七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
第一話「変わらない星」
風が俺の肌を撫でた。
……ここは、外か?
耳をすませば、草がこすれあう音が聞こえてくる。
波のように、ざぁ、と鳴って、それが離れていく――かつて、ブエナ村で、シルフィと駆け回った小麦畑のような。
「――っ!?」
外、外だと?
俺はさっきまで、土魔術で作った工房にいて……大体、外は岩山だ、自然なんてなかった。
「あ、ぉ、おお……」
暗闇に支配されていた視界が晴れていく。
たしかに、自然がある。
そこまで背の高くない――といって、芝というほど短くもない草が生い茂る、草原。
それが、延々と続いている。
空を見上げれば、雲一つない晴天。
絵にかいたような平和な光景だ。
「そうだ……過去転移は、どうなったんだ」
少し動揺して忘れかけていたが、思い出す。
大量の魔石を世界中からかき集めて、試運転もまともにしてない魔法陣を使った過去転移魔術。
……失敗したのか? いや、まだ確定したわけじゃないが……。
俺の予想じゃ、この日のフィットア領転移事件の直前に転移して、エリスと一緒に魔大陸に飛ぶのだろうと思っていた。
要するに、俺としては、この過去転移は”過去の人間に成り代わる”というものになるのだろう、と予測を立てていたわけだ。
しかしどういうことか、俺の身体は老人のままだ。
まあ、それはわかる。
だが、この景色はどうしたことだろう。
周りには人工物がまったくない、広大な草原。
魔物が住み着いてて、誰もが放置せざるを得ない地、というわけではないだろうし――そもそも、こんな場所聞いたこともない。
失敗と断ずる根拠もないし、成功を示唆する何かがあるわけでもない。
とりあえず、移動するしかないか?
どこを見ても同じ景色だしな……あ。
千里眼を使えば良いのか。
本当は高所から使いたいところだが、まあ仕方ない。
適当な方角を向いて、左目に魔力を込める。
「……え」
視えたのは、丘の上にそびえ立つ巨大な城と、その周りを囲む要塞のような城壁、広がる街並み。
少しずらせば、長く続く川も視えてくる。あれはおそらく、アルテイル川か?
なら、これは、この街は――いや、覚えている。俺が滅ぼしたかけたはずの――
『……あ、あの』
「ッ!」
『ひっ』
後ろから声をかけられると同時に、振り向きざまに傲慢なる水竜王を構える。
……俺が、気づかなかった? いや、確かに魔力は感じなかった。
ならば、なぜ。
そこから先に思考は進まなかった。
「うそ、だろ」
声をかけてきたのは少女だった。
艶やかな黒髪に、見覚えのある顔。
それもそうだ。彼女の顔は、どれだけの月日が経とうとも変わることはない。
忘れるはずが、ない。
「成功、したのか……」
あの日、あの時、救えなかった彼女が目の前にいる。
それよりも前、前世の俺が助けた時のままの姿で。
『ナナホ――』
歩み寄ろうとしたその瞬間。
ちょろちょろ、と特徴的な音が聞こえてくる。
尻もちをつき、怯えながらも、俺から目をそらさない。
「あ、あー……」
そりゃ、そうだよな、うん。
さっきまで現代人だった女の子に、ガチな殺気当てたら、そうなるよなぁ。
「……」
フィットア領転移事件の日に飛ぶことができた。
俺は五体満足だし、記憶だってあるままだ。成功で間違いない。
そのことが、俺に昔の記憶を思い出させていた。
――ルイジェルド、お前も、こんな感じの気持ちになったのかな……。
千里眼に魔力を込めるが、障害物に阻まれて、当然、魔大陸の彼らを視ることはできなかった。
少女――ナナホシはしばらく、廃人のような面持ちで固まっていた。
ただ、汚れたスカートやパンツをそのままにしておくわけにもいかず、洗濯するために脱がせたのだが。
『ごめんなさい……』
謝られた。
『先立つ不孝をごめんなさい』
違った。
つかなんかおかしいぞ、と。
従順ではあるのだが、どうにも恐怖に縛られている。
いや、俺が言葉足らずだったりするのが悪いのだろうが……。
どうするか考える横で、衣服を洗濯する。
宙に浮いた水球のなかでスカートやらパンツがぐるぐるしている。
しかし制服か、懐かしいな。
こうしてみると、ラノア魔法大学の制服とも、ちょっと似ているかもしれないな。
女子高生のパンツとかも、昔の俺だったら、それだけで大はしゃぎだったろうに。
『……』
ナナホシはやけに静かだ。
彼女には俺が着ていたローブを貸している。
臭いとか思ってるんじゃないだろうな……?
