忠義者の伯父上   作:(๑╹◡╹)ノ

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第20話▲政変 1334

 あれから少しばかり… いや、かなり情勢が動いた。

 

 俺が則宗(のりむね)なる爺さんに槍を打って貰っている間に、護良(もりよし)親王殿下は地盤を築きあげた。

 無論、それはかつての政敵であった西園寺(さいおんじ)卿の支援に依るところも大きかったが。

 

 これまで政治的にやり合ってきた相手がいきなり息子に仕え始めたのだ。

 今上帝にも内心では思うところはあるだろう。

 

 しかし、建武の新政がやや行き詰まっていたことも事実。

 議論の紛糾を待たずして、今上帝の独断裁可という形で西園寺(さいおんじ)卿の新たな役は決定した。

 

 その名も『京都守護』。

 

 六波羅探題の前身ともなった洛中の警護や裁判沙汰を取り仕切った組織の名称である。

 時として幕府と朝廷の橋渡し役のような役割を担っていたとか。

 

 しかし承久の変後に都の不穏を憂い、より監視の意味合いを強めた組織へと再編。

 それが所謂『六波羅探題』というわけだが。

 

 これは残念ながら、鎌倉幕府滅亡時にその運命を共にする形で消滅している。

 まぁ、北条氏による組織だから足利が見逃すはずもない。当然と言えば当然だろう。

 

 流石に朝廷もそのまま六波羅探題の名を使うのは憚られたのであろう。

 かくて西園寺(さいおんじ)卿は護良(もりよし)親王肝煎りとして都の警備を預かる『京都守護』という地位を得た。

 

 まさに『奇貨居くべし*1』の故事に倣った即断即決の大胆な行動と言える。

 必要であればかつての政敵をも取り込み利用する姿勢を態度で示したのは見事の一言だ。

 

 当然、邦時様や俺を含む忠義党の面々もこの組織の一員となってしまったわけである。

 賊軍認定されていた北条氏が日を跨げば征夷大将軍直轄組織の一員とは、大出世も大出世。

 

 西園寺(さいおんじ)卿の根回しで親王殿下が政治の地盤を固めることを光とすれば影もまた存在する。

 ……そう、他でもない足利尊氏である。

 

 今上帝の実の息子が征夷大将軍として京都守護を統括しているのである。

 ならば当然、その治安維持の実行を彼等に任せるのは当然の流れでもあった。

 

 政治的なパフォーマンスを抜きにしても、『優遇するならまず身内から』は世の常だ。

 かてて加えて、今の尊氏は今上帝から警戒されているようにも見える。

 

 そうなるとあれだけ権勢を誇っていた足利党が宙に浮く形と相成ってきたのだ。

 

 なんせ既に京の治安を守る組織は存在するのだ。

 それも征夷大将軍である護良(もりよし)親王と大納言西園寺(さいおんじ)卿というこれ以上ない後ろ盾のもとに。

 

 宮中での親王殿下の足場固めは西園寺(さいおんじ)卿が。洛中での存在感の発揮は忠義党が。

 それぞれ分担しながら勢力拡大を図っている最中である。

 

(気になるのは、やけに足利勢が静かなことだが…)

 

 ここで大人しく静観しているのは非常に足利『らしくはない』と考えるのだが…

 

 とはいえ、仮に俺が逆の立場であるならば動きようがなかったのは事実だ。

 それほどまでに宮中での西園寺(さいおんじ)卿のやり口は巧みで、陰湿で、卓越している。

 

 清濁併せ呑む臓腑を柔剛併せ持つ弁舌に乗せ『理』『利』『情』を使い分け誘導する。

 流石は長年に渡り関東申次役を歴任し幕府と朝廷を手玉に取ってきた政界の怪物か。

 

 まして今上帝の御意志もある以上、差し出口を挟むのは名分が許されない。

 いつの時代も武力がなければ始まらないが大義名分もまた軽視はできないのだ。

 

 更にはこれまで名ばかりだった征夷大将軍に武力まで付いてきたことになる状況。

 足利としてもこの現状では迂闊に手を出せない、というのが本音なのかも知れない。

 

 尊氏を英雄視する貴族の熱狂も収まり始め、親王殿下や楠木(くすのき)正成(まさしげ)公の人気が再燃している。

 足利からすれば綺羅星の如き英雄候補たる群雄の存在が仇となった形となるか。

 

 今や今上帝の統治のもとに影響力を分散し管理・調停していく流れが生じ始めている。

 或いはこうした状況こそ本来の歴史で後醍醐天皇が狙っていた着地点なのかも知れない。

 

(しかし、他の連中ならいざ知らず尊氏めがそんなに大人しいタマとは思えないが…)

 

 とはいえ、幾ら考えても俺如きではこの事態を打開する一手など思い浮かびようがない。

 天皇方が敵対勢力だったならば幾らでも力で襲撃して一発逆転を狙えるのだが。

 

 やはり、仮にも味方であるという事実がどうしても足を引っ張ることとなる。

 戦争で恐るべきは潜在的な敵である身内とは良く言ったもの。いかんともし難い。

 

(……となれば打つ手なし、か)

 

 げに恐ろしきは政治の世界、ということかも知れん。

 俺としてはこんな世界で生き抜ける気がしないので今後も適度に距離を取りたいものだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは… この状況で考え事とは、余裕でございますな」

 

 ……残念ながらそうも言ってられない現状なのが悲しいところだ。

 

 俺は腹に気合を入れて心の底で深呼吸を一つ。

 そして挑むように精一杯の笑みを浮かべて、眼の前の『一代の傑物』を改めて見据えた。

 

「滅相もない。当代の英傑直々に御対面の機を賜り緊張していたまで」

「ははは… 私如きを英傑とは、面映ゆい気持ちですが些か持ち上げ過ぎでしょうや」

 

「ほう、然様で御座いますかな」

「それはもう。英傑と呼ぶべき綺羅星などこの御時世(ごじせい)数多(あまた)いらせられますれば」

 

