目が点になった八木と、至って真面目な顔をするデイヴ。そして反応に困る板前。
「何ソレ?冗談でしょ?」
「いや本当だ。今の君の内臓は、一般の成人男性と同等の、もしくはそれ以上に正常に動いている」
「・・・胃袋は?」
「治ってる」
「・・・・・・後遺症は?」
「治ってる」
「・・・・・・・・・マジ?」
「マジ」
問答を終え、背もたれに全体重を掛ける。
パチパチと数度の瞬きを繰り返した後に、自分のほっぺをつねった。
「言っておくけど夢じゃないよ」
「本当だ。夢じゃない」
しかし確認のため、自分の腹の傷に手を当ててみるが、痺れるような痛みがちょっとだけ走った。
「それは縫合の傷か、それとも脳がそう錯覚してるだけさ」
顔に出ていたようで、デイヴからそう指摘された。
「うーむ・・・」
たしかに言われてみれば、最初は痛かったように感じたが、ずっと触っていると全然痛くなくなって来たような・・・。
「しかし、これは一体どういうことなんだ??」
単純に自分の治癒力で治った、なんてまずありえない。
であれば第三者の介入があったのは必然的。しかしその理由は明白ではない。
デイヴは額に手を当て思い浸る。
するとそれまで包丁を研いでいた板前が、こちらをすっと覗いてきた。
「そんなことあり得るのか?無くなった内臓が治るなんてよ」
「普通はあり得ない。個性の介入があるならともかく、それ以外の方法では治すことは物理的に不可能だ。・・・いや、クローン技術を応用すれば治るが・・・」
「私はそんなことはしないぞ」
「僕もそれは分かっているさ。・・・可能性があるとすれば、四つかな?」
1.誰かが完全治癒の個性又は時を巻き戻す個性を持っており、その個性の効果がオールマイトに働いた。
2.理屈は不明だが、オールマイトの中にあるOFAの力が働き、内臓が修復された。
3.奇跡が起きた。
4.オールマイトに再生能力を持った個性が宿った。
「流石に4はねぇだろ。そもそも個性は小二の頃には絶対に発現してるって言うじゃねぇか」
「トシの足の小指の関節は二つ。生涯無個性は確定でしたし、やはり4はあり得ないですかね」
「待ってくれ!最近のニュースで、高齢者の個性発現例があったはずだ!」
「それは個性じゃないと思っていた長所が、実は個性だったってやつじゃねえのか?」
八木が言っているのは、昔から妙に跳躍力が高かった男が、60歳を超えたあたりで自分の個性が『跳躍』であることに気付いたという、ネットでも一時期話題になったニュースのことだ。
しかしこれは個性が60歳になってから発現したわけではなく、元々発現していた個性を個性として認識できていなかっただけだ。
「一応言っておくけど、小学二年生以降に個性が発現した例は今までに一件もないよ」
「・・・実例はないだけで0%じゃないんだろ?」
「もちろん、100%無いとは言えない。個性にはまだまだ謎が多いからね。でも、少なくとも今わかっている知識と常識を総動員させると、普通はありえないんだ」
「・・・じゃあやっぱり、誰かが私の傷を個性で治したのか?」
「そんな個性を持ってる人がいるんなら、相当有名になってンだろ」
そもそも他人の傷を治せる個性というのは、それを持っているだけで英雄扱いされるほどには、希少かつ重宝されている。
その理由は言わずもがな、傷ついたヒーローを即時に癒し、前線にすぐ復帰させることができるからだ。
「それにリカバリーガールのような、相手の体力を治癒力に変化させるような個性でもない。純粋なる回復・修復の力。その力が君の体に働いたんだ」
「俊典。思い当たるフシとかはねェのか?腹の痛みが失せ始めた数日前に誰かと接触したとかよ」
「触れ合った人・・・うーん・・・数が多すぎて流石に思い出せませんよ」
握手やサイン、ツーショットを
それもオールマイトレベルともなれば、一日で百回以上強請られることも稀ではない。
「他に何か心当たりは?」
「うーん・・・」
心当たりというか、もはや答えっぽいものはあるのだが・・・。
如何せんその確証が無いので、答えるにも少々躊躇いがある。
それこそ『それ夢だろ。何真に受けてんだ?』とか言われた日には、一生モノの黒歴史になるかもしれない。
しかしそれ以外に心当たりが無いのも事実。
渋々絞り出したという形で話すしかない。
「・・・関係あるかは分からないですけど、実はその日に───」
カクカクしかじか。
これまで誰にも説明することが無かった夢の中の話を、二人に語った。
そして説明し終えると、静寂だけがその場に残った。
「・・・」
「・・・」
不味い、この雰囲気は恐らく『何を言ってるんだコイツ』というヤツだ。
「だ、だよね!やっぱり夢だから何の確証m」
「 「 いや、それしか
見事なシンクロだった。
「ええェェエ!?!?そうなの!?」
「それ以外理由ねェだろ」
「個性の関与は確定かな。でもそれだと、相手の目的が分からないね」
正体を探るよりも先に、目的を推測しているところを見るに、デイヴの冷静さと秀才さが出ている気がする。
デイヴは顎髭をもしゃもしゃと触りながら、深い思考の奥底へと潜っていく。
「トシの傷を治すのが目的なら、
「私のファン・・・なら普通は説明してくれるだろうし。そもそもそんな強い個性を持っているなら、それこそ私が知ってるはずだ」
「個性が知れ渡っていない人層と言えば・・・」
「ヴィラン・・・だろうな」
