土が踏み固められ、ロープでいくつかに区画分けされた広場に、30人ほどが集まってザワザワと雑談をしている。
恐らくは皆、緊張を紛らわせるためだろう。
今日はこれからこの演習場で、
「ふふ……ここから俺の新生活が始まるんだ……!……いや、まだそれは気が早いか」
だが、俺は緊張なんてしていない。
俺の名前は『ロイヒ・ウユイエ』。
15歳のイケメン男子だ。もう一度言うけど、イケメン男子だ。
俺は他の人たちより、特別な事情がある。
前世の記憶、それも2020年代日本で高校生をしていた記憶があるんだ。
俺の記憶が正しければ、この世界はファンタジーギャルゲーの『アクセス・ファンタジー』というゲームの世界だ。
ゲームの舞台である国の名前が『アクセス王国』である事、そしてゲームの設定にもあった『ギフト』と『スキル』の存在がそれを確信させた。
『ギフト』とは、産まれた時から神に与えられる、先天的な能力の事。
『スキル』とは、その人物が生きていく中で培った、後天的な技能の事。
特に『スキル』はランクⅠ~Ⅹの10段階で強さが示され、鍛えればランクは上がっていく。
ちなみにランクⅠは「手習いレベル」であり、ランクⅩともなれば「神レベル」とされている。
俺が神から与えられた『ギフト』は、なんとそのものズバリ『英雄補正』。
内容としては「ステータス成長にプラス補正がかかり、ステータス上限が撤廃される」というもの。
つまり、強くなれば強くなるほど、どこまでも加速度的に強くなる能力だ。
これは『アクセス・ファンタジー』の主人公すらも持っていない、まさに転生特典といった破格の『ギフト』だ。
これにより俺は、既にこの国でもトップクラスに強い存在となっている……はずだ。
いや、ごめん。ちょっと。いや、かなり盛った。
実は原作である『アクセス・ファンタジー』は、NPCたちがバケモノ染みて強い事で有名であり、俺でもまだまだ中堅程度だろう。
それでも周りの同期になるであろう面々に比べれば、最強と言っても良いのだが。
そうそう、その周りの面々の顔触れ……正確には性別こそが、『アクセス・ファンタジー』の特徴の1つでもあった。
周り皆、女、女、女、女、女、女、女女女女…………と、全員女性。
つまり、『アクセス・ファンタジー』の世界は、俺の住むこの世界は、男女比1:9の超女性社会なのだ。
その関係で男は基本的には蝶や花よと育てられ、実質的には俗に言う貞操観念逆転世界となっている。
だから俺みたいに、騎士団に入るなんていう男はまずいない。
なんなら
じゃあ原作主人公の性別は?となると、ギャルゲーなので当たり前だが男だった。
普通は存在しない男の騎士を目指す、変わり者だけど正義感の強い青年。それが原作主人公の『トルフォデ・エマナ』だ。
ちなみに主人公の名前は自由に設定可能であり、デフォルトネームが『トルフォデ・エマナ』だったわけだけど、どう見ても『デフォルト・ナマエ』をひっくり返しただけだから酷い話だ。
そんな彼だけど、もしかしたらいないかなー?と思って周囲を見渡すと……いた。
原作のスチル絵そのままに、この世界では珍しい黒髪を伸ばしたメカクレ青年。
俺の知る原作と変わらなければ、彼の『ギフト』は『死淵覚醒』。
これは
このステータス倍化は回復後も継続し、また次に死にかけた時には更にステータスが倍になるという、倍々ゲームで成長する能力だ。
一見ピンチで覚醒する主人公らしくて良い能力だが、能力の発動条件が死と隣り合わせ過ぎるため、シビアなHP管理が求められる使いづらい能力。
なんならHPバーが見えないゲームならざるこの世界だと、発動条件を満たす事すら危険極まりないため、使いづらいを超えて使えない能力と言っても良いかもしれない。
とりあえず、女性陣の好奇の目線から逃げつつ、同じ男であるトルフォデの元へ向かう。
数少ない同性なのだ。集まらないでどうする。
「よう、まさか男が俺以外にもいるなんてな。俺は『ロイヒ・ウユイエ』だ。数少ない男同士、よろしく頼むぜ」
「うわぁ、良かった!同じ男の人だ!僕は『トルフォデ・エマナ』。トールって呼んでね」
「俺は特に愛称はないから、ロイヒで良いぜ」
2人で握手をしながら挨拶を交わす。
原作プレイ勢のこっちとしては既に彼を知っているのだが、この世界では完全に初対面であるためしっかりと挨拶をしなくては。
「ロイヒは何で、男なのに騎士になろうとしてるの?」
「……実は孤児院暮らしなんだけど、そこが借金で立ち退き寸前でな。完全に
トールの質問に対し、親指と人差し指で輪っかを作りながら答える。
もちろん、これは本当だ。
この世界に産まれてから、気が付いた時には教会併設の孤児院で暮らしていた俺だが、モンスターもいる世界では同じ境遇の連中もかなり多い。