「なるほど、されば後学のために是非とも御教示賜りたく」

「浅学を披露するようで汗顔の至りなれど、お望みとあらば是非もありますまい」

 

「………」

 

 目線で促せば(多分)満面の笑みを浮かべて頷き、歌うように名を挙げはじめる。

 

 彼の顔面はその読めない腹の底を示しているかの如く漆黒に染まっていた。

 後光がまぶし過ぎる頼重様といいこの時代の知性派の顔面は極端しかいないのだろうか。

 

 ……大和民族なのに顎が割れている程度の俺なんかはまだ普通の部類だろうな、うん。

 

「されば足利尊氏様、その実弟直義(ただよし)様、新田義貞殿も外せますまい。そして赤松円心(えんしん)殿」

 

 まぁ、予想通りではある。

 

 たとえ梟雄であろうと英雄の一側面。

 決して面白くはないが尊氏の名が上がることに異論はない。

 

 直義(ただよし)も、新田も、赤松も、どれも一廉の人物だ。

 全員殺さねばならないのが惜しいところだ。

 

 ……いや、しかし、流れとは言え今や後醍醐天皇派に付いてしまった俺達だ。

 よもやこれから敵対する機会を奪われていってしまうのではないだろうか。

 

 史実では新田義貞も赤松円心(えんしん)も勤王精神篤い忠臣として伝えられている。

 つまり、もともとは後醍醐天皇派であると言える。

 

 ……まぁ、赤松殿は色々あって天皇派と袂を分かつわけだが。

 

 仲良くしなさいと親王殿下に命じられれば逆らえないのが宮仕えの辛いところだ。

 赤松殿にさしたる恨みはないが、鎌倉滅亡の実行犯である新田は始末したいところだが。

 

 その問題はその時考えるしかないか、うん。

 

「恐れ多くも護良(もりよし)親王殿下を忘れてはなりませぬな。されば楠木(くすのき)正成(まさしげ)公に北畠(きたばたけ)顕家(あきいえ)卿も」

「ですな」

 

 うむ、これについても全く異論がない。

 

 戦乱時の将として、護良(もりよし)親王殿下の統率力は決して侮れるものではない。

 史実では後醍醐天皇との仲が拗れ大きな力を与えられることなく失意のうちに没した。

 

 しかし、元弘の乱での活躍を見ての通り将帥としての活躍は特筆すべきものがある。

 ……まぁ、北条方の俺としてはやや複雑な気持ちだが。

 

 俺なんかをも気にかけてくれる一本気な気質もお持ちの気持ちの良い殿上人だ。

 彼の御方の周囲には貴賎を問わず多くの者が人柄を慕って集うたという逸話にも納得する。

 

 ……だからこそ、足利方の離間工作の標的になってしまったのではないかと睨んでいる。

 

 まぁ、この様子だと事前に防げたみたいなので絶妙なタイミングであったのだろう。

 以後も油断せず殿下を守りきらねばなるまい。それこそが邦時様時行様の御為となるのだから。

 

「あぁ、そうそう! 当代の英傑を語るとなればかの御方を外せますまい!」

「ほほう、他に何方か素晴らしき御仁でも?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、えぇ。今も眼の前に。……貴殿に御座いますよ、『平景清(たいらのかげきよ)』殿」

 

 ──―。

 

 特段、驚きはない。

 京を掌握していると噂されるかの佐々木道誉なれば是非に及ばぬこと。

 

 俺は薄く笑みを浮かべてその呼びかけを受け流す。

 

「この期に及んで笑みを浮かべられる。まこと豪胆なこと、英傑の器で御座いましょう」

 

「さて、なんのことやら… ただ届け物に参ったばかりの拙者に英傑とは過分な仰せかと」

「まだ惚けられますか。ならば、この名がお好みか? ……のぅ、『五大院(ごだいいん)宗繁(むねしげ)』殿」

 

 室内に立ち込める重圧がより一層濃くなる。

 

 その言葉を待っていたかのように唐紙*2が開くと、武装した郎党らが長物を抜き構えていた。

 うん、穏便にすまないかとも思っていたのだが流石は婆娑羅(ばさら)大名と言ったところか。

 

 この反応はある意味で分かりやすいのか、そうでないのやら。

 

「さても益々以って不可思議千万なことよ。五大院(ごだいいん)(なにがし)とは何処(どこ)何方(どなた)でしょうや」

 

「フフ… これだけの光り物に囲まれて、まだ(なお)仰せになりますか」

「然様、貴殿は(それがし)平景清(たいらのかげきよ)五大院(ごだいいん)某と呼ばわれる。(われ)はそれを異と申す。五分五分にて」

 

「五分五分、と? この佐々木道誉を前に大した啖呵よ! ハハ、ハハハハハ…!」

 

 トコトンまで居直ってみせた俺の言葉に獰猛な笑みを浮かべる佐々木道誉。

 

「仮に其処許(そこもと)を良く見知る私めの郎党が、其処許(そこもと)を糾弾なさったら如何なさる心算にて?」

 

「殺しまする」

「……は?」

 

(いたずら)に都に騒乱を呼び起こす噂を吹聴するなど悪辣千万。殺すより他ありますまい」

「………」

 

斯様(かよう)な者を用いているとあらば佐々木殿の名声も地に落ちましょう。某が処断してくれます」

 

 間髪入れず答えれば、絶句の気配とともに沈黙の帳が降りる。

 流石に呆気にとられたのか佐々木道誉の口が呆然と開かれたままとなる。

 

(なるほど、佐々木道誉とは『表情を消した時』にこのような顔をするのか…)

 

 しかし言っていることは嘘でもハッタリでもない。

 もとより、都合の悪いことを喋る口は閉ざすより他ないのだから。

 

 その場合は永遠に閉ざして貰う方がより安心である。

 つまりは、『そういうこと』だ。

 

 そもそも俺のような身分の低い『御内(みうち)(ひと)』如きを記憶している武士などそういるものか。

 

