麻帆良学園、そして日本の東半分において西洋魔法の使い手達を束ねる長(おさ)の部屋から、重い宿命を背負う子供たちが退出すると…禿頭の老爺に傍らで控える精悍な男性は意を決し、瞠目すべき事態を部屋の主に報(しら)せた。
「学園長、魔法無効化能力でネギくんの暴発した魔力を消し去った者がいます…もちろん、アスナくんではありません」
「なんじゃと!?」
遥か彼方の天体で滅んだ、小さな王国の末裔に多く発現する危険な異能(ちから)…この地に秘した災厄と交われば、世界の命運を左右しかねない人物を、放置できるはずがなかった。
”結局、3学期の初日から遅刻かよ…”
幸い体調不良が原因であると、生活指導委員に認められ、イエローカードを免除されたものの記録は残る。
心身へのダメージに耐えながら2年A組の教室へと辿り着くと、まだ担任教師は来ておらず、朝のホームルームは、始まっていなかった。
なお、遅刻に際しては、担任教師に理由を説明してから着席する必要があるため、教卓側の扉から入室したのだが…古典的ないたずらに見舞われ、気合いを入れて整えた身だしなみは、粉と水まみれのひどい有り様に…。
仕掛けた、いたずら者の鳴滝姉妹は、即座に謝り、深く反省しているようだったので許した…と言うか、ひどく怒りまくっている半身かつ守護者の報復を押し止めるためには、穏便に済ませるしかなかった。
急いで、体操着とジャージに着替え、自席に着くと、指導教員の源先生が、遅刻の原因を伴って入室し、新たな担任であると告げる。
どう見ても年下の子供に、30人の女生徒を任せる学園側の正気を疑うのも束の間…たどたどしい自己紹介が、私の心を一気に冷え込ませた。
「ええと…あ、あの…ボク…今日から、この学校で、まほ…英語を教えることになりましたネギ・スプリングフィールドです」
”こいつが、主人公か!?”
この世界は、誰かの創作物(げんさく)を存在の基盤としているものの、何もかもが筋書きどおりに進むわけではなく、未来の有り様(かのうせい)は幾重にも分岐している。それでも、数多の事象を束ねる、因果の結節点とでも言うべき人物だけは変わることがない。
私が、どのような道を辿ろうとも、ほぼ必ず手にする主従契約の証「パクティオーカード」に刻まれている名前の意味を、推察するなど造作もなかった。
すわ、波乱の幕開けかと身構えたのだが、騒がしく賑やかに日々は過ぎていく…余りにも酷いラッキースケベとトラブルの誘因体質に憤りながら、体調不良を重ねる私を置き去りにして…。
”人気取りのためとは言え…少しは自重しろよ神様(げんさくしゃ)…”
問題児(やくびょうがみ)とクラスメイト全員の携帯端末に、目と手を兼ねる電子の精霊を忍ばせ、緊急事態に備えると、出るわ出るわ…図書委員の事故未遂、正体の露見、女子寮での共同生活、違法な薬物の持ち込み、他校生徒との諍いなど、積み重なる騒動と無思慮な魔法の行使…。
エロネタへの反発もあり、出来る限り被害(ろしゅつ)を抑制したが、比較的に負荷が小さい手段であっても、ダメージは貯まる一方である。
”まぁ、それも大分、落ち着いてきたか…”
パソコンでの作業が一段落し、軽く手足を伸ばす。
3学期の期末試験を終え、迎えた春休み最後の夜…私は寮の部屋に籠り、いずれ必ず来る嵐(しゅらば)から平穏を守るために足掻いている。
”図書館島の遭難(あれ)からして、学園側(やつら)の目論見は、あいつと私達を結びつけることなんだろうな”
私の手札には、魔法使いと従者が契約を結ぶことによって得られる魔法のアイテムが、クラスメイト全員分ある…そして、対立する相手を打ち倒す武器としての役割が大きい、この世界の魔法に関わるのなら、向かう先は、鉄火場しか思い浮かばない…。
”ふざけるな…”
裏を知り、覚悟の上で踏み込む馬鹿はいい…だが、巻き込まれるのはご免だし、争いごとに無縁な連中を騙すような手管を見過ごせるものか…。
だから今は、切り抜けるために最善を尽くすしかない。
「マスター、そろそろ訓練を始めたい」
「おう」
パソコンモニターの画像が切り替わり、電子空間に潜り込んだアルタイルが、スピーカー越しに呼びかけてくる。
