忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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第2話▲鎌倉脱出 1333

 情報収集を終えて仮の棲み家に帰還した俺に声がかかる。

 

「帰ってきたね、伯父上。さて、僕たちが何処(いずこ)に逃げるべきかは掴めてこれたかな?」

 

 あばら家に身を潜める不自由な生活を送りながらも明るさを失わない甥・邦時(くにとき)様である。

 残念ながら俺たちはまだ鎌倉を脱出できていない。

 

 何も考えずに勢い任せで飛び出しても追撃を受ける可能性は極めて高い。

 一度や二度程度の襲撃ならば切り抜けられる自信はあるが、物事に絶対はない。

 

 まして気が休まらない状況下での逃亡生活は、想像を絶する困難が付き纏うであろう。

 ならば身を潜めて情報を収集しながら、潜伏先の宛ての一つも作るべきではないか?

 

 その言葉に殿(邦時様のことである)も納得されて、俺は動き回っていたというわけだ。

 

「殿、拙者のことは宗繁(むねしげ)とお呼び捨てくだされと再三再四申し上げたはずですが…」

「まあまあ。これには深い考えがあってのことだよ、宗繁伯父上」

 

「考え、とおっしゃいますと? 下手な言い逃れでしたらば聞く耳は持ちませぬぞ」

「まぁ聞いてよ。伯父上の名は知れてるし、そんな人が仕える子なんて怪しまれるだろう?」

 

「……む」

 

 幼い子供とは思えぬ鋭い指摘に思わず唸ってしまう。

 

 俺が有名かどうかはさておき、幼子に大の男が(かしず)き仕えている(さま)など悪目立ちして当然。

 それがあからさまに育ちの良い高貴さが見え隠れする少年に、となれば尚更だ。

 

 思わず周囲の目を想像してしまい言葉に詰まった俺に、邦時様が追討ちをかけてくる。

 

「なら偽名なり仮の身分なりを伯父上が上手に使い、僕は名もなき稚児*1とすべきじゃないか?」

「むむむ。それは、まぁ、確かにその方が目立たぬでしょうが…」

 

「だろう? 時が来るまで『北条邦時でござい!』なんてとても世間様に言えたもんじゃない」

 

 上手く丸め込まれた気がしないでもないが、言っていること自体はもっともだ。

 良い代案があるわけでもないし、家来として仕えたいのは俺のワガママに過ぎない。

 

 ならば甥に譲るのも大事なことだろう。

 それに自分で考えて意見を示すのは、『これからのこと』を考えれば良い傾向とも言える。

 

「かしこまりました。では、そのように。……それと向かう先についてですが」

「うんうん」

 

(それがし)諏訪(すわ)がよろしかろうと存じます」

 

 その言葉に殿は「諏訪? ……確か、頼重(よりしげ)殿のところか」と記憶を探り当てる。

 

 薄々思ってはいたが年齢の割りにすごく聡明だな、俺の甥っ子。記憶力も頭の回転も抜群だ。

 若干悟り系が入っているところは気掛かりなものの、その若さを考えれば充分な天稟(てんぴん)だ。

 

 俺は肯きながら言葉を続ける。

 

「身分を隠し市井で情報を集めたところ、勝寿丸(しょうじゅまる)様は諏訪殿と落ち延びられたとの(よし)

「なるほど。そこで諏訪殿の本領に向かい、時行(ときゆき)と合流を果たすというわけか」

 

 弟の無事を知らせる朗報に邦時様の表情が綻ぶ。しかしそれも一瞬のこと。

 陰りを帯びた表情で小さく呟く。

 

「……しかし時行だけならばまだしも、僕まで押しかけて迷惑にはならないだろうか?」

 

 確かにその可能性は否定できない。

 

 こうして俺が少し調べただけで拾える程度の噂話、当然足利の耳にも入っているだろう。

 であれば今後、諏訪殿への追及の手は厳しいものとなることは想像に難くない。

 

 ただ正史で北条時行は諏訪頼重に匿われ、その領地で力を蓄え、およそ2年後に決起した。

 幸運の助けもあったろうが、難局を乗り切る手練手管を諏訪殿は持ち得ていた可能性は高い。

 

