七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
俺たちは、トリスティーナを連れて帰ることにした。
ご近所さんやレイダへの説明はクルーエル兄妹に丸投げする。
彼らは終始トリスティーナをどうするのか聞いてきたが、彼女からは「巻き込まないようにしてください」と頼まれていたので、ぼかして答えることしかできなかった。
まあ、ことがうまく運べば、近いうちに知ることになるだろうさ。
しかし、帰るとはいっても、トリスティーナは外に出るのを怖がっていた。
衆目を浴びることや、男性の視線に晒されることが堪えられないのだろう。
彼女は心に傷を負って、癒える暇もないまま俺に協力すると誓った。
なら、彼女の負担にならないように、できるだけサポートしたい。
ということで、ナナホシに貸していたローブを着せ、フードを深くかぶらせる。
もともとサイズが大きいので、視界が完全に隠れてしまう。
ナナホシと手をつないで、彼女に先導してもらう。
目をつぶっておけばいい、そう伝えた。
なお、道中、着慣れないドレスのせいで代わりに注目を浴びていたナナホシについては、省略しよう。
屋敷に帰ると、都合よくサウロスとアルフォンスがいた。
最近は、他の領主や貴族にフィットア領復興の資金を援助してもらうよう聞いて回っているみたいだが、結果は芳しくなく、屋敷にいるときはピリピリしているときが多い。
どいつもこいつも、保身的で、民のことをなんとも思っていない、とか。
そう怒鳴るのを見るに、彼がボレアス家の資金を全部使おうとしたのは、そんな貴族たちに我慢ならなかったからなのではないだろうか。
それで処刑されるとは、理不尽以外の何物でもないが。
とにかく、トリスティーナについてと、今後の計画を話さなければならない。
アルフォンスに話し合いの準備をしてもらい、俺たちは応接間で待つことにしていた。
数分もしないうちに、サウロスが応接間へとやってくる。
今日も不機嫌そうに肩を怒らせていたが、俺の隣に座るトリスティーナを見て、少し落ち着きを取り戻す。
彼女のたたずまいから、何かを察したのかもしれない。
アルフォンスが人数分の飲み物をテーブルに置き、対面するようにサウロスが座ってから、話し合いが始まった。
「――私はトリスティーナ・パープルホースでございます」
その言葉とともに取り出されたパープルホース家の指輪を見て、二人が目を丸めた。
だが、それから続くように語られた、彼女の経歴――多少脚色しつつではあるが、ダリウスによる凌辱を耳にして、彼らの表情は険しくなっていく。
――そして、彼、ルード様に助けられたのです。
と、タントリスのことを隠して、今朝の出来事までを話した。
「……ダリウスめが、そのようなことを」
「しかしダリウス卿は一度、エリス様を同じような手口で誘拐しております。トリスティーナ様の指輪、あれは間違いなくパープルホース家の物でしょうし、全くの嘘、ということも無いかと」
「ふん。そうだったな。あの豚め、どこまで腐っているのか」
サウロスたちはあっさりとトリスティーナの話を信じてしまった。
どうやら、一昔前に、まだ八歳であった彼女が誘拐された、という話が一部の貴族から出てきていたらしい。
それ以上大きく話が広がることはなかったが、サウロスたちの耳には入っていた。
だから、指輪があることも相まって、話の信憑性が認められ、嘘ではないと判断したのだろう。
「ですが、こうも考えられませんか。パープルホース家は次女をダリウス卿に売ったのだ、と。……実際、あの頃不安定だったパープルホース家は急に立て直し、ダリウス卿とはより懇意になっていましたから、もしや、というのもあります」
「……それについては、私には分かりかねます。ですが、有り得ない話ではないでしょう」
アルフォンスの言葉に、トリスティーナは冷静に応える。
安定しているように見えるのは、近くでナナホシが寄り添ってくれているからだろう。
クルーエル家を出てからずっとトリスティーナの手を握ってくれている。
彼女の身に何があったのか、分からないわけではなかったのだ。
「だからダリウスに売れ、とは言うまいな」
「最悪、それも手かと」
「アルフォンス!」
……俺たちの前でする話ではないだろうが、分からなくもない。
サウロスたちはまだ第二王女派についているというわけではない。
どちらかといえば、中立である。
確かに、トリスティーナをダリウスに売り、ある程度の地位を約束してもらうのも手かもしれない。
だが、ここにいるのはサウロス・ボレアス・グレイラット。
それを許すはずもない。
アルフォンスを睨みつけるサウロスを諫めるように、トリスティーナが口を開く。