 直義(ただよし)師泰(もろやす)くらいならば覚えていたとしても不思議ではないが所詮は木っ端侍だぞ。

 わざわざ認識し記憶しているなど物好きにもほどがあるというもの。到底現実的ではない。

 

 だとすれば十中八九は言いがかりの因縁だ。

 つまり喧嘩を吹っ掛けられたことになる。

 

 だったら消すしかないだろう。

 イチャモン付けられて黙ってる方が主君の顔に泥を塗るのだから。

 

 この時代にDNA鑑定などあるはずもない。

 確たる証拠と口では嘯いていても主観に頼ったあやふやなものでしかない。

 

 現に各地で行われている『北条の残党狩り』に何処まで真実北条方の者がいたのやら。

 古今東西の例を見ても魔女裁判などの密告システムが齎した過ちは明らかだ。

 

 身内による足の引っ張り合い。都合の悪い存在に消えて貰うための密告。

 人の欲望と利権、恨みつらみが絡む蠱毒(こどく)の世界だ。

 

 それでも『万に一つの真実』を絡め取るための仕掛けこそが密告システムなのだ。

 

讒言(ざんげん)だけならば誰にでも出来まする。……例え大路に寝転ぶ浮浪者であろうとも」

「……我が佐々木を都大路の浮浪者と(そし)られるか」

 

「武士ならば! 其の者は己が首を賭けて主に言上する気骨がありましょうや!」

「……貴様ァ」

 

「佐々木殿は、無論、己の首を賭けて主・尊氏殿に言上できるのでありましょうな?」

 

 歯ぎしりの音が聞こえた気がした。

 

 そう、手放しの信用など到底出来るものではない。

 だが、それで人は命を落とし得るのだ。

 

 だったら、糾弾する側にとってもせめて命を賭けるくらいのことはして貰うべきであろう。

 まして都合の悪い事実を吹聴する雀を此方が放置しておいてやる義理はない。

 

 無理を通すために死んでもらうしかないだろうよ。

 

 この時代、武士が暴力で己を証明するのであれば誰も否定できない。

 何故ならば、それこそが武士にとっての『正義』なのだから。

 

 そうやって足利も、佐々木も、己の正しさを証明して今の地位を築き上げたのだから。

 

(残念だったな、佐々木道誉。貴族相手ならばこのような駆け引きも通じたのだろうが…)

 

 しかし、これは『喧嘩』だ。武士と武士の対面から生まれた『喧嘩』である。

 一歩も退いてはならない面子と面子の鍔迫り合いだ。

 

 足利尊氏の懐刀・佐々木道誉が威圧だからこそこの俺が気迫で譲るわけにはいかぬのだ。

 

「……この状況で、それを仰せになりますか」

「畏れながら佐々木道誉殿。『この状況だからこそ』申し上げまする次第にて」

 

「………」

 

 確かに周囲には武装した佐々木家郎党等が剣呑な空気を纏ってひしめいている。

 ……だが、それだけだ。

 

(俺と佐々木殿との距離は三間*3にも満たぬ距離、か)

 

 一息で飛び掛かれば俺にとっては詰められぬ間合いではないと見る。

 ならば成算のない博打ではない。

 

 乾坤(けんこん)一擲(いってき)を狙うならば決して分の悪い状況とは言えぬであろう。

 脅しに屈するには生温すぎる状況だ。

 

 むしろ『こんな状況』だからこそ暴れる甲斐もあるというものだ。

 

「そも、拙者は公方様の牛車にて其処許(そこもと)らに届け物に参った使者であるッ!」

「……む」

 

「場を弁えられるはむしろ佐々木殿の方にて。万に一つも拙者を討ち漏らすことあらば…」

「………」

 

「佐々木、ひいては足利へ向けられる怯懦(きょうだ)(そし)りは免れ得ぬものと努々(ゆめゆめ)心得られよッ!」

 

 腰を上げ、太刀を抜き放ちそう喝破する。

 

 この邸へ上がるに際して槍は預けてしまったが、なに、太刀一つあれば問題はない。

 まずはこの者共を討ち倒し、佐々木殿を人質に取った上で邸内を探し歩けば…

 

 最悪俺が死にさえしなければ佐々木の評判は地に落ちるであろう。

 命落とさず逃げきるだけで俺という存在は佐々木にとっての劇毒として機能する。

 

 あとは護良(もりよし)親王殿下や西園寺(さいおんじ)卿が政治に上手く活用してくれれば良い。

 人任せにするようであれだが、その辺りの西園寺(さいおんじ)卿の差配に手抜かりがあるはずもない。

 

 俺が死した場合、その後のことはそれこそ考えるだけ無意味だ。

 

 邦時様時行様の器量に不足は感じられぬ。必ずや足利を打倒し悲願を達成してくれるはず。

 俺の死は西園寺(さいおんじ)卿らならば如何様にも活用してくれるものと信じよう。

 

 家来として己の使命を全うできなかった不忠に悔いは残るが、是非もなし。

 あの世で高時公に存分にお詫びの上で冥府の鬼どもを相手にひと暴れするも悪くない。

 

(……さて。生くるか死ぬるかは天のみぞ知る、だな)

 

 いよいよ覚悟を決めた俺が飛び掛かるために腰に力を込めんとしたまさにその時…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちなよ! 親父殿ッ!」

 

 凛とした聞き覚えのある声によって改めて状況が激変する。

 ドン! と、唐紙を開いて登場したのは…

 

 確か都の大路で出会った『婆娑羅(ばさら)』を信条とする少女。

 

(確か、魅摩(みま)殿と言ったか… そうか、彼女はここ佐々木家の姫であったのか)

 

 彼女の登場は佐々木家郎党に、そして他ならぬ道誉にとっても想定外だったらしい。

 僅かに生まれる硬直の瞬間。

 

宗繁(むねしげ)殿、これッ!」

 

 その間隙を縫って、彼女はその小柄な身体に抱えていた長物を放ってくる。

 則宗(のりむね)の爺さん作の俺の槍だ。

 

「ありがたいッ!」

 

