七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
タントリスに連れられて部屋に入る。
どうやら大人数が安い料金で泊まるような宿らしく、部屋はここだけのそうだ。
「本来であれば、この辺りじゃ名の知れた隊商の方々が泊まる予定だったらしいのですが……」
しかし、フィットア領の消滅に巻き込まれ、この部屋が空いてしまった。
「私たちはもともと、ロアの道場に滞在していました。今日アルスに帰還するはずだったのですが、あの光に飲み込まれて、乗っていた馬車が半壊し、御者もその時の事故で……」
「間一髪だったということか」
「……そうですね。こうして生きていられるだけ幸いというものでしょう。……ただ、すぐに被害の確認に行こうにも、妹のイゾルテが足を怪我してしまいましてね。それを見かねたここのマスターがこの部屋を使わせてくれたんです」
複数並んだベッドのうち、手前にあったものの布団がのそりと動く。
緩慢な動きで、寝ていた人物が起き上がる。
タントリスによく似た顔つきの少女だった。
「……兄上、旅のお方に迷惑は掛けてはいけませんよ」
「無理を言って連れてこられたわけではない。だが代わりに今日はここに泊まらせてもらうことになった。構わないな? イゾルテ・クルーエル」
少女、イゾルテ・クルーエルは兄のタントリスに確認するように目配せする。
「ルード・ロヌマーさんと、サイレント・セブンスターさんです」
「……私の名前は既にご存知のようですし、自己紹介は控えさせていただきます。どうやら、フィットア領の方から来られたとか」
イゾルテは吟味するように俺たちを見てくる。
後ろめたいことがないわけではないため目をそらしそうになるが、我慢だ我慢。
今の俺たちに敵対する理由はない。堂々としていればいいのだ。
「ああ。それで話が聞きたいとな」
「兄上がすみません。……私がこんな状態ですから、動くに動けなくて困っていたところなのです」
『わっ……』
布団の横からすらりとした足が伸びてくる。
足首が大きく腫れあがっていた。
ナナホシはそれを見て、乙女チックに口を手で押さえている。
……日本じゃ、怪我なんて一大イベントみたいなものだったし、やっぱり珍しいのだろう。
「一応、初級の治癒魔術は使ったのですが……定期的に使わないと、痛みがぶり返してくるみたいなのです」
「……稽古に骨折なんてつきものですし、慣れていますから。兄上が少し大げさすぎるだけで」
強がり……ではないのだろうな。
タントリスの話では、彼女はもう聖級剣士だ。
それぐらいは確かに慣れたものなのだろう。
そんな彼女が怪我を負うくらいには、馬車の事故というのはかなり大きなものだったのか。
見たところ、タントリスは二十歳を超えてもいないぐらいの若さだ。
突然災害に巻き込まれて、妹が怪我をして、被害を確認しようにも動けない。
ロアに道場があると言っていた。
もちろん知り合いもいただろう。
どうなったかもわからないままで、やきもきする気持ちもあっただろう。
「……よし。見せてみろ」
「え?」
その姿に昔の俺を重ねたわけではないが。
これに手を貸さないのはどうにも気持ちが悪い。
「ルードさん、もしかして治癒魔術が使えるのですか?」
「ああ。こう見えても魔術師だからな」
「……どう見ても魔術師なのでは? 杖とか持ってますし」
イゾルテが座りなおして、患部を俺に見せてくる。
俺も骨折とかしまくっていたからな……痛みに慣れていても、動けないのは不便だ。
それに、まあ。
なんというか。
罪滅ぼし的なのもあるのかもしれない。
前回の俺はくそったれで、他人を何とも思わないような生き方をしていた。
あのままだったら、結局死ぬまで一人だっただろうし……。
……いや、恩を売るだけだ。
それ以上の深い理由はない。
バシェラント公国の魔術師、ルード・ロヌマーはお節介焼きなのだ。
そういう設定なだけだ。
「触るぞ」
「はい……」
細い足だな。
引き締まっているとも言えるが、筋肉ばかりというわけではない。
こんな身体が、いつしか水帝としての力を身に付けるのだから不思議なものだ。
「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん――『エクスヒーリング』」
唱えたのは中級治癒魔術。
青く腫れあがっていた足首が、見る見るうちに健康的な足に戻っていく。
『うそ……』
ナナホシが驚いて瞬きを繰り返している間に、骨折は治ってしまった。
イゾルテは動きに支障がないか、軽く動かして確認した後、ベッドの脇に立ち上がってみた。
「イゾルテ、大丈夫なのですか?」
「はい。もう問題ありません。……心配をかけてすみません、兄上」
それから俺のほうへ向き直ると、
「兄上のわがままに付き合っていただいただけでなく、こうして私の怪我を治していただいて、感謝しかありません」
「私からも礼を言わせてください。ありがとうございます」
「む……」
そう感謝してきた。
どことなくむず痒い。
こんな風に頭を下げられたのは久しぶりだからだろうか。
「……俺は冒険者だ。こうした縁が大事であることは身に染みてわかっているからな」
「おお、さすがルードさんです!」
「さすがはやめろ……」
カッコつけてそんなことを言ったらタントリスから尊敬のまなざしを向けられてしまった。
イゾルテも、どことなく信用の色が垣間見える目でこちらを見てくる。
これが若さというやつか。
「とにかくだ。聞きたがっていたフィットア領の話。俺の知る限りでよければ、話すぞ」
そういうと、イゾルテたちは思い思いの場所に座った。
ここには椅子がないからベッドや窓際に腰掛ける形になる。
ナナホシは話に入れないのがわかっているからか、少し離れた場所に座っていた。
何かを確認するようにローファーを脱いで、ソックスをめくっている。
……後であいつにも治癒魔術かけとくか。
――ドライン病にも、気を付けなければいけないな。