忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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第1話▲覚醒 1333

「……あぁ、畜生め」

 

 辺り一面からはうんざりするほどの鉄錆の匂い。

 地獄の釜の蓋を開けてしまったかのような熱気が全身を撫で回している。

 

 ……燃えているのだ。

 

 およそ百五十年に及ぼうとする鎌倉幕府が。

 その支配の象徴たる執権(しっけん)北条(ほうじょう)氏の館が。

 

 逆巻く焔と血に彩られて燃え盛っている。

 

 荘厳な虚飾も、武士(もののふ)意地(プライド)も。

 親も、子も。男も、女も。

 

 生きとし生ける全てを等しく呑み込むような紅蓮の炎。

 無慈悲なまでに平等に全てを灰に帰すその中で、俺は『覚醒(めざ)め』た。

 

 父を(うしな)ったばかりの幼子の手を取りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……幼少の頃より違和感があった。

 

 世の行く先を知っているような、そしてまだ世にないものを知っているような違和感。

 今にもこの世が滅びるのではないかと急き立てられるかのような焦燥感。

 

 そんな不可思議な感覚と同居しながら生きてきた。

 

 仏教によれば前世の記憶を持つ者は余程の悪人に多いらしい。

 人は輪廻(りんね)の輪から外れて解脱を目指すべきもの。

 

 で、あるならば。

 人の生を終えてなお人を繰り返す者は御仏に失格を言い渡されるほどの人間に相違ない。

 

 とまあ斯様(かよう)な解釈が(まか)り通るわけだ。

 仏門全てがみな同じような解釈をするかは分からないが、そう考える者は多かった。

 

 つまり俺はその余程の悪人とやらに該当しかねないわけだ。

 そんな自分が無性に恐ろしくなり、誰にも打ち明けられないまま我武者羅に武芸に励んだ。

 

 幸いと言って良いかは分からないが、俺の家はそれなりに家格の高い侍の家であったようだ。

 武芸を修めるにあたって、困窮することなく存分に打ち込むことができる環境にあった。

 

 もう一つ幸いしたのは、どうやら俺には武芸の才能というものがあったらしいことだ。

 これは我が家に決して小さくない幸運をもたらした。

 

 執権である北条様の目に俺の武芸が留まり、その縁で妹が側室に迎えられることとなったのだ。

 北条様の御威光のお陰でお家はますます栄えていった。

 

 オマケに妹が無事に子を産んだ。それも庶子とは言え執権北条氏の長男である。

 まさに幸運ここに極まれり。位人臣を極めたと言っても過言ではない。

 

 にもかかわらず。

 

 俺の生来抱える不安や焦燥感は一向に薄れる気配を見せぬまま、日毎に俺を苛み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、とうとう『その日』が訪れた。

 

 折り悪く母の法要のために旧領に戻っていた俺は、鎌倉危機の急報に対し完全に出遅れた。

 それでも一縷の希望に縋りながら、馬を駆けに駆けて鎌倉を目指しひた走る。

 

 ……辿り着いた頃には、鎌倉は阿鼻叫喚の地獄絵図に包まれていた。

 

 残してきた家来たちの変わり果てた姿が出迎える。

 一人残らずお館様のために戦い抜いて、討ち取られたようだ。

 

 そんな誇り高い立派な武士(もののふ)を哄笑をあげながら嬲り者にする鬼畜外道共。

 

「足利、高氏*1ィ…ッ!」

 

 血が流れるほどに歯を食いしばり、嚇怒のままに目に付く謀反人共を骸に変えていく。

 

 存分に薙刀を振るい、薙刀が折れれば刀を抜き、刀が脂に塗れれば敵から武器を奪った。

 そうして、死臭と熱気が充満する決戦の地・東勝寺の中を進んでゆく。

 

 寺の最奥には数多くの同僚である重臣たちと… 我が殿・北条(ほうじょう)高時(たかとき)の姿があった。

 

「……殿」

 

 そして、その腹には小刀が深く突き立てられていたのだ。

 溢れ出た真紅の液体が致死量であることを否応なしに理解させる。

 

 間に合わなかった。

 

 ……俺は主君の危機に間に合わなかったのだ。

 居並ぶ群臣たちも皆揃って息絶えていた。

 

