無事にクライン邸に帰宅し、邸内に入るとドルフとハロ達が出迎えにやって来る。
「ただいま」
「うふふ。みんな、良い子にしていましたか?」
『ウォン!ウォン!』
『『『ハロ、ハロ!ハロ、ハロ!』』』
元気良く返事をするドルフとハロ達を見てラクスは嬉しそうに微笑む。
リハーサルで不在の間、執事さん達にドルフ達の相手をしてもらい、一緒にいる機会が少ない為、心配していたが、帰宅時はこうして出迎えてくれている。
ラクスと一旦別れ、自室でドルフの相手をしながら寛いでいると、ドアがノックされる。
「ダン様。ユーリ・アマルフィ様からお電話が来ております」
どうやら、来たのは執事さんらしい。
ユーリ・アマルフィといえば、評議会議員の一人でニコルの父親だったな。ニコルの自宅に遊びに来た時は、いつも良くしてくれたり、お茶をご馳走してくれた事もある。
そのユーリさんが、一体どうしたんだ?
とにかく、俺は執事さんからの呼び出しに返事をし、2階から降り、電話があるリビングへ向かう。
リビングに来てみると、一人のメイドのアリスさんが受話器を両手で丁寧に持ちながら待ってくれている。
「ありがとう。アリスさん」
俺が礼を言って受話器を受け取ると、アリスさんは一礼をしてリビングから退室する。
俺は受け取った受話器を耳にあてる。
「…もしもし」
「…ダンくん…」
元気がないせいか、声は少し小さいが、俺はこの声に聞き覚えがある。
「…ユーリさん?どうかしたんですか?元気がないみたいですけど…」
「…ダンくん…。ニコルが……」
ニコル?
ニコルはアスランと一緒にオーブで足付きを追っているはずだが…。
まさか……
「…ニコルが……死んだ……」
「…ユーリさん…?今、なんて…」
「…今朝…軍本部から連絡が来て、オーブでの任務の最中…ストライクとの戦闘で…戦死したと……」
ニコルが死んだ……
キラの手にかかり……
分かってはいた……。
俺とキラは敵同士。
どちかがどちらかを討つ。それは当然の道理だ。
…しかし、違う結果になってしまった。
皮肉な事に、俺がプラントでラクスの護衛をしている間、オーブで足付きに奇襲を仕掛けるも、再びストライクの奮闘に徐々に追い込まれ、ブリッツを負傷させながらも、ストライクに討たれそうになるイージスを救う為に挑むも返り討ちに遭い、死んでしまったらしい…。
その後、ユーリさんは声を震わせながらも、ニコルの事を語り、落ち着いたのか、話に付き合わさせた事を俺に詫びて電話を切った為、俺も受話器を戻す。
「ダン。どうかなさいましたか?」
背後からラクスの声が聞こえ、振り返ると彼女が笑顔で立っていた。
きっとお茶が飲みたくて来たんだろう。
「…いや、なんでもないよ」
俺はラクスに心配させないように、すぐに笑顔を作り、彼女に返事をする。
しかし、俺の返事を聞いた直後、笑顔だったラクスの表情は次第に悲しそうな表情となり、俺の側まで歩み寄って頬を優しく触れてくる。
「……何か、ありましたの?」
俺はラクスの言葉を聞いて驚愕する。
ばれないように表情は平然を装っていたはずなのに…。
それを察したのか、ラクスは再び微笑む。
しかし、それはいつもの明るい笑顔ではなく……
俺が何に悩んでいる時にしか見せない…母親のような優しい笑顔を俺に見せる。
「ダンが何かで悩んでいらっしゃる事ぐらい、すぐに分かりますわ。それほど一緒に暮らしているんですもの」
…やはり、ラクスには敵わない。当然だ。
ラクスが俺の悩みを見抜くように、俺も久しぶりに会った時、彼女が公式の場で平然としていながらも、とても嬉しそうに微笑んでいる事を見抜くくらい、互いの事を良く理解しているからな。
