―――チュンチュン……
小鳥の鳴き声が聞こえる。
窓からは朝日が差し込み、体に起床するよう訴えかけてくる。
昨日は疲れて泥のように寝落ちしてしまった。
体に布団がかかっていることから、ベッドで寝ていることが分かる。
布団はゆかりさんが掛けてくれたのかな?
――そう言えば、彼女にベッドで眠ってほしいと言うのを忘れて、自分だけぬくぬくと眠ってしまっていた……
なんてことだ…………
ものすごく申し訳ないことをしてしまった。
これはマスターとしても人としても最低だな……
とりあえず、ゆかりさんに謝りに行かないと――
そう思い、ベッドから起き上がろうとする。
…………ん?
なんか動けないんだけど……
不審に思いながら、布団を捲る。
「すぅぅ…………、すぅぅ…………」
そこには俺を抱き枕のように抱き着いて寝ているゆかりさんの姿があった。
アッ……(昇天)
カワイイ…………(遺言)
何だこの天使。
この世界にも天使は実在したんだっ……!
さて、寝顔も堪能したところで――
なんで、俺に抱きついて寝てるんですかね?
いや、寝るところを提供せずに寝落ちしたこっちが120%悪いんだけどさ……
寝てるときに俺、ゆかりさんに対して変なことしてないよな、大丈夫だよな?
寝ている間に襲ったりはしてないはずだ、たぶん……
そういえば、確かボイスロイドにはセーフティモードがあったはず。
セーフティモードは、こっちがボイスロイドに対して危害を加えようとすると、即通報、即逮捕からの刑務所行きの片道切符までついてる超お得なハッピーセットみたいなやつ。
あれが発動した時は、アラームと警告文のおまけ付きって噂だけど、音で俺が起きなかったってことは、手は出してないみたいだな。
「良かった……」
多分安心していいだろう。
もう一つの可能性としては、ゆかりさんが黙認してる、許容してるってことも考えられるけど、服も乱れてないし大丈夫だよね?
……俺のパーカーとTシャツ着てるけど。
一応、後で異常がないか点検するか。
無意識ハッピーセットは回避してたとして……
どうやってここから抜けようかな?
今ゆかりさんにがっちりと、ホールドされてて抜け出せないんだけども。
見た感じスリープモードだし、目覚めるまで待つしかないな。
俺のせいで寝るところが無くてここに来たっぽいし、マスター権限で無理やり起こす最低なやり方もしたくない。
これ以上俺も失態をおかしたくないし、そんな奴にはなりたくないな。
「かといって、ずっと抱きしめられているのもな……」
また俺の心臓にダメージが……
いっそのことこっちから抱きしめてやろうか。
いやいやいや、何しでかそうとしてるんだ俺。
朝から頭でもおかしくなったか。
ゆかりさんに『寝るところが無いから仕方なく一緒に寝たら、寝込みを襲うとかどんなゲス鬼畜ですか。あなたには失望しました。』とか言われたら、今すぐ爆発四散してしまう。
それだけはだめだ、失望されるのは回避しなくてはいけない。
……でもやることないし、もう一回寝るのは難しい。
うーん…………頭を撫でるくらいなら許されるかな……
まず、目の前にこんな天使がいて、頭も撫でずに放置するのは俺がおかしいよな。
多分セーフなはず、うん。
さらさらっ…………
起こさないように慎重に頭に触れる。
さらさらとした髪が手のひらに触れ、ゆっくりと後ろへ流す。
ずっと触っていたいようなさわり心地の髪に、先ほどからほんのり香ってくる優しい香り。
い、癒されるぅ…………
流石ゆかりさん、髪の手入れもしっかりしている。
ってか、どうやったら俺んちのシャンプーでここまで髪がさらさらになるのだろうか。
――――なでなで、なでなで……
頭の撫で心地も最高とかマジ天使だわ。
人間にも劣らない、むしろ超えてきそうなほど、髪がサラサラで触っていて気持ちいい。
……頬も少し触っていいかな?
