七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
ムケハ村を発ってから三週間近くが経とうとしていた。
順調に王都アルスへと近づいてきてはいるが、馬車が見つからず、旅は遅々としてしまっている。
だが悪いことばかりではない。
空いた時間を使ってナナホシに言語を教え続けてきた成果が現れ始めたのだ。
会話も、片言ながらできるようになった。
独特な訛りや、早口、難しい言い回しなどには対応できないようだが、ゆっくり喋ってくれるクルーエル兄妹とは、俺を介さないでもある程度コミュニケーションが取れるようになった。
ハリウッド映画などを日本語字幕で見ると、英語を勝手に覚える、なんてこともあるらしい。
クルーエル兄妹との談話は、そういった意味合いも強くあったのではないだろうか。
文字も並行して教えていたが、こちらも、あと僅かな時間で日常生活では不自由しないレベルになるだろう。
ナナホシは『バスク語とか、そこそこマイナーな言語に似てるわね』とか言っていた。
高校生のレベルは、俺が引きこもっていた間に相当高くなっていたのかもしれない。
ナナホシは、クルーエル兄妹、特にイゾルテと一緒にいることが多くなった。
イゾルテたちが気を利かせて、というわけではなく、どうやらナナホシから声をかけたりしているらしい。
もうすっかり友達だ。
毎日が楽しそうなナナホシを見るのは、久しぶりな気がする。
……いや、俺でもあんな満面の笑みは見たことがない。
クルーエル兄妹は、ナナホシにとってこの世界の最初の友達だ。
きっと、心の拠り所になってくれるだろう。
その日は、予想外のアクシデントに巻き込まれ、かなり時間を食ってしまった。
隣町へと向かう途中、車輪部分を破損してしまった馬車を見つけ、それを直してやろうという話になったのだが。
まあかなり手こずってしまったわけだ。
結果として、既に空は暗くなりつつあった。
「……申し訳ありません。私が出しゃばりすぎたばっかりに」
率先して行動していたタントリスがそう謝罪する。
たしかにあの馬車を無視していれば今頃は町に着いていただろうが、そんなことができるような図太い神経をしたやつはここにいないだろう。
「一応野営の道具を購入しておいてよかったですね。今日は雨が降らなさそうですし、風もほとんどない。謝ることはありませんよ、兄上」
「人助け、良いこと。旅、アクシデント、付き物……でしょう?」
「……ありがとうございます、二人とも」
とはいえ、三週間も旅しておいてあれだが、これが初の野営となる。
ナナホシにとって負担にならなければいいのだが……。
『キャンプね』
ワクワクしていた。
ナナホシはなんにでもワクワクする。
「完全に暗くなる前に、野営の準備をしてしまおう」
俺の合図に頷いて、クルーエル兄妹が街道から少し離れた場所に野営の準備を始めた。
俺たちはほとんどすることがない。
魔大陸と違って、薪を手に入れるために魔物を倒す、なんて手間も必要ないので、とりあえずその光景を眺めるだけだ。
テキパキと、テントの準備や焚火の用意が済まされていく。
彼らにとっては慣れたものらしい。
冒険者ではないようだが、王都アルスにある道場から他の町の道場へ向かうことが結構あるらしく、その中で培った経験だそう。
なんでも、タントリスは道場の経営を任されるかもしれない、ということで、他の道場の経営者へ直接会いに行って、そこで経営のノウハウを教わっているみたいだ。
イゾルテはそれについて行って、兄が経営について教わる礼として、若き水聖としてその道場で剣術を教えているんだとか。
大したものだ、と思う。
タントリスは成人したとはいっても、まだ若い。
この年から、相当な距離を行ったり来たりして勉強しているというのだから。
そんなこんなで、あっという間に設営が終わった。
「すごい……!」
「そうですか? ただの野営の準備ですよ?」
ぱちぱち、と火のついた薪から音が聞こえる。
ナナホシにとっては物珍しいようで、そばでじっと火を見つめていた。
『うわ、目が』
そして眩しさに涙していた。
焚火の熱も煙も目に悪いんだからな。
『ルードさん、すみません、水を』
宙に浮かせた水を手ですくって、ナナホシは自分の目を洗った。
……最近、ことあるごとに使われてる気がする。
威厳が足りないのだろうか。
これでは親しみやすさがあると思われてしまう。
ルードちゃんだ。
それはよくない。
「……どういう顔ですか、それ?」
イゾルテは冷たく突っ込むと、テントの中に入っていってしまった。
変だっただろうか、威厳のある顔は……。
気を取り直すために、咳ばらいを一つ。
『初めて外で寝る、となると寝つきが悪かったり、眠りが浅かったりすることがある。ナナホシももう休んでしまったほうがいい』
「……」
『……そんな顔をされてもだな』
もう少し初キャンプを楽しみたいです! という気持ちが込められていた。
前までだったら俺の言葉に素直に従ってくれていたものなのだが。
……良い変化だとは思うんだけどな。
仕方ない。
『眠くなったら寝るんだぞ』
『はい!』
俺も随分甘くなった、ような気がする。
野営では寝ずの番(見張り役だ)を交代制で立て、仲間の安全を守る必要がある。
設営してもらったし、まずは俺が番を担当することにした。
ついでにナナホシが起きてても、あまり違いはないだろう。
土魔術で椅子を作り、そこに二人で座った。
これまた魔術で作ったカップに、お湯を注ぐ。
本当はコーヒーとかのほうが趣があって良かったのだが、これでも風情はあるものだろう。
ナナホシにも同じものを渡す。
同時に口にし、温かい感触が胃の中に落ちるのを堪能した。
『外だと、白湯でもおいしいですね』
『そうだな』
俺にとって、外での飲食は珍しいものではなかった。
でも、うまい。
なんでだろうか。
ただの白湯だが、満足感が違う。
『……やっぱり星、きれいですよね。今は焚火の光もあって、ちょっと隠れてますけど』
『ああ……そうだな』
多分、その時は、こうして星について語らうなんてこともなかったからだろう。
心に余裕があるから、充実感があるんだ。
『この世界にはこの世界の星座があるだろう。面白い逸話なんかもたくさんあるかもな』
ナナホシは星と星を指でつなげて、自分だけの星座を作ろうとしていた。
水神座、剣神座、技神座、龍神座、など。
水神座以外は、道中で見つけた七大列強の石碑を見かけたときに覚えたらしい。
星座を作っている途中に雲が差し掛かるとブーイングが入る。
ナナホシの表情はその都度ころころ変わっていた。
『今は、楽しいか?』
思わず、聞いてしまっていた。
まずいと思ったが、ナナホシは空から目を離さず、
『楽しいです』
そう答えた。
『アキとか、クロが見つからないとか、日本に帰りたいとか、思わないわけではないです。でも、楽しくないわけではないんです、ルードさん』
『……そうか』
『あ、見てください。あれ、こうつなげると――』
彼女がそう思っているのなら、俺は今、うまくやれているのだろう。
そうした実感を得ることで、少し肩の荷が降りたような気がした。
しばらくそうしていると、テントからイゾルテが顔を出した。
どうやら交代の時間らしい。
ナナホシはまだ元気そうだった。
つたない人間語で、星座の話をイゾルテにもしようとしている。
やっぱり、ああいう姿のほうが似合っているな。
そう思いながら、俺はテントの中へと入っていった。