忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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征蟻党の腐乱さん進行・解説役に大抜擢。
腕が立って頭も回って処世術を心得て実行しており、吹雪くん相手にそこそこ粘った。
彼の師匠の実力の高さが窺えることも含め、中々にミステリアスで魅力的な人物だと個人的に思っています。


第10話▲釣り野伏 1333

 俺は征蟻(せいぎ)(とう)腐乱(ふらん)ってモンだ。

 征蟻党ってなァ、要は村々を荒らし回って金品を頂戴する凄腕の悪党集団だ。

 

 俺はそん中で力を隠しつつ、大将におべっかを使いながら出世してきた。

 周りは腰巾着だかおべっか野郎だか思ってるようだが、他人の評価がなんだってんだ。

 

 隠している俺の力は、幹部どもはおろか大将にだって見劣りしねぇモンだと自負している。

 だが、そんな俺だけの力をバカ正直に(さら)け出し惜しみなく(ふる)うのは間抜けのすることだ。

 

 考えるのは大将が、力を目一杯奮って命を懸けるのは幹部どもがすりゃいい。

 俺は俺だけのためにこっそりと力を使いつつ、甘い汁吸って楽に生き抜いてやる。

 

 っとまぁ、そう考えていたわけだ。

 

 幕府が倒れてからこっち、どいつもこいつもギラギラした目ェする乱世の幕開けよ。

 確かに足利ナントカってヤツが思ったより早く乱を成功させて国内をまとめちまった。

 

 おかげさんで国内の武士連中も自分の思い通りに切り取りできねぇってきたもんだ。

 けれど、それで乱世が終わったってことになるのか? ……否だ。

 

 百年単位で実権を武家に取られてた朝廷が今更政治だぁ? 

 カカッ、バァ~~~~~ッカ! ……できるわけねぇだろ、そんなん。

 

 案の定もたつきやがって、乱は終わったのに国内は混乱の火種がくすぶってる状況だ。

 そんな状況でも上に飼い馴らされた武士のみなさんは容易にゃ動けねぇかもしれねぇがな。

 

 しかし、俺ら悪党は違う。殺し放題、略奪し放題のまさに最高の状況ってわけよ。

 この火種があちこちで燃え広まり、もう一度大乱が起こるようなことがあれば更に良し。

 

 そういった『今後』を見越したのか小笠原ナントカって爺さんが俺らを囲い込んできたが。

 

 案の定、領地なんかも渡してくるわけでもなく飼い殺しに等しい状況だった。

 まぁこういった犬みてぇな扱いは慣れているさ。大将もよぉく心得たモンだったぜ。

 

 いやぁ、まるで立派な仏僧のように穏やかな顔付きで平伏しやがってるモンだからよォ? 

 ヒャハハハハ! 傑作だったぜ、ありゃあ! 

 

 ……だが小笠原サンも飼い犬に餌やらねぇのは感心しねぇよなァ? 

 だから、まんまと目を離した隙に勝手に諏訪を荒らしに出ていかれちまうってぇわけだ。

 

 小笠原の爺さんが間抜けだとして、これから攻め入ろうとしてる諏訪の連中はどうなのか? 

 

 これも俺らにとってありがたいことに論外だ。

 伝統だかなんだか知らねぇがこんな時期に祭りを開こうなんておめでたい連中さ。

 

 どいつもこいつも平和ボケここに極まれりってヤツだな、ったく。

 そんな涎が出るような御馳走が並べられてる状況で手を出さないなんて逆に失礼ってモンさ。

 

 間抜けばかりで悪党としちゃ笑いが止まらねぇ。慌てた頃にゃ全てが終わってる、ってね。

 

「ヒャハァ! 村の五、六と言わず諏訪大社を占領して征蟻党の国作りましょうやァ!」

 

 俺の言葉(おべっか)に大将は気を良くしたであろう深い笑みを浮かべる。

 一国を支配するに至り、小笠原の爺さんの鼻を明かした自分の姿でも思い描いているのか。

 

 優秀な俺は定期的に大将の心をくすぐるようなおべっかを使うことも忘れないんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……で、まぁ、俺ら征蟻党の絶頂期はそこまでだった。

 

 そろそろ村にたどり着くってんで互いこれからの『お楽しみ』に胸膨らませてたその時。

 風切り音がしたかと思えば、仲間の一人の腕に矢がぶっ刺さっていた。

 