私はアルタイルと同化しつつも機転を効かし、この世界の被造物と化すことによって、延命を成し遂げている…趣味のネットアイドル、「ちう」のコスプレキャラクターとして新作衣装を矢継ぎ早に披露し、承認力を獲得したのだ。
さらに設定を補強するために、一人娘の許しを得て、データ化されていたシマザキセツナさんのイラストと小説を、匿名の故人から託された遺作として掲載に踏み切った。
その反響たるやすさまじく、親娘の悲しき故郷と同様に幅広い創作活動へと繋がり、アルタイルは、現実世界に影響を及ぼさない、外界から隔離した電子空間であれば、全能に等しい力を取り戻しつつある。
アルタイルは、唯一無二の創造主(マスター)、セツナさんと同じように、私へと接してくれている。
恐らく共有した記憶で見た私の痕(きずあと)と、かつて母親を奪った非道を重ねたのだろう…。
その優しさに応えるためにも、ありったけの想いを込めて押しかけ娘の魅力を世界中にずっと届けていきたい。
障害物などを配置した訓練用の電子空間へと、アルタイルと共に降り立つ。
制約は大きいものの、不老不死の強靭な肉体、優れた戦闘の技能、強力な武器と魔法を、自在に写し取れる私にとって、使いこなすために必要な実戦の経験や心構えなどの欠落が、目下の課題である。
だが、アルタイルの戦法は、最強無敵の力で対戦相手を封じ込めて完殺の一本槍なので、接戦の切り抜け方や駆け引きの見極めなどは学び難い。
そこで以前、アルタイルが次元の門を開き、召喚した猛者のうち、再度の呼び掛けに応じてくれる方々と毎晩、対戦しているのだ。
「よろしくおねがいします。ブリッツさん」
「うむ」
とても大柄でナイスミドルの賞金稼ぎ(バウンティハンター)が、抜く手を見せず撃ち込む弾丸で、本日1度目の死亡が確定した。
さんざん打ちのめされ、力尽きて地に伏せる…学ぶべき処は多いのだが、仮想敵(アグレッサー)を務めてくれる教官達は、誰も彼も戦闘狂(バトルジャンキー)気味で容赦がない…。
「飲み込みは早いし、機転も良い、搦め手も使えるようになってきてはいるが…命のやり取りをする覚悟が持てぬうちは、戦いを避けるべきだろうな」
「は…い…」
ぬるま湯のような日常に浸ってきた己の甘さを見透かされ、ぐうの音も出ない。
だけどそんな私を、凶事(りふじん)は見逃してくれなかった。
電子空間にクラスメイトを見守っている精霊の1体から緊急警報が届き、教官への礼もそこそこに、急遽、現実世界へと戻る。
「何が起きてる!?」
「市街地の名称、桜通りでクラスメイト、佐々木まき絵が不審者に襲われ、逃げ惑っています」
「偽装を施していますが、後方支援要員にガイノイド、絡繰 茶々丸を配置していますので、襲撃者は吸血鬼エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルと推定されます」
「マジか…」
電子の魔女と呼ばれた、とある私の情報取集能力によって、周囲の注意すべき奴らは、全て調べ上げていたが…その中でも、最も敵に回したくない、殺戮を重ね数百年を生き抜いている吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)…。
”ちくしょう…”
こんなあからさまな凶行を、関東最大の霊地を護る精鋭達が見過ごしているからには、ネギ先生(しゅじんこう)への試練と見て間違いない…。
”ちくしょう…”
掴んでいる情報どおりならば、エヴァンジェリンは、女子供を殺さない矜持を守っているから、大事(おおごと)にはならないはず…。
”だからって、見捨てられるかよ!!”
されたばかりの忠告を無視する愚行を内心で詫びつつ、決意を込めて叫ぶ。
「七部衆(おまえら)手段を選ばず時間を稼げ!!いくぞアルタイル!!」
「「「了解(イエス)、マスター」」」
正体を隠し、最大戦力で挑むために、アルタイル本来の姿と装備に身を包み、苦痛を押し殺して死地へと転移する。
夜空に浮かぶ、血の色のように赤い満月が、惨劇へと招くように人影が消えた部屋を照らし続けていた。
(続編未定)
もし次回を書けたら、本作品の千雨さんが、初陣を飾ります。w