――――もちもち、もちもち……
めっちゃもちもちだぁ……
髪も綺麗で、肌ももちもちだしやっぱりボイスロイドはすごいな。
ゆかりさんを何回か撫でたり、もちもちしていると――
「…………んんっ、………………すぅ…………」
――――危なかった。
ついゆかりさんの沼に漬かりきってしまうところだった。
もう少しで起こしそうになるし、ここはしばらく禁忌領域として触らないでおこう。
癖になって無意識に触ったら大変だ。
だが、おかげでゆかりさんが反対側へ寝返り、ゆかりさんロックが解除された。
これでベットから起き上がれる。
名残惜しいけど、朝ご飯の準備もしないといけないしここまでだな。
ゆっくりとベットから出て、ゆかりさんに布団をかけて起こさないように、静かに部屋から出た。
――――――――――――――――――――
マスターが風呂から逃げ出して、じっくりお風呂を堪能した後。
「そういえば着替えの服はどうしましょうか。昼間も食料やらアウトドアグッズやらで、すっかり持って帰るのを忘れていましたね……」
どうしますかねぇ。
昼間の服を着たまま寝るのはちょっと嫌ですし、マスターも嫌がることでしょう。
かといって裸で寝るのは、いくら何でも早すぎますよね。
そう、今日はマスターさんと一緒に寝ようと思っています。
私はまだ会って初日ですが、別に遅かれ早かれ一緒に寝ることになると思うので、今からでも問題はないでしょう。
「あ、服ならマスターのものを借りればいいじゃないですか。さては私、天才ですね」
とりあえず、身体をふいてバスタオルを巻き、マスターに服を貸してもらえるように頼もう。
「マスター、私の服が他にないので貸してもらえないですか?」
脱衣所から顔を出してマスターを呼ぶが、一向に返事がない。
「あれおかしいですね。もう寝てしまったんですかね?」
いくら待っても一向に返事がないので、廊下に出て他の部屋を覗き見る。
「作業部屋にはいないですか……」
廊下の一番奥の扉を開け、リビングを見た。
「リビングにもいませんか……」
残るはトイレとリビング奥にある扉だが、トイレはノックしても返事がなかったので違うだろう。
なら、残る部屋は一つ。
「まだ見てないですけど、多分ここがマスターの寝室……。失礼します……」
扉を開けると目の前にクローゼットと小さめの机、奥に窓とその下にベッドが設置されていた。
お目当てのマスターは、ベッドにもたれかかるように眠っていた。
「やっぱり眠っていましたか。せめてちゃんとベッドに入って寝てくださいよ」
マスターを持ち上げて優しくベッドに持っていき、布団を掛けた。
持ち上げてみたが、思ったよりも軽い。
一般的な体型と遜色はないが、がたいは少し細く感じた。
今までは小食だったのだろうか。
それにしては、今日の昼、夕食ともに結構食べていたと思うが。
「さてと、私が来てもよさそうな服は……」
勝手に服などの物を借りるのは、本来ボイスロイドとしてはあってはならないことである。
だが、今はある意味緊急事態ととらえることもできるし、マスターもそこまで厳しい人には見えなかったので、服の一着や二着は借りても怒られないだろう。
適当にパーカーやズボンを見繕って……
「よし、これでベッドに入っても大丈夫ですね」
マスターにはどこで寝るかの指示はされていない。
つまりどこで寝ても文句は言われないはず。
部屋を照らすランタンの電源を落として、起こさないようにゆっくりとマスターの横に入る。
シングルベットに二人で寝るので少し狭いが、密着すれば寝ることができる。
「おぉ……。マスターの寝息がすぐ横で聞こえます……」
マスターの体温が高いのか、すごくポカポカして気持ちいい。
ものすごい安心します。
これが添い寝ですか、癖になりそうですね。
折角なので胸元に抱き着いて寝ましょうか。
これはマスターが私に何も言わないまま寝てしまった罰です。
しっかりマスターを両腕でホールドして、静かに眠りについた。
周りでガサゴソと音を立てている。
どうやら朝になってマスターが起きたみたいですね。
すぐに起き上がってもいいですけど、ちょっとこのまま抱き着いて寝たふりでもしてみましょう。
ちょっと反応が気になるので……
「すぅぅ…………、すぅぅ…………」
こんな感じでスリープモードを装えば大丈夫でしょう。
万が一、怪しい行動をされたらすぐに起きればいいですし。
昨日のを見た感じだと何もしてこなさそうですけどね。
ちなみに寝たふり中なので目を開くことはできませんが、マスターの反応はしっかり見れています。
そう、このゆかりんセンサーを使えばあらゆるところをまる裸です!
