七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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間話「友好2」

「――ぁぁあああああああああああああああああッ!!」

 

 絶叫とともに、トリスティーナは目を覚ます。

 勢いよく上半身を起こしたせいで背中が痛みを訴えた。

 叫んだせいで喉も痛い。

 鉄の味がする。裂けたのだろうか。

 

「ぁ、あ、はぁ、はぁ、え……え?」

 

 ここはどこなのだろうか、そう一瞬考えて、すぐに思い出す。

 サウロス・ボレアス・グレイラットに貸与された屋敷の、ゲストルームだ。

 脂汗を拭いつつ、奥の方にあるベッドを見ると、ルード・ロヌマーが静かに寝ていた。

 

 ――俺も、個人的な理由で政界に足を踏み入れたい。お前には、”自分を救い出してくれたルードが傍にいなければ、まともに会話もできない”ことを装ってもらう。

 

 そう、彼から言われていたので、トリスティーナは言う通りに演技した。

 結果として、同じ部屋で眠るようにアルフォンスたちから指示されていたのだ。

 絶叫したせいで起こしていないかと心配したが、特に身じろぎ一つない。

 鈍感なのか分からないが、トリスティーナは安心したようにゆっくり息を吐いた。

 

 背中に嫌な感触がある。

 全身汗びっしょりで、衣服が肌に張り付いているらしい。

 酷い悪夢を見た、と、今度は大きなため息をつく。

 地獄のような日々をリプレイするかのような、夢。

 昨日までは、毎日のように見ていた。

 起きても地獄だったし、夢の中でも地獄だった。

 あの男は、日中は上級大臣としての職務をこなし、夜遅くに帰ってくるから、トリスティーナにとって夜とは、絶望そのものであった。

 

 今は、静かだ。

 と、思ったら、扉の外からどたどたと足音がする。

 トラウマを刺激されて、一瞬吐き気を催すが、足音の軽さから、あの男ではないと分かる。

 扉が開かれた。

 

『――る、ルードさん!? 何があったんですか!?』

 

 現れたのは、ロウソクを手に持った黒髪の少女、サイレント・セブンスター。

 息を切らせながら、部屋を見渡し、トリスティーナの姿を見つけ驚いた。

 どうやら、相当ひどい顔をしているらしい。

 どうしたのか、とサイレント――ナナホシが駆け寄ってくる前に、

 

「う、ぁ」

『……えっ』

 

 じわ、と目から熱いものがこみあげてくる。

 視界が歪んで、鼻の奥がつんとしてくる。

 夜だから、とか、近くに寝ている人がいるから、とか配慮することもできずに、ぼろぼろと涙がこぼれてくる。

 手ですぐにぬぐい取るが、止まらない。

 

 なんだか自分自身が情けなくなる。

 だけど。

 泣いても殴られないし、無理矢理押し倒されることも無い。

 これが夢じゃない。確かに助け出されたのだ、と。

 そう実感がわいてきて、もはや歯止めが利かなくなっていた。

 

「ぅ、ぐ」

『あ、の、ちょっと? 大丈夫……?』

 

 しゃくりあげるように、息を吸って、

 

「うわぁああああああああああああああああああ!!」

 

 号泣した。

 

 


 

 

「……え、っと……泣き、やんだ、かしら」

「申し訳ございません……もう、少しだけ……」

「……わ、かったわ」

 

 トリスティーナは、駆け寄ってきたナナホシに抱きついて、あらんかぎりに泣きじゃくった。

 貴族の娘らしい美しい顔が、涙やら鼻水やらで台無しである。

 少しずつ落ち着きを取り戻してはいるのだが、震えが止まらない。

 ナナホシはちょっと力を入れて、より密着するよう抱きしめる。

 

「…………」

 

 トリスティーナがどんな目に遭ってきたのか、クルーエル家の一室で聞いていた。

 耳にするだけで心の中がかき乱されるような記憶を淡々と語る彼女に、二日酔いとはまた違う気持ち悪さを抱いてたのを覚えている。

 彼女自身にではなく、その境遇だとか、常識の違いだとか、ダリウスとかいう男そのものに。

 

(大丈夫なように、見えたのだけれど)

 

 ナナホシの記憶にあるのは、気丈に振舞うトリスティーナの姿。

 救いの手がすぐそばに差し出されているのに、巻き込まないようイゾルテたちを慮っていた彼女が、ここまで傷ついているなんて思わなかったのだ。

 

(いや、有り得ないか。……私だったら、とか考えたくない)

 

 抱きしめた彼女の肩は、想像以上に細い。

 栄養不足だとかそういう不健康そうな細さなのではなく、単純に小さいのだ。

 成長途中の身体、といったところ。

 

(たぶん、私より年下よね)

 