「ぐぁっ!」

 

 幸いというべきか命に別状はねぇようだが、決して軽い傷ってわけでもねぇ。

 そして何より、こんなところで何もなしに矢が飛んでくるはずがねぇ。

 

 慌てて矢が飛んできたであろう方向を見遣れば、そこには身なりの良い餓鬼が一人。

 

「畜生! アイツだ!」

 

 それは誰が叫んだかそれは分からねぇ。

 

 ひょっとしたらあるいは俺だったかも知れねぇが。

 さておき、騒然としつつも各々が殺気立ちながら武器を構えたわけさ。

 

 だってのに大将ときたらいつもの様子で銭勘定をしちまうんだ。

 仲間連中の感情なんてお構いなしに餓鬼を指差しこう言った。

 

「二貫文(かんもん)*1だ。捕まえよう」

「ヒャハァ!」

 

 酷すぎて笑っちまうだろう? たった今、テメェの部下が射られたばかりだってのに。

 まぁゲラゲラ笑いながらノッちまう俺も俺だけどな。

 

 とはいえ、切った張ったで安い命をドブに捨ててこその悪党だ。

 それこそ死ぬ時は虫けらのようにあっけなくくたばっちまうもんだろうさ。

 

 だもんでその他大勢の仲間と同様に、俺は大将の指示通りに駆け出した。

 なにも忠実気取ったおべっかってだけじゃねぇ。

 

 瘴奸(しょうかん)の大将は、あれで金になる餓鬼を捕まえた部下にゃ結構太っ腹なところがある。

 二貫文の分け前だったら決して悪くはない話だろう。

 

 だから俺に限らず、仲間はこぞって舌舐めずりをしながら追い掛けたってわけさ。

 見れば齢十にも満たないだろう餓鬼。俺ら相手にいつまでも逃げられるモンじゃねぇってな。

 

 あの身なりからすりゃ諏訪大社ゆかりの小倅(こせがれ)が分不相応な使命感に駆られたか? 

 御苦労なこった。だとすりゃもうちょっとばかり値段を釣り上げられるかも知れねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところがいざ追ってみると中々どうして、追い付けそうで追い付けねぇとくる。

 

 武装した悪党がザッと数十人。

 それが殺気立てて追えば、普通の餓鬼なら今頃その重圧で動けなくなっても不思議じゃねぇ。

 

 だってのにこの山道を、まるで庭かなにかのように駆け巡りやがる。

 そこまで足が速いとは思えねぇが、どうにも付かず離れずの距離になってしまう。

 

 というのも、この餓鬼が時折思い出したかのように弓を射掛けてくるからだ。

 

 普通、弓ってのは鍛え抜かれた武士の上背なんかを優に超える長大な代物がほとんどだ。

 そしてそれを扱うにあたっては弦を引き絞り、よく狙う必要がある。

 

 こんな障害物が多くて狭い山や林の中でなんぞ満足に扱える代物じゃねぇ。

 逃げながら弓で大勢を相手出来るかと問われりゃあそりゃ那須与一*2だって不可能な難行だ。

 

 だがあの餓鬼は横向きに倒した弓を、絡繰かなんかで走りながら引き絞っているらしい。

 そして矢を置けば準備完了、振り向きざまに片手で射掛けてきやがる。

 

 餓鬼の腕のせいか武具のせいか、精度はイマイチのようだが(めくら)()ちだろうと牽制には充分。

 事実として俺らの足は鈍って、逃げる餓鬼に充分な余裕を与えてしまっている。

 

 ……ふざけやがって。

 

 ()()()()()が武士の武具であってたまるものか。

 あんな、技も鍛錬もなくただ効率良く殺すだけの代物が武士の魂になるはずなんぞねぇ。

 

 餓鬼でも軽々扱えるあんなモンが世間に広まってみろ。

 

 武士の戦い方が変わる、かどうかは分からねぇからなんとも言えねぇがな。

 少なくとも、俺ら悪党は死滅の危機だ。

 

 ……あぁ、クソ。嫌でも分かっちまうぜ。

 ちょっとばかり腕自慢の悪党どもが、力を発揮できぬままこの玩具みてぇな弓で殺される。

 

 まるで野山に出た害獣を駆除するかのように、無慈悲に簡単にそこらの村人に屠られる。

 そんなロクでもねぇ未来が見えちまう。

 

 あぁ、畜生。

 

 あの餓鬼を逃がすって選択肢は綺麗さっぱりなくなっちまった。

 幹部連中は誰も気付きやがらねぇのか? 瘴奸もかよ? 畜生、揃いも揃ってこの盆暗(ぼんくら)共が! 

