七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
フィットア領の惨状を聞き、彼らがまともな反応を返すまで、少し時間がかかった。
「……信じ、られませんね……全部、消えたなどと」
「いえ、ですが……ここから見える範囲だけが消えた、などと都合のいい現実ではないのは、薄々気づいていたことでしょう」
タントリスは渋い顔をしながらフィットア領のあった方角を窓から見つめる。
イゾルテは、兄とは反対にすんなりと俺の話を受け入れた。
話の信憑性を高めるために、千里眼を見せたのが効いたのかもしれない。
「……そう、ですね……ルードさんのことを疑っているわけではないんです。ただ、急すぎるでしょう……何もかも」
「兄上……」
二人とも、ある程度は覚悟していたみたいだ。
俺から話を聞きたがったのは、一縷の望みがあったからだろう。
「……すみません。ルードさんも苦労されたでしょうに」
「いや、俺たちは何か被害に遭ったわけではない。偶然あの災害に居合わせただけだ」
だがその望みが絶たれたとあって、そのショックは小さくないようだった。
この日に起きた悲劇はあまりにも大きすぎる。
事件の報は王都アルスへと伝えられ、混乱と絶望は瞬く間に波及する。
フィットア領転移事件とはそういうものだ。
ここで、魔術師としてそれらしい仮説を説明して、安心させるという案もある。
実際、誰もかれもが消えてなくなったわけではなく、運が良ければ、どこかに転移して生きてる奴もいたりするしな。
しかしそれでは不自然だ。ただでさえフィットア領からやってきた自称冒険者なんだ、関係者かと疑われたくはない。
「もしかしたら生き残りがいるかもしれないが、すぐに見つかるということはおそらくない。王都アルスにいるのだったら、そこで情報が集まるのを待つしかないな」
「……無事でいてくれるといいのですが」
俺の言葉を下手な慰めと受け取ったのかはわからないが、タントリスの返答に力は無かった。
「……」
それから無言の時間が続く。
この状況では何を言っても逆効果だろう。
気まずい状況を悟ったのか、ナナホシがもう少し離れようとして立ち上がったところ、部屋の扉がたたかれた。
「はい?」
タントリスが応える。
扉の向こうから顔を出したのは、下の部屋にいたマスターだった。
マスターが手に持つトレーには、湯気が立つシチューと、ありきたりなパンが乗っている。
部屋の中までやってくると、イゾルテのほうを向いて目を丸くした。
「足、治ったのかい?」
「ええ、はい。こちらの方に治していただいたんです。……マスターにも迷惑をかけてしまいましたね。申し訳ありません」
「いや、いや。それならそれでいいさ。とりあえず、今晩の飯を作ったから持ってきたんだが、下で食べれそうかね?」
「はい。ありがとうございます」
がっはっは、と豪快に笑うおっさんマスター。
「あんな災害に巻き込まれて大変だっただろうけど、とりあえず腹いっぱいにして、ちゃんと寝るんだぞぅ!」
災害に巻き込まれたのはマスターも一緒だったろうに。
イゾルテとタントリスはたがいに目を合わせて、笑いあった。
力ない笑いではあるが、先ほどまでの気まずい空気はない。
と、ナナホシのおなかの音が鳴った。
どうやらシチューの匂いに限界がきているようだ。
「そっちのお客さんの分もあるからね」
「……いいのか?」
「今日は大人数相手に食事を出す予定だったからさ、食材が有り余ってるんだ。あんまり日持ちがいいわけじゃないから、食ってもらわんと困るんだよ」
「なら、言葉に甘えさせてもらおう」
気づけばナナホシは隣に立っていた。
一応食べるか確認すると、ものすごい勢いで頷かれた。
言語の壁を超越して、会話の意味を理解したのだろうか。
そんな腹ペコキャラでもないだろう、お前……。
もしかしたら、地球ではダイエットでもしていたのかもしれないな。
とにかく、そういうことで、俺たちは食事にありつけることになったのだった。
食事のあと、クルーエル兄妹は部屋に戻りすぐに寝てしまった。
緊張状態の中、温かい料理を食べたからだろう。
その食事中の話ではあるが、2人からある誘いを受けていた。
「――もしよろしければ、私たちと一緒に王都アルスまで行きませんか?」
その場で決めることはできず、明日の朝答えると言ってしまった。
どうしたものか。
たぶん、旅は俺とナナホシだけのほうが短く終わる。
ナナホシに貸してるローブは魔力付与品だし、俺自身は重力魔術の応用で常人よりは早く歩ける。
だが、王都アルスについてからの伝手がない。
金は捻出できなくもないが、装備を売るのは気が引ける。
いつか同じものが見つかって、俺が詐欺師呼ばわりされるのは避けたい。
杞憂の可能性もあるけどな。
そういった点を考えると、彼らと行動を共にするのは色々都合がいい。
クルーエルといえば水神レイダ・リィアの孫だ。
何より信用があるから、その分街中で動きやすくなる。
それに、金がない俺たちを放っておくタイプでもなさそうだし、休める場所くらいは用意してくれそうだ。
俺は別になくてもいいが、ナナホシがいるからな。
「……イゾルテ・クルーエル、か」
彼女はヒトガミの使徒ではない。
だが、敵だった。
シルフィの仇だった。
そんなイゾルテの怪我を治し、共に行動しないかという誘いに決断できない今の現状を、あの頃の俺が見たらどう思うだろうか。
――戦いは数だ。
ヒトガミは多くの駒を持っている。
それをして、俺を追い詰め、ロキシーたちを殺してみせた。