 もっとも、それもこれも飽くまで北条邦時亡き時代での話である。

 既に多少なりとも歴史が変わっている以上、絶対の宛てには出来ないだろう。

 

 故に何が正しい道かを俺たちはよく考え意見を出し合い、判断していかなければならない。

 

 そのためには、俺は俺の考える精一杯を殿に伝える必要がある。

 俺の提言を()れるかどうかは殿のご判断次第だが、敢えて伝えないという不忠は犯せない。

 

 ……本来ならば俺のような脳筋ではなく知恵者の郎党の一人二人は欲しいところだが。

 まぁ現状を鑑みれば、それはないもの強請りに他ならないというものだろう。

 

 そんなことをつらつら考えながら俺は口を開いた。

 

「殿、それは違いますぞ。勝寿丸様を抱える時点で諏訪殿は大迷惑を被っておりまする」

「……うん。まぁ、そのとおりだと思うけれど意外とハッキリ言うね? 伯父上」

 

「これは失敬。しかし、失敬ついでに申し上げる。殿、もっと大きな視点をお持ちくだされ」

「大きな視点?」

 

然様(さよう)。殿は何故諏訪殿が危険を押してまで勝寿丸様を匿おうとしたのだと思われます?」

 

 俺の言葉に殿は顎に手を当て考え始める。

 やがて自信なさげに口を開いた。

 

「忠義の心故、ではないのか?」

 

「無論それもあるでしょう。ですが、もっと武士として根源の部分があったと某は見受けます」

「……分からないな。一体それはなんだい? 伯父上」

 

「おそらく諏訪殿は勝寿丸様に勝ちの目を賭けておられるのです」

 

 俺はかつて高時様に教えられた双六遊びになぞらえて答える。

 

 俺の言葉に邦時様の目が丸くなる。

 それも当然の反応であろう。

 

 確かに足利高氏は許せないし、挙兵して反撃したいと思うのは当たり前の感情と言える。

 しかし、間近であの脅威を目にしながら(なお)勝てるつもりでそれをやれるかというと別問題だ。

 

 邦時様は暫し呆然とされた後に、大きく息を吐いて言葉を紡がれた。

 

「驚いたな。頼重殿は… いや、時行は勝つつもりなのか。……あの、足利高氏に」

「あくまで拙者の想像に過ぎませんが、おそらくは」

 

「……不可能だとは思わないのか?」

「高氏とて絶対ではありますまい。栄華を誇った平家とて滅びたのですから。……鎌倉すらも」

 

「そうだった、ね。しかし…」

 

 それでも容易には飲み込めないのか、口を二度三度開いたり閉じたりを繰り返す。

 待つこと暫し、漸く落ち着いたのか邦時様は言葉を続けた。

 

「しかし、それではやはり迷惑にならないだろうか。僕が行けば、その…」

「然様。本来たった一人であるはずの高時公の遺児がお二人、ということになりますな」

 

「……ホントにハッキリ言うねえ」

「現状唯一の邦時様の臣なれば、お耳に痛き言葉も忠言として申し上げるべきかと」

 

 俺の減らず口に甥っ子は諦めたようにため息を吐く。

 

「そうだね。……加えて僕は庶子とは言え時行の兄だ。跡目争いの火種になりかねない」

「まぁ、何もしなければそうなるでしょうな。しかし対策さえ施せば…」

 

「いや、対策してもそうなる可能性は高い。そうなったら僕は父上に顔向けできなくなる」

 

 淡々と諦めたように語り続ける邦時様の姿は、『あの日』の高時様に重なって見えた。

 しかし、だからこそ申し上げねばならないことがある。

 

「残念だけど時行とは合流せずに別の場所に潜伏し、折を見て援護を…」

「恐れながら申し上げます、我が殿」

 

「……なんだい?」

 

「拙者はもっと大きな視点を持って欲しい、と先程斯様(かよう)にお願い申し上げたはずです」

「む…」

 

「殿、諏訪殿は『勝つために』勝寿丸様を引き入れたのです」

「……それは、わかっているよ。現状その可能性が高いことは確かに認識したさ」

 