とりあえず、俺はラクスと一緒に自室に移動する事にした。
『ウォン、ウォン』
俺がラクスを連れて自室に戻ると、ドルフが嬉しそうに俺達の側に駆け寄ってくる。
『…クゥン…』
しかし、俺が気を落としている事に気付いたのか、ドルフは俺の心配をするように鳴いている。
俺はベッドの上に座り、ラクスも隣に座ったのを確認すると、電話の相手がユーリさんであった事、電話の内容を彼女に説明する。
「……そうですか。ダンのご友人の方が…」
「分かってる…。俺とキラは今は敵で、互いに譲れないものもある…。頭では分かってる…分かってはいるんだ…」
しかし、心の中では特に仲が良かった友人のニコルが死んでしまった事に対する悔しさを噛み締めている。
すると、ラクスが俺を優しく抱きしめてきて、突然の事でかなり驚愕している。
「ダン……我慢しなくても、よろしいんですよ」
動揺する俺に気にする事なく、ラクスは俺の背中を優しくさすりながら静かに語り出す。
「大人になったら、色々と我慢しなければならない事もあります…。…ですが、私の前だけでは、素直な貴方を見せてくださいな…」
俺の頭を優しく撫で、抱きしめるラクスの暖かさを感じながら、俺は幼い頃に母さんがこうして慰めてくれた事を思い出す。
その瞬間、抑えていた感情が弾け飛び、俺は声を殺しながら、ラクスの腕の中で涙が枯れるまで泣いた。
その間、ラクスは俺の背中を優しくさすってくれた。
「…落ち着きましたか?ダン」
「ああ。ありがとう、ラクス」
しばらくラクスの腕の中で泣いたおかげで、落ち着きを取り戻した俺は彼女から少し離れる。
そして俺の返事と礼を聞いたラクスは、安心したような優しい笑顔を見せてくれる。
その後は自室でラクスだけでなく、ドルフ、ハロ達を含め、雑談をしていると、ドアをノックする音が聞こえくる。
「ラクス様。ダン様。シーゲル様がお戻りになられました」
ノックしてきたのは、さっきリビングで受話器を持って待っていてくれたアリスさんのようだ。
アリスさんからシーゲルさんが帰ってきた事を聞いた俺とラクスは、ドルフとハロ達を部屋で待たせて玄関へ向かう。
玄関に到着した俺達に気付いたシーゲルさんは、鞄とコートを執事さんに任せ、俺達に笑みを見せてくれる。
俺はラクスと一緒にシーゲルさんのところへ歩み寄る。
「ただいま、二人とも」
「お帰りなさいませ、お父様」
「シーゲルさん。お帰りなさい」
シーゲルさんと俺とラクスが返事をした後、笑顔だったシーゲルさんの表情が少し悲しそうな表情に変わる。
「ダン…。君の友人のニコル・アマルフィの事は聞いたよ…。とても辛いだろう…?」
そう言ってシーゲルさんは、気にかけてくれるように俺の肩に手を置く。
「心遣い、ありがとうございます。…しかし、今の俺はザフトの軍人です。戦いになれば、いつ命を落とすか分かりません。だからこそ、自分にできる事を精一杯やるだけです。それが…死んだニコルの為にもなると思います」
俺の言葉を聞いてシーゲルさんは少し驚き、ラクスは悲しそうに俺を見るが、これ以上ニコルに関しての話をする様子はなかった。きっと、俺を気にかけてくれるシーゲルさん達なりの優しさだろう。
その後はいつも通り、三人で一緒に夕食を取った後、自室でドルフの相手をしながら寛ぐ。
ニコルを失った俺を心配してなのか、ラクスも一緒に部屋にいて、寝る時間になるまで、ずっと側にいてくれたおかげで今日は落ち着いて眠る事ができた。
コンサートまで後わずかとなり、俺達がクライン邸で朝食を取っている最中、シーゲルさんが話を切り出してくる。