 

(……殺すか?)

 

 その時ふっと脳裏に冴えた解決方法が浮かび上がった。

 

 ……そうだ、殺しちまえばいい。

 勢い余っちまったって体で『うっかり』()っちまえばいいんだ。

 

 大将の不興は買っちまうだろうが、あの餓鬼により仲間が手傷を負わされたのも事実。

 これまで無駄に積み重ねてきたおべっかを総動員して丸め込んでやるさ。

 

 もし通じなかったら、その時は… あぁ、瘴奸には『退場』してもらうのもいいかもな。

 

「ヒャハァ!」

 

 一層深く笑みを浮かべ、木々に挟まれ見通しが悪くなっている隘路(あいろ)を駆け抜けようとした。

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ」

 

 

 

 

 

 

 

 山を揺らすような怒号とともに化け物が現れ()でた。

 ……化け物が俺ら征蟻党を薙ぎ倒しやがったのだ。

 

 より正確に言うならば。

 木々の間から筋骨隆々たる大男が飛び出してきて、俺らを横合いからブン殴りやがったのだ。

 

 俺は今まで感じたことのない悪寒を覚えて咄嗟に身を転がしたから助かったが…──

 

(おいおい… 5,6人がぶっ転がされてるぞ。ただの一撃でかよ…)

 

 あの筋肉の津波に巻き込まれた哀れな仲間連中はぶっ倒れたまま動く気配がねぇ。

 

 どうやら、ようやく餓鬼を追い詰められそうだと思ったら誘い込まれていたらしい。

 まんまと『釣られた』ってワケかよ、畜生めが。

 

 黒鉄色の鎧に身を包み、異形の長物を右手に持った大男。

 ソイツが惜しげも無く威圧感を振り撒き、俺たちを睥睨(へいげい)している。

 

 相手はたった一人だってのに、この場の支配者は俺たちじゃなくてこの男に移っていた。

 

 しかし、流石は瘴奸と言うべきか。

 いち早くこの状況の不味さに気付き、太刀を抜いて俺らに指示を下そうとするが…──

 

「敵は一人だ。囲んで…」

「黙ってろ」

 

 掌底。

 

 その一撃を顔面にモロに受けた瘴奸は、文字通り黙らされると己が背後に吹っ飛ばされた。

 俺らの基準から言えば巨漢と呼んで差し支えないだろう瘴奸が、である。

 

 ……俺は人が水平に飛んでいく様を初めて目にした。

 

 瘴奸は樹に叩き付けられ飛行を止めたが、それを受け止めた樹の方はたまったモンじゃない。

 ミシミシと異音を立てたかと思うと、程無く幹の中程から折れてしまった。無惨だ。

 

 人間業じゃねぇ。

 

 瘴奸はそのままピクリとも動かねぇ。立てるはずもない。

 いや、そもそも生きているのか? 

 

 死んでいてもまったく不思議じゃねぇが、願わくば気を失っているだけと願いたい。

 ……この化け物の対処を俺らに丸投げして欲しくねぇからな。

 

 辺りを沈黙が支配する。

 

 男の一挙手一投足に視線が集中する。

 そんな俺らの様子を見て満足気に肯くと、男は口を開いた。

 

「おまえらの頭目を出せ」

 

 ………。

 

 なんとも言えない微妙な空気がその場に漂う。

 誰からともなく、視線が昏倒したまま動かない瘴奸へと注がれてゆく。

 

 分からないのは男ただ一人のようで、首を傾げてから再度…──

 

「おまえらの頭目を出せ」

 

 と言ってきた。

 

 誰も答える気配がねぇ。

 ……仕方ねぇから偶然(嬉しくねぇ偶然だが)近くにいた俺が代表して答える。

 

彼処(あそこ)でスッ転がってる坊主だ。アンタがついさっき掌底でふっ飛ばしたヤツ」

 

「えっ」

「えっ」

 

 いやまぁ、思わず素で返しちまったもののその反応も分からんでもねぇ。

 