 何故、とは問うまい。

 

 もとより俺如きの知恵では思考を巡らせたところで詮無きこと。

 分析は必要かもしれないが、そんなものは後回しで充分だ。

 

 要は、この絶好の機にて身体を動かせるか否か。

 武士にとってこれ以上に重要なことなど他にない。

 

 手にした槍をそのままに距離を詰め、婆娑羅(ばさら)大名・佐々木道誉の首元に穂先を突き付けた。

 

「如何か? 斯様に状況とは如何様にも変化し得るものにて」

「………」

 

「と、殿ッ!」

「……狼狽えるな」

 

「し、しかし…」

「狼狽えるなと申しておるッ! この佐々木道誉が郎党がなんたる(ざま)かッ!?」

 

「は、ははー…ッ!」

 

 浮き足立つ郎党どもを一喝して瞬時に鎮めてみせる胆力、流石は佐々木道誉か。

 そして、怜悧な色を湛えた瞳で改めて俺を観察するように見据えてくる。

 

「………」

 

 相手の内面の奥底まで見通そうとしてくるかのような暫しの沈黙。

 

 こうしてよくよく見れば、瞳の色やその動きから中々に分かりやすい御仁なのかも知れぬ。

 そんな俺の内心が伝わったのかも知れない。

 

「……フッ」

 

 鼻で笑うかのような、しかし、確かな笑みをこぼされる。

 

「── なるほど、まさに『この状況だからこそ』か」

 

 はたして、其処に込められた意図はどのようなものか。

 

 このような状況でも相手の観察を止められない(オレ)宿痾(しゅくあ)を皮肉ったのか。

 はたまた猫の目の如く絶体絶命の状況が即座に入れ替わる状況を揶揄したのか。

 

 もはや考えても仕方ないことか。

 

 ここで佐々木道誉を討てば、足利との抗争の激化は避けられ得ぬものとなる。

 正直、諸々の準備が整っていない現状では手放しでは歓迎できないのが辛いところだ。

 

 それでも『歴史への挑戦』という俺の本願を考えればここで彼を討つ意義は大きい。

 

 佐々木道誉は歴史に名を残す婆娑羅(ばさら)大名にして足利尊氏の懐刀。

 彼が消えることは足利の京都での影響力が激減することを同時に意味する。

 

 槍に力を込めようとしたところ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは座られよ」

 

 機先を制す形で、いなされてしまった。

 俺の中に残っていた僅かな『迷い』が見透かされたのであろう。

 

 ぬかった。

 

「………」

 

 張り詰めた空気が徐々に弛緩したソレへと変化させられる。

 俺が返答できずにいると、これ幸いと佐々木道誉が状況を動かし続ける。

 

 郎党に向けて朗らかに声を掛ける。

 

「お客人の前で何をしておる。おまえたちも得物を降ろして座らんか。はよう」

「し、しかし殿…」

 

「── 私にまた『二度』言わせるか?」

「は、ははッ!」

 

魅摩(みま)は… まぁ、好きにするが良い。全く、そのお転婆ぶりは誰に似たのやら」

「もち、親父殿でしょ!」

 

「………」

 

 次々と埋められてゆく外堀。

 してやられた。

 

(機を逸したな。……斯くなる上は暴れても逃げても上手い手とは言えぬ、か)

 

 この状況で暴れ出しても俺が佐々木の姫を籠絡して無体を働いた慮外者となるばかりだ。

 佐々木が刀を抜くのも無理からぬ仕儀と西園寺(さいおんじ)卿すら世論の操作に難儀するだろう。

 

 まさしく武士と武士の対面は状況が如何様に変化するかなど読めぬもの。

 

 使者として遇すると言われた以上これを跳ね除けては殿や親王殿下の今後に差し障る。

 まだ、我らは足利と全面抗争ができるほどに力を蓄えられてないのだから。

 

 そして骨肉の争いとなれば恐らく鎌倉に向かった直義(ただよし)も飛んでくることだろう。

 そうなればジリ貧だ。

 

 俺や邦時様は最悪拠点を捨てて逃亡すれば良いが、親王殿下や西園寺(さいおんじ)卿はそうはいくまい。

 となれば味方を見捨てる羽目になるのだが、そんな人間が今後信用を得られるだろうか。

 

 ここで佐々木道誉を殺すことは不可能ではないが、決して上手くない。

 

 状況の不利を悟りながらも俺は唸るように佐々木道誉に詰問する。

 

「……先に抜いてきたはそちら側。それをただ収めよとの仰せは余りに無体では?」

「御説御尤も。されど、身元の定かならぬ御仁への用心の(よし)であった。臆病者と笑われよ」

 

「………」

 

 そして悲しい(かな)、分かっていたことだが俺では佐々木道誉相手に弁舌で勝てそうにない。

 

 ── おまえの怪しい身元には触れないでおいてやるから、ここらで手打ちにしろ。

 言外にそう言われてしまってはぐうの音も出ない。

 

 状況は五分五分なれど、俺としては佐々木道誉に再逆転を許してしまった気分である。

 ……面白くはない。……さりとて打つ手もない、か。

 

 不承不承と言った面持ちでどっかりと胡座をかく形で腰を下ろす。当然槍は手放さないが。

 

「にししっ!」

 

 何が可笑(おか)しいのか、この状況で俺の隣に腰を下ろして笑みを浮かべる魅摩(みま)殿。

 

 この状況の推移すらをも見越した上での乱入であったとすればとんだ策士もいたものだ。

 愉快な気分にはなれそうもない。半目で見遣るに留め、佐々木道誉に視線を戻す。

 

 それを待っていたかのように相手も口を開いた。

 

「うむうむ。互いに行き違いもあったが、こうして対話の機会が得られ嬉しく思いまする」

「……然様ですな」

 

「して、『届け物』と申しておられたが貴殿の御用向きの程や如何に?」

 

 ……ようやく本題に入れるのか。

 

