忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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第18話▲関東庇番衆 1334

 東海道。

 

 畿内と関東を結ぶ主要幹線道路である。

 古くは飛鳥時代や奈良時代などの書物にも記載が残る道である。

 

 無論、鎌倉時代においてもその道は活用されていた。

 そうなるに至るには時代の背景というものも存在する。

 

 朝廷が度々見せていた不穏な動き。

 これに対応するため、幕府は早馬を常備した駅舎を街道随所に配置しその連絡を密にした。

 

 この時代における大規模通信網の萌芽とも呼ぶべき存在、それが東海道であった。

 しかしながらこれが十全に活用できていたかと言うとそうでもないようである。

 

 比較的長く続いた平穏からくる油断と街道整備技術の未熟さにより早馬は早々に廃れる。

 するとそれを察知したのか各地で力を持った存在が水面下で自由に動き始めるようになった。

 

 そのためか、各地で発生した乱に対し鎌倉幕府が後手後手に回ったのは明らかであり。

 結局のところ、幕府は東海道を活用する構想を活かしきれぬままに滅びることと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 ならば、幕府が図面を描いたこの通信網制度の後継者は存在しないのか? 

 

 ──否、確実に存在する。

 

 乱を起こすと決意するや疾風(はやて)の如く諸将に(げき)を送り、大多数を味方に付け事を為した存在が。

 各地の勢力図を正確に分析し、同時並列処理をさせながら電撃的に幕府を滅ぼした存在が。

 

 誰であろう、『足利(あしかが)』である。

 

 天に愛されたが如き豪運を持ち、軍略において万夫不当(ばんぷふとう)の力を発揮する英雄・足利(あしかが)尊氏(たかうじ)

 怜悧(れいり)な頭脳から導き出された計算をもとに、日ノ本全土に政略を展開させる天才・足利(あしかが)直義(ただよし)

 

 敵の存在。味方の存在。

 敵の動向。味方の動向。

 

 侵攻経路。合流経路。

 潜入経路。潜伏経路。

 

 血縁関係、地位名声。

 趣味嗜好、同盟係争。

 

 注視すべき強み。

 ……そして、人として繕いきれぬ弱み。

 

 それらの情報全てを余すことなく活用し、多くを味方に付け逆に敵は孤立へと導いた。

 

 その後の流れは語るに及ばず。

 

 足利(あしかが)はこの日ノ本の全てをひっくり返し後醍醐(ごだいご)天皇を歴史の勝利者へと導いた。

 それは即ち、今現在の日ノ本の実質的支配者の高みへと至ったことを如実に示していた。

 

 足利(あしかが)が東海道に張り巡らされた情報網の残滓に気付いたかどうかは定かではない。

 

 しかし、元弘の乱での政戦両面における情報戦の勝利者は足利(あしかが)を置いて他にはいない。

 

 そんな天に羽ばたき始めた足利(あしかが)家兄弟が一翼。

 今や日ノ本の今後を差配できる立場にある足利(あしかが)尊氏(たかうじ)が実弟・直義(ただよし)はといえば…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の落ちはじめた空を余所に方々で陣張りを進める気配がある。

 京の喧騒もなく、鎌倉の戦禍もなく。

 

 簡素な宿の中、緑深く何処か長閑(のどか)さすら感じさせる景色にて。

 

(ようや)く箱根を越えましたね、直義(ただよし)様。鎌倉はもはや目と鼻の先かと」

 

 よく通る澄んだ少年の声に、軽く(うなず)くことで(いら)えとする男がいた。

 足利(あしかが)直義(ただよし)である。

 

 場所は箱根峠を越えた先にある宿場。

 新田(にった)義貞(よしさだ)に代わり鎌倉を統治するための、腹心と兵等を率いての旅路も終盤であった。

 

 怜悧(れいり)な頭脳を写し込んだかのような鋭い瞳は既に旅路の果ての鎌倉を見据えている。

 一切の弛緩が見られぬ厳粛なその様は、見る者が息をすることすら憚られるほど。

 

 彼の張り詰めた雰囲気は周囲にも伝播し、今や気安く話し掛けられる人物は限られている。

 

孫二郎(まごじろう)、報告を」

「はっ!」

 

 その一人こそが将来を嘱望(しょくぼう)され直義(ただよし)側仕(そばづか)えを許された斯波(しば)孫二郎(まごじろう)であった。

 彼は若年の少年ながら直義(ただよし)寄騎(よりき)*1として付き従っている。

 

 彼の優れた血統、一を聞いて十を知る才覚は足利(あしかが)に人多しと言えども一際抜きん出ていた。

 まだ若輩の少年ながら、直義(ただよし)も将来の大器として目を掛けて側に置いているほどなのだ。

 

 多くの困難が予想される鎌倉統治という難行に彼を同行させたのもその期待の現れであろう。

 孫二郎(まごじろう)にとっても、自身を試し成長を促すような直義(ただよし)との問答は大いに刺激を得るようだ。

 

「……皆気の緩みなく、()く軍律を守っております」

「ふむ」

 

「現状発生した問題点も、今は現場内で処理できる範囲に収まっています」

 

 淀みなく報告を続ける孫二郎(まごじろう)

 

 されど、それが【ある部分が意図的に削られた】報告であることに気付かぬ直義(ただよし)ではない。

 孫二郎(まごじろう)一瞥(いちべつ)した直義(ただよし)は、しかし、敢えて其のことを指摘するでもなく指示を出した。

 

「微細な問題も早めに認識しておきたい。後程詳細を記録しての提出を頼む」

「はっ!」

 

「また、鎌倉入府後のことについても改めて協議にて詰めようと思う」

「そう仰るかと思い既に御声掛けは済ませております。皆様方、程無く集まられるかと」

 

 言うが早いか、宿の表より複数の声音と足音が響いてきた。

 得意げな表情を浮かべる孫二郎(まごじろう)に向け一つ(うなず)きながら、直義(ただよし)は言葉を続ける。

 

「御苦労。お前も此処に残ると良い」

「よ、よろしいのですかッ!」

 

「耳を傾けるだけでも得るものがあるだろう。無論、意見あらば発言しても構わない」

 

 

 

 

 

 

 

「チッス、直義(ただよし)様。岩松(いわまつ)経家(つねいえ)()(さん)じました。ご機嫌如何(いかが)ッスか?」

 

 話が一区切り付く頃合いを見計らって、というわけではないだろうが其処に声が届いた。

 大きな、いや、“巨大な”得物を携えた浅黒い肌の伊達男(だておとこ)が陽気に挨拶を交わす。

 

