七星と、七銘のルーデウス   作:マブダチ

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第二話「クルーエル」

 

 結局、最寄りの村にたどり着けたのは、夜も更け始めた時だった。

 

 最初のうちはあれこれと尋ねてきたナナホシだったが、数時間前からずっと静かなままだ。

 知りたいことを全て知れたから、というわけではないだろう。

 疲れ切っているのか。

 様子を見れば、右足をかばったような歩き方をしているのがわかる。

 長距離の歩行に向かないローファーだ。靴擦れとかを起こしているのかもしれない。

 

 たどり着いた村の名前は『ムケハ村』。

 聞いたことのない村だ。

 ブエナ村よりも規模が二回りくらい小さいが、王都アルスへ続く街道に沿って家屋が立っている。

 宿場町というやつだろうか。

 

『街道が途切れてる……』

『フィットア領消滅の範囲がここまでだったんだろう』

 

 ナナホシが振り返り、今まで歩いてきた道を見つめる。

 その隣には、ムケハ村の看板だろうか、木の板の表面がきれいに削られていた。

 

『私が原因みたいなものだっていうのは聞きましたけど、それって、えっと……他の人は、その』

『……誰も気づいていないだろう。お前が言いふらさない限り、それを知っているのは俺とお前だけだ』

『そ、うですか……それは、良かったです』

 

 ナナホシは力なく笑った。

 ……彼女の口からそれが語られたとき、シルフィ(あの時はフィッツだった)は激怒して危害を加えようとしていた。

 文字通りの災害。本来であれば憎む相手のいないそれに、その相手が出来たら、投げられる石の数は1つや2つじゃない。

 怖くなるのも仕方ないだろう。

 被害者であることを説明しても、分かってくれない相手というのはいるものだ。

 

『あまり気にするな……と言っても、しばらくは気にするのだろうがな』

『……ちょっと、難しいかもしれませんね』

『お前の使命は元の世界に帰ることだろう。こんな世界に構う必要はない』

 

 そう言うと、しばらく会話が止まる。

 コツコツ、と整備された街道の石畳を踏む音だけが響く。

 

『あの……これは、言うのを忘れてたことなんですが』

『なんだ?』

『私のほかに――2人、この世界に来ているのかもしれなくて。本当に、ただの推測なんですが……私がこの世界に来るとき、そばにいた2人です』

 

 ……忘れていた。

 思わず足が止まる。

 そうだ。ナナホシが帰りたがっていた理由。

 名前は、そう……

 

『篠原秋人、黒木誠司……あ、ごめんなさい。名前を言ってもわからないですよね』

『いや……』

『今まで歩いてきて見つからなかったので、その、もしかしたら、他の場所でこうした”消滅”が起きてたりしないのかな、って。そこにいたりするんじゃないか、って』

 

 彼らはここにはいない。

 ここに召喚されたのは、なぜかナナホシだけなのだ。

 

『……他の場所で魔力災害が発生したというのは――』

『分からないじゃないですか!』

 

 大声を出したナナホシは、ハッとして口を押さえる。

 

 俺はこの事件の全貌をあらかた知っている。

 とはいえ、それは多くの時間を費やして集まった情報を俺が手に入れることができたから知っているというだけで。

 なぜ知っているかを1から説明しようにも、”俺は未来から来た”と馬鹿正直に言うしかない。

 たとえそれを信じたとしても、結果として、ナナホシがどうなったか――帰れたか、帰れなかったか、聞かれるだろう。

 どう答えたとしても、いつかその時はやってくる。帰れないと分かる日が。

 

『……そうだな。すまない。憶測で語った』

『あ、いえ……ごめんなさい』

 

 なんにせよ、彼女の調子じゃ、自分で確かめるまで納得しないだろう。

 たしか、他に転移者がいないか、オルステッドと一緒になって1年以上も捜し歩いていたはずだしな。

 

 ……オルステッド、か。

 本来であれば、ナナホシを拾って共に行動していた。

 今もこの辺にいるのだろうか。

 それとも、尻尾をつかませないように隠れ潜んでいるのだろうか。

 この日に飛んで数時間、すでに歴史は変わり始めている。

 

『目的地の王都アルスには多くの情報が集まってくる。そこで情報収集を行って、それから行動の方針を決めるのがいいだろう』

『あ……その、それ、なんですが』

 

 おずおず、といった感じで手を挙げる。

 

『出来れば、言葉とかを教えてもらいたい、んですけど……厚かましい、ですかね』

『……? 言われずとも教えるつもりだったが』

『……何から何まで……本当、ありがとうございます』

 

 言葉も教えずあとは頑張れ、なんて鬼畜なことをしそうに見えたのだろうか。

 

 まあ教えるまでもなさそうだが。

 彼女は日本語の一切ない世界でも、1年で人間語を習得していた。

 転移者を探す片手間に、だ。

 

『とにかく、宿を探さなければな』

 

 その言葉に、思い出したかのようにナナホシのおなかが鳴る。

 育ち盛りなのはいいことだ。この世界の料理は、彼女にとってあまり慣れ親しんだものではないが……。

 

 その辺はおいおい、どうにかしていけばいい。

 

『……ん?』

 

 人がいる。

 視えたわけじゃないが、気配を感じ取った。

 歩幅を狭くしつつ、いつでも戦えるように傲慢なる水竜王に手をかけておく。

 