 どっと疲れた気もするが、一々振り回されるのも木っ端侍の役目のうちか。

 願わくばこの疲労は相手にも降り掛かっていて欲しいものだが残念ながら望み薄だろうな。

 

 海千山千の腹黒相手に俺は直截に告げる。

 

「然様。連日連夜、佐々木家より賜りました『御趣意』*4をお返ししに参った次第」

 

「ほほう、それはまた奇っ怪な。当方にはとんと覚えがありませぬが」

「某を邸内に通され武装した郎党どもに取り囲ませたるは後ろ暗さ所以(ゆえん)では?」

 

「ははは、熊の如き豪傑が菊の御紋があしらわれた牛車を()いて現れ我が名を呼ばまう」

「……む」

 

「すわ何事かと身構えるは必定というもので御座いましょうや。臆病は事実ですが」

 

 むむむ、佐々木側からすればそういった抗弁(いいわけ)も出来るわけか。

 

 俺は連日連夜、俺の元へと送り込まれてきた佐々木の郎党どもについて抗議をしにきた。

 それだけのつもりだったのだが。

 

 則宗(のりむね)の爺さんは『武器の素材を運んでくれる』と大層喜んでいたが。

 相手の持っていた刀も長物も全部溶かして打ち直して俺の槍の試作品に変わっていったが。

 

 しかし、俺個人にとっては大いに迷惑だったのだ。

 睡眠時間は削られるし次から次に引っ切り無しに『素材』が来るのだから休む暇もない。

 

 その御蔭で槍の完成が早まったという裏事情があるにせよいい加減にして欲しかった。

 

 戦力の逐次投入は愚策という常識を知らんのか。

 ……うん、まだこの常識は成立前でしたね。

 

 迂闊に殺しまくっては角が立つからやりたくもない手加減をする羽目になったし。

 ……骨の二、三本を綺麗に折る程度にとどめるのって結構面倒くさいんだが。

 

 オマケにもう面倒くさくなった俺が「槍はもうそこそこでいいよ」と言えば怒鳴られるし。

 

 そうして槍が完成する頃に『嫌がらせ』も落ち着いてきたので抗議に出向くことにした。

 とはいえ、十数名という結構な数の連中を一度で運ぶのは如何に俺とて難儀だ。

 

 どうしたものかと考えた俺は西園寺(さいおんじ)邸にて荷車が借りられないか聞いて回ることにした。

 

 そこである偉い御方より声が掛けられた。……掛けられてしまったのだ。

 

「どうした、宗繁(むねしげ)! なに、荷車が借りられないかだと? うーむ、それは難しいな…」

 

 そう、俺は失念していたが車輪は庶民にはあまり普及していない高等技術であったのだ。

 

 確か民間人レベルにまで普及するとなると江戸時代を待たねばならなかったはず。

 つまり清原国司の以前言っていた『荷台で数える』云々は貴族流のジョークだったことに? 

 

 ……分かるか、そんなもん! 

 

「帝の新政が上手く行けばあるいは… おお、そうだ! ならば良いものがあるぞ!」

 

 そう言われて引っ張られて向かった先には… 菊の御紋の牛車が鎮座していたのであった。

 

 ……まぁ、うん。

 もうお分かりかと思うが、俺に話し掛けてくれてた方は護良(もりよし)親王殿下でした。

 

「これを使うと良い! なに、遠慮をするな! (オレ)とそなたの仲ではないか!」

 

「一体どのような仲で御座るかッ!?」

「どのような仲、だと? ハハハ、貴様は(オレ)の命の恩人ではないか!」

 

「それは臣として当然のことをしたまで。恩と数えるに到底及ばぬことにて」

「フッ… 『当然』か。されば(オレ)がお飾りの将軍と呼ばわれることもなかったであろうよ」

 

「殿下…」

 

 少し暗い表情をして笑みを作られる殿下に俺は何も言えなくなる。

 

 この魑魅魍魎の住まうとされる都で足利相手に権力闘争を繰り広げる。

 しかも、つい最近まで実権を持たなかった若き親王がである。

 

 その苦難たるや如何許であっただろう。

 恐らく多くの困難が降り掛かり、挫折を覚悟したことは一度や二度ではないはずだ。

 

 しかし殿下は暗い表情を振り払い、努めて笑みを深められて言葉を続けられた。

 

「それに、貴様の持ってきた『清酒』や『葡萄酒』が殊の外評判が良くてな」

「それは… まぁ、何よりで御座いまするが…」

 

「父帝も酒精を()()(たしな)まれる。我らが足場固めにそれらも一役買ってくれている」

「は、はぁ…」

 

「つまり君には牛車の一つや二つ快く使わせてやる程度の恩義は感じているのだよ」

 

 なるほど。

 

 史実でも後醍醐天皇の酒宴好きは宮中では評判になっていたらしいと聞いたことがある。

 確か、北畠(きたばたけ)顕家(あきいえ)卿がブチ切れて弾劾した際にも指摘されていたんじゃなかったかな? 

 

 そうなると、清酒や葡萄酒が妙な化学反応を引き起こしてないか心配になるが。

 

「……殿」

「おお、鍾馗(しょうき)! お主からも流石に過分な御気遣いと親王殿下になにか…」

 

「斯くなる上はお断りすることこそ無礼というもの。使者の大任見事果たされるべきかと」

「………」

 

「うむ! こちらは心配せずガツンと佐々木道誉めをやり込めて参れ! 上意である!」

 

 揃ってそう言われてしまっては返す言葉もない。

 

(俺としては迷惑行為へのクレームを申し入れに行くくらいの感覚であったのだが…)

 

 どうやら二人にはガツンと佐々木道誉をやり込めるまたとない好機として映ったらしい。

 肩を落として牛車を借り受ける羽目になった俺に向けて殿下はこう続けられた。

 

「あぁ、そうそう。門前払いされそうになったらこう言うようにな?」

「はい?」

 

「『菊の御紋を門前払いとは北条の御相伴衆上がりも偉くなったものよ』と。ハハハッ!」

 