 岩松(いわまつ)経家(つねいえ)である。

 いっそ『チャラついた』とも取れる立ち居振る舞いとは裏腹に鍛え抜かれた体躯の持ち主だ。

 

 そんな彼を、傍らに立っていた一見すると平凡な武将・石塔(いしどう)範家(のりいえ)(たしな)める。

 

「お呼びとの(よし)にて、石塔(いしどう)範家(のりいえ)(まか)()しました。……岩松(いわまつ)殿、(いささ)か砕け過ぎではないか」

 

 しかし平凡に見えるのは其の面立ちと振る舞いだけ。

 身に纏う胴丸には(いささ)か以上に前衛的な“萌え絵”の如き白拍子(しらびょうし)の美少女の似姿が描かれている。

 

 彼から立ち昇る鬼気迫る雰囲気は果たして信念か、はたまた『信仰』の為せる業か。

 そんな石塔(いしどう)範家(のりいえ)の肩を、優しい面立ちをした一人の青年が叩いて留めた。

 

「大丈夫だよ、石塔(いしどう)殿。岩松(いわまつ)殿は戦にて天衣無縫の力を発揮される。それこそが彼の真価さ」

今川(いまがわ)殿…」

 

 寄騎(よりき)今川(いまがわ)範満(のりみつ)

 身分は新参の孫二郎(まごじろう)と同等ながら特に馬術に優れ、直義(ただよし)の信任も厚く幹部待遇を受けていた。

 

「はは、とはいえ私などが言っても説得力に欠けてしまうかな」

「そのようなことは。……誠に失礼をした」

 

「私にはなにも失礼なことなど。……ただ、直義(ただよし)様の目を疑うことはしないで欲しい」

「……失言であった。岩松(いわまつ)殿にも重ねてお詫び申し上げる」

 

「気にするなって! いや、助かったぜ今川(いまがわ)殿!」

「いえいえ、私は何も。……直義(ただよし)様。寄騎(よりき)が一、今川(いまがわ)範満(のりみつ)めがここに」

 

 周囲を和ませる空気を保ちながら、其の瞳の奥には僅かな狂気と寂寥感(せきりょうかん)を宿している。

 

 かつて戦にて彼は何よりも大切に思っていた愛馬を失った。

 其の自責の念と悲しみから狂いそうになった時に、ふとした切っ掛けでそれを昇華した。

 

 昇華した想いの形とは『士道』。

 

 大切な存在に恥じぬ生き様を、その思いこそが彼を支えている。

 自身を使い潰すほど酷使させねば、身代わりとなって死んだ愛馬に申し訳が立たない。

 

(例え、精根尽き果て病の果てに横死することになろうとも…)

 

 彼は本気でそう考えており、あるいは()うの昔に狂い果てているのかも知れなかった。

 そんなやり取りを遅れて見詰める残り二人の来訪者の姿があった。

 

「お止めになられぬのですかな?」

「何を止める必要がある。今川(いまがわ)殿あらば大事には至らぬ。……何より直義(ただよし)様の御前(ごぜん)である」

 

「此れは御無礼を。……ああ全く、我等に付け入る隙がなさすぎて恐ろしい恐ろしい」

 

 薄く微笑みを浮かべながら水を向けた上杉(うえすぎ)憲顕(のりあき)の発言を、渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)は軽くいなす。

 

 柔和な雰囲気と数多の教養を蓄え、卓越した内政手腕を誇る傑物・上杉(うえすぎ)憲顕(のりあき)

 しかし、その思慮深さの奥に隠しきれない狂気とともに根深い『探究心』が眠っている。

 

 そして謹厳実直(きんげんじっちょく)を絵に描いたかのような武人・渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)

 

 彼は足利(あしかが)直義(ただよし)の嫁の弟に当たり、謂わば直義(ただよし)の義弟という関係でもあった。

 当然、将来足利(あしかが)の中枢を担う人材として期待されるに見合うだけの能力を持ち合わせている。

 

 彼もまた、これら直義(ただよし)直下の幹部格の中でも筆頭と目されるほどの人物であった。

 

「……好事(こうず)魔多(まおお)し、とも言う。一見盤石に見える時にこそ備えが肝要である」

 

 そんな二人に、直義(ただよし)が声を掛けた。

 途端、平伏する渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)上杉(うえすぎ)憲顕(のりあき)

 

 代表し、渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)が言葉を発する。

 

直義(ただよし)様。ご挨拶が遅れましたこと、伏してお詫び申し上げます」

 

「良い、急に呼び立てたは私の側。……鎌倉入りしてからは忙しくなるであろうからな」

「……は、然様(さよう)にて」

 

「さて、揃ったようだし此れより鎌倉入府後の統治について軍議を始めようと思う」

「ははっ!」

 

「なお、此度は孫二郎(まごじろう)も同席することとなった。皆も然様(さよう)に承知して欲しい」

 

 一同、深い一礼を以って(いら)えとする。

 ()くして鎌倉到着を前に、箱根峠を降りた先で足利(あしかが)直義(ただよし)一行は軍議を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燭台の油も減ってきた頃。

 

「……では、入府後に組織する『関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)』についてはそのように」

「ははっ!」

 

 一同が深く礼をして下知を受け取った中で、孫二郎(まごじろう)は驚嘆とともにその分析をしていた。

 

(なるほど。専門機関を小分けに設置し、それぞれの実行力と即応性を高められたのか…)

 

 まずは試験的な意味も含め、三組ほどで。

 効果が見込めるようであれば都度改良しつつ、段階的に六組程にまで規模を拡大させる。

 

 其れらの組頭(筆頭)を最精強たる足利(あしかが)直義(ただよし)直下の幹部格で固めるのだ。

 

 長期的に事に及ぼうとすればどうしても綿密かつ巨大な組織作りより始まってしまう。

 それでは初動に遅れが出ざるを得ないし、何より足利(あしかが)に其のような組織作りの前例はない。

 

 経験がないということは、即ち地図もなく情報もない場所で戦を始めるようなもの。

 下手を打ってしまえば大損害は免れない。

 

 しかし、この手法ならば組織作りをこなしながら短期的な改革に着手できるのだ。

 無論、其れも足利(あしかが)直義(ただよし)の人外染みた情報処理能力と分析力・政治力があってこそのもの。

 

(何より恐ろしいのが、信任厚い幹部格の今川(いまがわ)様を敢えて組の筆頭に据えなかったこと…)

 

 今川(いまがわ)範満(のりみつ)の身分は表向き寄騎(よりき)のまま据え置かれ、足利(あしかが)直義(ただよし)の手元に置かれた。

 そんな今川(いまがわ)範満(のりみつ)に対して常から冷静な表情を崩さぬ直義(ただよし)が気遣わしげに声を掛ける。

 