 バツが悪そうに視線を逸らしながら邦時様は言葉を続ける。

 

「ただ、頼重殿が目を賭けたのは時行だ。ならばこそ、僕は邪魔者にしか…」

「いいえ、『勝つために』こそ殿が必要なのです」

 

 俺はキッパリと言い切った。

 

「そも、殿は折を見て援護をと言いますが具体的な腹案は御座いますかな?」

「それは、その、そのうち考えて… 時行の決起に呼応とかして…」

 

「甘すぎるお考えです。各々好きに振る舞う散発的な反乱で高氏に対抗できるとお思いか?」

「うっ…」

 

 通信手段が限られるこの時代、遠隔地の動きに呼応するなど至難の業だろう。

 事前の打ち合わせがなければ尚更だ。

 

「もしそのお考えが本気でしたら、それこそお父君・高時様に顔向けできない仕儀かと」

 

 その言葉に邦時様は息を呑む。

 そして俺に対し挑むような視線を向けてきた。

 

「そこまで言うからにはおまえには立派な腹案があるのだな? 宗繁」

「某如き非才の身には大層な策などありませぬ」

 

「ならば…」

「なればこそ、残された北条家同士で力を合わせることこそが肝要と考えました」

 

「………」

 

 別行動を取ってそれぞれの動きに呼応するにせよ、あるいは力を合わせて共に戦うにせよ。

 

 互いに協議し、よく理解し合わねば『話にならない』と俺は考えている。

 まして相手は一度は鎌倉幕府を滅ぼした天性の戦上手だ。正史における室町幕府の創始者だ。

 

 このままの歴史の流れに身を任せれば、北条時行が敗北する可能性は極めて高い。

 時行個人の生存説は幾つか残されたものの、それは大した慰めにはならないだろう。

 

 実際、史実において足利高氏… いや、『足利尊氏』の強さは異常の一言だ。

 実弟・直義(ただよし)高師直(こうのもろなお)らとの支配体制が維持されているうちは綻びの気配すら見えなかった。

 

 そして後醍醐天皇との権力闘争も歯牙にも掛けず… 言い方は悪いが舐めプのまま圧勝。

 直義や高師直らと袂を分かち相争って漸く権力に(かげ)りを見せたに過ぎない。

 

 それでありながら室町幕府二百五十年の礎を築いたのだ。

 あれだけ守護大名に土地を分割し与え、後の戦乱の世の火種を数多残しながらもだ。

 

 アレは本当に突然変異のバケモノだ。『真っ当にやってたら勝てるはずがない』のだ。

 

「本気で高氏に勝つつもりならば」

「………」

 

「僕自身が火種となる不安要素を承知の上で諏訪に向かうべき。そう言うんだね? 伯父上は」

「御意」

 

 邦時様は大きくため息を吐いてから、顎を撫でつつ思考の海に入ったようだ。

 

 本格的に邦時様が参戦するにせよしないにせよ、時行様には勝っていただかねばならん。

 とはいえコレはあくまで俺個人のワガママに基づいた考えでしかない。

 

 ただ、これだけ聡明な主君だからこそ俺は自分の考えを余さず伝えたのだ。

 その上で判断して欲しかった。……だからこそ、俺は邦時様の境遇と年齢を見落としていた。

 

「僕はね、伯父上」

「はっ」

 

「怖いんだ」

「……跡目争いに発展することが、で御座いますか?」

 

「それもあるけれど、もっと根本的な部分で。時行にまで裏切られたらどうしよう、ってね」

 

 ッ! 

