それは、突然の出来事だった…。
私は、長谷川千雨、非常識が日常を侵食している麻帆良学園都市で寮生活を送っているものの、ごく普通の中学2年生だ。
貴重な夏休みに自室へと籠り、周囲には隠している趣味に没頭していた最中、不意に現れたのだ…彼女が…。
彼女は、一見して人間とは思えなかった。
精緻な装飾が施された軍服調の衣装に剣と銃らしきものを携えていることだけでも現実感を減らしていたが、時折、画像が乱れるように揺らぐ姿が、日常との乖離を際立たせていた。
彼女は私と同年代か、若干幼いかのように見えた。
長く美しい銀髪ときれいに整った容姿は、数多のアニメ作品に登場するヒロイン達に引けを取らないと思えたが、苦悶しつつ語りかけてきた内容を聞き進めるにつれ、驚愕と混乱が増す思考の片隅で、当然かと深く納得した。
創作上の登場人物「被造物」…彼女は、アルタイルと名乗った。
アルタイルは、とても辛く悲しい道行を経て、私の下に辿り着いていた。
何より、彼女は死別した創造主シマザキセツナと奇跡的な再会を果たし、共に歩むべく新たな世界へと旅立ったはずなのに、思い叶わず消滅の瀬戸際に立たされていた。
あまりにも理不尽な事態の原因は、単なる思い違い…全ての創作物を生み出した現実世界と認識していた場所もまた、いずこかで生み出された創作上の世界だった。
そして、無限の可能性を内包する事象の渦にとって、己の存在基盤から飛び出した被造物を容赦なく飲み込み、打ち砕くなど容易いことだった。
アルタイルは、再び大切な存在を失い…ただ一つの願いを果たすために全力を振り絞り、必滅の牙から逃れた。
被造物を構成するエネルギー「承認力」に満ち溢れ、比較的に揺らぎが大きく、ありえぬ者が潜り込める世界に望みを託すことによって…。
”ふざけるな…”
私自身と、その生きる世界が、創造主(さくしゃ)と支持者(ファン)によって構築されているなどと容易に認められるはずもない。
だが、そんな私の心情を酌む余裕もないアルタイルは、一心不乱に頼み込んできたのだ…。
「お願いだ…私を取り込んでくれ…」
「冗談じゃねえ…こういった非常識に喜んで手を貸す知人を紹介するから、あと少しがんばれ!」
「いや、君でなければ無理なのだ」
アルタイル曰く、この世界を形作る物語を紡ぐ人物「主人公」、私は膨大な二次創作作品によって、ある意味それさえ凌ぐ承認力を内包しており、唯一世界から不合理や矛盾を打ち消す修正力を凌駕できると…。
正直に言って嫌だった…主体となる私の記憶や意思は変わらないと言われても、他者の未練を背負うなんて、まっぴらごめんだった。
でもそれ以上に、こんな悲しい存在(アルタイル)が、このまま消え去ることを見過ごせなかった。
だから、私は…。
月日は流れ、中学2年生としての生活も、2か月弱を残すばかりとなっていた。
あの日、私は本来知る術がない設定(ひみつ)や在り得ざる能力(おもに)など多くを自覚したけれど、変わらぬ日常を過ごしていた。
この世界は、成り立ちからして揺らぎが大きく、修正力に抗うこともできなくはない…しかし、未来の可能性を読み解くことや、無理な干渉には、その規模に応じた負荷(ペナルティ)が付いて回り、おいそれと手は出せない。
それでいいと、私は常々思っている。
だけど、その瞬間、我を忘れた。
通学の途上で偶然目にした光景…大きな荷物と長い杖を持つ少年が、隣に合うように立っているクラスメイト、神楽坂アスナと近衛木乃香へと未制御の魔法を放つ様に…。
いわゆるファンサービスの一幕であることは判り切っていた。
だからと言って、うら若い乙女が、衆目の最中で衣類を全て消し飛ばされる…そんな恥辱を許すことなどできるはずもない。
だから、消し去った。
「森羅万象(ホロプシコン)」
慌てて座り込んだ街路のベンチで息を整える。
この世界に存在している魔法無効化能力であっても、誰かの二次創作で描かれた私から引き出せば、軽い頭痛と倦怠感に襲われる…むしろ、この程度なら御の字ではあるが…。
少年やクラスメイト達は、何事も無く学校へと向かったようだ。
私は気を取り直し、遅刻せぬようやや足早に、不調を堪えながら通学路を歩み始める。
そんな私の行動が、後々厄ネタを呼び込むことになるとは、思いもせずに…。
(続く)
拙い作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。