「すまないな、範満(のりみつ)。決して君を軽んじたわけではないのだが」

「いえ、私の馬術の腕を買われて各組への連絡役として据えて下さったこと嬉しく思います」

 

「うむ。君からの通達なればこそ、我の強い此奴(こやつ)らも多少は耳を傾けてくれよう」

「ははは! 違いねぇ! 数々の大恩がある今川(いまがわ)殿に言われちゃ俺も素直に聞くしかねぇさ!」

 

今川(いまがわ)殿が直義(ただよし)様のお言葉を運んで下さればこそ、我等も有事の際心置き無く戦えよう」

 

 岩松(いわまつ)経家(つねいえ)石塔(いしどう)範家(のりいえ)が即座に言葉にすれば、渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)上杉(うえすぎ)憲顕(のりあき)も同意の首肯を返した。

 斯様(かよう)関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)は小分けの実行部隊ながら、二つの相反する性質を秘めている。

 

 ──即ち、強い個性が(もたら)す『競争意識』と仲間へと向けた『連携意識』。

 

 組織が陥りがちな矛盾点をそのままに、足利(あしかが)直義(ただよし)は、此れ等を見事に解決して見せたのだ。

 強すぎる個性から生まれる独自性も、上手く統率すればこそ対応力の増した手札となる。

 

 彼もまた頭脳ばかりの男ではなく、稀有なるカリスマ性を備えた時代の傑物だったのである。

 

(平時はそれぞれ各部署に任せる形で運用統治し、変事の折はそのまま鎌倉を守る番人とする)

 

 斯波(しば)孫二郎(まごじろう)関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)に持たせた二重三重の『役割』に内心で舌を巻く。

 

 言うまでもなく、武士の本分とは『合戦』である。

 

 彼ら『関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)』は、いざ事があらば戦闘部隊として切り替わり解決に向けて即応する。

 其れこそが『関東』を守る『(ひさし)*2となる『番』人としての真の存在意義なのである。

 

 現代基準で考えれば、それぞれに求められるスキルが高度過ぎて到底実現不可能な代物。

 だが、足利(あしかが)直義(ただよし)の能力と戦の最前線で鍛えられ続けた足利(あしかが)の精鋭たちが不可能を可能にした。

 

 無論、長期政権を主眼とした運営としては脆弱性が随所に見られる急造の組織である。

 しかし、足利(あしかが)直義(ただよし)が火薬庫の如き関東を抑えている間に京の尊氏(たかうじ)が完全に地盤を固めきれば…

 

 ──其れは即ち北条一派の『詰み』を意味することとなる。

 

 ()くして、時行ら諏訪勢にとり目下最大の脅威となる『関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)』が組織されるに至る。

 

 

 

 

「……さて、今のところはまだこの辺りで良かろう」

 

 軍議も終わりに差し掛かろうとした時、渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)が動いた。

 

直義(ただよし)様、よろしければ一つだけ質問をお許し願えますか?」

「構わないとも、義季(よしすえ)。君の質問を許そう」

 

 直義(ただよし)鷹揚(おうよう)(うなず)いてみせる。

 

(しか)らば… 先立って入府されている吉良(きら)殿、一色(いっしき)殿からの報告はどのように?」

「ッ!」

 

「………」

 

 小さく肩を跳ね上げさせ動揺を(あら)わにする孫二郎(まごじろう)と、腕を組み無言となる直義(ただよし)

 自然と、その場の視線は一人の人物に集中することとなる。……即ち、孫二郎(まごじろう)に。

 

「あ、その… 『今のところ其のような方は確認できていない』とのことで」

「………」

 

「其れも立派な経過報告の筈。……斯波(しば)殿、何故に貴殿のもとで留め置かれたか」

 

 真面目一徹を形にしたような男、渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)の視線が細く鋭いものへと変わってゆく。

 既に直義(ただよし)への質問の席は孫二郎(まごじろう)への詰問の場へと移っていた。

 

 しかし、其の流れを止めるものがいた。

 

「……良い」

 

直義(ただよし)様」

「控えよ、義季(よしすえ)

 

「はっ!」

 

 足利(あしかが)直義(ただよし)である。

 彼は縋るような表情で自分を見上げている孫二郎(まごじろう)に向けて、口を開いた。

 

孫二郎(まごじろう)

「は、はっ!」

 

「今お前は、私がお前を庇うため声を上げたと思っているかも知れないが… それは違う」

「……はっ」

 

 直義(ただよし)は言葉を続ける。

 

孫二郎(まごじろう)、お前は賢い」

「……恐れ入ります」

 

「名門斯波(しば)氏に生まれ、生来より多くの人の上に在るべき己が立場も理解していよう」

「………」

 

「だからこそ、預かる命の重みというものを誰よりも理解せねばならぬ。然様(さよう)、心得よ」

「は、ははっ!」

 

「お前の振る舞いは軍全体を危険に晒し得る行為であったのだ」

「……はっ、よく理解できました」

 

「では、何故に此度のような仕儀に至ったのか委細申し上げてみよ」

「そ、それは…」

 

「それは?」

 

 孫二郎(まごじろう)は赤面しながら周囲に視線を巡らせる。

 其処には関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)の幹部たちが静かに二人のやり取りを見守る姿があったからである。

 

「その、うぅ… 皆様の前では恥ずかしいと言うか…」

 

 少年らしい初々しい反応にほっこりする関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)一同。

 そんな少年の振る舞いに一つ(うなず)くと、直義(ただよし)も続けて言葉を掛けた。

 

孫二郎(まごじろう)、お前の気持ちは良く分かった」

直義(ただよし)様!」

 

「だが諦めよ。お前が小賢しい言い逃れが出来ぬようわざわざ此の場を整えたのだから」

「まさかの意地悪で参加を許可されてたんですか、僕!?」

 

「学びの機会となればと思ったのは事実だ。お前は派手に失敗せねば懲りぬであろう」

「其の通りだよ、畜生! ていうか其処まで読み通りならもう大体分かってるんでしょ!?」

 

「無論、ある程度の推測は出来る。しかし、それで決め付けず話し合うことが肝要なのだ」

 

 淡々と紡がれる言葉。故にこそ、其処に虚飾の色は存在しない。

 

 何処までも真っ直ぐな言葉を投げかけられ、孫二郎(まごじろう)は猛烈に己が恥ずかしくなった。

 関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)の中にも侮蔑の表情で見る者は一人も存在しない。己の言葉を待ってくれている。

 

 そう理解した孫二郎(まごじろう)は顔を上げると、言葉を紡ぎはじめた。

 

