「失礼ですが、アイドルに興味はありませんか?」
「はぁ?」
中学2年生の2学期を終えた冬休みのある日…埼玉県の地元を離れ、買い出しに訪れていた都心の路上…。
とても大きな背広姿に行く手を塞がれ、思いも寄らない問いかけと共に差し出された名刺の示すものに驚き、呟きがこぼれる。
「美城プロダクション…シンデレラプロジェクト…」
それが私とプロデューサーの出会いだった。
真偽の確認に幾分、手間を費やしたけれど、正真正銘のスカウトと理解するなり不思議な位、心が波立った。
市外ではあり得ない不可思議な存在や非常識な出来事などが、さも当然のように両親を含めた周囲の人々に受け入れられている、生まれ育った街、麻帆良市…。
それを異常とわかってしまう私は、平静を装いつつ、幼い頃に体験した排斥の痛みに怯え、ずっと認識の隔絶を隠し続けている。
だと言うのにこれまで、なぜか市外受験などの選択が浮かばず、流されるように地元で進学しているけれど、美城プロダクションには女子寮があり、アイドル活動と学業が両立しやすい私立学校への転入も支援してくれる。
もちろん、不安は大きい…趣味でネットアイドル活動をしているけれど、現実の仕事となれば、求められる努力は比べ物にならず、かつ成果を上げて、いつまで続けられるかの保証もない。
そもそも、人前で歌い踊ることが出来るかさえ怪しい…。
それでも、芸能界屈指の超大手プロダクションに乞われて、あの非常識な街を離れる機会を逃したくなかった。
だから詳しく話を聞いていた、とある喫茶店で声を絞りだしたのだ…。
「わかりました。よろしくお願いいたします。」
あれよあれよと月日は流れ、新年早々、都内の女子寮に転居し、3学期からアイドル御用達として知られる某学園へと通うことになった。
プロデューサー自ら麻帆良市へと出向き、両親と学校側への説明や諸手続きなどを、どんどん進めてくれた結果である。
その際、人気のない場所を選び、プロデューサーに恐る恐る聞いてみた…街のどこからでも目にするもの、中心部にそびえ立つ山のような巨木を、どう思うかと…。
「あり得ないと驚いています…ただ、他の人々が、そう捉えていないので、騒ぎ立てるべきではないのでしょう」
ああ、わたしは正しいんだ…。
物心ついた頃から蓋をしていた、ぐちゃぐちゃな感情と共に涙が溢れた。
そして彼はハンカチを渡し、泣き止むまで大きな身体を壁替わりにして、静かに佇んでくれたのだった。
急な転校話に、これまでのクラスメイト達は驚き、比較的に親しい連中が、送別会を開いてくれた。
ただ騒ぎたかったのではないかと疑うほど賑やかな時間が、惜別の寂しさを癒したのは確かだった。
出立の日には、クラスメイト達の多くが駅へと見送りに来てくれた。
そこでなぜか、付き合いが薄い留学生の少女から、都内に用事があるからと、途中まで同行の申し入れを受けたのには少し驚いたが…。
断る理由もないことから、共に電車へと乗り、思い思いに短い旅路を過ごす。
始発駅に近いからか、人影がなく閑散とした車両で隣り合い、携帯端末で某掲示板を眺める私に、彼女は不意に囁いた。
「本当にいってしまうネ」
「ああ」
何もかも今更なので、他に答えようがなかった。
「そう…なら元気で」
どうしてだろう、永遠の別れのような響きに胸がざわめき、視線が姿を追いかける。
わずかな合間に到着駅で開いた扉からホームに降り立ち、静かにこちらを見据える表情に浮かんでいるのは笑顔…。
だが私には、言い知れぬ不安を押し隠しているように思えた。
真意を問いただす暇もなく、待ちわびた客を乗せ、電車が動き始める。
そして同時刻、かつての母校では、私とプロデューサーについて、とある秘密組織による調査報告が行われているなど、夢にも思わなかった。
「それで、彼女とあの男について、裏はないと言う結論でよいのじゃな」
「はい、だからこそ認識阻害の結界と、事後処理として試みた記憶操作が効かない理由を見出だせないのです」
「もしかしたら、彼は旧き魔法使いの末裔かもしれぬのぉ」
「それは、いったい…」
「古代より世界各地で祈祷師と呼ばれ、人の願いなどを、天地に届け奇跡を起こしてきた者達…神秘が薄れた現代では、さしたることを出来ぬであろうが、背負う想いが強く大きければ、人の術(わざ)程度は退けるじゃろう」
「そんなことが…」
立つ鳥の跡を濁すような出来事に気を取られる余裕などないほど、新しい生活は慌ただしかった。
シンデレラプロジェクトの始動は、欠員が埋まらず、春まで持ち越されたものの、学業に加え、放課後と休日には、アイドル活動に必要な研修と実践的なトレーニングメニューを懸命にこなしていく…。
そして、桜咲くうららかな春、ついにその日がやってきた。
既に幾度か訪れている、美城プロ本社ビルのシンデレラプロジェクト専用ルームを前に息を整え、髪や衣類などの最終チェックを済ませる。
いよいよ、プロジェクトメンバー全員の顔合わせか…。
最初が肝心と、気合いを高める。
扉を開けると既に数ヶ月、苦楽を共にした顔触れに、プロデューサーが、新たに選ばれた初見の3人を紹介している。
そして、私にも声がかかり、新たな仲間、島村卯月、渋谷凛、本田未央へと告げる。
「長谷川千雨です。よろしくお願いします」
(続編未定)
少し後悔しています。w