 十把一絡げに薙ぎ払ったつもりがそん中に頭目が混ざってたんだ。

 確かに想定外だろうし、この熊のような男もそういう反応になってもおかしくはねぇかもな。

 

 ……こっちにとっちゃ笑い事じゃねぇんだけどな。

 

「うぅむ、頭目があっさり伸びてしまった以上どうしたものかな…」

 

 そして男は聞く側にとっちゃ挑発とも取れる発言を、顎を掻きながらつぶやいてみせた。

 当然俺はともかく他の幹部連中が黙っていられるはずもない。

 

「野郎、ふざけやがって! くたばれ!」

 

 最初に激発したのは征蟻党の中じゃ唯一この男と並んで見劣りしねぇ体格の男。

 

 ソイツ、死蝋(しろう)のヤツは得意の薙刀を振りかぶりながら男に向かって突進する。

 征蟻党の幹部格の中じゃ随一を謳っているだけあって中々鋭い踏み込みだ。

 

 さて、この死蝋は俺ほどじゃねぇとはいえ中々の腕利きであることも疑いようのねぇ事実。

 何もしなかったら、あるいは何もできなかったら頭は柘榴*3のようにかち割られるだろう。

 

(さて、どうする…?)

 

 果たしてこれにどうやって相対するのか、精々高みの見物と洒落込もうじゃねぇか。

 

 男は慌てる様子もなく先端に十文字の刃が付いた、戟*4っぽい異形の長物をそっと傾ける。

 

「死ねぇえええええええええええええええッ!!!」

「………」

 

 完璧な動作で振り下ろされただろう死蝋の薙刀は、しかし…──

 

 瞬きほどの刹那の後に、高々と中空に舞っていたのであった。

 

「なっ…!」

 

 何が起こったのか分からぬという表情で硬直する死蝋。

 

 ……気持は痛いほど分かるぜ。

 見ていた側としても絶句する他ねぇ。

 

(あの化け物、力任せなだけじゃねぇのかよ…)

 

 死蝋の薙刀が振り下ろされたあの一瞬の交錯で何が起こったのか。

 

 仮に誰かに説明されたとしてもきっと意味が分からねぇだろう。

 けれど俺自身の整理のために解説を試みるとしよう。

 

 死蝋は男をブチ殺すべく裂帛(れっぱく)の気合とともに、勇んで得物を振り下ろした。

 対する男は、その振り下ろされる薙刀に一歩退いて位置を調整すると…

 

 ──手にした長物で薙刀を絡め取り、中空に向かって放り捨てたのだ。

 

 一合… いや、半合にも満たなかった刹那のやり取りのそれが真相だった。

 ……それも片手で無造作に払うように。神業なんてモンじゃねぇ。

 

 確かに森の甲虫同士の小競り合いで木の幹でそういった光景を見ることもあろう。

 理屈の上では分かる。

 

 絶技とは言え、俺くらいになりゃやろうと思えば演舞なんかで出来ねぇこともねぇだろう。

 だが、そんなことを実戦でやってのけようなんて思うはずがねぇ。

 

 ……わざわざそんなことしなくても、もっと確実に相対する方法なんて幾らでもあるからだ。

 だってのに、目の前の化け物はまるで昼下がりに散歩でもするかのように平然と…──

 

 あっさり、その一線を踏み潰しやがったんだ。……イカれてやがるぜ、畜生め。

 

「……ッ!」

 

 一拍遅れて死蝋は己の薙刀の行方を追って、思わず視線を宙に彷徨(さまよ)わせる。

 ……だが、それは悪手。

 

「軽々しく敵から目を離すな」

 

 男の言葉とともに、ゴッ! と鈍い音がしたかと思えば。

 長柄に強かに頭を打ち付けられたのだろう、死蝋が白目を剥いて倒れる姿が俺の目に映った。

 

 ……終わった、誰もがそう思ったその時だ。

 

 その間隙を縫うように小柄な影が死角より男の命を狙ってきた。

 征蟻党最後の幹部格、白骨(びゃっこつ)

 

 かつて何をしでかしたのか、あるいは何をされちまったのか、鼻が削がれた凶相の男だ。

 

 体格にだってあまり恵まれちゃいねぇ。

 どころか征蟻党でも一際小柄といって差し支えねぇ。

 

