七月初旬。
いつものように学校帰りにゴミ掃除を行っていた緑谷は、巨大冷蔵庫をトラックに運んだ後、夕日に照らされた砂浜の上で横になると疲れたように溜息を吐いた。
「これでようやく一割・・・ってところかな?」
ゴミの山を見上げながら、一か月前の情景と見比べる。
割と前のことなので、若干うろ覚えなところもあるが、しかし相当片付いているのは明白だった。
というか、
「オールマイト・・・驚いてくれるかな?」
残り期限は九か月。
ペースとしては十分だが、もう少し上げるべきだろうか。
(僕がヒーローに・・・オールマイトのようなヒーローになるためには・・・!)
拳を固く握り、どっこいしょと重い腰を上げる。
尻の砂埃をせっせと払いながら、そしてゴミの山から鉄パイプを抜──。
「私が~・・・」
「え?」
上空からもはや聞き慣れた声が迫ってくる。
見上げるとそこに居たのは──。
「普通にマトモな服で来たァァ!!!!」
現れたのは、ジャケットとスラックスを着たオールマイトだった。
「オールマイト!?しかもその恰好は・・・」
テレビでもあまり見ないオールマイトの正装。
緑谷はそれをレアなモノ見ちゃった!という驚き半分、なんでそんな格好を?という疑問半分でガン見している。
「実は今日の夜、古い友人と夜ご飯を食べることになってね。それでこんな服装をしているというわけさ」
「古い友人・・・ですか?」
「そうだ、丁度仕事が一段落着いたみたいでね!」
「仕事が一段落・・・そしてオールマイトの古い友人と言えば・・・」
思い当たる人物が一人だけ脳裏に浮かんだ。
「デヴィット・シールド博士・・・ですか?!」
しかし確証はないし、そんな超大物が日本に来るわけないとも思っているので、ほとんど信じていないのだが。
「スゴッ!よく分かったね!」
「え!?本当に来るんですか?!?!」
「うん」
何食わぬ顔で平然と肯定するオールマイト。
普通に考えればテレビや雑誌の一面に取り上げられるレベルの大ニュースのはずなのだが・・・。
(流石オールマイト・・・なのかな?)
「東京に行きつけの寿司屋があってね。そこを貸し切るつもりなんだ」
東京に行きつけの寿司屋があるなんて初耳だ。
いや、プライベートの話なので知らなくて当然なのだが。
「だが予定の時刻まで少し時間が余ってね。そこで君の様子を見に来たんだが・・・ウム!全く以って心配いらなかったね!」
HAHAと笑うオールマイトは、踵を返すと足を曲げた。
傍から見ればただの跳躍の前兆だが、オールマイトとなれば瞬間移動の一歩手前へと早変わりだ。
「もう行くんですか?」
「友人とはいえ、五分前行動はしないとね。それに一応、日本に旅行に来たお客様だからね。待たせるわけにはいかないよ」
「なるほど・・・」
たとえプライベートでも、トップヒーローとしての威厳は保たなければならないということか。
「お土産はデイヴのサインでいいかな」
「是非お願いします」
「OH、目が血走ってる・・・」
引き気味で笑うオールマイトと、どこぞの包丁を構えた三代目みたいな真顔をする緑谷。
オールマイトはさて、と体をさらに深く、腰を下ろすと勢いよく飛び立った。
オールマイトは空へと消えた。
まるで光を置き去りにするかのようなその速度に圧倒されながらも、しかしその眼はいつもの羨望の眼差しを持っていた。
「やっぱり・・・オールマイトは凄いなあ・・・」
その背中を目で追いかけながら、暫くして緩み切った頬を叩いた緑谷は、またゴミを運びだした。
◇■◇■◇
「にしても、あれからまだ二週間ぐらいしか経ってないけど・・・」
トゥルーフォームに戻ったオールマイトは、姿を変えたおかげで少々ダボダボになった服装で、駅前で腕を組みながらデイヴを待っていた。
というのも先日、デイヴからレインで、
『トシ。明日東京にメリッサと一緒に旅行しに行くから。夜は板前さんの所で寿司を食べたいから貸し切りにしといて』
と来たのだ。
「忙しいんじゃなかったの?本当に旅行にきて大丈夫なの?」