 確信犯かよ!? コレ、言外に「手ぶらで帰ってくるなよ?」って言われてるよな…

 

 かくして俺はそのままえっちらおっちらと牛車を牽いて則宗(のりむね)の爺さんの庵に戻った。

 そして爺さんと飯を食って馴染んでる襲撃者共を一人残らず牛車に叩き込んだ。

 

 虚無の心持ちであった。

 

 一刻も早くこの無茶振りを終わらせたい。

 

 門番がゴチャゴチャ帰るように促してきたが槍を叩き付けたら呆気なく門の方が開いた。

 流石は則宗(のりむね)の爺さんが一切の妥協を許さず鍛え上げた槍だ。傷一つ付いていない。

 

 そのまま牛車を牽いて邸内に押し入って「佐々木道誉殿はおられるか!」と叫んだ。

 そうして今に至る、というわけだが…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うん。押し込み強盗だ、これ。

 

「ははは… 僅かなり認識の摺り合わせが出来たようで何よりで御座いまする」

「あひゃひゃひゃ! 宗繁(むねしげ)殿、顔に出過ぎっしょー! 超ウケるんですけどー!」

 

「………」

 

 この親子、何が可笑(おか)しい。

 

 ぶん殴りたくなる衝動を必死に堪える。

 

「さて、我が郎党を名乗る無頼の輩どもが貴殿のもとに連日連夜送り込まれていたと…」

「然様。貴殿の郎党共は返す故、即刻手を引かれて親王殿下に詫びを入れられよ」

 

「はて、困りましたなぁ…」

 

 ふんす、と胸を張ってそう告げるが困ったように顎を撫で始める佐々木道誉。

 そしてポンと手を打つと懐に手を入れると一冊の記帳を取り出してきた。

 

「おお、そういえば我が郎党の名簿がこれに! 是非とも確認作業をしましょうとも!」

「あひゃひゃひゃひゃ! わぁ、すっごい偶然だねぇ親父殿ぉ!」

 

「あっはっはっはっ! そう褒めるでない、我が娘よ! 日頃の用心の賜物よぉ!」

 

 何わろてんねん。

 

 面白い! めちゃくちゃ指摘しまくってその真っ黒な顔を青褪めさせてやるわい! 

 現代知識舐めんなよ! こんな記帳くらいちゃちゃっと読み取ってくれるわ! 

 

 俺は佐々木道誉から記帳をふんだくると名簿に目を通す。

 

「………」

 

「どうされましたか? 宗繁(むねしげ)殿。……あぁ、いや、諏訪(すわ)宗重(むねしげ)殿?」

「………」

 

「どしたの、宗繁(むねしげ)殿? まさか文字が読めないとかはないよねぇ?」

「読めるわい! 莫迦(バカ)にするな!」

 

 この世界娯楽が少なすぎて鍛錬の合間の文学作品とか数少ない楽しみだったからな。

 記憶が戻る前から文学作品読み漁っていたのは前世の名残だろうか。

 

 ……じゃなくて! 

 

「真っ黒じゃねぇか! 黒い線が引かれまくってて真っ黒じゃないですか!?」

 

 俺は思わず突っ込む。

 現代社会で政治の極秘文書が国会答弁に提出された時以上の真っ黒っぷりだ。

 

 都合よく記帳などを懐に忍ばせてるからおかしいと思ってたんだよ! 

 

「ははは… 不慮の事故で落命したり郎党を離れた者をそのままにはしておけますまい?」

「………」

 

「さて、貴殿のお心当たりの武者はその中に記載されておりましたでしょうか?」

 

 今度は俺が絶句する番であった。

 

(いるわけねぇだろうが…ッ!)

 

 というか、この黒塗りの下のどれかに記載されて『いた』んだろうが。

 復元技術が発達した現代社会ならいざ知らず、この時代においては打つ手がない。

 

「ぐぬぬぬ…」

 

「いや、なに。当方にも無礼の段があったことは事実、貴殿の言い掛かりを責めますまい」

「おま、おまえ… これは卑怯で御座ろう!?」

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! 『卑怯』だってぇ! 宗繁(むねしげ)殿、かっわい~!」

「ははは… 卑怯卑劣は武士にとって褒め言葉ですな! いや、これは失敬失敬!」

 

「ぐぬぬぬ…ッ!」

 

 この狸親父めが…ッ! 

 

 貴様の顔面顔負けなこの真っ黒な記帳から砂金一粒にも等しい真実を拾わねばならない。

 だが幾ら読み込んでも糸口一つ掴み取ることは出来ない。

 

 ことこういった分野において佐々木道誉は俺より一枚も二枚も上手だったのだろう。

 そうして目を皿のようにして眺めること暫し、ついに白旗を上げ記帳を佐々木道誉に返す。

 

「というわけで、我らはその襲撃とは無関係。無論、親王殿下への叛意も御座らぬ」

「………」

 

「我が家の郎党を名乗る無頼の輩に苦しめられた心痛、察すに余りありまする」

「……いけしゃあしゃあと」

 

「されどこうして誤解も解けました! これよりは手を取り合い帝に御奉公致しましょう!」

 

 真っ黒な顔面に満面の笑みを浮かべて俺の手を取りそう言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは真に殊勝な仰せかと。拙僧めもこの両の耳でしかと聞き申した」

 

 俺の手を握っていた佐々木道誉の笑みが硬直する。

 とすれば、彼にとっても慮外の闖入者ということになるが… さて。

 

「………」

 

 視線を向ければ、其処には見事に剃髪し深い笑みを浮かべた怪僧らしき存在があった。

 ──『らしき』というのは僧侶と見るには余りに異様な存在感を放っていたからだ。

 

 それでいて、彼から声を掛けるまで俺も佐々木道誉も含め誰もその存在に気付かぬ有り様。

 

 底知れぬ迫力に、我知れず背筋が泡立つのを感じる。

 

「……赤松殿」

 

 ポツリ、佐々木道誉がそう零した。

 途端、ある人物の名が俺の脳裏に閃く。

 