 しかしながら、その俊敏さと機を見るに敏な立ち回りは俺をして舌を巻くほど。

 確かに敵から目を離すのは悪手。だが、それはそのままこの男にも当て嵌まること。

 

 俺は、男が無惨に白骨の太刀で刺し貫かれる未来を幻視する。

 

 よしんば致命傷となり得ずとも手傷を負わせることが出来ればしめたもの。

 怖じ気付いている連中の尻を叩いて、男を囲んで殺すことだって容易いものとなるはずだ。

 

 数は力だ。その過程で白骨は命を落とすかも知れねぇが、無駄死にじゃねぇ。

 

(よし! やっちまえ、白骨…)

 

 しかし、男に動揺の影は微塵も見受けられない。

 まるで予想していたかのように『自分から白骨に向かって一歩を踏み出した』のだ。

 

「は…?」

 

 そして、そのまま太刀で貫かれるより(はや)く足を勢いよく振り上げた。

 

「~~~~~ッ!」

 

 蹴上げで急所を直撃された白骨の凶相が青紫色に染め上げられる。

 そしてこの化け物は、動けなくなった白骨を見逃してくれるほど生易しい相手じゃねぇ。

 

 そのまま空いた方の手で白骨の喉輪を掴み上げ、地面へと叩き付けたのだ。

 地面が白骨の形に少しばかり陥没する。

 

 白骨は瘴奸や死蝋同様、ピクリとも動かなくなった、

 ……男の急所を遠慮無く蹴り上げられたのだ。気を失ってる方が幸せかもしれねぇ。

 

 死んでねぇよな? 

 

「次」

 

 事も無げに、まるで稽古を付けてやるかのように口にした男の言葉に応える者はいなかった。

 そんな俺らの様子に男はため息を一つ、そして視線が俺に向けられた。

 

「……おまえは来ないのか?」

 

 男の言葉に呼応するかのように、有象無象どもの視線が突き刺さる。

 行くわけねぇだろ! 死ね! 

 

(どうする? 逃げるか? コイツらを囮にすりゃ俺一人くらいなら…)

 

 悪党連中が領主に捕まったとして、果たしてどうなるかなんて分かりきってる。

 

 試し斬りの材料として武芸の肥やしにされるか鋸挽き*5にして民草の鬱憤晴らしに使われるか。

 どうやったら命が(ゆる)されるかなんて考えるだけ無駄だ。

 

 本来ならこういう状況でこそ俺のおべっかは輝くんだろうが、どうにも通じる気がしねぇ。

 

 そもそも言葉ってのは人と人との間にのみ許されたもののはずだ。

 果たして化け物にヒトの言語は通じるのだろうか? 俺はまずそこに疑義を呈したいぜ。

 

 だったらどうするか? もう実質この一択しかねぇ。

 

(……よし、決めた! 俺は逃げる! 逃げてやる!)

 

 三十六計逃げるに()かず、ってな。

 

 残った征蟻党連中を犠牲にして山道で転げ回るのも厭わず全速力で駆ければなんとかなる。

 ……はずだ。多分、きっと。

 

 そうして適当な主君を見付けて、おべっかしながら二度と諏訪には近付かねぇ。

 それで解決するはずだ。今の暮らしはそこそこ気に入っていたが背に腹は代えられねぇ。

 

 そうして薄ら笑いを浮かべながら徐々に重心を後ろに持っていく。しかし…──

 

「すまんが時間切れのようだ」

 

 男がそう告げると、俺たちが通ってきた道… 退路にあたる其処に諏訪神党が姿を現した。

 そればかりじゃねぇ。

 

 さっきまで追い回してた餓鬼と、それと同い年くらいの餓鬼どもが数名。

 茂みから弓を構えて此方を狙いすましていたのであった。

 

 前門の化け物、後門の完全武装した諏訪神党数十名。オマケに弓を向けられて囲まれている。

 

(……ダメだ、完全に詰んだ)

 

 逃げられねぇ。

 殺される。

 

 だったら、最期にせめて…──

 

「テメェだけでもォッ!」

 

 この化け物だけでも道連れにしてやる! 

 

 俺には師匠から授けられたこの剣術の妙技がある! 

 剣の軌道を自在に変化させて急所を切り裂く、初見殺しの最たるもの。見破れるはずがねぇ。

 

 俺はその後に間違いなく殺られちまうだろうが、それでもこの化け物を殺せるのなら…! 