…………まぁ、まる裸は嘘ですが。
顔に出た表情の変化くらいなら、このゆかりんセンサーという名の空間スキャナーで見ることができます。
これで観察しましょう。
ちなみに今は動揺?の表情ですね。
まぁ天才美少女ゆかりさんと添い寝していたらそりゃ驚くでしょう。
このしてやった感が堪りませんね。
「良かった……」
え?
なんか安心してますね、何に安心したんでしょうか。
と思ったら、今度は悩み?の表情が出てきました。
この人の顔は忙しいですね。
「かといって、ずっと抱きしめられているのもな……」
――――今は失望の表情ですね。
…………もしかして私やりすぎました!?
悩みから失望の表情でさらに今の言葉とか、完全に嫌がられてませんか!?
多分ボイスロイドのくせに寝込むマスターを抱きしめながら寝てしまう変態だとか、そんな風に思われてそうですね……
まぁ、文面は間違ってないですけど――
…………もしかして私って変態なんですか!?
確かに不可抗力とはいえ、勝手にマスターの服を着てますし……
今まで自覚がなかっただけに、かなりショック…………
いやそんなことよりもマスターがどう思っているかです!
確かに今の行動も昨日のお風呂のこともマスターは嫌がっていたのかもしれない。
――だけどこのまま捨てられるのは嫌です!
なら、分かりますね結月ゆかり!
今やるべきことを!
今すぐ起きてすぐに謝罪&土下座です!
これで許してもらえるか分からないですが、やらないよりはいいでしょう、今すぐおきt――
さらさらっ…………
…………っっっ!?
びっくりしたぁ!何ですか急に!
今それどころじゃないんです……って…………
あれ?
なんだかマスターがめっちゃ幸せそうな顔してますね……
この何でも優しく包み込んでしまいそうな優しい微笑みは何でしょうか?
よく分からないですけど、さっきまでの表情ではなくなっていますね。
もしかして許してもらえたとか……?
…………よかったぁ。
まだチャンスを残してくださるんですね、ありがとうございます、マスター!
もう出過ぎたことはしないので、ボイスロイドとしてちゃんと仕事を全うします!
私の髪ならいっぱい触ってもらっていいので、どうか私を許してくださ…………
――――なでなで、なでなで……
ちょちょちょっ、いきなり頭撫でにジョブチェンジしてきたんですけど!
しかも、いくら何でも撫ですぎでは???
いっぱい触ってもいいって言いましたけど!
確かに言いましたけども!
――――もちもち、もちもち……
今度は頬っぺたですか!
そこは許して……ないです――
てか勢いがすごいです……
そんな勢いでもちもちされると……
「…………んんっ、
………すぅ…………」
……危ないですね――つい声が出てしまいました。
ついでに寝返りしてマスターからは離れましたけど、シングルベッドだからまだ距離は離せていません。
これ以上されるともう堪えることが……
ゆ……許してぇ~~~!
あれ?
マスターがベッドから起き上がっていきましたね……
よっしゃぁーー!
なんとか耐えることができました。
最後の方、ちょっと情けなくなってましたが、ギリギリセーフです、ハイ。
なんかもう朝から疲れましたよ。
これを機に、しばらくは私から仕掛けるのは自粛しますか…………
結局、疲れ果てたゆかりさんは、マスターが起き上がった2時間後に起きてきたそうな……
ちなみにこの世界線のゆかりさんは、体重が軽めなので人間を抱き枕にしても大丈夫。
違う世界線ならボイスロイド特有の機械の重さで潰れるマスターもいるかも。
うっかりマスターを骨折させてしまったゆかりさんを、徐々に曇らせていくのもありかもしれない…