 そのまま力なく腰を下ろすと、床に頭を打ち付けて詫びる。

 

「申し訳ありません、殿…!」

 

 俺にとってこの方には恩しかない。

 なのに、俺は肝心な時に何も返せなかった。

 

 武芸しかない俺を認め引き上げてくれた。

 妹も貰ってくれた。

 

 少し覇気に欠けるが、柔和で心優しい甥っ子にも巡り会わせてくれた。

 争いは好まれず、力ある幕臣に操られることを敢えて良しとした方であった。

 

 世間からの評判は決して芳しくない執権様であったことは理解している。

 しかし、こんなところでこんな風に死んで良い方ではなかったのだ。

 

 少なくとも、俺にとってはその臆病な優しさすらも快かった。

 

「……おぉ、宗繁(むねしげ)よ。遅かったではないか」

「殿!? 気をしっかりお持ちください! 傷は浅う御座いまするぞ!!」

 

 薄っすらと目を開けられた殿が言葉を投げかけてきた。

 

 そうだ、俺は莫迦(ばか)か。

 なんとしてでも止血して、気をしっかりお持ちいただかねば。

 

 万に一つの生存の可能性を掴み取るため動こうとする俺を、しかし、殿は手を上げて制する。

 

「良い。私は死なねばならん。……さもなくば足利が止まれぬからな」

 

 淡々と告げる殿の言葉は間違ってはいない。

 殿の死を確認できないうちは確かに足利が止まることは決してないであろう。

 

 けれども臣として主君の翻意を促すために言葉を紡ぐ。

 

「されば殿、拙者に戦働きをお命じくだされ。百人力と謳われた武勇の奮い時でありますれば」

「ふふ、確かにな。おまえがいてくれれば此度のような無様は晒さなかったものを…」

 

 俺の軽口に殿が笑ってくださる。気力は蘇ってきたようだ。

 あとは無理矢理にでも手当てをお受けいただければ…

 

「なれば!」

「だが、まかりならん。おまえにはもっと大きな役割を任せたいゆえにな」

 

「それは…?」

 

 殿は視線を奥の間に寄越すと、「万寿丸(まんじゅまる)」と小さく呼びかけた。

 声に呼応しおずおずと姿を現したのは妹の子… つまり俺の甥っ子の万寿丸様であった。

 

「……伯父上」

「万寿丸様、よくぞご無事で」

 

 たとえ可愛い甥っ子であっても主君筋の子である。俺はすかさず平伏する。

 

「私は己が定めた通りここで死ぬ。……だが、そうなると心配なのは万寿丸のことだ」

「殿…」

 

「逃げ上手な勝寿丸*2は心配要らぬが、こやつは見てのとおり危なっかしい」

 

 そう言って、静かな、しかし柔らかい笑みを浮かべながら親子は視線を交わす。

 俺はその光景を眺めつつも、上手く言葉を返せないでいる。

 

 なんとしても殿に手当てを受けていただくか、あるいは自刃し殿の後を追うつもりだった。

 しかし…

 

「どうだ? この大舞台で逃げそびれるほど不器用な我が子の面倒を見てやってはくれぬか」

 

 

 

 

 

 

 断れるものか。

 大恩ある主君からの今際(いまわ)(きわ)の願いを臣として断れるものか。

 

「……君命、しかと」

 

 より一層に深々と頭を下げる。滂沱(ぼうだ)の涙が止まらない。

 

「うん。……おまえがそう言ってくれて安心した」

 

 殿のお声が小さくか細くなっていく。

 

「父上…」

「万寿丸、これよりは宗繁を新たな父と思うように。……達者でな」

 

「……はい!」

 

 今生の別れの言葉を交わす親子。

 

「そして… よく間に合ってくれた、宗繁。お主こそ天下の忠義者。誠に大儀で…」

 

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 執権・北条(ほうじょう)高時(たかとき)

 俺が絶対と定めた主君の命の灯はたった今尽きたのだ。

 

 最後の君命を、この俺の魂に刻み込んで。

 

 立ち上がり万寿丸様を抱きかかえると、動かなくなった高時様に一礼を捧げる。

 俺の腕の中では、万寿丸様が父の亡骸に向かって手を合わせていた。

 

「御行きましょう、万寿丸様。拙者がお護りいたします故」

「……うん」

 