「その、直義(ただよし)様が吉良(きら)殿と一色(いっしき)殿に特別な指示を下されていたことは存じております」

「うむ」

 

「しかし鎌倉入りを前にした今、それが失敗に終わるなど御身の醜聞となる出来事」

「ふむ」

 

「故に我が身の独断と連携不足により失敗を招いたとして、評判を護ろうとしました次第」

「……なるほどな」

 

「此の上は如何様(いかよう)にも処罰を賜われればと存じます」

 

 斯波(しば)孫二郎(まごじろう)は平伏し、それを以って沙汰を待つ。

 一方で少年の言葉を噛みしめるように、直義(ただよし)は無言のまま暫しの時を刻む。

 

 予想外の言葉が出てきたわけではない。

 

 むしろ想定と違わぬ真相なればこそ、直義(ただよし)は慎重に孫二郎(まごじろう)に相対すべきと考えたのだ。

 

「まずは頭を上げて欲しい、孫二郎(まごじろう)

「……はっ」

 

「私に(きず)が及ばぬようにとのお前の計らい、心掛けそのものは有り難く思う」

直義(ただよし)様…」

 

「だがな、その上で敢えてお前に申し伝えたいことが在る」

「はっ、なんなりと」

 

「『(きず)だらけになることの何が悪い。泥まみれの姿に何を恥じるところがあろう』」

「ッ!」

 

「『武士にとって(きず)(ほま)れぞ。恥じるな、笑え』」

「………」

 

「私は、かつて臆面もなくそう言い放った一人の男を知っている」

 

 何処か懐かしげに、足利(あしかが)直義(ただよし)は己の過去を追想するかのように語り始める。

 

(きず)は恥ずべきものに非ず。(きず)を隠し不忠を為すことこそ恥と知れ」

「……はっ!」

 

孫二郎(まごじろう)、私の顔色を窺う必要はない。我等関東庇番衆(かんとうひさしばんしゅう)(きず)も弱みも全て共有し対処する」

「………」

 

「人は、傷付けばこそ学べる。弱ければこそ強くなれる。私は然様(さよう)に心得ている」

「……直義(ただよし)様」

 

「願わくば今宵の一幕が今後のお前にとっての糧となれば、嬉しいものだ」

 

 不器用ながら何処までも純粋に後進の若人の道行きを想う直義(ただよし)の言葉。

 双眸(そうぼう)から熱いものを(したた)らせながら、孫二郎(まごじろう)は深く深く頭を下げる。

 

(しか)と… (しか)と!」

「頭を上げろと言ったのに、全く困ったものだ。そういうところはまだまだ子供だな」

 

「こ、子供ではありませぬッ!」

 

 袖口で目元を乱暴に擦りながら声を上げる。

 そして胸を張ると、少年は、真っ直ぐ主君・直義(ただよし)を見詰め返した。

 

 直義(ただよし)も彼の成長を感じられたのか、満足気に小さく(うなず)く。

 

 逃げられない場での鋭い指摘。しかも周囲を幹部たちに囲まれた席でのことである。

 才気溢れる孫二郎(まごじろう)にとって、忘れられない失態として刻まれたであろう。

 

 しかし、其れ以上に色褪せない思い出の一夜となったことは想像に難くない。

 

 ふと、そんな自分を客観視して恥ずかしくなったのか孫二郎(まごじろう)は慌てて口を開いた。

 

「そ、そういえば先程の口上を述べられた方は一体どなたなのでしょうか!」

「……む」

 

「お! なんだ、斯波(しば)殿は気になるか? うんうん、子供らしくて実に良いと思うぞ!」

岩松(いわまつ)殿。誠の武士に憧れる少年に語りたくなる気持ちは分かるが、直義(ただよし)様の御前(ごぜん)であるぞ」

 

「い、いえ、渋川(しぶかわ)殿。憧れるとか、別に其処まででは…」

「かの御仁について語るには鶴子(つるこ)ちゃんの設定を理解する必要があるが付いてこれるか?」

 

(なんでこの人たち急に語り始めてるの!? ていうか石塔(いしどう)殿、鶴子(つるこ)ちゃんって誰!?)

 

 既に軍議も終わりかけ、酒や食事も運ばれていたが故であろう。

 

 一気に場の空気は宴席の如き喧騒へと彩られてゆく。

 孫二郎(まごじろう)にとっては驚くべきことに、直義(ただよし)の側にも止める気配はなさそうだ。

 

 本来は話題をそらすための出汁に過ぎなかった。

 しかしそうなってくると、俄然、孫二郎(まごじろう)の方も興味が湧いてくる。

 

 普段は斜に構えていても、興味が湧いたら一直線。

 若さゆえの尽きぬ情熱こそが斯波(しば)孫二郎(まごじろう)最大の武器でもある。

 

「一体どのような方だったのですか、直義(ただよし)様!」

「む…」

 

「なんで俺に聞かねぇんだよ、斯波(しば)殿!?」

「いい加減に黙らぬか、岩松(いわまつ)殿! どうせ貴殿は話しても女子(おなご)の話ばかりであろう!」

 

「ま、まぁまぁ… 御二方とも。もう夜も更けておりますし少し御声を小さく…」

「助かります、今川(いまがわ)殿。……して、直義(ただよし)様?」

 

然様(さよう)さな… お前と違って頭の回転は今一つだったが、まぁ、退屈はせぬ男であった」

 

 酒盃を手にして、宿の外の月を眺めながら直義(ただよし)はそう呟いた。

 

(言葉と裏腹なこの声音と表情… 本当に評価されているんだ。……あの直義(ただよし)様が)

 

「私も興味がありますな。なんせお会いする機会に恵まれませなんだ故…」

「あれ? 上杉(うえすぎ)殿はアイツに会ったことなかったっけ?」

 

「えぇ、この中では新参ですので。……よろしければ『誠の武士』の御指南を賜りたく」

「よっしゃ! それじゃ俺様が語ってやんよ! よく聞いとけよ、斯波(しば)殿もよぉ!」

 

「あぁもう、わかりました! わかりましたから! 肩組まないで下さいよ、酒臭いなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレは俺が直義(ただよし)様に従って御役目で鎌倉に来ていた頃の話だ。

 と言っても、ヤツは基本鎌倉を離れねぇからこういう形でもねぇと会う機会ないんだがよ。

 

 その日は天気も良く、任せられてた仕事も早めに片付けて手持ち無沙汰だった。

 

「待て、元弘の折の話なら貴殿に仕事を押し付けられ遁走(とんそう)された記憶があるのだが…」

「そ、そうでした? ま、まぁ、昔のことで根に持つなんて武士らしくないですぜ! うん!」

 