 日本でも、小さい子が狙われた事件はいくつもあった。

 ニュースでは数分程度に纏められて、事実だけを伝えてくるが、その裏にはもちろん、トリスティーナのように傷ついた子がいたはずだ。

 こうして目の前にして、よく分かる。

 悲惨さだとか、痛々しさだとか……しかしどこか他人事な自分が、少し嫌いになった。

 

「もう、大丈夫です」

 

 気づけばトリスティーナの震えは止まっていた。

 顔はまだぐちゃぐちゃだが、何かに怯えた様子はないし、呼吸も安定している。

 ナナホシは彼女の顔をハンカチで拭いてやる。

 

「も、申し訳ございませ、む」

「鼻、チーン、って」

「……恥ずかしいです」

「泣いた後で、今更じゃないの」

 

 ぐしぐしと鼻を掴んで、鼻水を出し、ハンカチでふき取る。

 

「わあ、べっちゃべちゃ」

「見ないでくださいっ」

 

 丁寧に折りたたんで、近くの机に置いておく。

 

(朝になったら洗濯してもらおう)

 

 ルードの水魔術を思い起こす。

 ナナホシが転移してきて一番最初の時しかり、今回しかり、あの魔術は体液に縁でもあるのだろうか、と馬鹿なことを思っていた。

 

「眠れなさそう?」

「……はい。目が覚めてしまって……申し訳ございません、付き合わせてしまって」

 

 ナナホシは首を横に振って、トリスティーナの手を取った。

 

「気にしないで。私も、えーっと、や、野暮用? が、あって起きてただけだし」

「邪魔してしまったのでは」

「別に中断したって、後から再開できるし」

 

 夜更かしは慣れてるから、と笑う。

 というか、こんな状況で寝ようとは思えない。

 

「来て」

「え?」

 

 ぐい、とトリスティーナの手を引っ張る。

 泣いた後で力のない身体が、そのままナナホシにぶつかりそうになる。

 

「おっと」

 

 また抱きしめられる。

 見上げれば、至近距離で目が合った。

 ナナホシは、ロウソクを手に取って微笑む。

 

「……本を読んでたのよ。ロウソクを使ってたのだけれど、そうね。この火が消えるまで、ゆっくりしない?」

 

 それに、呆気にとられたまま、

 

「よ、喜んで……」

 

 とてもフレンドリーだな、とトリスティーナは思った。

 

 


 

 

 二人は居間にやってくる。

 ロウソクを真ん中のテーブルに置く。

 それほど明るくならない。

 火に集まるように椅子を持ってきて、座る。

 

「……」

 

 居間は日当たりが良い方角に設けられており、日光を取り入れるための大きな窓が設置されている。

 トリスティーナはその窓から見える外を何度も見つめては、ロウソクの火に視線を戻していた。

 外に興味があるわけではないだろう。

 

「トリスティーナさん、でいいのよね」

「え、あ……はい。トリスティーナ・パープルホースでございます……?」

 

 いつの間にか強く握られていたこぶしに、ナナホシが手を重ねる。

 

「私はサイレント・セブンスターです」

 

 そしてこぶしごと握り、ぶんぶんと振った。

 

「あの……?」

「友好の第一歩は自己紹介から、って教わったのよ」

「友好、ですか?」

「ええ、友達になりましょう?」

 

 手を好き勝手にされながら、トリスティーナは首を傾げた。

 理解できないことが起こると自然とそうなるので、癖なのだろうなあ、と思っていた。

 友達。なりましょう。なりましょう……。なりましょう…………。

 脳内で言葉が反響する。

 

「素敵な言葉ですね」

「え?」

「……?」

「はい、か、いいえ、の答えで」

「はあ」

 

 今度はナナホシも首を傾げた。

 右に傾げたのを見て、右利きなのかなあ、とトリスティーナは思っていた。

 

「…………なりたいですか?」

 

 返答は腕の上下運動と微笑みだった。

 そんな言葉を投げかけられたのが数年ぶりというのもあるが、思わず思考を放棄してしまっていた。

 貴族という身分である上、重い過去も持っていて、厄介者であるだけではなく、急に泣き出して手を煩わせてしまうほどの情緒不安定女。

 そんな女と友達?

 彼女は見る目が無いのだろうか?

 

(いや、そうなるのは、良いことではあるんですけれど)

 

 サイレント・セブンスターとは元々、どこかで友好を結ぼうと思っていた。

 彼女自身に何か特別な思い入れがあるのではなく、ルード・ロヌマーの関係者だから、関わりを持っておこう、という打算からであった。

 正直なところ、トリスティーナは彼をあまり信用していない。

 もちろん命の恩人ではあるし、彼に政争の道具として使われるということに不満を抱いているわけでも、約束を反故にする気でもない。

 

 ただ、ルードはあの男と、どこか似たような香りがする。

 だから、あまり心を許そうとは思わなかった。

 彼が大事にしているナナホシと仲良くなれば、そういった憂いは断ち切れるだろうと考えていた。

 