「もし、私が手に負えない、と。そうなりましたら、そうしてくださいませ。私が所詮、厄介者でしかないことは理解しております」
「……」
「それを承知で、助けを求めます」
頭を下げるトリスティーナに、サウロスは落ち着きを見せ、アルフォンスは変わらず涼しい目をしていた。
アルフォンスは、主の決定に身をゆだねてくれる。
だから、ここからは俺の出番だ。
「アリエル王女を擁する第二王女派は、リストン卿の失言を突かれ、じき瓦解していくだろう。そして、それを彼らが理解していないとは思わない。必ず、第一王子派への”武器”を探しているはずだ」
一介の冒険者が貴族に口を出す。
見るものが見れば抱腹絶倒ものだろう。
だけど、目の前の彼らは笑わない。
俺が魔術で作った石材、あれを見てから、彼らは俺に”価値”を感じていたから。
それは、こういった場の発言力にもなる。
「それがトリスティーナ・パープルホース、ということか。確かにな。例え、パープルホース家が本当に次女を売ったのだとしても、表向きは誘拐。叩こうと思えば存分に叩けよう」
「彼女はいわば手土産だ。……だがもちろん、彼女を連れていって、”第二王女派にしてください”なんて頼もう、という話ではない。貴方も、あのノトス家の愚物と肩を並べさせてくれと頭を下げるのは癪だろう」
「ふん」
サウロスは、第二王女派筆頭貴族のピレモンとはかなり仲が悪い。
腐ってもミルボッツ領主なので、彼にも復興の支援を頼んだらしいのだが、すげなく断られたとか。
サウロスが今最も優先しているのは、フィットア領の復興。
ならば。
「ダリウスと違うのは、第二王女派はこの武器が喉から手が出るほど欲しい、というところ。ダリウスに売り渡せば、そこで情報を消してハイ終了、だ」
「しかし第二王女派に渡すのならば、トリスティーナを保護しなければいけなくなる。結果的に、まあ、儂らがその役目を担うことになるだろうな」
「そう。長い期間の協力が必要になる。向こうも、ある程度はこちらの要求を吞まなければ、せっかくのチャンスを取り逃すかもしれない、と思うだろう」
「なるほど、なぁ」
にやり、とサウロスが悪い笑みを浮かべた。
多分、俺も似たような顔をしている。
「「フィットア領の復興への支援」」
「――それを、要求する」
サウロスとハモった。
同じ考えをしていたのか。
「だが、それはトリスティーナが武器としての価値を持っている間だけだ。その後はどうする」
「簡単だとも。彼女を使いダリウスを失脚させれば、第一王子派はその勢いを失くす。そこで寝返りを目論む貴族も出てくるはずだ。そいつらに、寝返りの条件として突きつければいい、フィットア領の復興の支援を。金銭の喪失で泥舟を乗り捨てられるのならば、奴らは嬉々としてこの話に乗る」
「小賢しい連中の財布にも頼らねばならんのは気に食わんが、しかし悪い話ではない」
そしてもし、第二王女派が失敗したら。
トリスティーナをダリウスに売る。
無論、サウロスにその気はないだろうが、アルフォンスには乗るメリットの方が多い話と思われておきたい。
「……」
しかし、心配いらなそうだった。
アルフォンスは、小さく、微笑んでいた。
「フィットア領の復興に進歩が生まれるかもしれず、さらに言えば、あのダリウス卿に一泡吹かせられる、ときましたか」
「……あのクソタワケも一緒に、な」
いや、あれはきっと悪い笑みだ。
彼らも貴族。はらわたには悪いものも抱えているのだ。
ぐい、と飲み物を一気に飲み干し、サウロスが立ち上がる。
「トリスティーナ・パープルホースよ」
「はい」
「貴様の地獄もここで終わる」
「……はい」
サウロス自身、トリスティーナを政争の道具にするのはあまり気が進まないのだとは思う。
だけど、当のトリスティーナがそれを認めている。覚悟している。
この目の前の男は、それが分からぬ馬鹿ではない。
なら、全力で事に当たろう。
やると決めたのなら、やり遂げよう。
そう思うのが、サウロスだ。
「ルード・ロヌマーよ、貴様を雇って正解だった。あの時拾った選択は間違いなかった!」
「……だがな、冒険者風情に耳を貸しすぎだ。貴方はもう少し――」
「貴様でなければこうはならん!」
どういう意味だよ。
部屋に入ってきた時と打って変わって、ずいぶんと上機嫌だ。
相変わらずナナホシにはうるさがられているが。
「第二王女派との話し合いの場はすぐに用意いたします。それまではこの屋敷をお使いください」
アルフォンスが頭を下げ、サウロスのあとに続いて部屋を出ていく。
二人とも、すぐにでも動くのだろう。
「……噂には聞いておりましたが、変わったお人なのですね、サウロス様は」
「ああ。だからきっと、助けになってくれる」
応接間の窓から、外を見る。
丘の上に建つ、シルバーパレスを。
そこにいるだろう、シルフィのことを。
これで、あの場所にも手が届く。