「しかしヴィランが君に手を貸す理由は?」
「さっぱりだ」
「・・・裏で
「それこそ可能性は低いな。奴の深層全てを把握しているわけじゃないが、少なくとも私を陥れるのであれば私に対して直接的なことはしてこないはずだ。もっと回りくどい、例えるなら心を壊そうとしてくるのが、奴のやり方だ」
「ますます分からなくなってくるな。・・・例えばヴィランの中に君のファンが居て・・・だがそれなら何故何も言わずに個性を?」
思考の奥へと潜りこむデイヴに心配の目線を向けていると、板前が「オイ」と声を掛けてくる。
見れば板前は腕を組み、眉間に脈を浮かばせている。
「あのよ?ここはテメェらが人生相談する場でも、イチャコラする場でもねェんだ。俺はあくまで
厳しい言い方だが、しかし板前の言うことはもっともである。
塚内のように、オールマイトとは友人兼担当のような深い関係でも無ければ、ヒーローとしての研鑽を積み、人並み以上に戦う力がある訳でもない。
板前はあくまで一般人。
口止め料として贔屓にはさせてもらってはいるが、それ以上のヒーローとヴィランの争いに混ざり合うことになりそうな関係にはなりたくないのだ。
「・・・君とは知り合いとはいえ、今日は客として来たんだものな。すまなかった」
八木が深く頭を下げると、デイヴも遅れて頭を下げる。
あらゆる感情が混ざったような、深い溜息を吐くと、板前は開いたままの新聞紙を手に持った。
「・・・食い終わったら呼べ。勘定するか追加頼むかはそん時決めろ」
その言葉を最後に、板前の眼先は新聞紙へと落とされた。
「それじゃあ、頂くとしようか」
「ああ、彼に申し訳ないからね」
二人はその後、最近起きた身の上話(主にデイヴのメリッサに関する話だったが)をしながら、寿司を食べ終えたのだった。
◇■◇■◇
「初めての日本はどうだった?」
「忍者が居なかったのが唯一の心残りだね」
場所は駅前、時刻は夕暮れ。
既に二人とも心身ともに疲弊しきった状態で、ベンチに座っていた。
寿司を食べ終えた後も二人で話し合ったが、答えは分からず終いだった。
というよりも、答えを出してもそれを確認する方法が無いせいで、予想は空想のままで終わったのだ。
「結局、君の体には何が起きたんだろうね」
「さあ?でも健康であることには問題はないし、むしろありがたみを感じるぐらいだ」
「・・・ああ、そうだね」
リュックはパンパン、横に三つ重なった紙袋は動くたびにガサガサと音が鳴る。
まるで修学旅行の帰りだが、しかし本人は至って真面目な雰囲気だ。
「悪いね、お土産選びに付き合わせちゃって」
「いやいや。むしろ楽しかったよ。それにこっちこそ、今日は来てくれてありがとう」
「呼ばれたらいつでも登場するのが、
「なら、私が悲鳴を上げて君を呼んだら、いつでも助けに来てくれるかい?」
「昆虫以外での叫びだったら、いつでも飛んできてあげるよ」
「・・・それってつまり、私を
「ああ。だって
「それは私にとっても悪夢だな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ククと笑うと、それに釣られてデイヴも笑う。
その様子はまるで、数十年前のバカな自分たちを写しているようでもあった。
一頻り笑ったところで、疲れたように溜息を吐くと、ベンチから立ち上がり駅に向かう。
「何かあったらまた連絡してくれ。いつでも来るよ」
「もしかしたら、何もないかもしれないけどね」
「そしたら落ち着いた頃に、娘と一緒に旅行に来るさ」
「その時はもっと豪華な寿司を食べさせてあげるよ」
「それは板前さんに失礼じゃないか?」
「おっとそうだね、今の言葉は忘れてくれ」
「フフフ。・・・では名残惜しいが。じゃあねトシ」
「ああ、また会おう」
寂しげな背中を見せながら、デイヴは駅に進んでいく。
その背中に、手を振って別れを告げた。
その影が消えるまで、ずっとその場で手を振り続け、そして見えなくなった頃に手を下げた。
「・・・さて、明日は緑谷少年と近くの海浜公園の沿岸で大掃除・・・だっけか?」
スマホを取り出し、時刻と場所、そして用件を書いたメールを送る。
するとものの二秒で返信が返って来た。
『分かりました!早速明日のために荷物とかジャージとかの準備をしたいと思います!それにしてもこんな夜遅くまで一体何をなされていたんですか?あ!別に遅いなとか思ってたわけじゃないです!ただ、もしかしたら僕のトレーニングメニューについて考えていたのかなって。いやでもこれでただの勘違いだったら僕自己中すぎですよね!やっぱり今の言葉忘れてください!それでは失礼します!おやすみなさい!』
「早ッ!?」
二秒で打ち込んだとは思えない文量で、流石に引き気味になってしまう。
「・・・『おやすみなさい』、と」
しかし返信はしっかりとせねば。
後継者だとしても、自分の弱みを見せてはならないのだ。
何故なら彼の憧れだから。
彼を導くヒーローだから。
「さてっと。よーし!帰ったら風呂入ってすぐ寝るぞー!!」
疲れた体に鞭を打ち、物陰でマッスルフォームに変身すると、カバンを両手にダッシュで家に帰った。
後日、『高速道路に現れた音速マッチョ』という都市伝説が作られたのを、オールマイトは後になって知った。
なおトゥルーフォームはデクには見られてない模様。
これを終盤まで持ってくかすぐバラすかを今考えてる所。
次回、デクのハードトレーニング開幕。