 しかし…──

 

「おまえ、中々悪くないな」

 

 そんな言葉が間近から聞こえてくる。

 

 音も無く懐に入り込まれた俺は、手首をしっかりと捕まれ『無理やり剣を止められた』。

 そして胴丸を容易く貫通するかのような強い衝撃を腹に受ける。

 

「ぐ、おぉ…」

 

 腹の中のモンを臓腑ごと一切合切吐き出しちまいそうになるような痛みに気が遠のく。

 とてもじゃねぇがそのまま立っていられず思わず膝を突いちまう。

 

「……武器を捨てて(くだ)れ。素直に従えば悪いようにはせん」

 

 そんな俺の姿を尻目に指示を出す男の声と、それに従って武器を捨てる征蟻党の連中。

 それらの『音』を耳にしながら、俺は深い暗闇の底へと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして後日、俺たち征蟻党あらため『忠義(ちゅうぎ)(とう)』は諏訪大明神様のお抱えとなったのであった。

 

 

 

 ……いや、マジでなんでだ。

*1
『貫文』とは南北朝当時における貨幣単位。二貫文は、物価などをもとに現代基準に換算すればおおよそ10万円程度となる。

*2
源平合戦時代の英傑の一人。源義経の配下の一人であり、波に揺れる平家方の舟の上に立てられた扇をあやまたず射抜いた弓の名手として名を残している。ちなみにその偉業を讃えんと平家方の武士が舟上で舞いを披露したが、合戦ガチ勢の義経に「構わん。殺せ(意訳)」と命じられた与一によって平家方の武士はそのまま射殺された。義経はそういうことする。

*3
西南アジアもしくは中東に起源を発するとされる、同名の落葉小高木あるいは果実。原産地よりヨーロッパを経て中国に渡り西暦923年に日本に伝えられたとされている。

*4
古代より中国で使われてきた刺突と斬り払う機能を一体化させた長柄武器。いずれの機能も中途半端なものとなりやすく、この時代においては中国でも下級兵士に持たせる武器としては下火となっている。

*5
のこぎり引き。手足を杭で縛った上で首や腹を竹で作った鋸(切れ難い&すごく痛い)で腹や首を切り裂く刑罰。安寿と厨子王丸の童話で有名だが、戦国時代初頭までは割りとポピュラーだった。一部の優しい(?)領主は民衆のガス抜き政策の一環として悪人の腹や首を裂かせる役割を民衆が行えるよう取り計らってくれた(私刑の合法化とも言う)。




Wikipedia風人物紹介③五大院宗繁その3(※ジョークです)

後世の創作において度々五大院宗繁愛用の武具として紹介されるのが十文字槍である。
彼の代名詞的存在としてしばしば認識されており、花園上皇が「唐国(※中国のこと)に方天画戟の呂布あらば、我が邦には十文字槍の宗繁あり」と日記に残したことでも有名。
後に腹心の部下・忠義党となる悪党退治や高師泰との一騎打ちなど数多くの日本画や歌舞伎の演目において五大院宗繁が手に持つ武器として、常に諏訪頼重から贈られたとされるこの十文字槍の姿が確認されている。

また日本で最初に滑車付きのクロスボウを発明した人物としても名を残しており、宗繁弓(そうはんきゅう)または宗重弓(そうちょうきゅう)の名で今の時代に伝わっている。
中国より伝来した同様の武器としてこの時代の日本では廃れていた弩(あるいは石弓)という武器があるが、滑車の機構を組み込み非力な子供などでも扱えるようにしたことが本武器の大きな特徴である。この時代に普及していた和弓と異なり威力も精度も射程距離ですらも心許無い兵器ではあるものの、伏せながら(隠れながら)扱える・狭い場所や遮蔽物の多い場所でも性能を損なわない・訓練の浅い者にとっても扱いやすいといった理由により北条時行率いる諏訪軍内で大いに普及。将帥の数や資金・資源の不利を兵卒の数で補い、ゲリラ戦などで大いに力を発揮して足利軍を苦しめたとされている。
無論こういった一部の歴史を変える発明の影には五大院宗繁の先見の明のみならず、彼を信頼してその要望に応えた主君・北条邦時や棟梁の北条時行、その協力者である諏訪頼重らの姿があり、なによりその構想を実現化できる極めて腕の良い諏訪の職能集団らが欠かせなかったことは言うまでもない。
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