2021年、辻野あかりの誕生日お祝いSSです。
留美となにか密談をするあかり、それに耳を澄ますあきらとりあむ。

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糸の撚り合わさるごとく

 高揚感と手をつないで事務所内を歩いていた砂塚あきらは、曲がり角でパーカーを引っぱられてよろめいた。鼻先の熱と一緒に道行きは湿度の調節された空気に溶けてしまったが、片手に握っていた紙袋までは手放さなかった。ていねいにリボンをかけられた中身は、辻野あかりに贈る誕生日プレゼントだ。よれていないことを確認してから、自分の巻き髪をなおしざまに振り返った。

「なにするんデスかりあむサン」

 ポップなアイスクリームのようなカラーリングの頭を過剰に見下ろして、あきらはサメのような歯を剥く。友人の首をむち打ち症にしかけたピンク色の頭は両目の幅まで食いしばった歯に人差し指を立てている。あきらが水平にもどした視線を非難から懐疑の色に変えると、夢見りあむは残り三本の指も立てて顔を近づけた。

「しーっ! そっち、あかりちゃんがおしゃべり中だ! よ!」

「そんな理由で止めたんデスか? 自分も止めたいモノあるけどいまいいデス?」

「し、心臓と息の根以外なら」

 あきらは小さく舌打ちをして半歩退いた。あかりの話の邪魔をする気もなければ、プレゼントもいますぐ渡すわけでもない。あかりの上がりの時間まで待って、三人でイルミネーションを眺めつつちょっといい夕飯を食べに行って、その席で渡すつもりだった。

「だめだって! だめだって! イルミネーションっていうか和久井留美ねーさんと喋ってるよ!」

「だれとか関係ないし寒いし。やっぱ止めたいなあ」

「あきらちゃんの態度ほどじゃない! よ!!」

「寒いと冷たいはべつのものデスよ」

 冬の新潟で研ぎ澄まされた視線がハッピーな色の髪と脳を貫く。剥かれた鮫の歯に、りんごみたいに頭からかじられそうな気がして、りあむはそっと両手で頭を覆った。

「あかりチャンと留美サンておなじ課でしよ、話くらい珍しくないし。自分ただの通りすがりなんで」

「はじめてだから、下手かもですけど……」

 りあむを牽制して二歩下がったあきらの、廊下の角からはみ出た耳に、あかりの声が転がりこんだ。羞恥の縦糸と緊張の横糸で織った粗いガーゼのような感触は、あきらを廊下の角の陰にひそませる。

「うおお話が動き出した! あきらちゃん持ってる!」

「まさかずっと盗み聞きしてたんデス?」

「とっ、答弁を拒否します」

「わかりやす……」

「だってすごい距離感近いのに深刻そうっていうかさあ、あらたまって話してんだよ?」

 拒否した答弁内容はなんだったのか。しても甲斐のない疑問を噛み潰して、あきらは質問を重ねた。

「あかりチャンが距離感忙しいのはいつものことでしょ?」

「だって“誕プレ用意してないですか?”っておかしくない?」

「たしかに。その台詞はりあむサンみたい(おかしい)デスね」

「う? うん……うん」

 ついあきらのペースに乗って頷き、首を傾げたりあむだが、深刻なのはあきらのほうだ。りあむになかば乗せられる形であかりと留美の立ち話を盗み聞いている。紙袋は正面に抱え、背中で壁にはりつき、片脚に体重を偏らせて。開いた脚の間にしゃがんだりあむが挟まってきたのが、おそらくそのつもりはないだろうけれど、“共犯者だ、逃がさないぞ”とでもいわれているようで、あきらは下唇を巻いた。