『……』
お?
どうやら、俺の水魔術に興味津々のようだった。
まあ、中身はともかく、現代人にしたら珍しいもんな。
俺も、前世ではエアー抽選の機械をずっと見てたような覚えがある。
それと似たようなものだろう。
とはいえ、意外だな。
ナナホシのことだし、もっと冷めた目で「興味ないね」なんて言うかと思ったが。
……いや、この世界に来たときはもっとワクワクしてたんだっけか?
さすがに覚えていないことのほうが多くなっているな。
さて、そろそろ洗濯もいいだろう。
ささっと『スチームドライ』で乾かす。
見たところ、汚れはない。しっかり乾いている。匂いは……まあ嗅がないが。
『あ、あー……その、悪かったな』
『え?』
『あー、いや、脅かしてしまった、ということだ』
日本語、これで合っているだろうか。
ナナホシは合点がいったというような顔をし、少し顔をそむけた。
大丈夫そうだな。少女の尊厳以外は。
『……あの、ありがとうございます』
パンツとスカートを手に取って、ぺこりと頭を下げてきた。
日本人的な所作に少しうれしくなる。
『それで、えっと……』
『色々聞きたいことがあるんだな』
『……はい』
俺は先ほど見えた街の方向に体を向ける。
『まずは着替えろ。そしたら、歩きながら話す。……時間はあるからな』
『まず、お前もすでに理解していると思うが、ここは地球じゃない。剣と魔法の異世界だ』
『地球って言葉が出てくるってことは……』
『俺も同郷だってことだ』
千里眼で視たアスラ王国の首都――『王都アルス』への道すがら、俺はナナホシに聞かれたことを次々と答えていた。
ここが異世界であるということ、ナナホシはいわゆる『トリッパー』であること、俺が転生者であること――ナナホシは答えたことをメモに取って残していた。
いつも持ち歩いているのだろうか。
右も左もわからないだろうに……。
こういった強かな部分は、やっぱり性根みたいなものなんだろう。
『……私たちは今どこに向かっているんですか?』
『王都アルスだ。ここらじゃ一番大きい国の首都でもある』
『では、この場所はどこなんでしょうか』
『その一番大きい国の領地の一つ、フィットア領だ』
ナナホシは辺りを見渡す。
『なにもありませんけど……』
『今さっき消滅したんだ』
『えぇ!? なんっ……いや、もしかして……私、ですか?』
『複雑な話になるが、ある意味ではそうと言える』
『……』
『誰かが悪いという話ではない。お前は被害者だ』
なぜ召喚されたのか、その原因はわからない。
だが結果としてナナホシは召喚され、何らかの力が作用してフィットア領が消滅した。
『面白くもない話だろうがな。急にこんな世界に連れてこられて』
『あ、いえ、そんな……。ま、魔法とかもあるじゃないですか! 悪いことばかりなわけでもないんじゃ――』
『……』
『えっと……』
『お前に魔力はない。魔法は使えないんだ』
メモを書き取っていた音が止まる。
『私、帰れます、よね?』
縋るような目。
俺はその目を向けられたことがある。
ナナホシに。
最終的に……そう、最終的に。彼女は帰れず、絶望し、そのまま――
『帰す』
反射的に言葉が出た。
できもしないことを――と思う。
あの一連の研究の主体はナナホシだった。俺は魔力を込めていただけだ。
だけど。
『お前は、こんな世界で死ななくていい』
やれることはやるさ。
うまく伝えられないけど、そう意思を込めてナナホシの目を見る。
彼女は少しこわばりながらも、
『えっと……ありがとうございます』
また日本人的な所作で礼をした。
今はまだ、現状の理解に精一杯なだけかもしれない。
いつか俺も未来のことを説明しなきゃいけなくなるかもしれない。
そしてその時は――彼女が、それを乗り越えられるだけ強い時でなければならない。
助けたい奴はいっぱいいる。
やり直したいと思ってこの時代までさかのぼってきた。
だけどまずは目の前のやつからだ。
他も他も、と目の前のことがおろそかになっていったから、足元をすくわれたのだ。
『さあ、歩くぞ。まだまだ聞きたいこともあるだろうし、とにかく村にでも着かなければ飯がない』
『えっ、ごはんないんですか!?』
『こんな身なりで、なんで持ってると思ったんだ?』
『だ、だって……いかにも冒険者風なローブなので……干し肉とか、そういうのを持ってるのかなって』
目立つから、という理由で貸しっぱなしにしていたローブの袖を揺らす。
『ぼろいだけだ』
『においも!』
『くさいだけだ……』
やっぱり臭かったのね!