 まさか、向こうから誘われるとは思わなかった。

 利用してやろう、とか思っていたはずなのだが、今はもう、私はやめておけと言いたくてたまらない。

 

「…………」

「う」

 

 ナナホシは変わらぬ様子で返答を待っていた。

 どう断ろうか考える。

 打算なんてもうどこかに吹き飛んでいた。

 

 しかし、あれだ。

 とても腕が痛い。

 ナナホシが腕で遊び始めている。

 

「わ、私は、色々な厄介事を背負っています。あの男にどうされるかも、分かりません。距離を取っておいた方が、いいに決まっています」

「ルードさんならきっとどうにかしてくれるわ。どうせ駄目だ、って思いながら生活するのって、辛くない?」

「変に希望を持つよりは……全然」

 

 ダリウスは強大だ。持ち前の狡猾さで上級大臣にまで上り詰めた手腕は、超えるにはあまりにも大きすぎる壁である。

 サウロスたちが失敗し、第二王女派が失脚し、自分はダリウスの元に連れていかれる。

 あり得る結末だろう。

 

「大丈夫」

「何を根拠に……」

「ルードさん、背負うの好きだし」

 

 言っている意味はよく分からなかった。

 

「ほら、暗いことばかりじゃなくて、今回の一件が終わってからしたいこと、考えましょうよ」

 

 だけど、ナナホシが自分を気遣ってくれているのだということは痛いほどわかった。

 トリスティーナは視線を落とす。ナナホシに握られた自分の腕が見えた。

 

「どうして、私を気遣ってくださるのでしょうか? 私みたいな人間は、簡単に見捨てられるのが普通です。今回みたいなのは、私に利用価値があるからというだけで、友達に、なんていうのは」

「……」

 

 サウロスは確かに変わった人で、善人であるのだとは思う。

 領民を第一優先に動く領主なんてものは彼ぐらいのものだろう。

 でもきっと、利用価値が無ければ、こんな関係にはならなかった――

 

「よーしよしよしよし」

「きゃっ!?」

 

 腕を引かれて抱え込まれる。

 頭をがしがしと撫でられた。

 

「え? ……え? な、なんです、か、えっ?」

「タントリスさんは貴族であろうがなかろうが助けたでしょ」

「……」

 

 髪をぐちゃぐちゃにされながら、助けられた時のことを思い出す。

 

「それに、私もつらい時があったから。その時、ルードさんに色々親切にしてもらって、どうにか折れずに済んだから」

 

 ナナホシは、王都アルスまでの旅路を思い出す。

 何もないわけではなかった。

 知らない場所と知らない人と、知らない常識。

 それでもなんとかやってこれたのは、彼がいてくれたからではないだろうか。

 

「……要は、おすそ分け?」

 

 自分には余裕がある。

 人に親切にしたって罰は当たらない。

 撫でる手を止め、トリスティーナの頭を抱えるように抱きしめる。

 

「まだ外が怖い?」

「…………い、え」

 

 ナナホシの身体は温かい。

 触れていると、恐れていたものが遠ざかっていくように感じる。

 

「……眠くなるまで、何かお話でもしましょうか」

「お話」

「と言っても、知っている話なんて……ああ」

 

 そういえば、と。

 この世界に来てから、ずっと聞かされていた話がある。

 

「んんっ。えー、ルード・ロヌマーの昔話」

 

 彼女に受けるかどうかはわからないが、時間をつぶすくらいならできるだろう。

 この話を聞いてから受ける授業のことは、不思議と嫌いではなかった。

 

「まずは、そうね。被虐の姫ニンフィが大怪獣ソマルゴンに襲われるところからかしらね」

「…………?」

 

 ロウソクの火はまだ消えない。

 

 


 

 

「……嫌なことを思い出したな」

 

 夜。

 俺は、トリスティーナの叫びで目を覚ましていた。

 男の俺が出る幕じゃないと思って寝たふりをしていたが、それでよかったようだ。

 ナナホシが設定盛り盛りの昔話を聞かせようとしているところで、自分の部屋に戻るために踵を返す。

 ナナホシがあそこまで世話焼きだとは思わなかったな。

 珍しい一面を垣間見た。

 

 しかし、そうか。

 トリスティーナのトラウマは相当なものだったらしい。

 どうにかしてやりたい気持ちもあるが、この屋敷にいるのは俺とサウロスとアルフォンス、それからナナホシ。

 異性に恐怖心を抱いている彼女に接することができるのは、ナナホシだけだ。

 こうして自分から関わりに行ってくれたのは、ありがたい。

 道具として使ってハイ終わり、じゃ後味が悪いからな。

 これで、改善に向かってくれるといいんだが。

 

「……」

 

 廊下の窓から星空を見上げる。

 ふと、思い出していた。

 俺が、女というものをどんな風に扱ってきたのか。

 特に荒れていた時期のことを。

 

 トリスティーナの叫びが、いやに耳に残っていた。

 

 

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