俺の住んでいる孤児院は、そういう子供を見つけたら片っ端から受け入れていたもんだから、気が付けば良くない所から借金をしなくてはいけない程に、生活が危ぶまれていたらしい。
数か月前からガラの悪い連中が何度もやって来る様になり、その度に追い返しているが流石に借りた金を返さないのも人の道義に反する。
なので俺が
ちなみに連中が調子に乗って来た時には、数少ない男である俺に身売りをさせようとしてきたが、それは丁重にお断りさせてもらった。
母親代わりのシスターを泣かせるわけにはいかなかったのだ。
「……言いづらい事を聞いちゃって、ごめんね?」
「いや、構わねえよ。……どうせなら騎士団に入ってから、摘発の名目で借入先を潰せるかもしれないっていうサブプランがあるのは秘密だ」
「その秘密言っちゃダメだよね!?急に腹黒い事言い出したよこの人!?」
「まあ、それは冗談として。トールはなんで騎士になろうとしてるんだ?」
「僕は困っている人たちを助けたいからかな。モンスターもそうだし、野盗だって多い。時には戦争だってある。戦えない人たちの代わりに戦って、助けてあげたらって思って」
「めっちゃ良い人じゃん……!」
原作でもちろんこの事は知っていた。
ただ、改めて本人の口から聞くとなると、その善人っぷりにちょっと涙が出てくる。
俺はダメだ。ちょっと薄汚れてしまっている。
こうはなれないな。
「まだこれから入団試験だけど、2人とも合格できると良いね」
「実際どうだろうなあ?過去に男の騎士がいないわけだし」
等と話していると、気が付けば周囲から喧噪が消えていく。
どうやら広場の前方で何かあったらしいが、自分たちがやや後方にいるためか確認できない。
まあおそらく、試験の担当者が来たんだろう。
と、考えていると、広場前方からキビキビとした女性の声が聞こえてくる。
「諸君!今回君たちの入団試験を担当する事となった、戦技教官の『ジョセフィーヌ・カトリエッタ』だ!これより入団試験の説明を行うので、傾聴するように!」
いつの間にか演台の上にでも立ったのだろう。前にいる人たちの頭越しに見えるけど、ウェーブのかかった金髪ロングの女性が、自分たちに対して大声を出している。
身に着けた金属鎧には傷がいくつもついており、隙のない佇まいからもその経験値が見て取れる。
彼女は確か、原作にも出ていたヒロインの1人だったはずだ。
俺は攻略していないが、ネットの評判では人気のキャラクターだったらしいことを覚えている。
具体的には、画像投稿サイトの検索数の多さという意味で。
「諸君にはこれから、1対1での試合を行ってもらう!勝敗は試験の合否には関係せず、あくまでも現時点での技量を確認するためのものだと思ってほしい!なお、試合にはこちらで用意した木剣を使用してもらう!間違っても相手を殺さない様に!」
なるほど、これは原作でもあったイベントだ。
事実上の初めての戦闘であり、チュートリアルを兼ねていたのを覚えている。
とは言え、実際この世界ではチュートリアルなんてものはない。
「それでは、名前を呼んだ2人は順に前に出て、試合を行え!『ナンネンザ・セマッカ』と『トルフォデ・エマナ』の両名は前に!」
「あ!僕が呼ばれちゃった!行って来るね!」
「おう、頑張って来い。怪我しないようにな」
早速名前が呼ばれ、駆け出していくトールの背中をパンッと叩いて送り出す。
周囲からはいきなり男が呼ばれた事に対してのざわめきと、もう一つの反応。
それが対戦相手である、
侯爵家、ということはかなりの貴族なのだが、そもそもがこの女、かなり問題がある。
滅茶苦茶に弱いのに、本人にその自覚がないのだ。
それもまあ、仕方ないのかもしれない。
侯爵家令嬢という立場から、指南役ですら彼女に気持ちよく勝たせる稽古を優先してしまっていたらしいからだ。
当たり前だが、そんなものは子供のお稽古にすらならない。
貴族のコネがあるから試験自体は無条件で突破するのだが、まあゲームの戦闘チュートリアルには極めて丁度良い相手だった。まさしく「ザンネンナ・カマセ」ということだ。
「本当に男が相手なのね……。男は家に帰って、騎士ではなく家事見習いでもしていなさいな。それが当然のことですわ」
「あはは……。まあ、僕が変わり者だっていうのは認めるけど、騎士になるのをやめるっていうのは認められないかな」
木剣を正眼に構え、セマッカと相対するトール。
その構えは堂に入っており、鍛えられた下地を窺わせる。
ところでだが、原作では主人公はあらかじめ初期獲得できる『スキル』がいくつか用意されており、初期のキャラビルドで3つまで選ぶ仕様になっていたのだが。
トールはどのような『スキル』を獲得しているのだろうか?
