「お、やっと来たのか!」
引きずられるままに、引かれるままに。
自転車置き場までやってきた俺が、深呼吸でもしようと一度目線を伏せた後。
少し先、公園の砂場あたりで聞こえてきたのはそんな声だった。
「……え?」
「……。」
周囲の空気は、元の世界のように平然としていた。
重圧も、枯れ草のような香りもしない――――暑苦しい、夏の夕方のなりかけ。
隣り合う少女へと目線を向けても、身長差と前髪に遮られその瞳と感情は見えず。
気付けば手を離されていたけれど、横からは動こうとせずに。
戸惑いが多分に含まれた声を、彼はどのように認識したのだろう。
「もう少しで時間だからな。 石段のとこが集合場所だから早く来いよ!」
目線が、明らかに俺ではなかった。
ただ、何というか……少しばかり気後れでもしているかのような。
明らかにすぐに離れたい、という気持ちが見え見えの行動。
気遣う様子と、それと違う距離を取りたい感情が混ざったような声で彼は駆け出していって。
(何だったんだ……いや、今は良い。 後回しだ。)
先程までの――――いや、言ってしまうなら「別世界」に紛れていたような違和感。
ぞわり、と。
背筋に走る震えが先程までの事を事実だと証明している。
深く考えれば、考えるほどに。
何処かに引き込まれていくような――――。
ぎゅ。
「…………。」
「……えっと。 今度は、何、ですか?」
そんな効果音、擬音で表すのが的確なように。
腕……二の腕の辺りを片腕で強く握られる。
先程までの思考から開放されて、その手の熱に思考が向けられて。
恥ずかしさや嬉しさと言うよりも、全てに対して疑問が浮かぶ。
あの場所は何なのか。
何故あの場所に現れたのか。
君は誰なのか。
そして、
口にしてしまう、その事自体に恐怖を覚えて。
けれど知りたい、知らなければならないという使命感も感じ。
普段通りの、相反した思考を巡らせる中。
「余り、考えないほうが良い。」
ぽつり、と。
そんな言葉だけを呟き。
それだけで納得できない事は、恐らく彼女も分かっていながら。
「特に、今……この場所では。」
そう付け加えるのが、聞こえた。
「
都市伝説、怪異、幽霊、妖怪。
実在する、しない、と語られ続け。
見える人、見えない人と区別化が行われ。
今までそれと接する機会など一度もなかったからこそ。
震えを踏まえて、それでも、と。
口にしてしまうのが、俺という人間だから。
……それだけではないような、気もしながら。
「…………。」
ポカン、とした表情が見て取れた。
「何で、って。」
震える唇が揺れて、そんな意味を為す言葉を紡いだ。
「心配して言ってくれてるのは分かる。」
「なら。」
名前も知らない。
恐らくは善意で助けてくれた相手に、そう声を掛ける事自体が何か間違っている。
そんな当たり前のことを、自分の直感は肯定する。
でも、理性が否定する。
「ただ、どうにも気になってしょうがないんだ。 ……特に、こういう事柄は。」
そう返すこと自体が、泥沼に沈むような事柄。
踏み出してしまえば、後戻りはできないだろう内容。
でも。
自分の近くで、自分の知らない出来事が起こっていた。
それは――――。
ざわり。
そんな事を、口にしようとして。
少しだけ、空気が軋む音がした。
目の前の彼女が、はっと周囲を見回し。
咄嗟に唇を閉ざせば、気のせいかとも思うように消え去って。
「…………今の。」
「……だから、考えないほうが良いって言った。」
共に、同じ経験をした。
だったら、先程のは自分の勘違いなどではなく……。
「なら……後ででいいから、教えてくれないか。」
「知らないほうが、良いよ。」
返ってくる言葉は、想定通り。
「……何て返すか、予想は付くだろ?」
だから、俺も想定通りの返事をして。
はぁ。
あからさまな溜息を吐くのが分かった。
呆れか、それともまた別の理由か。
「…………覚えてたらね。」
「忘れないよ。」
そんな言葉を、口にして。
大きく手をふるクラスメイトの場所に、二人並んで歩き出した。