「くっ! ……覚えておけよ、岩松(いわまつ)殿」

 

 渋川(しぶかわ)の旦那がキレてる。……藪蛇だったぜ。

 

 ま、話を戻すとよ。俺は滅多にねぇ鎌倉見物の機会に浮かれちまってたってワケさ。

 行き交う人々の活気、露店の盛況っぷりを眺めるのも悪かねぇが何より目を引いたのが。

 

 ……そう、女だ。

 

 無論、芋臭くて垢抜けねぇ足利(あしかが)の田舎女どもも断じて嫌いじゃあない。

 アレはアレで良いモンだ。

 

 というか女って時点でまず最高だ。

 

「脱線しているぞ、岩松(いわまつ)殿。もっとも至高の頂の座は鶴子(つるこ)ちゃんを置いて他にはないがな」

「……あ、はい。ウッス。……そっすね」

 

 しかしまぁ、京の都に負けぬほど栄えた鎌倉の女はいっとう煌めいて見えたものよ。

 

 柔らかそうな下膨れの頬。甘えるような垂れ目。白粉(おしろい)越しに朱色に染まる肌。

 そんな雅な女どもが(こう)(かお)りを漂わせ、そっと擦れ違うんだ。無警戒にも程があんだろ!? 

 

 京の貴族女どもはその辺厳重に塀の中に囲われてるって話だからよぉ。

 ま、それもそれでこっそり夜中に忍び込んでよろしくやるっていう醍醐味も…──

 

 え? 斯波(しば)殿の教育に悪いから止めろ? ……チッ、ウッセーナ。ハンセーシテマース。

 

 まぁ、そんなこんなで目に付いた女片っ端から声掛けて引き連れてたワケよ。

 武家の娘も、平民の女も、老いも若いも問わずに楽しくよろしくなぁ。

 

 ただ、中には素直に首を縦に振ってくれない女もいた。

 ま、御役目中って話ならしゃーねぇわな。他ならぬ俺自身も御役目だから来れたんだしよ。

 

 けどよ、当時は俺も若かったからな。

 中々うんと言ってくれねぇ事に苛立っちまって、つい声を荒げちまった。

 

 ……いや、うん。分かってる。

 みなまで言わないでくれ。すっごく反省してるから。誓って手は上げてねぇから。

 

 そんな時だ。ヤツが割り込んできたのは。

 

『嫌がっているだろう。其処までにしておけ、伊達男(だておとこ)

 

 幕府の軟弱な侍とは思えない、俺と並ぶほどの体格の偉丈夫(いじょうふ)

 なんかの使い走りをさせられていたのか山のような荷物を背負(しょ)っていたけどな。

 

「あぁ、それは恐らく我等足利(あしかが)饗応(きょうおう)のための買い出しをさせられていたのであろう」

「マジすか。……ったく、鎌倉の連中ってのはこれだから」

 

「そうですね。私がその場にいたら、荷運び役を手伝えたのですが… 残念です」

 

 いや、今川(いまがわ)殿。そういう問題でもないと思うが。……ま、まぁいい。

 いきなり俺の口説きを邪魔してきたいけ好かねぇ侍、それがヤツ、五大院(ごだいいん)宗繁(むねしげ)だったワケだ。

 

 そっからはガンの付け合いよ。

 

 若い武士が互いにガンを付け合ったら、あとは手を出すしかねぇよな? 

 

「ま、まさか大喧嘩に発展を!? 足利(あしかが)の看板背負(しょ)って何やってるんですか!?」

「ヒャハハハハハ! ……だと、良かったんだがなぁ」

 

 おい、笑うなよおまえら。……直義(ただよし)様まで。ひどいッスよ。

 

「すまんな。だが、足利(あしかが)屋敷に君を運んで平謝りする珍しい姿の(ヤツ)を見れた。礼を言う」

 

 ………。

 まぁ、そんなこんなで結果は一発でのされてご丁寧に屋敷まで運ばれたってワケよ。

 

 ……はは、驚いてやがるか? 斯波(しば)殿に上杉(うえすぎ)殿。だが、実は驚くことこそ不敬なんだぜ? 

 なんせあの(こうの)師泰(もろやす)様も出会い頭に一発でのされたってくらいらしいからな、アイツは。

 

「あ、あの師泰(もろやす)様を!? ほ、本当なんですか直義(ただよし)様ッ!?」

「あぁ、事実だ。師泰(もろやす)の方も隠し立てはしていない。機会あらば尋ねてみると良い」

 

(さ、流石にそんな命知らずな真似はできないですよ…)

 

 で、俺が目を覚ました時にヤツはまだ詫びのために屋敷に留まってると聞いてな。

 

 無様な事この上ねぇが、せめて嫌味の一つなりくれてやろうと思って会いに行ったワケよ。

 その上で口論から喧嘩に発展するなら望むところ恥を(そそ)ぐ機会にしてくれる、ってな。

 

 すると、どうしたことか。

 

 なんとまぁ、見るも無惨にボロボロになった姿でしょぼくれた様子で正座してやがった。

 俺も思わず呆然と口を開けちまって暫し時が過ぎるに任せちまったほどよ。

 

 あの騒動は客観的に見てどっちが悪いかと言えばそりゃ俺だ。

 

 武士が自分で喧嘩売って自分からのされたんだ。それは罪だろ? 

 思い返すも恥ずかしいことだが、敗北した武士に語るべき舌は持たねぇ。持つべきじゃねぇ。

 

 だから足利(あしかが)の屋敷の連中が手を出すなんてことはありえねぇ。あっちゃいけねぇ。

 ましてや俺の主は直義(ただよし)様。例え天地がひっくり返ってもこの手のことで筋道は(たが)えねぇ。

 

 だから俺は聞いたんだ。『何故そんな姿に?』ってな。

 純粋な疑問だったぜ。まぐれなんかじゃなくて純粋な実力で一撃でのされたんだ。

 

 そんな実力者がこうなるなんて想像もつかねぇ。すわ高氏(たかうじ)様にでも遭遇したのか、ってな。

 

経家(つねいえ)、君は兄上を一体何だと…」

「お言葉ですが直義(ただよし)様。『あの』尊氏(たかうじ)様ッスよ?」

 

「………」

 

 ………。

 

 まぁ、うん! この話は置いておいて、だ。

 そしたらヤツはなんて返したと思う? 