デイヴが研究しているのは個性に関することで、詳しいことはよく分からないが、それでも抜け出して旅行に来れるほどユルい感じの研究では無かったはず。
しかもそれが一段落しても、ヒーローアイテムの開発もあるのだし、そう簡単に日本に来れる程暇じゃないと思うが。
「でも本人がいいって言ってるってことは、いいってことか」
でも細かい事情は聞かないのがオールマイトクオリティだ。
「というか貸し切りって。割とお金かかるんだぞ!」
アレでも一応テレビで何度も取り上げられるレベルには有名&高級店だ。
入って寿司を食べる程度にはそれほど金はかからないが、貸し切りとなるとかなり金が掛かる。
尚、オールマイトの懐(正確には貯金だが)的に27ダメージぐらいしか入っていない模様。
「もし私にそこまでの貯金がなかったら今頃怒ってたぞ!」
怒るだけで、貸し切りはちゃんとするし、お金は全部自分が払うことには変わりないと思うが。
「全く、デイヴは本当に勝手なんだから!・・・私も大概だがね!」
HAHAと笑うと周りの目線がこちらに集中したので、ゴホンとわざとらしく咳を上げると、近くのベンチに腰を下ろした。
番組で無茶ぶりを言われた時用の激熱ジョークを考えながら、ベンチで腕を組んでいると、駅からこちらに向けて誰かが近づいて来るのを足音で察知した。
八木は駅に背を向ける形で座っているので、振り向かない限りソレが本人であるかを確認する術はない。
(振り返って確認するか・・・ん?)
ふと、足音がやけに小さくなった気がした。
まるで気付かれない様にゆっくりと歩いているような・・・。
(ああ、なるほどね)
察知すると同時に、八木は何食わぬ顔で空をボーっと見つめた。
暫くして足音が真後ろで途絶えたと同時に、視界が真っ暗になる。
「だーれだ!」
懐かしい声。いや、それよりもっと大人びただろうか。
わざとらしく顎に手をあてながら、唸る様に首を傾げた。
「誰だろうなぁ。ヒントはこの声かなぁ?・・・うーん、分からないなぁ」
ほんの少しだけ、目線を後ろに向ける。
勿論視界は真っ暗のままなので、視線の先に当人がいるかは憶測だ。
「
すると暗闇の奥から、まるで噴き出すような笑い声が響いた。
「プッハハハハハ!全くトシは意地悪だね!」
「そうかな?ちゃんと目に手を当てやすいように、上を向いていたじゃないか」
「ククク・・・」
服の擦れる音と共に、掠れるような笑い声を上げるデイヴ。大方ツボって腹を抑えているのだろう。
「パパ、そろそろ手を放した方がいいかな?」
「それはメリッサ次第じゃないかな?」
「じゃあこのままで!」
「オイオイ、私の意思は尊重されないのか!」
そう叫ぶと、後ろから二人の微笑ましい笑い声が聞こえた。
「ゴホン。メリッサ、そろそろ解放してあげなさい」
それから約二分ほど経ち、デイヴの口から許しが出た。
「はーい!」
メリッサはそれに従い手を放すと、視界に光が戻って来た。。
「ふう、あのまま一生視界が戻らないのかと思ったよ」
「そんなことはないよ。メリッサが飽きるまではずっと続くとは思うけど」
ちなみにメリッサは何か物事に対して興味を持った場合、飽きるまで最低三日はかかるそうだ。
つまりあのまま止められなければ、三日間はあのまま視界を奪われたまま・・・。
「怖ッ」
「マイトおじさま?」
「え?ああいや何も。それにしてもメリッサも来るなんて、それなら事前に教えてくれればよかったのに」
無理矢理話を逸らすが、デイヴは何の疑問も持つこともなく淡々と答えようとする。
「本当は一人で来るつもりだっ「聞いてくださいマイトおじさま!パパが『日本にまた旅行する』っていきなり言い出して、しかも私も明日は休みなのにおいていこうとするんです!私に事前に一言も言わずに!!」・・・まあ、こういうことだ」
が、途中でメリッサに阻まれ撃沈してしまった。
「なるほど。・・・それで、デイヴはどうして?」
「いや、ただ暇だったからさ」
「・・・え?」
暇、という単語を聞いて暫く硬直するオールマイト。
その凍りかけた脳味噌を溶かしたのはメリッサだった。
「パパはこれまで、幾つもの
