「どうすればいいんだ・・・」
心地よい潮風に揺られながら、最近だと最早珍しくなったトゥルーフォームの姿で地平線を眺めていた。
時刻は六時前。
そろそろ緑谷が来る頃なのだが、しかしどうにも乗り気にはなれなかった。
(ヴェノムに関してだが・・・確かに根津校長に預けた方がいいのは分かっている。・・・でもなぁ)
そう、ヴェノムに関してである。
あの日は即座に決めることができないということで、一時撤退の策を取らせてはもらったものの、その代わりとして『今年以内に決めること』という条件を出された。
(来年からは私が教師として活動し始めるから、ということだろうね)
ヒーロー活動中であればヴェノムの存在が露見したとしても、「これは!ヴィランからの不意打ちだ!!」的な超絶演技をすれば、苦しいが多少なりの言い訳はできる。
しかし、学校内ではそういった言い訳ができない。
何故なら学校内でオールマイトがヴェノムに襲われるとは、それ即ちヒーローとしての存在意義の敗北となるからだ。
それに、もしその言い訳が仮に通ったとしても、今度はオールマイトではなく学校側の責任を問われる。
どちらにせよ、ヴェノムが体外に姿を見せた時点で詰むのだ。
(ヴェノムを体内にずっと隠していても別に問題はない。換気の必要も餌を与える必要もない。・・・だが、ヴェノムの弱点をどうするかが・・・)
ヴェノムの弱点である、熱と超音波。
それを諸に喰らってしまえば、体内体外関わらずに拒絶反応を起こし体外へと現れてしまう。
勿論、弱点に対してオールマイトなりの対抗策も考えた。
実はいくつかの検証により、オールマイトの状態で筋肉の奥底に隠せば、その拒絶反応をある程度抑えられることが発覚したのだ。これにより炎の中でもある程度は耐えることができるし、高周波の中でも大声で歌って踊ることができる。
とはいえあくまでこれは、筋肉を本気で力んでいるときだけの特権。一瞬でも気を抜けば即座にヴェノムは体外に顕現する。
(検証のお陰で多少安心は出来たが・・・しかし、熱と音が弱点となると・・・あの三人とは共闘できなくなるな)
NO.2のエンデヴァーとギャングオルカ、そして雄英の教師も行っているプレゼント・マイク。
エンデヴァーとギャングオルカは100歩譲って共闘する機会が少ないにしても、プレゼント・マイクとは来年から教師として同じ職場で働くことになる。万が一プレゼント・マイクが挨拶の時にでも個性を発動させようものなら、即刻ヴェノムが身体から吐き出されるだろう。
(・・・いや、待て。ヴェノムのことは別に雄英の教師であれば話しても問題ないんじゃないか?私のトゥルーフォームのことを知っている者も多い。・・・でも、それでも万が一のことを考えると・・・だとしても、ヴェノムと離れるのは・・・)
八木が何故ここまでヴェノムのことに拘るのか。
それは、八木にとってヴェノムが恩人的立ち位置にあるからだ。
これまで一日の活動時間が四時間だったのが、今では半日以上の活動を可能にしてくれている。
全盛期の頃に比べると見劣りはするものの、パワーも桁違いにアップしている。
無事に教師になれたし、デイヴとナイトアイに再び会う機会ができた。
これらは全て、ヴェノムのお陰である。最後の二つに関しては若干異論が浮かびそうではあるが。
もしヴェノムがいなければ、今頃は血反吐を吐き散らかしながら緑谷に醜態を晒していたかもしれない。
もしヴェノムがいなければ、近いうちに自分の正体がメディアにバレていたかもしれない。
それを考えると、どうしてもヴェノムのことを無下にはできなくなってしまう。
(私には・・・選択できない・・・)
「あの~、大丈夫ですか?」
砂浜に顔を埋めていると、ふと足音が近づいてくるのを耳で感じる。
ちらりとその方向に目を向ければ、そこにはジャージ姿の緑谷少年がいた。