結局、俺が一矢を報いることができなかったのは、俺がほとんど一人だったからではないか。
そう思っている。
今回はその生き方を改めなきゃいけない。
とにかく、味方を増やす。
それも闇雲にではない。
考えて選ばなければ、背中から刺される。
全て過ぎ去ってしまったことだが、ロキシーたちに行った一連のことを考えると、ヒトガミの考えが見えてくる。
奴は言った。
『君が馬鹿なおかげで、僕の思い通りに事が進んだよ』
目的はわからない。
だが、あいつの狙いはロキシーたちにあった。
奴は言葉巧みに俺を信用させ、最後の最後で裏切った。
ならば、俺にとっての最優先目標は、あいつが狙っていそうな事象の阻止にある。
分かりやすいので言えば、ロキシーが魔石病にかかったことだ。
あれはヒトガミ自身がそうしろと告げたうえでの結果だったから分かりやすい。
もう1つはアリエル・アネモイ・アスラ陣営によるクーデター、そしてその失敗だ。
その失敗により、シルフィ含めアリエルの手勢は全滅。
俺は、ヒトガミは俺を絶望させるためだけにそんなことをしたのだと思っていた。
だけど、たぶん違うのだろう。
そう思ったのは、まず、その時に行動を起こしたヒトガミの使徒。
まずはアリエルの側近、ルーク・ノトス・グレイラット。
奴の女が、ルークが神のお告げを聞いた、というようなことを言っていたから、間違いはないだろう。
そしてもう1人は……正直自信はない。
おそらく、アスラ王国第1王子であるグラーヴェル・ザフィン・アスラか、上級大臣のダリウス・シルバ・ガニウス、このどちらかだろう。
あのクーデターについて調べたが、第1王子陣営から水神や北帝を雇ったという情報が手に入った。
剣客として招いたとかではない。
ボディーガードとして雇っていたのだ、間違いなくヒトガミからお告げを受けている。
そして、両陣営を、いや、どちらか片方に甘い嘘をつき、もう片方に危険を知らせる。
マッチポンプで潰し合わせるのだ。
……おかしな話だ。
俺を絶望させるだけだったら、そこらの物乞いの夢にでも現れて、俺がいない間に屋敷に火を放たせたり、腕の立つ剣士でも魔術師でも操って襲撃させればいい。
だがしなかった。
何がしたかったか。
「アリエル陣営の勝利の阻止……」
広い視点で見れば、その真実が見えてくる。
歴史を変えるほどの大きな事象。奴はそれを阻止したくて仕方なかった。
それほど大きな出来事と並ぶほど、奴にとって重要だったのがロキシーの殺害。
俺は、そういったものを止めればいい。
大きな転換点になるのは、ルーデウス・グレイラットがロキシーと子供を作る、となった時点。
ならそれまでに、ヒトガミの敵……とまではいかなくとも、ヒトガミの味方にはならなそうなやつを見つけておきたい。
ヒトガミの傾向として、”阻止したい目的”の中心人物を操れないところがある。
アリエルやロキシーなどは操れないが、代わりにルークや俺を操って目的を達成させた。
そして、おそらく奴は周到なのだろう。
わかりやすく陣営が分かれるような戦いになる場合、奴はそのどちらの陣営にも使徒を忍ばせる。
結果として動かしやすい権力者などが使徒に選ばれやすいのではないか、と考えている。
……そうなると、水神としての地位を持つレイダ・リィアも危ないか?
グレーゾーンは出来るだけ避けていったほうがよさそうだな。
俺が歴史を変えた結果、ヒトガミが使徒を変えることは必ず起こるだろう。
気になるのは、ヒトガミがどれだけ同時に人を操れるかだが……。
俺がすべきなのは、その時俺の敵に回らないよう、出来るだけ根回しをすることだ。
そこまで考えていると、背後の扉が開かれた。
『ルードさん……外にいらしたんですか』
顔をのぞかせたのはナナホシだった。
格好は制服のままで、俺のローブを折りたたんで持っていた。
『ナナホシか、どうしたんだ? 湯あみが終わったら寝ていいと言ったはずだが』
『言語の違う人と一緒の部屋で寝るのはやっぱり怖くて……。ルードさんはどうして外に?』
『……夜風に当たりたくなってな』
ナナホシが隣に座る。
ただのお湯で身体をふいただけのはずだが、かすかにシャンプーの香りを感じる。
『すごいですね、星』
『明かりが少ないからな』
2人でしばらく空を眺める。
別に何かを考えたりはしない。
頭を空っぽにして、ただ見ているだけだ。
『あの、ルードさん』
しばらくそうしていると、彼女のほうから声をかけてきた。
『フィットア領転移事件、でしたっけ? ……その、人とか物とか、全部転移してしまったんですよね?』
『ああ、それがどうかしたか?』
『いえ……なら、ルードさんはどうしてあそこに立っていたのかな、と』
俺は星空から目を離さない。
『……いつか、話す』
『いつか、ですか……?』
ナナホシは納得がいかない様子だったが、あまりがつがつ聞けないのだろう、食い下がることはしなかった。
『では、どうして、私にこうも親切にしてくれるのかは……』
『……』
『それも、いつか、なんですか……?』
『ああ……』
適当に嘘でもつけばよかったか。
これじゃ不気味だろうか。
同郷のよしみ、ってことでもよかったかもな。
向こうで生きてた時間より、こっちで生きてた時間のほうが長いから微妙なところではあるんだが。
『湯冷めして風邪ひかれても困るし、戻って寝るとしよう』
『あ、はい』
……適当に話題でも出そうと思って空を見ていたが、北斗七星なんて無かったな。
そりゃ、地球と同じ空なわけがない。
だけどそういうの、何となく寂しいかもしれない。
まあ、どうでもいいか。
とにかく、明日からだ。
今日はゆっくり、休むとしよう。