 

『……貴殿の女子(おなご)たちにやられた』

 

 あんまりにも悲しそうに言われるもんだから、再びあんぐりと大口開けちまったよ俺は。

 

『彼女らは貴殿との時を楽しんでいたそうだ。拙者の早とちりで邪魔をしてすまなかった』

 

 よくよく見ると傷はどれも浅く、引っ掻き傷やらが大半だった。

 

 俺も人のことは言えねぇが熊みたいなガタイの大男がしょぼくれてると妙に毒気が抜かれる。

 そんな姿を見てると、どうにも怒りや悔しさなんざすっかり消え失せちまうもんでな。

 

 そうすると喧嘩をする理由もなくなるワケだからよ。

 そっから互いに改めて自己紹介をして、付き合いが始まったって流れさ。

 

「そのようなことが。しかし、何故無抵抗で女子(おなご)の攻撃を受け止め続けられたのでしょう」

「きっと苦ではなかったのだろう。拙者も鶴子(つるこ)ちゃんからの殴打ならご褒美でござれば」

 

「……はは、まぁ、石塔(いしどう)殿の性癖は置いておくとして。当然貴殿なら尋ねられたのでしょう?」

 

 おう、今川(いまがわ)殿の御賢察通り無論尋ねたさ。

 そしたらヤツはこう言った。

 

『拙者は武士として、男として、彼女らより強い肉体で生まれた』

『おう、まぁそうだな』

 

『だからこそ力で彼女らを(おびや)かすような真似はしたくない。男の、武士の価値が損なわれる』

 

 ってな。

 

「うむ、やはり宗繁(むねしげ)殿は私が見込んだ真の武士だ。いや、当然の言葉ながら重みがある」

 

 ははっ! 渋川(しぶかわ)殿も上機嫌に頷いているなぁ。

 

 でまぁ、そっからはなにくれとつるむようになったってワケよ。

 女が苦手とかほざいてるヤツのために何度か女遊びに誘ってやったりもしたんだぜ? 

 

 アイツはたまに女子(おなご)に文学を読み聞かせるくらいの付き合いだったけどな。

 なんせアイツの方がそっち方面はてんで奥手だったからなぁ。

 

 あの見た目で伊勢物語だの枕草子だのに堪能でよ。

 そういうオママゴトみてぇな色恋が好きな女からのウケは悪くなかったんだがな。

 

 何度か誘ってやっても居心地悪そうにしてやがるし、師泰(もろやす)様との稽古に逃げようとするし。

 

「立派な方じゃないですか! ていうか岩松(いわまつ)殿の派手過ぎる女遊びがおかしいんですよ!」

「ははは! 斯波(しば)殿にそう言われちまうと返す言葉もねぇ! ま、俺からそんなトコっす!」

 

 俺は話を締めると、ふと、語り損ねた一幕について思い起こした。

 

 

 

 

『んー… まぁ、他の連中にとっちゃともかく俺としちゃ分からんでもねぇ話だな』

『……そうか。拙者の考えに理解を示してくれて嬉しく思う』

 

『けどよ、それが本音の全てってワケじゃねぇだろ? おまえさん』

『……む』

 

『俺だけ恥掻かされっぱなしなのも割に合わねぇ。いっちょここらで明かしておけよ。な?』

『隠していたわけではないのだが… その、なんだ…』

 

『うんうん』

『拙者は… 俺は、基本、女子(おなご)には笑顔であって欲しいと思っているのだが』

 

『……ほう』

『それはきっと、幸せな状態でこそ見られるもの。故に俺は幸せな女子(おなご)を見たいだけだ』

 

『………』

『だから女子(おなご)を殴らぬのも、俺の手前勝手な我儘に過ぎぬ。誇れるような話ではない』

 

『………。いいねいいね! お前さんも女好きか! いや、そういうヤツは嫌いじゃないぜ!』

『ええい、肩を組むな! 俺を貴殿のような伊達男(だておとこ)と一緒にするな! 迷惑だ!』

 

『さっきも言ってたが、その【伊達男(だておとこ)】ってなぁ一体どういう意味だ?』*3

『む? 見た目や振る舞いが(いき)で格好良い男のこと… って拙者は何故このような言葉を?』

 

『知るかよ! だが気に入った! よし、この当代一の伊達男(だておとこ)が女の扱いを指南してやるぜ!』

『い、要らぬから! 離せと言っているだろう! こら!』

 

『まぁまぁ、俺に詫び入れてくれるってんなら詫び代わりに付き合えよ! ほらほら!』

 

 

 

 ……ま、それこそ『言わぬが花』ってヤツかね? 

 酒盃を傾けながら、俺は語り部の席から降りて続きに耳を傾けることにするのであった。

 

 

 

 

 

 

「楽しい話でした! 次は今川(いまがわ)殿、どういったお話をお聞かせ下さいますか!?」

「え、えぇ… これ、そういう順番なのですか? 困ったなぁ」

 

「頼む、今川(いまがわ)殿。拙者は鶴子(つるこ)ちゃんの設定と前日譚全九十八巻百六冊が完成しておらぬ故」

範家(のりいえ)、紙は諸々入り用ゆえ過度な消費は控えるよう頼む」

 

「はっ! 以後はめっちゃ細かく書くように心掛けまする次第ッ!」

「ならば良し」

 

(良いんだ…)

(良いんだ…)

 

「……さて、私の話か。さして面白くもなかろうが、別に隠し立てする話でもないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が彼を認識したのは、やはり、瑪瑙(めのう)を失って少し経った頃の出来事かな。

 まぁ、それ以前から彼が足利(あしかが)屋敷に度々招かれている縁で顔見知りではありましたが。

 

 はは、それはもう宗繁(むねしげ)殿かなり愚痴っていましたよ? 

 まぁ彼の立場からすれば直義(ただよし)様や師泰(もろやす)様に呼び付けられれば断れませんからね。

 

 おっと、これは失礼。瑪瑙(めのう)の説明が欠けておりましたね。

 瑪瑙(めのう)というのは私の愛馬で、誤解を恐れず申し上げるなら大事な親友でした。

 

 ……とある戦で失ってしまいましたが。

 

 はは、どうかお気遣いなく。

 もう立ち直りました、と断言はできませぬが職務には支障をきたさぬ心構えなれば。

 

 しかし、一時期はそれはもう酷いものでした。

 

 毎日毎日飽きもせずに、瑪瑙(めのう)の墓前で縋り付きながら泣き暮れてばかり。

 ……そんなことをしていたって、なんの意味もないのにね。

 

 けれど、当時の私にとってはまるで世界の終わりに等しい感覚だった。

 いっそこのまま喉笛掻き切り冥府の瑪瑙(めのう)のもとへと駆けてゆこうか、とも考えたものさ。

 

 おっと、申し訳ない。今はそんな気になることはあまり無いので心配御無用ですとも。

 ともあれ、彼が足利(あしかが)庄の私のもとを訪れたのはそのような時のことでした。

 