「体験とか経験とか聞こえたんだよね」

 股間のあたりから思わせぶりな単語をいかがわしげにいわれるとむず痒い思いがして、ピンク頭を紙袋置き場にした。

「できたら……家で、……ほしいんご」

「家でっ!?」

「うるさい」

「小声だよ! わかりようもないだろうけどいまはぼくたち小声で喋ってるよ!」

「見えないものが見えはじめてる感じデスか。#ゆる募 #やさしい世界 #連絡先 #強制送還」

「やさしい世界は日本国内にあるよ! パスポートいらずの夢の国だよ!」

「なんだ千葉か……」

「あそこはパスポート買うし……」

「え……意外……」

 煽りではない本気の声音だったので、さしものりあむも鼻の奥に熱さと冷たさを同時に感じた。鼻孔を黒い丸にして、閉じて、りあむは思考を現実にもどした。

「ていうか、ヤバくない? はじめてで、家で、してほしいんだよ?」

「ヤバいのはりあむサンの頭だー」

「それもある意味ヤバいけど! あきらちゃんいまフリーハンドになってない!?」

 あきらの選んだプレゼントは、厚みはさほどではないとはいえ、一抱えぶんの大きさがある。その重みはすでにりあむの首の筋肉を引きつらせはじめていた。

「えっと、もちろんその……だいじにしてほしい、です」

「私でいいなら、だいじにする……いえ、してあげるわね」

 紙袋がりあむごと跳ねて、差し渡し六インチの液晶に移りかけていたあきらの意識を現実世界へ引きずりもどした。片手に持ったままのスマートフォンが紙袋に硬い音をさせたが、廊下の角を曲がって飛んでいくほどの大きさにはならなかった。

「あばば、あばばばば」

「いや、誤解でしょ。猫かなんかデスよ」

「猫って……猫って……」

 あきらは舌打ちをした。誤解か否かはさておくとして、最初からりあむはそういう会話だと思って聞いていたはずである。それでなぜここまで動揺するのか。そしてなぜ自分を巻きこんだのか。視線で問い質すと、人差し指を捏ねあわせながら卑屈に笑って見上げてくる。

「最初はさあ、ほら、いにしえの言葉でエスっていうやつ? 尊みを摂取できるかなって思ってたんだよ?」

「あかりチャンから変なもの吸おうとしないでください」

「留美さんからはいい?」

 “る”の形になりかけた己の口をりあむは塞いだ。二秒以内に後頭部を膝で蹴られる光景がたやすく想像できたからである。そしてそれ以上に、あかりの慌てる声が二人の注意を惹いた。漏れ聴こえる文節を、ピンク色のオウムがゆっくりつぶやく。

「広げないで? 見ちゃだめ? だれも見てない……?」

「いやいやいやいや……」

 スマートフォンの角で眉間を叩き、あきらはりあむの妄想を突き破ってしぼませる針を探している。自分の心音こそ向こうに聞こえないかという無用の心配や、じっさいに自分にも聞こえる妙な単語が、探しものの目を曇らせる。

「玉とか棒とか聞こえる」

「ぶち殺しますよ」

「ひゃああひっくり返さないでえ! なぞったりしたらよくないですって!」

「うん、いい具合よ」

 あきらは廊下の角から飛び出した。飛び出して転んだ。それでも紙袋は守った。りあむはあきらよりも派手に廊下に転がった。はっきりと聞こえてしまった言葉にたまらず踏み出したあきらの膝が、かねての予想どおりりあむの後頭部と激突したのだ。りあむが変な頑丈さを発揮して昏倒しなかったことは本人以上にあきらの感謝するべきところであろうが、いまそんな余裕はなかった。

「……ともかく、そんな恥ずかしがる出来じゃないから……あら?」

 にぎやかな廊下の角にあかりと留美の視線が刺さる。肘で起きたあきらはあかりを見る。顔を赤くして指をわななかせるあかり。その横で涼しい顔をしている留美は、二つの尖った山のついた、毛糸の帽子をかぶっている。あきらの視線がその帽子に向かったことを察知して、あかりは両手で必死に隠した。