構え方を見る限り、剣技系の『スキル』は持ち合わせているのだろうが……。
「はじめ!」
「いきますわ!!」
「やあぁぁッ!」
などと考えている内にジョセフィーヌの号令がかかり、2人共駆け出して接敵する。
そして剣の間合いに入ったその瞬間、
ガァンッ!!
という、木剣がへし折れた音が演習場に響いた。
「それまで!!勝者、『トルフォデ・エマナ』!!」
「よし!」
「そ……そんな……?」
たった一合で終わった試合。
結果はセマッカが負け、トールが勝った。
トールの行った事は、極めてシンプル。
間合いに入る
もちろん、木剣同士がぶつかり合っただけでは、そう簡単には折れないだろう。
叩き付けられた先が、踏み固められ、固くなった地面でなければ。
結果として、セマッカの木剣は折れてしまい、勝敗は決したわけだ。
「……なるほど、『活人剣術』の『スキル』か」
そして今の試合、俺としては中々の収穫だった。
トールの持つ『スキル』の1つが分かったからだ。
おそらくは相手を必要以上に傷つけずに無力化する、『活人剣術』の『スキル』だろう。
「勝ったよ、ロイヒ!」
「おう、お疲れさん。凄かったな、トール。俺も出番が来たら頑張るぜ」
「うん、頑張って!」
まさかの一瞬で付いた決着に他の受験生たちがザワつく中、手を振りながら戻ってきたトールとハイタッチをする。
トールがこうやって魅せたんだから、俺も頑張らないとな。
……正直心配なのは、入団後にいらない嫉妬でも買わないかだけれども。
トールが一瞬で勝ったという事は、セマッカが一瞬で負けたという事になる。
実力を見る以前の問題であり普通なら入団できないだろうが、奴はコネで入団が確定している。
そうなると、新人同士で同じ任務に行くことや、訓練を行う事もあるだろうが……余計な事をしないだろうなあいつ。
今は取り撒きらしい女たちに囲まれて慰められているが、それでも呆然として現実を受け入れられていない様子を見るに、この先たぶん余計な事をしてくるだろうな……。
原作だとチュートリアル以降は完全にフェードアウトしていたから、正確には動向は読めないが……。
と、まあ考えてはみるものの、未来の事を考えたところで『未来予知』の『ギフト』を持たない俺には、今はあまり意味がないか。
一旦思考を切り上げて、トールと話しながら自分の試合を待つことにしよう。
「トールの『スキル』、もしかして『活人剣術』か?」
「あ、分かっちゃった?そうなんだよ。僕の家の近所に、元騎士のお婆さんがいてね。その人に稽古をつけてもらってたんだ」
「ああ、なるほどな。随分構えが様になっていると思ったけど、元騎士に教わったんなら納得だ」
トールと話しながら、原作で既知の事も聞いて行く。
知らないはずなのに知っている事を潰していかなくてはな。
……知らないはずの事を知っている人。それはスパイかストーカーの2択だから。
どっちでもないんだが、どっちで疑われても最悪でしかない。
「次!『ロイヒ・ウユイエ』と『マウテア・クコロ』!前へ!」
「おっと、俺の番か」
「いってらっしゃい、頑張ってね!」
「おう」
先程とは逆に、今度はトールが俺の背を叩いて送り出してくれる。
試合のためのスペースへ行くと、赤い髪を首くらいのショートにした女が待ち構えていた。
ふむ……見たところ、油断してくれている様子はない。
先にやったトールの試合を見て、男だからという油断を消されたのだろう。
だが、悪い雰囲気も感じない。
「アタシは『マウテア・クコロ』さ。よろしく頼むよ」
「『ロイヒ・ウユイエ』だ。こちらこそよろしく頼む」
木剣を持っていない方の手で握手をし、開始線まで向かう。
さて、どう立ち回ったものか。