『……これは五大院(ごだいいん)殿。……遠路遥々御足労を。……当家に如何なる御用向きで』

 

 恐らくは幽鬼の如くであったであろう私の姿を見て彼も内心で驚いていたことでしょう。

 とはいえ、あの時の私にとっては客人の対応を出来ただけでも快挙に等しい出来事でした。

 

 しかしそれが結果として今の私を招き寄せることとなります。

 

『遅くなり申し訳ない。浅き縁なれど菩提(ぼだい)(とむら)わせて戴ければと思い、()(さん)じました』

 

 当時の私は、彼の言葉に少し驚きました。

 

 わざわざ瑪瑙(めのう)(とむら)うために鎌倉より足利(あしかが)庄まで駆けてきてくれたのか、と。

 しかし、常識的に考えればそのようなはずもないと思い直しました。

 

 確かに武士にとって馬は大事な相棒。

 なれど斯様(かよう)に女々しく泣き暮れているような男は私以外に見たことなどありません。

 

 恐らくは既に亡くなっている父か兄に縁があったのであろう、と私は仏間に案内しました。

 彼は位牌を眺めつつ怪訝な表情を浮かべながらも般若心経を上げてくれました。

 

 ……えぇ、はい。真言宗です。……なんでも禅宗は良く分からぬとの話にて。

 そして私にこう尋ねてこられたのです。

 

『此方に貴殿の馬殿も眠っておられるのだろうか』

 

 私は今度こそ言葉を失いました。

 自分が一瞬頭に思い浮かべた仮説がよもや真実であるとは思いもよらなかったからです。

 

 震える声音で私は言葉を紡ぎます。

 

『いえ、瑪瑙(めのう)は庭の石塚にて…』

『なるほど、瑪瑙(めのう)殿とおっしゃられるか。良ければ是非に手を合わさせていただきたく』

 

『……此方へどうぞ』

 

 馬など鎧や刀と同等の武具に過ぎない。

 価値のあるものだが失って嘆くほどのものではない。

 

 ……そのはずなのに。

 

 彼は簡素な石塚に向け膝をつき、仏間の時以上に丁寧に御経をあげて下さったのです。

 そうなってくると、私としても疑問を言葉にせずにはいられません。

 

『何故此処まで…』

『……然様(さよう)、拙者は羨ましかったのでしょうな』

 

 なるほど、確かに頷ける話だと当時の私は思いました。

 

 瑪瑙(めのう)は比類無き名馬。贔屓目抜きに、天下の名高き刀剣に劣らぬ存在でした。

 何処(いずこ)かで評判を知っていたのであればその喪失を惜しむ気持ちも湧いてくるやも知れぬ。

 

 なれば、それだけの名馬を手にしていた私を羨むのも無理からぬこと。

 そう考えるとそれまでの疑問も氷解した心持ちとなりました。

 

 きっかけは如何(どう)あれ、こうして菩提(ぼだい)(とむら)われたのは私以外に初めてのこと。

 少しは瑪瑙(めのう)の慰めとなってくれたことだろう、と考えていたその時のことでした。

 

 ……続けて彼は、とんでもないことを言ったのです。

 

『武士たる者、()くの如く在るべし。主を立派に護ったその生き様が、まこと羨ましい』

 

 心底羨ましそうに、恐らくは掛け値無しの本音であろう言葉で彼は告げてきました。

 

「え、なんなんですかそれ? 流石に頭おかしいんじゃないですか?」

「そうだろう、斯波(しば)殿? ははは。……うん、私もそう思う」

 

「安心したまえ、孫二郎(まごじろう)宗繁(むねしげ)の頭が少々おかしいのは別にいつも通りのことなのだから」

「まったく安心できる要素がないんですが、直義(ただよし)様!?」

 

「むぅ… 完全なる武士への理解に一歩遠のいたような。武士とは難しいものですな」

 

 斯波(しば)殿や上杉(うえすぎ)殿の反応を私も笑えないな。

 

 なんせ当の私もその時はかなりの衝撃を受けたものさ。

 ……けれども、その衝撃こそが私にとっての『救い』となり得たのかも知れない。

 

 彼はしげしげと私を眺めてから言葉を続けられた。

 

『名馬を喪う程の激戦区にて、しかし、貴殿は傷一つなく五体満足で生還された』

『それは…』

 

瑪瑙(めのう)殿は立派に己が役目を全うされたのだな。……心より尊敬申し上げる』

『ッ!』

 

『たとえ拙者は今川(いまがわ)範満(のりみつ)の名を忘れようと、生涯瑪瑙(めのう)の名を忘れることはあるまい』

 

 率直過ぎる物言いだったよ。彼が鎌倉にて出世知らずな理由も良く分かったとも。

 普段からあのような振る舞いならば老臣たちに気に入られるはずもない。

 

 ……けれど、不思議なものだね。

 

 私はそれを聞くやいなや、声を上げて笑ってしまっていた。瑪瑙(めのう)が死んで以来、初めてね。

 そして気付けばしゃがれた声で、眼の前の偉丈夫(いじょうふ)を相手に精一杯見栄を切っていた。

 

『さても無礼な物言いよ! 貴殿は、この今川(いまがわ)範満(のりみつ)が無為に朽ちゆく草木(そうもく)と同じとお考えか!』

『ほほう、違うとでも?』

 

『さればとくと御覧(ごろう)じろ! (われ)今川(いまがわ)範満(のりみつ)(これ)より死する時まで瑪瑙(めのう)に恥じぬ生を駆け抜けん!』

 

 無謀だと思うかい? 無論、笑ってくれて構わないとも。

 

 そんな私を見て、彼は無言のままニヤリと笑みを浮かべられた。

 そしてそのまま馬に跨がり風の如く駆け去ってゆかれたのさ。

 

 ……あとは皆も知ってのとおりかな。

 これまでの無様を直義(ただよし)様や皆に詫びて、私なりに一所懸命に奉公を重ねてきたつもりだ。

 

 まだまだ目指すところには全然足りていないけれども。

 

「……彼とはそれ以来だね。話してしまえば岩松(いわまつ)殿ほどの濃さはなかったかも知れません」

「いやいやいや! 充分濃かったですからね!? ……あ、ひょっとして」

 

「? なんだい」

吉良(きら)殿や一色(いっしき)殿を遣されたのは、もしやその宗繁(むねしげ)殿の生死を心配されてのことだったので?」

 

 孫二郎(まごじろう)のその言葉に渋川(しぶかわ)義季(よしすえ)岩松(いわまつ)経家(つねいえ)石塔(いしどう)範家(のりいえ)今川(いまがわ)範満(のりみつ)ら四名は思わず顔を見合わせ。