こちらにはすでに気が付いているようだが、トゥルーフォームのお陰かその正体には気が付いていないようだった。
「ああ、大丈夫だ。・・・ちょっとした悩み事があってね」
「そうですか・・・」
話しかけてもこちらの正体には気が付いてはいないようで、緑谷はそのままウォーミングアップを始めた。
オールマイトが教えた通りの、各筋肉に負担を掛けない程度の運動。欠かさずきちんと入念にしている辺り、その本気度が伺える。
「・・・あの~」
黙って緑谷のウォーミングアップを見つめていると、何か思うところがあったのか、こちらに声を掛けてきてくれた。
内心正体がばれないかとビビりながらも、フウと息を落ち着かせて答えた。
「どうしたんだい?」
「いきなりあってこんなことを聞くのもおかしいとは思うんですけど・・・この辺りでオールマイトを見ませんでした?」
「オールマイト?知ラナイナー?」
「そうですか・・・あ、別にアレですよ!?ここでオールマイトと秘密裏に修行してるとか、そういうことはないですからね!!」
目の前に本人がいるとは露知らず、緑谷はキョロキョロと周囲に目を向けた。
逆に言えば、目の前のが本人で良かったなとも捉えられるのだが。
(・・・緑谷少年って、意外と天然なところあるな)
そこら辺がまた彼の良いところでもある。
砂浜に体育座りをして特に何も考えずに地平線を眺めていると、それまでウォーミングアップをしていた緑谷は八木のすぐ隣に座った。
そして八木と同じように、遠い地平線を眺め始めた。
「・・・あの~・・・」
「どうしたんだい?m、少年」
「僕でよかったらなんですけど・・・その悩み事って、聞いてもいいですか?」
「え?」
「あ、いえ!話したくなければ全然大丈夫なんですけど・・・とても深刻そうな顔をしていたので」
「・・・」
いきなりすぎて、思わずキョドってしまう。
というか今更ながら、緑谷が緊張もせずに普通に喋っていることに新鮮味を感じる。
(・・・もし、緑谷少年であれば───)
一体どうするのだろうか。
恩人を取るか。平和を取るか。
その純粋無垢な疑問は自然と口から零れ落ちた。
「・・・もし、君の友人が殺人を犯してしまったとして、その子が君の家に来て「助けて」と頼んできたら。君は、その子を匿うかい?」
その質問に、緑谷の体が一瞬硬直する。
どうやら質問の意図を深読みしてしまったようだ。とはいえ今更誤解だと言うのもおかしいし、別にこの姿で何を間違われても支障はないと思うし。
一先ずは何も言わずに、緑谷の回答が来るまで放置することにした。
「そ、それは・・・」
「もし友人を匿っていることが警察にでも知られれば、君も彼と同じ場所に行くことになるかもしれない。逆に友人を匿わなければ君は捕まることは無い。・・・単純な話、友を取るか自分を取るかだ」
「・・・友か、自分か」
深く、緑谷は呼吸を整え思考を巡らせる。
オールマイトの姿のときはよく見るその顔だが、何故かこの時だけはいつにも増して真剣に見えた。
暫くして、緑谷はその目線を真っ直ぐに地平線へと向けた。
「正直、僕の友達が人を殺めてしまうような性格だとは・・・思わない、ですけど。でも、それでももしそんなことをしてしまったら・・・せめて僕は、僕だけは彼の味方でありたい」
「それは何故・・・?」
「人を殺めてしまったのにも、何か選択せざるを得ない大事な理由があったんだと思います。も、勿論殺人は駄目なことなのは分かってます!・・・でも、それが彼にとっての最善だったなら。尊重してあげないと可哀そうだって・・・」
「それで君も捕まるかもしれないんだよ?」
「そ、それは・・・」
「それで君の夢が、ヒーローへの道が閉ざされてしまうかもしれないんだよ?それでも君は、彼を助けるのかい?」
「・・・・・・でも、僕は友達を助けます」
「それが正しいと。正義であると。そう君は言うのかい?」