 この気配はなんとなく覚えがある。

 洗練された魔力は闘気によるものだろう。

 剣士か。しかもそこそこの。それが近づいてきている。

 

 それが、近くの建物の扉のところまで来て――

 

『あの――』

「あ、あのっ!」

 

 様子の変わった俺にナナホシが声をかけるのと同時に、扉が開かれた。

 相当勢いよく開けられたのだろう、すぐそばの壁につけられた看板がゆらゆらと揺れた。

 異国の者にもわかりやすい、宿屋のマークが印されている。

 

「急に申し訳ありません、お二方! フィットア領の方から参られたのですか!?」

『……? あっ』

 

 ナナホシは最初怪訝そうな顔をし、それがこの世界の言葉であることを察すると俺の後ろに隠れた。

 よく通る声で叫ぶのは、青みがかった黒髪の、よく整った顔をした少年だった。

 見ようによっては青年ともとれるかもしれない。

 

「ああ。それがどうかしたか」

「差し支えなければ、フィットア領の現状を教えていただきたいのです!」

 

 ……ふむ。

 まあ教えない理由はない。というか見たまんまですとしか言えない。

 

 しかし、何か引っかかる。

 この顔に見覚えがあるのだろうか。

 

「良いだろう。だが、俺たちは今、今晩の宿を探している。そちらに邪魔していいのであれば、そちらで話したい」

「ありがとうございます! ……といっても、相部屋になってしまいますが、それでも構いませんか?」

「ちょうど無一文なんだ。雨風をしのげればそれでいい」

 

 ナナホシにも一応確認はとる。

 

『この世界の治安って……』

『良い、とは、言えないが』

 

 少し葛藤しているようだ。

 ……最悪、土魔術でそれっぽいのが作れないわけではないが。

 

 話し込む俺たちの方に、少年が向かってくる。

 月明かりが差し込んで、より少年の顔がくっきりと分かる。

 やっぱり、見覚えがある。

 

「失礼だが、名前は?」

「あ、っと……こちらこそ失礼しました」

 

 ビシッ、と擬音が付きそうなくらい素早く態勢を整えた。

 

「私の名前はタントリス。タントリス・クルーエルです」

「クルーエル……まさか、イゾルテ・クルーエルの関係者か!」

「ええ、イゾルテは私の妹です。……しかし、そうですか。そちらで覚えられているとは……小さいながらも水聖になった天才ですから、しょうがないといえばしょうがないのでしょうけれど」

 

 イゾルテ・クルーエル。

 その名には覚えがある。

 俺の記憶では、水帝にまでなっていた水神流の剣士だ。

 

「そうか……兄、か」

 

 ……シルフィたちのクーデターを阻止したのがその女だった。

 仇でもあったし、ヒトガミの使徒ではないかと疑ったこともある。

 結局違ったが。

 何も知らなかった。

 そして、殺した。

 

「あの……?」

「いいや、なんでもない。その名前に懐かしいものを感じただけだ。……邪魔させてくれるんだろう? 部屋まで案内してくれ」

「そうでしたね。こちらです。……わけあって妹がベッドで休んでいますが、気にしないでください」

 

 いるのか。それは、好都合なのかもしれないな。

 変な話だが、俺が殺したことによって、使徒ではないことがわかった奴らが何人もいる。

 むろん、だからといって俺の味方になるわけじゃないが……早いうちに接触しておくことが功を奏すかもしれないしな。

 

『行くんですか?』

『ああ、この男なら信用できるだろう』

『知り合いなんですか?』

『そういうわけではない。全く知らないというわけではないが、他人だ』

『治安、あまりよくないってことでしたけど、不用心では?』

『強ければ、こういう振る舞いもできる』

 

 タントリスはたしか水神流の上級剣士だったはずだ。

 中級が平均の世界だから、そこら辺のチンピラには負けない自負があるのだろう。

 

「そちらの方は?」

「人間語がわからないんだ。あまり気にしないでいい」

 

 宿屋は、特筆すべき点のない普通の内装だった。

 近くの、おそらく食事用のスペースだろう、小部屋の奥には店主らしき男がいて、こちらを一瞥するだけで何も言ってこなかった。

 こんな事態になっても避難しないで営業っていうのは、商魂たくましいのかなんなのか……。

 

『……靴を脱ぐ必要はないぞ』

『えっ、あっ、そうなんですか』

 

 どうやら彼の部屋は二階の方にあるらしい。

 建てられてから結構年数がたっているのか、ぎいぎい鳴る階段を上りつつ、タントリスが聞いてきた。

 

「もしよろしければ、お二方のお名前を教えていただけませんか?」

 

 そうだな……。

 ルーデウス・グレイラットの名前を言おうかと思ったが、すでにこの世界にルーデウスが存在する以上、得策ではないだろう。

 かっこいい名前でも作りたいものだが、わざわざ考え込んであからさまに偽名だって思われるのも良くない。

 

「ルード」

 

 結果として口から出てきたのは、かつて使っていた偽名だった。

 

「ルード・ロヌマー。バシェラント公国から出稼ぎにきた、一介の魔術師だ」

 

 もう1人。七星静香の名前。

 これは迷わなかった。

 

「そしてその助手、サイレント・セブンスターだ」

 

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