「そういえば、今日はマルキオ導師がプラントにお越しになるそうだ」
マルキオ導師。
元は宗教界のナチュラルだが、ジョージ・グレンのあの公表から始まった遺伝子に関する宗教闘争に嫌気がさし、宗教界から抜けた後は “遺伝子操作による優劣”よりも“人と世界の融和による変革” を地球・プラントの双方に説くようになり、今ではナチュラルからも、コーディネイターからも信頼されている人物だ。
「どんな方なのかしら。楽しみですわね、ダン♪︎」
「ああ。そうだね」
笑顔で言うラクスに対し、俺も同じように笑顔で彼女に答える。
「はははっ。そう急がずとも、近い内に会えるさ」
シーゲルさんの話によると、連合側の事務総長オルバーニから託された親書「オルバーニの譲歩案」を評議会へ提出する為にプラントに来るらしい。
親書を評議会に渡した後は、地球に戻る予定だったが、別の用事の為、昼辺りにクライン邸に来るらしい。
しかし現在、最高評議会はシーゲルさんではなく、予備選別と住民投票を勝ち取ったザラ委員長が議長に就任され、現在は委員長率いるザラ派が政権を握っている。
ナチュラルに敵意を持っている、あのザラ委員長がその案を受け入れるとは到底思えない。
とにかく、朝食を終えた俺は、いつも通りにラクスの護衛の為、彼女と一緒にリハーサルへ向かうが、マルキオ導師の訪問もある為、今日のリハーサルは午前中で終わった。
クライン邸に戻ると、まだマルキオ導師は来ておらず、シーゲルさんもまだ帰って来ていない。
きっとシーゲルさんはマルキオ導師を迎えに行っているんだろう。
庭でラクスとお茶を飲みながら帰りを待っていると執事さんがやって来る。
「ラクス様。ダン様。シーゲル様がお客様をお連れになり、お戻りになられました」
執事さんの報せを聞いた俺とラクスは、すぐに玄関の方へ向かう。
玄関に着くと、シーゲルさんの側に盲目なのか両目を閉じている男性がいる。
「ただいま二人とも」
「お帰りなさいませ、お父様」
「お帰りなさい」
ラクスと俺が返事をすると、それを聞いたシーゲルさんは笑顔で頷き、盲目の男性の方に顔を向ける。
「マルキオ導師。この子達が先程お話した、娘のラクスと養子のダンです」
どうやらこの盲目の男性が、今朝シーゲルさんが言っていたマルキオ導師のようだ。
シーゲルさんがマルキオ導師に俺達の紹介をした為、俺達はマルキオ導師に挨拶をする。
「初めまして、マルキオ様」
「…初めまして」
「わざわざのご挨拶、痛み入ります」
俺達が一礼して挨拶すると、マルキオ導師も一礼をして答えてくれる。
マルキオ導師は何故か俺の顔をずっと見ている。
「…何か?」
「っ!これは失礼しました。貴方から……
“彼”と同じ感じがしたもので…」
俺が声をかけると、マルキオ導師は俺をずっと見ていた事を詫びる。
“彼”?
「ダン、ラクス。実は、ここへ来たのはマルキオ導師だけではないのだよ」
「あら?他にも、どなたか?」
「はい。どうしても、あなた方に会わせたい方がいる為、ここへ連れて参りました」
俺達に会わせたい人?
一体誰の事だ?
そう思いながらもシーゲルさんとマルキオ導師についていく感じで外に出ると、シーゲルさん達が乗っていた車の他に、一台のワゴン車が停まっている。
ワゴン車の後部ドアが開かれ、そこから誰かを乗せたストレッチャーを引いた医師と看護婦が出てくる。
そして、そのストレッチャーの上で眠っている人物の顔を見て、俺は驚愕を隠せなかった。
何故なら、眠っている人物が……
地球にいる筈のキラだったからだ。