 

 微かに震える邦時様の手を見て、俺はその時、己の思慮の至らなさを猛烈に恥じた。

 

 足利高氏に裏切られ、身内に思っていた数多くの武士たちから見捨てられ家族を喪ったのだ。

 あるいはこの俺すらも怖いと思われていても不思議ではない。

 

「裏切られなくても邪魔に思われるかも知れない。情けない兄だから失望されるかも知れない」

 

 邦時様にとって時行様は残された最後の家族。

 ……俺こと五大院宗繁は、何処まで行っても外様の、それも家臣に過ぎないのだから。

 

 その家族に会うことにすら不安を覚える衝撃的な経験をしてきたのだ。

 してきてしまったのだ。

 

 俺はしたり顔でなんと残酷なことを幼い甥っ子に告げていたのか。

 

「……でもね」

 

 後悔の念に包まれていた俺の耳に、静かな強さを秘めた少年の声が届く。

 

「それでも時行に会ってみようと、会ってみたいと、そう思う。……伯父上の言葉のおかげさ」

「殿…」

 

「大した役には立てないかもだけれど、ほら、僕の間抜け面を見て時行が安心するかもだろう?」

 

 いつもどおりにへらりと笑ってみせる表情がそこにはあった。

 

「し、しかし殿!」

「大丈夫さ。伯父上の言うとおり、足利高氏には『みんなで力を合わせないと』勝てない」

 

「………」

「ならば、行くべきだ。狙って合流できる好機なんて多分今しかないだろうからね」

 

 当たり前のように我等の厳しい現状を受け入れつつ、決断してみせた。

 多くの裏切りを経験して多くを喪った子供に、可愛い甥っ子に決断させてしまった。

 

 そして苦り切った表情の俺に向け、ヘラヘラとした空気のままに言葉を続ける。

 

「時行にだったら構わない。万が一にもアイツが『そうする』なら必要ってことさ」

「……その時は我が身命を賭してでも殿をお守りしますとも」

 

「お、良いね。助かるよ。忠勇無双の五大院宗繁に守られるならば安心安全この上なしさ」

 

 なんでもないことのように言ってのける主君に俺は言葉も出ない。

 

「というわけで向かう先は諏訪でけってーい。イイトコロらしいし、精一杯堪能しようよ」

 

 あぁ、なんと情けないのだ俺は。こんな小さな子に護られてばかりではないか。

 

 この子は強い。

 俺が護ってやらねば、などと。それはとんでもない思い上がりであった。

 

 ならば家臣として、非才ながら今後も精一杯支えていかなければならない。

 俺はより一層の忠誠を誓いつつ、検問を突破するために弓(強奪品)を手に取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜索の手を混乱させるために取り敢えず東西南北全ての検問の兵士を鏖殺(おうさつ)した。

 目撃者がゼロになれば俺たちが諏訪に向かったって確証が得られないはず。

 

 不意打ちと火事場泥棒しか取り柄のない新田の兵は雑魚揃いだったので大変楽な任務でした。

 

「新田、ざまぁ!」

 

 などと大笑いをしていたら可愛い甥っ子にドン引きされてしまったで御座る。……解せぬ。

*1
寺などに奉公に出された童のことを指す。主人の身の回りの世話をする召使いのような扱われ方をした。




Wikipedia風人物紹介②五大院宗繁その2(一部虫食いあり、※ジョークです)

逸話
『鎌倉検問越』
北条高時の遺児・万寿丸(北条邦時)と共に脱出する際に、既に勝寿丸(北条時行)を逃していた新田義貞はより厳重な警戒網を敷き怪しきは皆捕らえる旨を家来に徹底して申し渡していた。脱出に際し苦慮する幼い主君に対して「某にお任せ候へ」と言い弓を番えると、闇夜の中、三十三間先の検問の武士二名を瞬く内に射殺した。それを見て即座に脱出しようとする主君を留め、同じことを三度繰り返し東西南北(南は海である)全ての検問に立っていた武士を鏖殺し「斯くなる上は某どもの向かいし先を告げる者とて非ざるや」と馬を奪って悠々と脱出したとされている。余談ではあるが、全ての検問の武士が一射のもとに喉を穿たれ倒れていることを翌朝知った新田義貞は「天魔はこの地より去った」と吐き捨て、警戒網を緩めたとも伝えられている。
専門家の検証により万寿丸及び五大院宗繁の脱出した■月■日(あるいはその前後)は新月であったとされており、仮に検問に篝火が設置されていたとしても真っ暗闇の中で三十三間(およそ120m)先から弓を射て一射で鎧武者の命を奪うことは歴史研究家の中では検証するまでもなく現実的ではないとされている。
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