「赤松… 赤松則村(のりむら)殿か!」

 

 赤松則村。

 入道し、『円心(えんしん)』を号した南北朝時代を代表する英傑の一人だ。

 

 というより、この男の入れ知恵によって『南北朝』が生まれたと言っても過言ではない。

 足利尊氏が朝敵となった際に、『新たな朝廷』を作ることを提案したのはこの男だ。

 

 これにより足利尊氏は朝敵の汚名を濯ぐことに成功し、室町幕府の基礎を築き上げた。

 

 謂わば室町時代、そして戦国時代に続く足利尊氏の支配の基盤に貢献した知恵袋。

 文武に優れた一代の英傑、それこそが赤松円心(えんしん)であったはず。

 

「おや、拙僧めを御存知で? ……然様、何処(いずこ)にも潜み何方(どなた)にも語るが円心(えんしん)入道にて」

「……赤松殿、当家に如何なる御用向きで」

 

「ほっほっ… なに、我が親王殿下の御下(みもと)を騒がす争乱の気を憂えた坊主の早合点ですよ」

「………」

 

「では、参りましょうか。宗重(むねしげ)殿。我らは殿下の御下へ駆け付けねばなりませんから」

 

 極端に無口になった佐々木道誉を後目に腰を上げる円心(えんしん)殿。

 

「佐々木殿、当然『帝に尽くす』という先程の言葉に嘘偽りはないのでしょうな?」

「………」

 

「せめて一両日は静観を決め込んで貰いたいものですな、帝の御為にも。……ほっほっ」

 

 そう言い残し、板張りの廊下を進む彼の背を追う。

 そして親王殿下について語る円心(えんしん)殿の姿に内心で小さく納得を覚える。

 

(……そうか。この時期は護良(もりよし)親王の忠臣として彼に尽くしていた時期であったか)

 

 そう、円心(えんしん)殿が足利尊氏と急接近するのは護良(もりよし)親王が失脚した後の話である。

 帝と親王の仲が拗れ、その地位を剥奪されたことがきっかけだった。

 

 その結果、帝の新政に失望し所領の播磨に引きこもることとなったのだ。

 そうなってしまえば足利方からすれば如何様にでも工作を行えたことであろう。

 

 現時点で赤松殿にとって倒幕の戦友という認識はあれど主から鞍替えする理由もない。

 

 元来上昇志向が強く、それと同じくらい勤王精神も篤い赤松円心(えんしん)殿のこと。

 史実で受けた仕打ちの数々は彼の心に深い傷跡を残したことであろう。

 

(……赤松殿ほどの知恵者が敵に回らなくて良かった。……本当に良かった)

 

 俺は内心で胸を撫で下ろす。

 

 史実では新田義貞を相手に降伏を匂わせて手玉に取るなど大車輪の活躍を見せた。

 他にも僅かな手勢で大軍を食い止め自身も生き延びて見せたりと知勇兼備の猛将なのだ。

 

 将来どうなるにせよ、今この場では味方であることに心から感謝したい。

 

 佐々木道誉を相手にするだけで手一杯だったのだ。

 この上、赤松円心(えんしん)殿までをも敵に回してしまっては勝てる戦も勝てなくなる。

 

 まして相手は足利だ。どれだけ備えても充分とは言えまい。

 

 やや早足にて佐々木邸を飛び出る。

 俺が牛車の準備をしていると自身の馬に跨った赤松円心(えんしん)様が二頭目を牽いて現れる。

 

「急ぎましょう、宗重(むねしげ)殿」

「……赤松様には何か懸念事項が?」

 

「余り良くない気は感じておりましたが、先程の佐々木殿との問答で確信に至りました」

「………」

 

「信じてくださるか、有り難い」

 

 無言で用意された馬に跨る。

 問答の暇すら惜しい。

 

 赤松円心(えんしん)ほどの男が言うのであれば是非もない。

 恐らくは佐々木道誉との対面すら敵の策の内であった、ということなのであろう。

 

 となれば、今真に危険なのは親王殿下と西園寺(さいおんじ)卿の両名。

 ……そして、その場には殿もいる。

 

 槍を握る手にぐっと力を込めると『背後』から声が掛けられる。

 

「恐らく足利様が西園寺(さいおんじ)邸に兵を向かわせているね。間に合うかどうかは賭けだよ」

 

 やはり、そういった裏があったか。

 佐々木道誉、何処までも喰えない男よ。

 

 だとしても諦める理由にはなるまい。

 

「それでも行かぬ理由にはなるまい。相手が足利となれば尚更よ」

 

「ひゅう! さっすが! それでこそアタシの惚れた婆娑羅(ばさら)者だよ! あ、人としてね?」

「………」

 

「どしたん? 覚悟決まったんなら早く出立しなよ。ボサッとしてる暇はないっしょ!」

 

 そう、魅摩(みま)殿が俺の馬に相乗りした状態で語り掛けていたのだ。

 

 俺の隙を見計らって殺すため、ではないようだ。少なくとも現時点では。

 殺気がないことは伝わってくるのだが… 何故ここに? 

 

魅摩(みま)殿、佐々木殿との用向きは終わり申した。()く屋敷へ戻られよ。此れよりは戦場(いくさば)ぞ」

「それこそまさか。アンタ、五大院(ごだいいん)宗繁(むねしげ)だろう? 黙っているなんて人が悪い」

 

「黙っていたのは悪かったが、そもそも拙者は自分を婆娑羅(ばさら)者だと思ったことは一度もない」

「確かにアンタは婆娑羅(ばさら)とは少し違うのかも知れないね」

 

「ならば」

「けれどアンタに付いていくのは楽しそうだ。だったらアタシは面白い方に付きたい」

 

「……佐々木殿は納得されているのか?」

「まさか。こんな機でもなけりゃ抜け出せない身の上だからね、赤松様には感謝してるさ」

 

「………」

「戦場? 望むところさ。しかも相手は足利様! 婆娑羅(ばさら)者の血が騒ぐってモンだよ!」

 