「ど……どうしたの?」

 この場で一番目と二番目の“どうしたの?”はよろよろと立ち上がって、焦るあかりにそう問うた。留美は帽子を脱いでバッグにしまいこむと、あかりに代わって答えた。

「あかりちゃん、猫耳つきの帽子を編んでくれたのよ。耳のところがちゃんと空洞になっててね、ここまで複雑なのははじめて作ったから、ちゃんとした評定がほしいんですって」

 目を回したままあかりは強く頷く。

「あ、ああ……。あかりチャン、ちょっとがんばろうってなってるもんね、さいきん」

 気恥ずかしさを押し流すようにあきらは早口に返した。りあむはまだ口がきけないでいる。照れくさそうに頷いたあかりが、紙袋に注目したような気がして、あきらはそっと背中に隠した。

「でもいざ自分の手を離れてみたら、思ったより粗が見えちゃった……というところかしらね」

「そう、そうです! 答案の欄がぜんぶ一個ずれてたくらいの気分です」

「ふふ、諦めて先生の採点を待ちなさい。失敗を受け容れるのが成長のかなめよ」

「……ぼくももっとひとの話ちゃんと聞くようにしよう」

「いえ、聞いたせいで失敗したんデスよ、りあむサン」

 

 

 

(了)

 

(おまけ)

【対象用】あかりと留美の会話

「あっ、やっと見つけた、留美さん!」

(留美、あかりを振り向く)

「留美さんは私の誕生日プレゼント、用意してないですよね」

「答えづらいけど、そうね」

「じゃあ一個お願いしてもいいですか?」

「わざわざ私に?」

「はい、留美さんでないとだめなんで」

「ありがと。それで?」

「それは……うーんと、誕生日プレゼントって色んなのあるじゃないですか」

(あかり、あれこれ挙げて脱線)

「体験型というか……経験型というか……」

「?」

「とにかく形がなくて、いえあるんですけど」

「うん?」

「こういう感じで……」

(あかり、猫耳つきの毛糸の帽子を出す)

「あら、すごいじゃない」

「でも私こういう形の編むのはじめてだから、下手かもですけど」

「よくできてると思うわよ」

「よしっ、じゃあ、これ! 貰ってください!」

「……ん?」

「返品とかなしですよ! できたらあの、家で使ってみて、感想とかほしいんご」

「ああ、そういうことね」

「そうです。こういうの貰ってくれるひと……なら、たぶんほかにもいますけど。ちゃんと、その~教えてくれるひとって留美さんだと思って」

「私のほうが“ありがとう”ってなるわね。本当にいいの、それが誕生日プレゼントで」

「はいっ! 文句とかなしで、だめなところ教えてほしくて」

「器用なことを求められたものね」

「あはっ。それで、えっと、もちろんその……だいじにして“ほしい”、です」

「言葉のレトリック……というか、トリックみたいね。私でいいなら、だいじにする……いえ、して“あげる”わね」

(留美、帽子を広げる)

(失敗したのを見なかったふりで編み進めた箇所が、あかりにはすぐ目につく)

「あやっ! ちょ、広げないでください! こんなところで見ちゃだめ!」

「だれも見てないし、通りかかっても編み目の粗が見えることはないわよ。……けど細かく編めてるじゃない。趣味というだけあるわね」

「でも本当、こんな丸いのから出っ張るのなんてはじめてで……」

「りんごろうさんのあみぐるみは?」

「あんなのただの玉に棒くっつけるだけですっ。ってひゃああひっくり返さないでえ! なぞったりしたらよくないですって!」

(留美、帽子を被る)

「うん、いい具合よ」

「わああ~……」

(あかり、猫耳のバランスが思ったより悪いことに気がつく)

「や、やっぱり、これはなしで……」

「返品はなし、なんでしょう?」

「か、かわいい後輩がいちごジャムになってもいいんご~!?」

「なんでいちご?」

「真っ赤なのはいちごじゃないですか」

「……ともかく、そんな恥ずかしがる出来じゃないから……あら?」

(おまけ終わり)




※pixivにも同じものを投稿しています。

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