 ……そして一拍の後に笑い出す。

 

斯波(しば)殿、そりゃねぇよ! ヤツは生きてるさ! 死んだなら今頃大騒ぎになってるぜ!」

宗繁(むねしげ)殿ならば百名と言わず道連れにしていても不思議はない。新田も無傷では済むまいよ」

 

「死ぬるにせよ、鶴子(つるこ)ちゃんに負けぬほどの伝説を作ってからとなるであろう御仁よ」

「……まぁ、今は何処かに潜伏し私たちの首を虎視眈々と狙っていることだろうね」

 

「討ち果たしても御内人(みうちひと)の首が一つ手に入るのみ、か。全く、割に合わぬことこの上ない」

 

 直義(ただよし)までもが何処か穏やかな雰囲気で話の輪に入ってくる始末。

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 すぐに普段の冷徹な表情に戻り、事についての弁明を行う。

 

「私が彼らに依頼したのは飽くまで別件だ。……詳細は今はまだ機密故に明かせぬが許せ」

「い、いえ! そういうことでしたら、是非にも及びませぬ。私こそ先走った物言いでした」

 

「気にするな。……しかし、さて、夜も本格的に更けてきた。これ以上は明日に障ろう」

「然様で御座いますな。私がかの御仁を語り始めたら夜を徹する羽目になりそうです」

 

義季(よしすえ)はあやつめの言動を一々大仰に受け止めておったからな。らしいといえばらしいが」

「そんじゃまぁ続きはまたの機会ってことですかね? あざっした、直義(ただよし)様!」

 

「うむ、今宵は有意義な軍議が出来たこと祝着(しゅうちゃく)至極(しごく)。鎌倉入府後も諸君らの働きに期待しよう」

 

 直義(ただよし)のその言葉を受け、一人、また一人と挨拶とともに席を立ち就寝の途に就く。

 

 

 

 

 

 やがて斯波(しば)孫二郎(まごじろう)も最後に去ると、その場には足利(あしかが)直義(ただよし)(ただ)一人(ひとり)が残ることとなった。

 彼は、先程までと同様に酒盃を傾けて月を見上げる。

 

『自信持てよ宗繁(むねしげ)! 男は顔だけじゃねぇよ! 俺が腕っ節も性格も顔も良すぎるだけさ!』

『おい、岩松(いわまつ)殿。喧嘩売ってるなら買うぞ、この野郎』

 

『宗繁殿、私からは何も言えませんが… 落ちぶれたら私と一緒に(うまや)番でもしますか?』

『気持ちは有り難いが其処まで落ちぶれる予定はないですよ? 今川(いまがわ)殿』

 

『大丈夫だ、宗繁(むねしげ)。確かに君は頭の回転がやや残念だがその柔軟な発想には光るものがある』

直義(ただよし)、それ褒めてないからな? トドメ刺してるからな?』

 

『それより先程述べてた【三権分立】なるものについて詳しい解説を頼む』

『せめて最後まで褒めろよ。面倒くさくなるなら最初から慰めようとするなよ』

 

『いいから頼む』

『……お前のその人の話あんまり聞かないところ、絶対に改めるべきだと俺は思う』

 

()()(ざむらい)! テメェ、また来やがったか! この(こうの)師泰(もろやす)様が直々に叩き出してやるぜ!』

 

 足利(あしかが)直義(ただよし)は追憶する。

 

 あの頃は、まだ自分たちは何者でもなかったかのように思う。

 だからきっと、あの頃ならば何者にでもなり得た筈だった。

 

 しかし、道は分かたれた。

 それももはや取り返しのつかない形で、決定的に。

 

 今更ともに歩む資格などあるはずもない。

 ()くなる上は、新たな秩序と天下泰平のためにこの身を尽くすことこそ己の宿命(さだめ)

 

「たとえ無二の(ともがら)であろうと、その別れを(いた)むなど今の私には過ぎたる贅沢というものだ」

 

 その呟きは、凍えるような青白く冷たい月が浮かぶ夜空へと吸い込まれてゆくのであった。

*1
有力武将に付き従う武士のこと。その武将にとっての親衛隊のような存在である。

*2
窓や玄関口などに設置される小型の屋根のこと。

*3
起源については諸説あるが、洒脱で格好良いと評判だった伊達政宗と『男立て』を掛け合わせて生まれた説が有力。当然この時代には存在しないか一般的ではない語句である。




『白拍子天女鶴子伝』

鎌倉時代末期から南北朝時代にて編纂されたとされる全編二百四十六巻からなる長編古典文学作品。
作者は足利直義配下の石塔範家とする説が有力である。

内容は道に迷っていた主人公・石動(いするぎ)某が諏訪の山深くにて神秘的な天女・鶴子と遭遇し、その幻を追い求めて数多の合戦に従軍し手柄を立て続け、ついにはその心を射止めるという壮大な冒険譚として綴られる。
同時代の作品である『徒然草』や(百年以上の開きがあるが)『方丈記』と異なり、平安時期でないにもかかわらず当時主流であった[*要出典]随筆ではなく創作の物語として有名となった異色の作品でもある。

飽くまで本作は創作であるものの、当時の特に武士から見た世相・風俗を知る作品として一級資料として扱われている。登場人物も示唆に富んでいて、例を挙げるならば主君の源尚義(みなもとのなおよし)は作者の石塔範家の主君・足利直義をモデルにしたという見解が有力視されている。
また作品内で石動某を助けるために度々登場する宗茂(むねしげ)なる野卑な浪人は特に詳細に描写されており、誰をモデルにしたのか様々な議論が交わされている。しかしながら、岩を砕いたり、熊を殴り殺したり、五人張りの弓を軽々と引いたり、夜闇の山道を全力疾走したりと些か以上に人間離れした描写が過剰であるために、鶴子と同様に完全に創作された人物という見方も根強い。

余談ではあるが、鎌倉幕府が滅ぶまでの期間、足利屋敷に頻繁に出入りしていた五大院宗繁こそがそのモデルという意見も学会で度々話題となっている。五大院宗繁にしても、北条邦時の無二の忠臣である見方や、足利方のスパイであった説、逆に足利に送られた北条のスパイであった説など、数々の議論がなされてきた謎多き人物であり、この『白拍子天女鶴子伝』にまつわる逸話に限らず、荒唐無稽な逸話などから実在しない存在であると見る向きも決して少なくないことをここに追記する。





オマケ:
Q.関東庇番衆のみなさんから結構友誼を感じられていたみたいですが?
A.そっかぁ。嬉しいなぁ。俺のことなんて覚えててくれてありがたいよ。まぁ、全員殺すけどな。
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