「……宗重殿、時が惜しい」

 

 赤松様に促され、俺は降参する。

 

「……後々、身の振り方をよくよく再考するように」

 

「あはっ!」

「行きましょう、赤松様。……お時間を取らせましたこと、まこと忝ない」

 

「ほっほっ… お気になさらず。どれ、拙僧めが先導致しましょうぞ」

「よーし、出発ー! ……心配しなさんなって、宗繁(むねしげ)殿!」

 

「……ん?」

「生きるも死ぬも我を通してこその婆娑羅(ばさら)者。くたばっちまっても文句なんて言わないよ」

 

魅摩(みま)殿、君は思い違いをしているようだ」

「……はい?」

 

「嫁入り前の姫君に傷一つ付けるものか。君が心配すべきは我が主君らからの雷のみだ」

 

 そう言って馬の腹を蹴って駆け出すのであった。

 

 くそっ、散々佐々木道誉に振り回されてこの体たらくか。

 郎党を送り込んできた時点からこの絵図を描いていたとすれば俺はとんだ道化者だ。

 

 そんな俺に馬を寄せ、赤松様が声を掛けてきてくださった。

 

「ほっほっ… そう悲観するものでもありますまい」

「……赤松様?」

 

「裏を返せば貴殿一人で佐々木家を足止めしていたのです。それは値千金の活躍ぶりかと」

「しかし、それでも親王殿下や西園寺(さいおんじ)卿が危険に晒されては…」

 

「……確かにそれは反省すべき点でしょうな。しかし、お忘れでしょうか?」

「? それは一体…」

 

「拙僧めが此処に在るということは尊氏と相対するは当代の『軍神』をおいて他になし」

「その方とは、まさか…ッ!?」

 

「ほっほっ… どうです? 『勝ちの目』が見えてこられたでしょう?」

 

 ニンマリ笑みを深める怪僧に俺は戦慄するとともに頼もしさに身震いを禁じ得なかった。

 軍神が… 『あの御方』が合力してくれるならば負けない。いや、きっと勝てる! 

 

 喜び勇んで馬を走らせる俺を、赤松様は苦笑を以って見守られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*1
『史記・呂不韋(りょふい)列伝』に由来。「珍しい品物や滅多に無い機会を見つけたら、それを後で利益を生むために手元にとどめておくべきだ」という意味のことわざ。

*2
木組みに和紙を貼り付けて部屋を仕切る引き戸とした平安時代に源流を生じる(ふすま)の原型。洒落者は特に唐紙(中国より輸入した飾り紙)を用いて装飾することが多かったことから『唐紙』あるいは『唐紙障子』と称された。

*3
およそ5mほど

*4
相手の意向や考え方、目的などを示す。転じて『心付け』としての届け物なども指す。当然、宗繁は嫌味としてこの表現をしている。




移動中のコソコソ話:

「……ちょっと宗繁(むねしげ)殿。女殺しが過ぎない? 故郷でどれだけ女を泣かせてきたのさ?」

「はぁ? いきなり何を言い出すか。俺はモテたためしなどないぞ。妻もおらぬ」
「マジで? ……いや、マジで言ってんのか。自覚ない感じか。そりゃイラッとされるわ」

「………」
「出世できないわけだわー。執権様と義兄弟になってて御内人止まりとかさー」

(散々な言われようでむしろ拙者がイラッとしてるのだが。……あるいは泣きたいのだが)

※伯父上は本当に自分がモテなかったと思っている。でも伊達男の岩松殿が鎌倉時代にしては紳士過ぎる(女性を一人の人として扱い、丁寧に接していただけ)伯父上の振る舞いを「いいね!」と褒めていたので「じゃあ直さなくてもいいな! ヨシ!」とそのまま流していた。他の幕府の連中は「女に媚びるいけ好かないやつ」と嫌っていた。つまり、伯父上が大体悪い。


佐々木道誉から伯父上への好感度:
70/100くらい
『なかなか面白いおもちゃ』として見ている
愛すべき阿呆だが全く考えなしの木偶ではない部分や
基本は猪武者ながら時たま鋭さの片鱗を見せる部分も気に入ってる


『宗繁、京極道誉と談判之事』(※与太話です)
五大院宗繁が護良親王を助け、その復権に尽力したことは既に述べたとおりである。これは五大院宗繁が京極(佐々木)道誉の屋敷にてその非道を糾弾したとされた際の故事であり、脚色された上で歌舞伎演目ともなっている。左に太刀を持ち、右に大槍を構えて十重二十重の京極郎党に囲まれながら大見得を切るさまは大衆に人気が高く広く知れ渡っている。これにより朗々と京極ひいては足利の非道を糾弾した五大院宗繁は京極道誉をして反論できぬものであり、別室で聞いていた京極道誉の娘『ミま』姫と赤松円心公の心を動かし、彼等が護良親王方に付く大きなきっかけとなったと語られている。演目の最後には彼が文武両道の名将・赤松円心を従え『ミま』姫を馬の背に乗せ悠々と屋敷を後にする形で結ばれ、後の『西園寺邸大立ち回り』に続くこととなる。当然、護良親王の直臣であり播磨守護である赤松円心の身分は五大院宗繁より遥かに上であり彼を五大院宗繁が従えることは多くの観点から説得力が感じられないのは紛れもない事実である。そのため、多くの歴史家にとっては『脚色にしても大袈裟に過ぎる』と歴史的事実に則さないものと存在そのものが疑問視されている。しかし、当時の一次資料となる日記『花園天皇宸記』の幻の三十六巻目には「諏訪某、大鉾を用いて佐々木が邸門打ち壊して此れ立ち入り~」と記されていることからこれを根拠として歴史的事実として議論する歴史家も存在する。その点に関しても「そんな破砕槌みたいな槍があってたまるか」ともっともな指摘が入ったため、五大院宗繁関連の記述は荒れると歴史研究家からは概ね避けられている(なんか光り輝いて九州菊池勢の数万の大軍を消滅させた足利よりはマシだが)。
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