼女が、地獄のような日々を送り、盗賊団に売られて、それでも。
この俺を、歴史に残る大盗賊だと信じて疑わないような、あの目を思い出せば。
トリスの心が今もなお、決して折れてなどいないことが分かる。
「お前が必要だ。改めて、名乗らせてもらおう。――ルード・ロヌマー。バシェラント公国から出稼ぎにきた、一介の魔術師だ」
「……トリスティーナ。トリスティーナ・パープルホース。パープルホース家の次女でございます、ルード様」
そうして、トリス――トリスティーナは、淡々と自身の境遇について話した。
幼い頃、ダリウスに攫われ、性奴隷のように扱われていたこと。
用済みとなり、処分されそうになったところを、金に目がくらんだ部下が盗賊団に売り払おうとして、そこでタントリスに助けられたこと。
まるで他人事のように話していた。
一切の感情を切り捨てているようにも思えた。
彼女はそうやって生活してきたのだろう。
これまでのことを語ってくれたが、所々、寒気すらするような仕打ちを受けていたという話もあった。
そんな生活をしてきて、心を壊さなかったというのだから凄まじい。
「お前は、自身がトリスティーナ・パープルホースであることを証明できるか?」
「はい。こちらを」
彼女は胸元から指輪を取り出した。
きれいな紫色の宝石が嵌められており、その宝石の中には、これまた美しい馬の彫り物細工が施されていた。
パープルホース家にとっての紋章みたいなものだろう。
「ダリウスには、これを常に持っておくよう言いつけられておりました。貴族の娘であるという付加価値が、あの男を悦ばせていたのでしょう」
「……そして、盗賊団に売り払われるときには、商品価値を守るために奴の部下に持たされていたわけか」
少し、考え込む。
彼女の話に嘘は見受けられない。
だからこそ、違和感を抱く。
……こんなに都合よく事が運ぶものか、と。
罠かもしれないと疑うことはできる。
例えば彼女が偽物だったり、ダリウスがこちらによる糾弾を見据えて、何かのネタで反撃してくるかもしれない、とか。
俺はトリスティーナを使って、アリエル達第二王女派に取り入るつもりだ。
だから、もしダリウスの反撃があれば、それはアリエルの失脚へとつながることになりかねない。
とはいえ、おかしな点もある。
もし彼女が偽物でも、連れてきたのはタントリスだ。
ならタントリスはヒトガミの使徒か?
いいや、たぶん違うだろう。
襲撃があった日のことを思い出す。
あれの刺客はおそらく、いや、きっとサウロスたちに差し向けられていた。
もし彼が死ねば、俺は貴族社会への足掛かりを失い、アリエルに接触することができなくなり、本来の歴史通りに彼女は失脚するだろうからな。
サウロスは、全く噂にもならないほど完璧にその身分を隠し通していた。
そうでなくとも、フィットア領転移事件の報を知り、サウロスのいる位置を知り、暗殺者集団を集め、そして配置する、なんて芸当が、あの一か月の期間でできるわけがない。
未来予知でもしない限り。
だからあれは、ヒトガミの仕業。
しかし彼は生き残った。
彼の馬車を直し、一旦前の街に引き返すようタントリスが言って、そしてその結果俺たちが襲われた。
相手にならなかったわけだし、俺たちへの刺客という線は薄い。
だからタントリスがヒトガミの使徒である可能性は低く、彼が連れてきたトリスティーナも、偽物であるとは言い難い。
つまり、その時、失敗したのだ。
ヒトガミが。
あの反則級の予知能力が。
奴は失敗するのだ。
このまま順調にいけば、第一王子派の筆頭貴族であるダリウスを失脚させることができる。
勢いを失った第一王子グラーヴェルに代わり、アリエルが次第に台頭してくるだろう。
アリエル陣営の勝利だ。
もちろん、ヒトガミはそれを妨害してくるだろうが。
奴が、後手に回っている。
なぜかはわからない。
だが明らかに、予知が狂っている。
なら、動くしかない。
「奴は、俺の敵だ。失脚させるために、お前には政争の道具になってもらう。我々のために、我々がセットした舞台で、我々が描いた脚本通りに、我々が指示したまま、悲劇のヒロインを演じるのだ」
変えられる。
未来は変えられる。
ここはもう、奴の掌の上なんかじゃない。
「……どうせ死んでいた身です。私に出来ることであれば、あの男をこの手で堕とすことができるのであれば、全て、差し上げます」
口元に触れる。
口角が上がっているのが、分かった。