「へ!?それは本当かい?!」
「ああ、本当だよ」
個性の研究は科学者の界隈において、史上最も難しい分野とされている。
その理由は勿論、個性は未だ未確定、未知数な点が数多くあるからだ。
そんな研究機関に属するとなればそれだけで知名度もあがるし、それだけで富と名声が与えられる。
しかしデイヴは、しかもⅠ・アイランドにおける最高の科学者という身でありながら、チームから抜けたのだ。
「一体どうしてそんな・・・?」
「僕がこれ以上いても、何か新しいモノが見出せるとは思えなくてね」
爽やかな笑顔を向けるデイヴに若干違和感を感じる。
しかしその正体を探ろうとする前に、デイヴは「それに」と言葉を付け足す。
「僕は個性の研究よりも、サポートアイテムとかヒーローアイテムとかの開発をする方が好きだしね」
「・・・そうか」
その言葉には、先程のような違和感がなかった。
つまりこれが本心ということか。
(もっと理由はありそうだけど・・・それは今ここで聞くことじゃないか)
気にはなるが、今すぐに聞きたいほど興味がある訳でもない。そもそもそこまで複雑な理由が絡んでいることはデイヴには基本的に無いので、恐らく個人的な感情か何かがあって研究チームから抜けたのだろう。
例えば──自分が解決しようとしていた問題が解決された──とか。
(いや、そんな単純な理由じゃないか。デイヴに限ってそんなことはないない)
首をブンブンと振り、浮かんでいた妄想を振り払う。
「それよりもほら、早く寿司を食べに行かないか?」
「私も早くスシを食べてみたい!」
既に二人の胃は寿司を受け入れる準備を整えていたらしい。
「そうか。・・・それじゃあ、早速行くか」
疑問は胸の内に残されたままだが、しかし別に今聞くことではない。
取り敢えず今は寿司を食べに行って、真面目な話はその後にしよう。
そう思って、足を前に踏み出した。
その時だった。
「オールマイト・・・・・・!」
まるで幽鬼の如く、ふらりふらりと横に揺れながら、正面から細身の男が近づいてくる。
影で未だ顔は見えないものの、その声からは生気というものが感じ取れなかった。
しかし、気になるところはそこではない。
(私の正体を知っている・・・だと?)
まさか、体を治した個性の持ち主か?
いや、
もしくは個性か何かでその正体に気付いた一般人だろうか。
いずれにせよ、このまま放置するわけにはいかない。
「・・・君は一体・・・何者だ?」
声を掛けると、その男はビクンと体を震わせた。
そしてしばらくその場で身体を硬直させた後に、また一歩一歩とこちらに近づいて来た。
「まさか・・・私を忘れた・・・のか?」
「・・・ん?その声は」
どこかで聞いたことある声だった。
枯れてマトモに聞き取ることすらままならないが、しかしその声の芯に心当たりがあった。
数年前の記憶の底から、その声に似た者を引き出し始める。
そして、三秒という長い時間を経た後に、その声は
「・・・まさか君は!?」
男は街灯に照らされ、その姿を露わにした。
グレーのスーツに赤と白の水玉のネクタイ、髪は緑で一部に金のメッシュが入っている。
眼鏡は細く銀縁で、その奥の黄色い瞳はオールマイトを射抜いていた。
頬は痩せこけ、顔色も悪く、数年前に喧嘩した時とはまるで大違いな彼に、八木は震える唇でその名を呼んだ。
「サー・・・・ナイトアイ・・・・!?」
彼はその言葉に疲れたような笑顔で応えると、膝から崩れ落ちたのだった。
メリッサ・シールド
世界の天才が集まる人口移動都市Ⅰ・アイランドのアカデミー二年生であり、オールマイトの正体を知る者の一人でもある。
オールマイトのトゥルーフォームについて
胃袋が完全修復されたおかげで食欲が戻ったおかげで、実は前よりも体が全体的に太くなっている。
しかしオールマイトもデイヴもアハ体験的な意味でまだ気付いていない。
デイヴの研究
オールマイトに全盛期の力を取り戻してもらおうと奮起していたが、オールマイトの傷が治ったおかげで研究の意味を見出せなくなる。
結果研究チームから抜けた。