「正しい・・・とは僕も思いません・・・。けど、だからといって見捨てるのも正しいとは思わない。それに───
何より、目の前に困ってる人がいるのに、
それを見捨てるなんて僕はできません」
「・・・そう、だね」
そうだった。
緑谷出久とはそういう男だった。
それが客観的に見て、普通に考えてみて、それが良いか悪いかなんて関係ない。
ただ自分の心に身体に正義に従って彼は動く。
だからこそ私は、
(自分の心に従う、か)
「・・・ありがとう。君のおかげで吹っ切れたような気がするよ」
砂浜から起き上がると、ジーパンの尻に付いた砂を払う。
朝日が眩しい。覚悟が決まったからか、それとも余分な感情が無くなったからか。
「そういえば、なんで僕がヒーローになりたいって事、知ってるんですか?」
真面目に心臓が止まりかけた。
しかしオールマイトの知力を舐めるなかれ。テスト的な頭の良さは程々でもこういった分野に対しての頭の回り様は音速の域を超えている。
「そりゃあ・・・さっきまで君、オールマイトのこと探してたじゃないか。なんでこんな所でって言うのは気になるけど、探す理由は普通に考えたらオールマイトに憧れてるからじゃないかってね」
「な、なるほど・・・」
安心したかのような息を吐く緑谷。どうやらオールマイトとの修行がバレたのかと勘違いしてたらしい。
まあ目の前にいるのは本人なわけだが。
踵を返し帰るフリをする。
「それじゃあ、私はこれで」
「はい!お気をつけて!」
元気な別れを告げられ、八木は海浜公園の出口へと向かった。
そしてすぐにマッスルフォームに姿を変えると、また緑谷の下へ帰ろうとする。
しかし、その足取りを止めようとする者がいた。
『オイ、オールマイト』
「ヴェノム。私は君のことを恩人だと思っている。だから君の願いはできるだけ叶えてあげたいと、そう思っている」
『・・・』
「だが、私は君のことを知らない。君の目的を、君が私に取りついた意味を。私はまだ知らない」
『・・・そレは前ニも───』
「本当に、君は目的も意味もなく私に寄生したのかい?」
更に問い詰めると、ヴェノムは狼狽えたようにググと唸る。
やはり何かを隠しているらしい。だがここまで言っても何故か話す気にはなってくれないようだ。
『・・・今ハ言えなイ。それニ今言ったとてオ前には理解できない話だ』
「・・・それは・・・」
どういうことなんだ?
そう口にしようとするが、その先を無理矢理口を閉ざすことで言わないようにする。
言っても無駄だし、更にヴェノムを精神的に追い詰めることになってしまう。
とりあえず、今はそれで納得するしかない。
「・・・分かった。だがいつか必ず、話してくれよ?」
『・・・・・・アア、約束だ』
会話が終わり、二人の間に静寂が走る。
首筋が痒くなるような、気まずい空気が漂い、緑谷の下へ向かう足取りがどことなく速くなる。
「・・・」
『・・・』
「・・・」
『・・・・・・オイ、オールマイト』
「・・・なんだい?」
『・・・こういうのは癪だが・・・・・・礼を言うゼ』
静寂の中、唐突に切り出されたその一言。
「・・・ク、ククク・・・」
その一言に、思わず張り詰めていた空気が弾けてしまう。
「いやあ、まさか君がそんなことを言うなんて・・・HAHAHA!」
『ッチ!ソんな馬鹿デケェ声で笑ウンジゃねえよ!!』
「悪い悪い・・・しかしなあ・・・クク」
和んだ空気に、最早それまで抱えていた複雑な感情は失せていた。
あるのはただ、他愛もない会話に興じる二人の男の姿だけであった。
そして、時は過ぎ去り季節は春。
いよいよ、その日がやってきた。
最近カーネイジを見返して、やっぱりヴェノムっていい性格してんなと改めて思いました。
サム・ライミの言語通じない感じの方も好きですけど、やっぱり悪友的なポジションのヴェノムの方がスコ。
まあこの作品のヴェノムはオールマイトに影響受けすぎて完全に浄化されちゃってるんですけどね。