 そして再度襲撃者がやってくる前に、俺たちは東勝寺を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、畜生め」

 

 辺り一面からはうんざりするほどの鉄錆の匂い。

 地獄の釜の蓋を開けてしまったかのような熱気が全身を撫で回している。

 

 燃えている。燃えている。

 歴史も、伝統も、思い出も一切の区別なく焼き尽くされていく。

 

 狂おしいほどの悔恨の念と血を吐くほどの憎悪の炎に包まれながら、俺は覚醒(めざ)めた。

 何もかも間に合わないままに。

 

 手遅れとなった『西暦1333年』というタイミングで『前世』を取り戻したのだ。

 

五大院(ごだいいん)宗繁(むねしげ)… それが俺の名前、か」

 

 甥であり主君の子でもある万寿丸… 北条邦時を裏切り天下の不忠者として名を残した奸臣。

 それが俺だったのだ。

 

 のうのうと過ごし主君の危機に間に合わなかった俺にとってはお似合いな役柄だろう。

 それでも…

 

 あぁ、それでも!

 

 俺は万寿丸様の前に自らの刀(敵から奪ったものではあるが)を置いて跪く。

 

「万寿丸様… いえ、執権・北条得宗家*3高時様が遺児・北条邦時様」

「……伯父上?」

 

「この五大院宗繁。これより身命を賭して、貴方様にお仕え致したく存じます」

 

 紅蓮に包まれる鎌倉(せかい)を見下ろしながら、俺は新たな主君に忠誠を誓う。

 今は亡き北条高時様の最後の君命を果たすために。

 

「……わかった。よろしく頼むよ、伯父上。……ううん、宗繁」

 

 全てを喪ったばかり子供に、それも最愛の甥っ子に主君としての振る舞いを求める。

 残酷な世の中だ。

 

 だからこそ、せめて、主君の遺命を守るために俺は命を懸けたい。

 何があっても邦時様を守る。……それは本来あるべき歴史の流れに叛逆するということだ。

 

(知ったことか! 敵が室町幕府だろうとなんだろうと、全て斬り伏せてやる!)

 

 少々の武の心得しかなかった俺が、多少なりとは言え『現代知識』も身につけた。

 歴史改変上等だ。

 

 甥っ子が安心して暮らせる世の中にするため、俺なんかで良ければ幾らでも修羅になってやる。

*1
後の足利尊氏。鎌倉に反旗を翻した時点ではまだ北条高時より一字を賜りし『足利高氏』を名乗っていた。

*2
北条時行のこと。史実において1335年に数え歳10歳という若さで挙兵し、数々の戦果を上げて鎌倉の一時期奪還を果たした、もう一人の北条高時の遺児にして正室より生まれた嫡子。

*3
鎌倉幕府の実権を握った北条家の中でも特に代々執権を排出してきた惣領家であることを示す。




Wikipedia風人物紹介①五大院宗繁(一部虫食いあり、※ジョークです)

五大院 宗繁(ごだいいん むねしげ)
(生誕 1300-死没 不詳)
■鎌倉時代から■■■時代にかけての武将。
五大院 高繁(ごだいいん たかしげ)とも。
代々北条氏得宗家被官である御内人の家に生まれる。
東勝寺合戦において主君・北条高時より庶子・万寿丸(北条邦時)を預けられ、よくこれに仕えた。
忠義の人として知られ「帝に楠、■■に宗繁」と称えられた。
明治初期から第二次大戦期まで国内の、特に軍人に絶大な人気を誇ったとされている[*要出典]。
数多くの武勇に因んだ逸話を持つことでも有名。

(中略)

逸話
『東勝寺合戦二十八騎駆け』
西暦1333年5月21日未明より22日にかけて(諸説あり)発生した東勝寺合戦に際し遠方の旧領■■より馬を潰しながらも駆け付け、通りすがった新田方の武士尽くを斬り捨て主君・北条高時が立てこもる東勝寺に無人の野を征くが如く入っていったとされている。斬り捨てたその数二十八騎と伝えられており、江戸時代における歌舞伎や浄瑠璃でも高い人気を誇ると演目となった。当時の武士の鎧や武装の強度面などから現実に起こった出来事かは疑問視されており、歴史研究家の間ではしばしば議論が行われている。

(中略)
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